第86話『洋菓子ドリーム』
「夢を持つのは大事よね」
魔王様が珍しく真面目な話をしている。現在魔王城オフィスにて、休憩中だ。
魔王様の言う通り、確かに夢を持つのは大事だ。
俺も確か、子供の頃は…………なんて考えていると、魔王様が俺の夢を捏造する。
「カズキくんの夢は魔王よね」
「俺の夢を勝手に決めないでくださいよ!」
「みんなカズキくんが、次期魔王だと思っているわよ」
「な、なんだってー」
ワザとらしく驚いてみたが、レヴィアさん、小春ちゃん、それにオヤツを食べに来たマリアでさえも、同様意見のようであり頷いていた。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ! そもそも、魔王ってどうやって決まるんですか!?」
「襲名制よ、その時代の魔王が次の魔王を指定するの」
「拒否権はあるんですか?」
「一応あるわよ」
「拒否します」
「そうね、"まだ"早いと思うわ」
やたらと"まだ"の部分を強調する魔王様。どうやら、本当に俺を次期魔王にしたいらしい。
次の魔王になる夢はさておき、確かに夢を持つのは大切である。
小春ちゃんなんかは夢と言うより、大きな野望でもありそうな感じはする。
……と、いうかある意味小春ちゃんこそ、時期魔王にぴったりだと思う。
俺の次期魔王という話題から目を逸らさせるためにも、話題を変えてしまおう。
「小春はん、小春はん」
「ふふふっ、なんやろか〜?」
「小春ちゃんは、将来やりたい事とかってあるの?」
小春ちゃんは「せやなぁ」と数秒間考えてから、話を進める。
「幼稚園の先生とかになってみとう思いやす」
「よ、幼稚園?」
「せや〜」
「幼稚園って、あの幼稚園?」
「他にどないな、幼稚園があるんやろか〜?」
小春ちゃんはニコニコとしながら返答する。「幼稚園の先生」という、女の子に夢ランキングトップ5に、間違いなく入りそうな単語が出てきたことに、正直かなり驚いている。
すると、魔王様がある事を教えてくれた。
「こはるんは、多くの児童施設に多額の寄付をしているのよ」
「そんな、大した額やあらへんよ〜」
謙遜する小春ちゃん。思えば小春ちゃんは子供が好きだと言っていた記憶がある。
なるほど、子供好きだから幼稚園の先生か。
試しに、ちょっと小春ちゃんに甘えてみよう。
「小春先生、小春先生」
「ふふふっ、どないしたんやろか〜?」
「ぼく、給料上げて欲しい」
「そら〜、うちやのうて、魔王はんに頼んだらどうどす〜?」
小春ちゃんに促され、魔王様の方を見ると「上げないわよ」と切り捨てられた。虚しい。
ガックリと肩を落としうなだれていると、そんな俺を尻目に、マリアが小腹が減ったのか席を立ち、お茶菓子が入っている戸棚を探し始めた。
数秒後、目当てのおせんべいを見つけたようで、ルンルン気分で椅子に腰掛ける。
その後に、バリッとワイルドにおせんべいをかじり始めたのを見て、気を取り直し、小春ちゃんにしたのと同じ質問をすることにした。
「なぁ、マリアは夢とかあるのか?」
「そうですわね…………毎日、ゴロゴロして、おせんべいを食べて、ゲームして、ラーメン食べて、それからまた寝たいですわね!」
「もう叶ってる!!」
ノータイムでノー天気な回答が返ってきた。全くこのお姫様の堕落ぶりには呆れたものだ。
しかし、マリアはしっかりと稼いでいる。そう、稼いでいるのだ。結果が出ている人物に文句は言えない。
「なぁ……月、どのくらい稼いでるんだ?」
俺の質問に対し、マリアは指を数本立てて「これくらいですわ」とやってきた。単位は聞かないでおこう。
それにしても、動画配信者というのはそれほど儲かるものなのだろうか? ウンウンと唸り声を上げながら考えていると、レヴィアさんが本日のコーヒーを差し入れてくれた。
「いい香りですね」
「はいっ、今回は2種類の豆をブレンドしてみました♪」
笑顔が眩しいレヴィアさん。早速コーヒーカップを手に取り、喉を潤す。少しの酸味と香りが、口の中に広がり調和する。美味い。
コーヒーカップをコースターに置くと、今度は小さなフィナンシェを差し出された。
フィナンシェとは「焦がしバター」とも呼ばれる洋菓子の1つだ。長方形の形に、表面はこんがりとした焼き色、中はふんわりとした食感のちょっとお洒落なお菓子だ。
食べようと手を伸ばすが、先に魔王様につままれてしまった。
「ちょっと、魔王様! なんで食べちゃうんですか!?」
「うん、美味しいわね」
「感想なんて聞いてないですよ!」
「カズキさん、まだありますので……」
レヴィアさんに諭され、大人しく引き下がる。魔王様の甘い物に目がないのは相変わらずなようだ。
それに引き換え、レヴィアさんはいつも落ち着いており、たまにうっかりもあるが…………良心的で、常識人だ。
そんな彼女の夢なんなのだろうか? ちょっと興味はある。
「レヴィアさんって、なんか将来これがやりたい〜とかあるんですか?」
「そうですね……」
「あ、無理に考えなくても大丈夫ですよ」
「いえ、そうではなくて、夢…………とはちょっと違うとは思うのですが……」
少し遠慮気味に、含みを持たせた言い方をするレヴィアさん。俺が疑問の表情を浮かべると、伏し目がちに話を続ける。
「最近、衣服を作るのに興味がありまして……あっ、今日穿いているスカートもわたしが作ったんですよ♪」
そう言うと、レヴィアさんは膝にかけている膝掛けをめくり、スカートを見せてくれた。
ネイビーカラーのフレアスカートであり、裏地にはレースがあしらわられている。とても素人の作った衣服だとは思えない出来だ。
「これ、本当にレヴィアさんが作ったんですか?」
「そうですよっ、竜王さんに教わったんです♪」
「あの人、制服も自分で作ってるって言ってましたもんね」
「とってもお上手なんですよ〜」
どうやらあの"制服王"が文字通り、1枚かんでいるようであった。
だが、別に悪いことではない。嬉しそうにスカートを見せびらかすレヴィアさんは、とっても新鮮だ。
レヴィアさんを見ていると魔王様に耳を引っ張られた。
「何するんですかっ!」
「そろそろ、仕事に戻ってちょうだい」
どうやら休憩時間は終わりのようだ。そういえば、魔王様にだけ聞いていない事を思い出した。
「あの、魔王様?」
「なぁに? オヤツが足りなかったのかしら?」
「あ、いえ、そうではなくてですね……」
「じゃあ、何かしら?」
「魔王様の夢ってなんですか?」
魔王様は「そうねぇ……」とリップクリームを塗りながら、真剣に考え始めた。
魔王様の事だ。きっと俺なんかには想像も出来ないくらい、とんでもなく大きな夢に違いない。
魔王様は「あっ」と何かを思い付いたようで、やたらとニンマリとした表情で自身の夢を高らかに宣言した。
「わたしの夢はね、お腹いっぱいプリンを食べることよ!!」
「…………そうですか」
その夢は、俺の財布でも案外叶えてあげられそうな柔らか〜い夢であった。
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