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第88話『乙女カレー』


「よしっ、これで……」


 レヴィアさんが、鍋の前で小皿にカレーをよそい味見をしていた。

 紺色のエプロンには、多数のルーの飛び跳ねた汚れがあり、その苦労が伺える。

 そしてその表情からは、満足してない様子がはっきりと分かった。現在魔王城、キッチンにてレヴィアさんの試作カレーの様子見中だ。

 俺は完成したカレーを味見させて貰おうと、レヴィアさんに声をかける。


「レヴィアさん、調子はどうですか?」


「あ……カズキさん、食べてみてください」


 レヴィアさんに差し出された小皿を受け取り、味を確かめる。

 美味い。普通に美味い。しかし、違和感があった。


「なんか、シュッとしてますね」


「ダメですよね……」


 しょんぼりと肩を落とすレヴィアさん。俺は急いで「そんな事ないですよ!」とフォローする。

 しかしレヴィアさんは納得のいかないご様子で、もう一度味見をしていた。

 その理由も分からなくはない。先程も述べたが、確かに美味しい。それこそ、レストランでライスとカレーが別々に出されてくるような上品な味わいだ。

 しかし、なぜか味に違和感を覚える。以前食べたレヴィアさんのカレーは確か、もっと美味しかった記憶がある。

 レヴィアさんもそう感じているようで、ここ何日もの間、キッチンで試作を繰り返していた。

 おかげで、俺や魔王様のご飯は毎日カレーだ。別に嫌ではないのだが…………レヴィアさんはとてもその事を気にしていた。

 さらにカレーという食べ物は、作るのにとても時間がかかる。煮込むからだ。

 だが、幸いにもその点は"ある人物"により強引に解決していた。


「オーダー、無限アンリミテッド時間タイムワークス


「俺も出来たらなぁ……」


 "かあさん"である。かあさんが魔王城に泊まり込み、カレーが出来たら時を止め、指定された時間煮込む。という強引なやり方で、煮込みの時間を解消していた。

 この無限アンリミテッド時間タイムワークスは触れているもの……例えば、スマホや、衣服などは、普段と同じ感覚で使え、ドアも開けられるし、異世界グラムに写真を投稿する事も出来る。

 写真を投稿した場合、アップロードされるのは、時間凍結を解除した後になるのだが、基本的には普段出来る事は一通り出来るようであった。

 そして俺は、この時間が止まっている間も活動出来る。

 よって久々の、本当の意味での、親子水入らずの時間となっていた。


「なぁ、どうやったら俺も"それ"出来るようになるんだ?」


「闇に飲まれよ」


「意味わかんないし!!」


「悠久の時を過ごす、我にとっては些細な事柄よ」


「だから、意味分からないし!!」


「ま〜ちゃんや、レヴィちゃんに迷惑かけてない〜?」


「急に話かわるなよ! かけてないよ!」


「あんた、洗濯物どうしてるのよ、お洗濯なんて出来ないでしょ〜?」


「リリィさん……っていう、お手伝いさんにやってもらってる」


「ほら、出来てない」


「じゃーかしいわ!!」


「それにしても暇ね〜」


「鍋見てろよ!!」


「火力調整は魔法でしてるし〜、吹き出しても復元出来るし〜」


「万能かよ!!」


「あんた、さっきから騒ぎ過ぎじゃない?」


「誰のせいだよ––––––––––––!!」


 かあさんは「お鍋見てこよっと」とキッチンの方へと向かった。マイペースにも程がある。

 俺はこの時間を利用し、なんとか無限アンリミテッド時間タイムワークスを習得しようと、かあさんに色々質問をしているのだが、全て上手くはぐらかされてしまっていた。

 俺はかあさんの後を追い、続けて質問をぶつける。


「なぁ、ヒントだけでいいんだよ、頼むよ」


「なら、使えた時の事を思い出してみたら〜?」


「なるほど」


 かあさんに促され、俺は使えた時の事を思い出す。

 神様と過去に戻り、マリアの城で使った時は『ラックの種』を使用していた。ならびに小春ちゃんを担いで峠道を登った時も、同様に『ラックの種』を使用していた。

 そもそも、なぜ『ラックの種』を使用すれば使えるのだろうか?


「かあさん、『ラックの種』を食べれば使えるんだけどさ……」


「そりゃ、使えるでしょうね」


「なんでだ?」


「何でも出来る気になるでしょ?」


 そう言われば確かに、何でも出来そうな気になっていた。

 要は気持ちの問題なのだろうか? そういえば、他にも使えた時があった。ドラゴンが初めて城に来た時だ。

 あの時は『ラックの種』も使用していない。した事といえば…………確かお酒を飲んだ記憶がある。もしかして!


