第85話『エナメル花粉』
「いくぜ……!」
正面玄関を開き、城内に入る。いつもと同じ風景、同じ景観だが、どこがピリッとした空気を感じる。
しかもダンジョンに潜入した途端、トイレに行きたくなってしまった。
幸いまだ余裕はあり、ダンジョン攻略が終わってからでも十分に間に合うだろう。
城内正面には大きな装飾の施された階段が設置されており、ここを登れば魔王様の部屋こと、魔王様の居るエリアまではすぐだ。
「短期決戦だ!!」
素早く走りだし、階段を駆け上がり、奥の扉を開く。
1つ廊下を抜けると、もう魔王様のいるエリアに着いてしまった。
「あれっ? 簡単過ぎないか?」
疑惑を持ちつつも、魔王様の居るエリアの扉を開く。
そこにはなんと、椅子に座り、プリンを食べている魔王様が居た。
「何やってんですか!?」
「えっ、カズキくん?…………なんで、そっちから入って来るのよ!!」
「ダメなんですか?」
「ダメに決まってるでしょ、張り紙見なかったの?」
「張り紙?」
「左のルートが進行方向って書いてあったでしょ」
「なんですか、それ……」
「いいから戻りなさい、やり直しよ、やり直し」
魔王様に促され、渋々最初の正面玄関へと戻って来た。
確かに階段には通行禁止の張り紙と、入り口の目立つ場所に「←進行方向」との案内が書かれていた。
仕方なく、正面玄関の左側の通路へと足を向ける。
簡単過ぎると思っていたが、そういう事だったのか。
要は俺が通った道は、従業員用の通路みたいなもので正規のルートではない。
ダンジョン攻略には正規のルートを通って、魔王様の所に行く必要があるって事だ。
遠回りになるが、やる事は変わらない。いかにモンスターに会わずに、魔王様の所へ行けるかだ。
辺りを見渡す。モンスターの姿は見当たらない。そして、俺は最高のアイテムを見つけてしまった。
カズキは ダンボールを てにいれた! ▼
「勝った! コレを被っていれば絶対に見つからない! 早速被ろう!」
俺は頭からダンボールを被り、前進する。すると目の前から足音が聞こえてきた。
俺は慌てず騒がず、静止して道端に落ちているダンボールを演じる。絶対にバレるわけがない。
「おめぇ、何やってんだぁ?」
モンスターがあらわれた! ▼
「何故バレた!?」
ヨッホイにダンボールをガバッと取られてしまった。完璧な変装で背景に溶け込んでいたはずだが、1発でバレてしまった。
ヨッホイはというと、溜息をつきながら武器を構える。
「何をしてるんだ、ヨッホイ」
「俺はダンジョン担当なんだよ、"挑戦者"」
ヨッホイはそう言いながら、俺を指差す。どうやら、今回のヨッホイは敵のようであった。
俺は渋々『iBou typeK』を抜き、構える。
「行くぞ、ヨッホイ」
「typeKなら俺に勝てると思ったか? "それ"は俺が作ったんだぜ」
ヨッホイの言う通り、単純な戦闘力では、俺はヨッホイには敵わない。
それにヨッホイにはこのiBouに対して、何かの対策を用意しているようでもあった。だが、俺も"ある作戦"を思い付いてしまった。
「貴様こそ甘いぞ、ヨッホイ」
「何?」
頭の上に「ハテナマーク」が浮いていそうなヨッホイに対し、俺はおもむろに窓を開けた。全開にして。
ヨッホイは意味が分からない様子で、俺に尋ねる。
「お前窓なんか開けて、どうするつもりだ?」
「空気の入れ替えさ…………"空気"のね」
「空気だぁ? そんなので…………そんなので………………うわぁ! やめろぉ! 今すぐ閉めてくれぇ!!」
「ヨッホイ、貴様が"花粉症"だと言う事はリサーチ済みだ」
「いいから閉めてくれぇ!!」
「くらえ、花粉魔法!!」
「それ、花粉症の人に絶対やっちゃダメなやつだろぉお!?」
「参ったか?」
「…………参った、分かった、降参だ! 俺の負けでいい!!」
