第90話『魔法ペン』
「大事なのは大きさより、感度よね」
魔王様が何か言っているが、そんなのはどうでもいい。そう、どうでもいいのだ。
現在魔王城オフィスにて、デスクワーク中なのだが、先程レヴィアさんの腕にある物を発見してしまった。
ホク毛である。
ホク毛とは、ホクロからニョロリと生えているムダ毛のことで、まぁ、その…………あると恥ずかしい毛なのだ。
そんな恥ずかしい毛が、レヴィアさんの左腕に生えているのを、先程チラリと見てしまった。
身だしなみには気を使うレヴィアさんだが、流石にそこまでは手が回らなかったのだろうか……。
いや、そんな考えは後回しだ。とにかく、今日も俺のミッションはいつも通り、2つ。
まず1つ目は、レヴィアさんにホク毛に気が付いてもらう事。そして、2つ目は出来れば自身で気が付く事が望ましい。
なぜなら……
「レヴィアさん、ホク毛ありますよー」
「えっ、あっ……あっ……その」
なんて直接言えば、レヴィアさんが恥ずかしがる姿は目に見えている。それにデリカシーのかけらもない。
幸い、魔王様、小春ちゃん、マリアもまだ気付いてはいないようだ。
とにかく、作戦を練らなければ……
「カズキさん、コーヒーをどうぞ♪」
「ありがとうございます、レヴィアさん」
レヴィアさんの淹れたくれたコーヒーを受け取る。左腕をチラッと盗み見るが、スーツの袖で隠れており、ホク毛を確認する事は出来なかった。
しかし、こうしている間にも他の人に気が付かれて、レヴィアさんが恥ずかしい思いをする可能性がある。
俺はそんな事を考えながら、コーヒーを飲むが、それがいけなかった。
「あっつ!!」
「……もう、何やってるのよ、はい、お水」
魔王様からペットボトルのお水を受け取り、舌を冷やす。考え事をしながらコーヒーを飲んだせいか、舌を火傷してしまった。
魔王様は「気を付けてね」と注意してから、仕事に戻る。
しかし、俺の舌の火傷なんて些細な問題だ。とにかく、レヴィアさんに自身の腕を見てもらう必要がある。
ホク毛は腕の内側にあり、確かレヴィアさんは腕時計を内側に向けて付けていた。ホク毛も丁度その辺りである。
つまり、レヴィアさんに時間を聞けばいい。シンプルなミッションだ。
「レヴィアさん、レヴィアさん」
「はいっ、なんでしょうか?」
「イ、イマナンジデスカー?」
「ズッキー、今は14時半ですわよ」
レヴィアさんに時間を聞いたら、マリアに代わりに答えられてしまった。
マリアは「オヤツにはまだ、早いですわよ〜、この食いしん坊っ」と、俺の事をからかってきた。「食いしん坊はおまえだ」と反論をする。
そう、オヤツの時間などは今の俺にとってはどうでもいい事柄だ。
しかし、これではレヴィアさんに時計を確認してもらう事が出来ない。
仕方ない、小春ちゃんに助けを求めよう。小春ちゃんなら上手くやってくれるはずだ。
俺は席を立ち、小春ちゃんのデスクの裏側へと回り込む。
これなら周りからは、仕事の相談をしている……と思われるだろう。
小春ちゃんに声をかけると、いつものニコニコとした人懐っこい笑顔を俺に向けてくれた。
「カズキはん、どないしたんやろか〜?」
「あっ、えっと……」
レヴィアさんの話をしようとするが、状況が状況なため、言葉に詰まってしまった。とりあえず、取り止めのない話題を提示する。
「小春ちゃん、何を見ているの?」
「これどす〜?」
パソコンのモニターを指差す小春ちゃん。俺は「それそれ」と話を合わせる事にした。
「これはアンテナどす〜」
「なんで、そんなもの見てるのかな?」
「カズキはん、魔王はんの話、聞いてはりました?」
「あ、ごめん聞いてなかったかも……」
「魔王はんも『大きさより、感度の方が大事〜』って言ってはったやろ〜」
そういえばそんな事を言っていた気はする。いや、今はそんな事は大事ではない! 大事なのはレヴィアさんのホク毛だ!
「あの、小春ちゃん、レヴィ––––」
「カーズーキくん」
魔王様に呼ばれ、そちらに目を向けると「仕事」と短く説教をされてしまった。無駄話をしていると思われたらしい。弁解はしてみたが、信じてもらえなかった。
どうやら、これ以上小春ちゃんの所に長居する事は出来なさそうだ。俺は渋々と自分のデスクに戻る。
もう一度、作戦を考え直す必要がある。心を落ち着かせるため、深呼吸をするが、その深呼吸は隣の席から聞こえた「あっ」と言う、可愛い悲鳴で中断されてしまった。
「どうしたんですか、レヴィアさん!」
「ここ、見てください」
レヴィアさんが見せる"そこ"はホク毛のある場所である。
しかしよく見てみると、何やら違和感がある。
「先程、マジックで腕に線を引いてしまったみたいです」
「…………油性マジックは中々落ちないですよね」
レヴィアさんの細腕には、マジックでひょろひょろ〜と長い線が引いてあった。俺はコレを毛と勘違いしてしまったようだ。
そもそも、思い返してみればレヴィアさんの腕にホクロなんてなかった。完全な俺の早とちりであったようだ。
こうして、レヴィアさんのホク毛事件はまたもや、俺の勝手な思い違いで、またもや勝手に解決したのであった。
(今度からもっと確認しよ……)
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