第93話『映画ハイネス』
「やっぱり、映画っていいわよね」
魔王様が、なんだか聞いた事のあるセリフを呟く所から今日の仕事が始まる。
現在魔王城オフィスにて、デスクワーク中なのだが、いつもと様子が違う。
レヴィアさんがコーヒーを淹れていたり、マリアがお菓子を食べに来ている辺りはいつも通りだが、なんと目の前にイシス女王が座ってらっしゃるのだ。
現在小春ちゃんが出張中のため、俺の目の前の席は空席となっていた。
そこで今日仕事の打ち合わせに来たイシス女王が折角だからと、このオフィスに来たのである。もうなんか、幸せ!
「カズキくん、話聞いてた?」
俺は魔王様の質問に、「全然聞いてませんでした!」と元気に応答する。魔王様はため息をつくと「じゃあ、最初からまた話すから……」と、渋々話し始めた。
「今度、映画を作るのよ」
「ふむふむ、だからイシス女王が居るんですね!」
イシス女王の方に視線を向けると、ニッコリと笑ってくださった。もう、幸せ!
魔王様はそんな俺にまたまた溜息をつきながら話を進める。
「それでね、イシぽよが今回の映画のスポンサーなのよ」
「イシス女王は、中々お金持ちですものね」
珍しく居るマリアが軽口を叩く。同じ姫さまとして嫉妬でもしているのかと思ったら、輝くような視線をイシス女王に送っていた。分かるぞ、その気持ち、俺も分かるぞ!
「カーズーキくん、それ以上、仕事に身が入らないようなら、今日は帰っても––––」
「すいません、頑張ります」
魔王様は「よろしい」と短く答え、イシス女王に話を振る。
「それで、イシぽよのお願いって何かしら? スポンサーの要件はなるべく聞くわよ」
「まずは、カズくんに出演しても––––」
「喜んで」
「あらあら、ありがとうございますわ♪」
イシス女王のお願いとあれば、全てイエスだ。魔王様は何度目かも分からない溜息をついているが、気にしない。
コーヒーを淹れ終わったのか、レヴィアさんが戻ってきた。
「イシスさんは、コーヒーはブラックでよろしかったですよね?」
イシス女王は「問題ありませんわ、ありがとう」とレヴィアさんに、微笑む。とても素敵な笑顔だ。そんな事を考えているのを魔王様に読まれたのか、またまた注意をされる。
「そこの、ニヤニヤしてる人に質問があるのだけれど?」
「そ……そんな人居ませんよ、魔王様」
なんとか取り繕い、「それで質問とは……?」と魔王様の顔を伺う。
「車の運転、得意よね」
「まぁ、割と得意ですね」
「そこのスポンサー様がね」
「イシス女王がどうしたんですか?」
「カーチェイスしたいって言ってるの」
「ほうほう」
「あなたと」
俺は意味が分からなくなり、数秒感考え込んでしまった。
しかし、イシス女王の頼みとあらば、俺の答えは決まっている。
「イエス、ユア、ハイネス」
「そこ、執事にならない」
「イシス、マイ、ハイネス」
「そこ、変な言葉遊びをしない」
「ふふっ、カズくんは本当に面白いですわね♪」
イシス女王が優雅に、それでいてとても楽しそうにクスクスと微笑んでいた。
ここでイシス女王はレヴィアさんの方へ身を乗り出す。
「レヴィアもそろそろ、スクリーンデビューをしてみませんこと?」
「む……無理ですよぉ〜! そんなの、絶対無理ですっ」
音が出るような勢いで、ぶんぶんと首を振りながら両手を前に突き出し、否定するレヴィアさん。あまりの勢いにかけていた、メガネが少しズレていた。
確かにレヴィアさんに、スクリーンデビューは難しいだろう。
レヴィアさんはカメラを向けられると、あがってしまうのだ。恥ずかしがり屋さんなのだろう。
しかしブロンドの髪に、グレーの瞳はとてもスクリーン映えしそうではある。巷で妙な人気を博しているレヴィアさんの事だ。話題性も十分だろう。
「やってみたらどうですか、レヴィアさん」
「カズキさんまで……そんな、無理ですよ」
「いきなり主役級は無理だと思いますが、少しの出演なら––––」
ここで、イシス女王をチラリと伺う。俺と同意見のようで頷いてくれた。
「––––問題ないと思いますよ」
「…………ですが、やっぱり無理だと思います」
あと一押しと言った感じだろう。マリア、魔王様、イシス女王と目を合わせ、頷く。こうして、「レヴィアさんをスクリーンデビューさせよう作戦」がスタートした。
まずはマリアが先陣を切る。
「映画に出たら、目立ちますわよ!」
「そ、それは困りますっ」
(逆効果だ、バカマリア……)
しかし、そんな俺の思いは他所に、マリアは要らない追撃をかける。
「『異世界グラム』のフォロワーも増えますわよ!」
「最近、何もしてないのにフォロワーがどんどん増えています……」
「嘘!? ちょっと、そんなのあり得ないわ!」
異世界映えを、何よりも重要視する人が食いついた。きっと、相変わらずフォロワーが増えてないのだろう。鍵を外せばいいのに……
そんな鍵アカウントの人はレヴィアさんの異世界グラムのフォロワー数を見て絶望の表情を浮かべていた。
きっと自身の何千倍もフォロワーがいたのだろう。見なくても分かる。
レヴィアさんの異世界グラムは、自身の作ったお菓子などの食べ物がほとんどだ。
