第82話『オフィスアローン』
「………………コーヒーでも飲もうかな」
時計の針の音だけがオフィスに響き渡る。俺はデスクを離れ、ミニバーへと向かい、ドリップマシンのボタンをプッシュする。
数秒後出来上がったコーヒーカップを持ち、デスクへと戻る。
いつもは砂糖やミルクやらを入れているが、たまにはブラックも悪くない。
レヴィアさんの淹れてくれたコーヒーには劣るが、やはりドリップコーヒーは美味い。
そう、今日はレヴィアさんは居ない。何やら打ち合わせのため、神様の所に行っているとか。
それに魔王様も居ない。理由は「イシス温泉はダイエット効果がある」と言えば、分かるだろうか。つまりバカンス中だ。
小春ちゃんは最近バタバタしており、今日も会議室に閉じこもっている。
マリアは…………多分寝ている。
と、言うわけで現在魔王城オフィスにて、1人でデスクワーク中である。
このオフィスに1人でいるのは実は初めての体験であり、ちょっとワクワクしてたりもする。
幸にも今日の仕事は大方終わっており、言ってしまえば現在の業務は電話番のようなものだ。何もなければ、何もない。
つまり、暇なのである。
デスクから離れ、ちょっとオフィスを見渡してみる。
オフィスにはミニバーや、冷蔵庫、あとは1日1個食べてもいいアイスが入った冷凍庫が置かれており、その他にも最近設置されたコタツに、魔王様が「仕事の合間にやるわ」と言って置いた、全く使われてないサイクリングマシンなどがある。
オフィスというよりは、一種の生活空間のような場と化しているのは否めないが、とても居心地はいい。
もしかしたら、自室より居心地がいい空間かもしれない。
部屋よりも、リビングでテレビを見る心理に似たものを感じる。
なんとなく冷蔵庫を開けると「ま〜ちゃん!」と書かれたプリンと、「お1つどうぞ♪」と、可愛い文字で書かれたスフレチーズケーキが入っていた。おそらくレヴィアさんが作ってくれた物だろう。
ケーキを1つ取り、コタツに入る。
フォークを使い、食べやすいように一口サイズに切り、頬張る、美味い。
お店のケーキとは違い、家庭的な甘さがある。それがまたいい。キリッとしておらず、ふんわりと舌に馴染む。
レヴィアさんはいつもこのようにちょっとしたオヤツをいつも用意してくれている。
「もしかしたら、このオヤツを毎日食べているから魔王様は…………」
ありえなくはない話だ。俺とマリアは食べても太らない。
小春ちゃんは小食のため、この程度のカロリーなら問題ないだろう。
レヴィアさんは毎日泳いでいるらしい。水泳は全身運動のため、カロリー消費もいい。
魔王様がダイエット、ダイエット言っているのは、このオヤツが少なからず関係してそうではある。
痩せたいのなら食べなければいいのだが、きっとそうは言っていられないのだろう。魔王様は甘いものが好きだからな。
だが、これは魔王様のために言うのだが、魔王様は別に太ってなどいない。
むしろ、胸が大きいだけだ。その胸の大きさ故か、着られる服が限られており、その事を気にして「ダイエット」にご執着なのだろう。
反対に暴飲暴食の限りを尽くしているマリアは、全く太らない。
昨日も一緒にラーメンを3杯も食べたのだが、ケロっとしていた。
代謝がいいタイプなのだろう。もしくは、燃費が悪いタイプとでも言うべきだろか……
あれだけ食べて1日に数時間しか稼働しないのなら、カロリー辺りどの位の活動時間なのだろうか?