ヨッホイの降参の言葉を聞き、窓を閉める。少し悪い事をしてしまった気持ちもあり、ヨッホイにティッシュと飴玉を渡し、先に進む。
背後からは「本物の魔王だ……」とか聞こえた。ヨッホイと全国の花粉症の皆様に、心の中で「ごめんなさい」を言いながら通路を前進する。
通路を進むと、少し大きめの広間に出た。左に曲がると社員食堂である。
しかし、その社員食堂の方からリリィさんがやって来た。
「リリィさん?」
「ふふっ、カズキさぁん。今日はわたしも敵なんですよぉ〜」
リリィさんは大きな胸とハート型の尻尾を揺らしながら、妖艶に迫って来た。
服装も何時ものお掃除エプロンではなく、やたらと露出の多い、黒いエナメル質のビキニの様な格好をしていた。
流石の俺も女性に手を上げる事はしたくない。どうしようかと悩む俺に対し、リリィさんは下から甘えるように俺を見つめ、可愛いらしく小首を傾げながら、人差し指で俺の顎をつぅーとなぞり始めた。
「リ、リリィさん!」
「あそこ♡」
「あそこ……?」
リリィさんが指した方向は、医務室がある方角だ。
「ベッドでぇ、休憩……しよっ♡」
「そ、それって……」
「うんっ、そうだよ♡」
リリィさんは俺に大きな胸を押し付けながら、下から上へと上下する。そして、俺の目を獲物を狩るような瞳でじっと見つめる。それって、つまり……。
「医務室のベッド送りにする程に、強力な攻撃するってわけですね……!」
「…………えっ、あの、えっ?」
「くそ、ここまでか……」
「……えっと、その、ちがくてっ」
「さぁ、一思いにやってください!」
「………………」
「……あの、リリィさん?」
「う、うわぁぁぁあん! わたし、頑張ったのにぃ〜!!」
リリィは にげだした! ▼
リリィさんは尻尾を振りながら、可愛い女の子走りでどこかへと去っていた。
意味は分からないが、なんとか助かったようだ。中々順調である。
ここで少しの空腹感を覚えたため、社員食堂に寄り道をする事にした。別に行ってはいけないとは言われていないからな。
食堂に入ると、中央の席でスマホを弄りながら、ラーメンを食べているマリアが視界に入り、その正面の席に腰掛ける。
「あら、見つかってしまいましたわね」
「3時のオヤツにしては早過ぎるだろ」
「これは、朝ご飯ですわよ」
「…………そうかい」
ズルズルと朝ご飯のラーメンをすするマリア。俺も何か注文しようとするが、マリアが急に「お待たせしましたわ」とメニューを手渡してきた。
そのメニューは食堂のメニューではなく、様々なゲームの名前が書かれていた。
「…………マリアさん? これはなんですかね?」
「ズッキーは今、魔王城攻略中でしたわよね」
「そうだが?」
「ここは、わたくしのエクストラダンジョンですわよ」
「…………パス」
「エンカウントしたからには、逃げる選択肢はありませんわね」
「この中からゲームを1つ選んで対戦しろと?」
「当たりですわ!」
意気揚々と、返事をするマリア。どうやら、ここはマリアとゲームで対戦するイベントが発生するようだ。魔王城攻略にやり込み要素を加えたといった所だろうか……。
はっきり言ってゲーマーのマリアに対して、どのゲームを選んだところで勝ち目などない。マリアは全てのゲームに精通しているため、どのジャンルでも俺を上回るだろう。対戦、レース、シューティング、無理だ勝ち目はない。
勝ち目が無い事を悟りつつも、もう一度メニューに目を通す。そして、"あるもの"を見つけ、ニヤリと微笑む。
「マリア、カードゲームで勝負だ」
「カードゲームって『まおデスカードファイト』の事ですの?」
「あぁ、デッキは持っているな」
「もちろんですわ!」
「なら」
「えぇ」
『決闘』
(この勝負、俺の勝ちだ)
「俺の先行、ドロー! 来たか……」
「なんですって!?」
「開け、白銀の門、舞い上がれ、我が最強の剣!」