しかし、昨日爆弾が投下された。自身で縫ったというスカートを穿いたレヴィアさんの自撮り画像である。
瞬く間にイイネ! が数千万件と付き、それと同時に今もフォロワーが増え続けている。可愛いというのは、1つの才能なのだろう。
だが、レヴィアさんをスクリーンデビューさせる作戦の初陣としては大失敗である。
そして第2陣は魔王様が、「任せて」と視線を送ったため、俺とイシス女王は素直に譲る事にした。と、言うか魔王様が本命である。付き合いの長い2人だ。きっと、お互いの事を分かっているのだろうから、話もスムーズなはずだ。
「ねぇ、レヴィア」
「なんでしょう、魔王様?」
「その、スカートってどうやって作るの?」
なるほど、まずは趣味の話から入いるスタイルだな……。レヴィアさんもちょっと嬉しそうな表情だ。
「魔王様もやってみますか? とっても楽しいですよ」
「そうね、フォロワーも増えるしね」
「この人、目的が違う––––––––!!」
スカートを作って、フォロワーが増えたレヴィアさん。それを真似るつもりである。しかし、フォロワーは増えないだろうし、イイネもちょっと増えるくらいだろう。なぜなら鍵をアカウントだから。
魔王様も頼りにならないので、再びイシス女王とアイコンタクトを取る。……が、これがいけなかった。
「イシス女王、今日も素敵ですね」
「あらあら、ありがとうございますわ♪」
「そこのカズキくんに言うんだけど、それ言うの今日5回目だからね」
魔王様にまたまた注意されてしまった。イシス女王の顔を正面から見たせいか、本来の目的を忘れてしまっていた。
そして今度はイシス女王自らレヴィアさんを口説く。
「レヴィアの淹れてくれる、コーヒーは本当に美味しいですわね」
「ありがとうございます♪」
なるほど、魔王様同様外堀から褒めていく作戦だな。
レヴィアさんもかなり好意的な反応を見せる。
「わたしの国でも、かなりいい豆がとれるのですが……」
「少し酸味がありますが、キリッとしていて、いい香りがしますよねっ」
「あらあら、すでにご存知でしたのね」
「それに最近はワインも作ってるそうじゃない」
魔王様が、2人の会話に口を挟む。俺はここで"ある予感"を察知しマリアを小突き、離れたところにあるテーブルを指差した。
マリアは魔王様、レヴィアさん、イシス女王をチラッと見てから頷く。
(この話は絶対に長くなる……)
*
––––3時間後
「やはり、今年の水着はホワイトがくるわ」
「いーえ、ま〜ちゃん、今年はブルーだと思いますわ」
「わたしは案外、ヴァイオレットカラーだと思うんですよね〜」
コーヒーからワインの話、その次はスイーツの話をして、それからはよく覚えていないが、現在は水着の話をしているようだ。
俺はマリアと少し離れた所にあるテーブルで、コーヒーを飲みながらレヴィアさんが焼いてくれたクッキーをかじっていた。
マリアもパソコンをカタカタとしながら、同様にクッキーをかじっていた。動画の編集でも、しているのだろう。
しかし、これでは「レヴィアさんをスクリーンデビューさせよう作戦」は進行しない。と、思いきや……
「それでは、出演してもらえますか?」
「はいっ、わたしなんかでお役に立てるなら♪」
なんと、出演交渉がまとまっていた。イシス女王はどんな魔法を使ったのだろうか。
レヴィアさんが「コーヒー淹れ直してきますねっ」と席を外したタイミングを見計らい、イシス女王に尋ねてみた。
「どうやって、OK貰ったんですか?」
「普通にお願いしただけですわ」
さも当たり前の事を、当たり前に言うイシス女王。一国の女王となれば、相手の心を動かす言葉をいとも簡単に使えるのだろうか。出演許可を取れたのは素晴らしいが、まだ問題は残っている。その問題を魔王様が指摘する。
「レヴィアって、どうしてもカメラを向けると上がっちゃうのよね」
「それは、困りましたわね……」
先程少し触れた、カメラを向けられると恥ずかしがってしまうという難点が残っている。
どうしようかと、コーヒーを淹れているレヴィアさんの方に視線を向ける。そして、思い付いた。
「…………バレないように撮るのはどうですかね」
「カズキくん、盗撮はダメよ」
俺は魔王様の指摘に「そうではなくて」とレヴィアさんを指差した。
ニコニコと楽しそうにコーヒーを注ぐレヴィアさん。みんな、それを見て俺の言いたい事を理解したようだ。
素の表情のレヴィアさんが1番素敵なのだから。
「どうです?」
「まぁ、悪くないかもしれないわ。でも、無理よね」
「…………そうですね」
どうやら、レヴィアさんのスクリーンデビューはまだまだ先のようだ。とりあえず、こっそりとその姿をフレームに収める。
これで、俺もフォロワーが増えることだろう。
「あっ…………カズキさん、何撮ってるんですかっ」
レヴィアさんに気付かれてしまった。何とかお願いして、『異世界グラム』に投稿しないという約束で、写真を保存する事を許してもらえた。
代わりに、待ち受けにでもしておこう。魔王様にバレるまでの、短い期間になるだろうが。
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