そんな事を考えているとスマホが振動する。ポケットからスマホを取り出し画面を覗きこんだ。
ま〜ちゃん
『温泉さいこ〜!』
既読『良かったですね、魔王様』
ま〜ちゃん
『やっぱりお風呂はいいわね』
既読『ですよね!』
ま〜ちゃん
『カズキくんも来れば良かったのに』
既読『行きたいですよ!!』
ま〜ちゃん
『ダメよ』
既読『何でですか!?』
ま〜ちゃん
『魔王城に魔王不在じゃ……』
ま〜ちゃん
『って、不在だわ』
既読『ダメだこりゃ』
ま〜ちゃん
『今はカズキくんが、魔王ね』
既読『はいはい、任せてください』
ま〜ちゃん
『お留守番楽しい?』
既読『先程、レヴィアさんの作ってくれた』
既読『ケーキを食べました』
ま〜ちゃん
『プリン食べてないでしょうね?』
既読『食べてない、食べてない』
ま〜ちゃん
『あっ、そうだ』
既読『なんですか?』
ま〜ちゃん
『お土産何がいいかしら?』
既読『何でもいいですよ』
ま〜ちゃん
『食べ物でいい?』
既読『構いませんよ』
ま〜ちゃん
『じゃあ、楽しみにしておいてね♪』
どうやら、魔王様は温泉をエンジョイしているようであった。
温泉好きとしてはとても嬉しい事である。魔王様は働き過ぎだ。実は今回、「温泉に行って来たらどうですか?」と魔王様に進めたのは、俺なのだ。
最初は魔王様も「魔王城に魔王不在でどうするのよ」なんて言っていたが、俺がなんとか説得した。
この日のためにスケジュールを調整し、日帰りだがちょっとしたリフレッシュになることだろう。
魔王様もたまには羽根を伸ばして、ゆっくりするべきだ。
魔王様がリラックスしている表情を思い浮かべていると、再びスマホが鳴る。また、魔王様だ。
ま〜ちゃん
『これ、あげるわ』
ま〜ちゃんから画像が送信されました
添付された画像は浴衣姿の魔王様であり、ピースがとっても可愛い。
温泉に入った後だろうか、肌がほんのりと赤みを帯びており、髪の毛も少し濡れていた。
「…………保存しよ」
浴衣画像を保存したあとに、少し背伸びをしてからオフィス内を散策する。と言っても、ただ歩いているだけだが。
ふと、魔王様のデスクの前に立ち止まる。
魔王様は言ってしまえば、社長である。つまり魔王様の椅子とは、社長の椅子なのである。
俺は何となく魔王様の椅子を引き、そのデスクに座ってみた。
俺の椅子とは違い、くまさんのクッションが敷いてあり座り心地はいい。
デスクは割と整っており、仕事の書類を始め、文房具、可愛い小物などが配置されていた。
「このコースター、俺のと色違いだ」
魔王様のデスクに置かれているコースターは、俺の使用しているものとそっくりであった。
それもそのはずで、俺の使用しているコースターは魔王様にいただいたものだ。
入社して間もない頃に「あげるわ」と渡された思い出がある。
今にして思えば、魔王様なりのちょっとした気遣いだったのかもしれない。
魔王様のデスクを離れ席を立つと、またまたスマホが振動する。
また魔王様かな、と思いつつ画面を見るとレヴィアさんからの着信のようだ。すぐに通話のボタンをタップする。
『あっ、カズキさん、お疲れ様です♪』
「お疲れ様です、どうかしましたか?」
『仕事の件でして……』
「トラブルですか?」
『あっ、いえ、そうではなくてですね』
「なら、追加発注とかですか?」
『その通りです! この前CMをした化粧品の売れ行きが好調なようでして』
「それは良かったですね」
『それでですね……』
「はい」
『商品の製造番号を調べたいので––––』
「青いファイルですね」
『すいません、お手数ですがお願いします』
レヴィアさんの頼み通り青いファイルを取り出し、調べる。
丁寧に見分けやすいように区分されており、目的の資料はすぐに見つかり、レヴィアさんに製造番号を伝えた。
『ありがとうございます、カズキさん♪』
「いーえ、あっ……そうだ」
『なんですか?』
「ケーキ美味しかったですよ」
『ふふっ、良かったです。それでは、失礼いたします♪』
「はい、失礼します」
『………………』
「………………」
『………………』
「…………早く切ってくださいよ」
『カズキさんが切ってくださいよ』
「なんでですか、レヴィアさんが切ってくださいよ」
『嫌です、カズキさんが切ってください』
「じゃあ、こうしましょう。同時に切りましょう」
『分かりました』
「じゃあ、いきますよ? 3、2、1、はいっ」
『………………』
「………………」
『…………切ってないじゃないですか!』
「レヴィアさんこそ!」
『カズキさんこそ…………あっ、ドラゴンさん今カズキさんと––––』
「レヴィアさん?」
『よっほー、カズぽよー』
「おう、ドラゴンか」
電話口からはドラゴンの可愛いらしいくも、ギャルぽい声が聞こえてきた。
『あんまり、レヴィちゃんのこと困らせちゃダメだよ〜?』
「分かってる」
『ほんじゃね〜』
「おう」
通話終了ボタンをタップし、通話を終了させる。その後に出した青いファイルをしまい、自身のデスクへと戻る。
先程淹れたコーヒーに口を付けるが、冷めてしまっていた。
少し前まで電話で話していたせいか、静かなオフィスがなんだか無性に寂しく感じる。
マリアはそろそろ起きる時間だろうか? 小春ちゃんの会議はいつ終わるのだろうか?
人恋しいオフィスに思いを馳せていると、やたらと急ぎ足の足音が聞こえ、数秒後オフィスの扉が開いた。
モンスターがあらわれた! ▼
「おい! カズキ! 見てくれよ!!」
「お前かよ……」
新作のiBouを「どうだ!」と言わんばかりに、見せびらかすヨッホイ。
仕方ない。たまには、コイツのヒノキのぼうトークに付き合ってやるとしますか……。
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いいえ
セーブがかんりょうしました! ▼