「酔えば出来るのか!?」


「酔った状態で使うと、子供になっちゃうわよ〜」


「なんだって!? 早く言ってくれよ!!」


 長年の疑問が1つ解決した。かあさん曰く、酔った状態で発動すると、コストとなる「自身の生きた時間」が多く消費してしまうようであり、急速に若返ってしまうらしい。

 忘れていたが、無限アンリミテッド時間タイムワークスで時間を止めている間は、これまで生きた時間……すなわち成長や、年齢を消費する。

 かあさんがやたらと若い見た目なのも、おそらくそれが理由なのだろう。

 考え事をしていると、かあさんは火を止め、指パッチンをした。時間凍結を解除したようである。再び試食会のスタートだ。





 *





「まぁ、美味いですよね、いいんじゃないですか?」


「これじゃ、ダメです!」


 あまり見せない表情で、悔しがるレヴィアさん。綺麗な顔立ちからは疲労が見てとれた。


「レヴィアさん、少し休んだ方がいいですよ」


「そうよ〜、レヴィちゃん。休憩を取るのも立派なお仕事なのよ〜」


 俺の意見にかあさんが同意する。それでもレヴィアさんは「ですがっ」と食い下がる。


「わたしが引き受けた仕事です! カレーが出来なかったら、宣伝に使った費用はどうなるんですか!」


「レヴィアさん、すこし落ち着いて……」


「す、すいません。わたし、取り乱して……」


「大丈夫ですよ」


 俺は席を立ち、キッチンへと向かう。疲れた時にはカレーと魔王様も言っていた。

 気休めかもしれないがカレーを食べて、レヴィアさんに、少しでも元気になって欲しい。

 レヴィアさんの作るカレーにはかなり劣るだろうが、俺は残りのカレーと、得意のラーメンを合わせてカレーラーメンを作った。

 味付けは割とマイルドな感じにしておいた。レヴィアさんは、薄味の方が好みだと以前言っていた記憶がある。

 お盆にカレーラーメンを乗せ、レヴィアさんの前へと運ぶ。


「カズキさん、これって……」


「カレーラーメンです。疲れた時にはカレーと魔王様も言ってましたし。お口に会うかは…………分かりませんが」


「ふふっ、いただきますね」


 レヴィアさんは箸を取り、麺をレンゲに乗せちゅるんと口にした。


「あっ……これ」


「レヴィアさんの好みに合わせて、薄味にしてみました。薄過ぎましたかね……」


「そんな事ないですよ、とっても美味しいです♪」


 美味しそうにラーメンを食べるレヴィアさん。かあさんはいつの間にかどこかへ行ってしまったようであった。


「そういえば、かあさんを知りませんか?」


「あ、お母様は用があるから帰ると仰っておりました」


「逃げたな」


 レヴィアさんはニコニコと笑いながら、ラーメンを再び食べる。どうやら、カレーは本当に疲労に効くらしい。


「レヴィアさん、少しは元気になりましたか?」


「この、カレーラーメンを食べたら元気いっぱいですよ♪」


「よかった。そのカレーラーメン、レヴィアさんが少しでも元気になるようにって、作ったんですよー」


「………………えっ、それって」


「カレーって本当に疲労に効くんですね!」


「……ふふっ、そうですね♪」


 今日一番の笑顔を見せてくれたレヴィアさん。

 俺の作ったカレーラーメンをスープまで全て、飲み干してくださった。作った側としてはこれほど嬉しい事はない。

 レヴィアさんは俺にご馳走さまを言うと、上機嫌にキッチンへと戻ろうとし始めた。


「レヴィアさん! もう少し休んだ方が……」


「大丈夫ですよ、少し待っていてください♪」





 *






「いやー、売れたわねー、"おちゅカレー"」


「せやな〜、もう追加発注分ものうなってしもうたんよ〜」


 オフィスでは魔王様と、小春ちゃんが楽しげに会話をしていた。

 あの後、レヴィアさんのカレーはスムーズに完成し、それをレトルトカレーに加工して販売、そしてとても、それはとても売れた。

 宣伝の効果もあったのだろうが、リピーターが多かったと小春ちゃんは言っていた。

 すなわち、カレーを一度食べて、もう一度食べたいと思った人が多かったって事だ。

 そりゃ、そうだろう。あのカレーは最高のカレーだ。

 レストランで出されるような高級な味ではなく、家庭的な、本当に家で食べるような優しい味のカレーだ。

 思えば以前食べたレヴィアさんのカレーも、そんな味だった覚えがある。

 俺の考えでは、レヴィアさんは仕事に対する意識や、気負いからプロフェッショナルな仕事をしようとしてしまったのだろう。

 それがまるで、レストランで出されるような高級な味に変えてしまった…………といったところだろう。それが悪いわけではないが……。

 でも、やっぱりレヴィアさんのカレーは家庭的な優しい味の方が俺は好きだ。

 そんな事を考えていると、コーヒーのいい香りが鼻腔をかすめる。


「カズキさん、コーヒーどうぞ♪」


「ありがとうございます、レヴィアさん」


 コーヒーカップに続き、ケーキを配るレヴィアさん。魔王様、小春ちゃん、オヤツを食べに来たマリアに1つずつ配り、自身の分を取り分けた後に、俺のところにはこっそりと2つのケーキを置いた。

 俺は苦笑いをしながら、他の人に聞こえないように小声で質問をする。


「なんで、2つもあるんですか?」


「ちょっとしたお礼ですよっ」


「カレーラーメンそんなに良かったですか?」


 レヴィアさんは「それもありますが……」と小声で話を続ける。


「あの、カレーが出来たのはカズキさんのおかげなんです」


「まぁ、味見は沢山しましたからね」


「そうじゃないでーすっ」


 やたらと可愛く、口をすぼめ否定するレヴィアさん。今日はとてもフレンドリーである。


「じゃあ、なんなんですか?」


「料理って、誰かの事を思って作った方が美味しくなるんですよ♪」


「はぇ?」


 情けない声を出し、その意味を考えていると魔王様が少し早いが終業の宣言をする。


「はい、今日はもうお終いでいいわよー」


「やりましたわー!」


「マリアはんはいつもお休みしてはると思いやす」


 魔王様、マリア、小春ちゃんはケーキを食べ終わったのか、揃ってオフィスを後にする。

 俺も今日の仕事は切り上げて、ケーキをいただく事にしよう。


(……と、その前に)


「レヴィアさん、おちゅかれ様です」


「ふふっ……カズキさんも、おちゅかれ様です♪」




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