「そ、そのカードはまさかっ……」
「ま〜ちゃん召喚! 出したら勝ち!」
「ひ、卑怯ですわ〜!」
マリアを たおした!▼
多少卑怯な手を使ったがマリアを倒した俺は、意気揚々と食堂を後にする。そういえば、何か食べるのを忘れてしまった。
戻ってまた変なイベントに巻き込まれるのはゴメンだ。もう寄り道はせずに、真っ直ぐ魔王様の所を目指す事にした。
*
うごくせきぞうが あらわれた! ▼
うごくせきぞうの こうげき! ▼
「甘い」
ミス! ダメージをあたえらない! ▼
「てい」
うごくせきぞうに 162842のダメージ! ▼
「ぐっ、流石はカズキ殿」
「たまたまさ」
動く石像と別れ、先に進む。あれから数体のモンスターとエンカウントしたが、最初の作戦通り上手くやり過ごし、もう魔王様の居るエリアはすぐそこである。
『iBou typeK』は既にバッテリー切れだが、これならクリアー出来るはずだ。
歩みを慎重に、慎重に進めながら前進し、魔王様の部屋がある大きな扉の前にたどり着いた。
「………………トイレ行っとこうかな」
俺は魔王様の部屋に入る前にお手洗いに寄る事にした。もうクリア目前だし、お手洗いくらいの寄り道は許容範囲だろう。
魔王様の言っていた通り、魔王部屋前にお手洗いが設置されており、中も豪華な作りとなっていた。まるでホテルである。
中を見渡していると、1匹のスライムがぴょこ、ぴょこと飛び出してきた。
スライムが あらわれた! ▼
もうiBouのバッテリーはないが、スライム程度に負ける俺ではない。
余裕の表情でスライムに近寄るが次の瞬間、スライムの頭に付いているリボンを見てしまった。
「アニキ! 覚悟〜!」
「しまっ……」
スライムのこうげき! ▼
カズキに 999999999999999999のダメージ!▼
胸にチョンと"す〜ちゃん"の体当たりをくらい、即死級のダメージを受けてしまった。
もちろん『鳳凰の羽根』を消費してしまい、ゲームオーバーである。
*
「魔王様! お手洗いにす〜ちゃんが居たんですけど!?」
「あぁ、会えたのね。隠しボスよ」
「なんでお手洗いになんか居るんですか!!」
「シークレットボスって、ボスの近くの部屋に居るのが普通じゃない?」
しれっと答える魔王様。あのまま部屋に入っていれば、クリアーだったのに……と後悔の念が押し寄せる。
現在ダンジョン挑戦が終了し、オフィスにて魔王様に文句を言っている最中である。
しかし、不注意とはいえ負けは負けである。マリアとのエンカウントを考えれば、予想外の場所で、予想外の展開になる事は、用意に想像出来たはずである。
そして、このす〜ちゃんのいるお手洗い、寄る必要は全く無い。
もし仮に寄って、やられてしまったとしても、次回からは寄らなければいい。ダンジョン攻略とは、そういうものだろう。
若干初見殺し感を覚えつつも、俺は素直に負けを受け入れる事にした。
今日の仕事は終わりとの事で、少し早いが温泉に向かう事にした。しかし、魔王様に呼び止められてしまった。
「カズキくん」
「なんですか、魔王様」
「こっちにいらっしゃい」
「何でですか……」
「今日はよく頑張ったわ。だから、ご褒美をあげる」
もしかして、給料アップかな? と期待しながら魔王様の元へ向かうとプリンを手渡された。
「…………もしかして、これがご褒美ですか?」
「ちょうど3時だしね♪」
上機嫌に微笑む魔王様。文句を言おうにも、その笑顔を見たら言い返す気持ちは萎んでしまい、素直にプリンを食べることにした。とっても甘い。
こうして俺の魔王城攻略は、食後の運動としてはやたらとハードであり、その報酬としてはやたらとソフトな物を渡され、終わったのであった。
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