第81話『I'll 醤油』
「カズキくんもヨーグルト、食べるかしら?」
「いや、大丈夫です」
魔王様は俺の返事を聞くと、自分の分のヨーグルトを準備し、デスクに戻って来た。
現在魔王城オフィスにて、デスクワーク中である。
何もない普通のオフィスワーク。しかし、魔王様がその空間を切り裂くようにある物を取り出した。
「……魔王様、"ソレ"はなんですか?」
「何って…………醤油よ、まさか知らないだなんて言わないでしょうね」
「いや、知ってますけど…………その醤油をどうするおつもりですか?」
「そんなの、ヨーグルトにかけるに決まっているでしょ」
「待て待て待て待てぇい!!」
魔王様は「何よ、急にそんな大声を出して……」と何でもないご様子だが、緊急事態である。
そんな魔王様は、たらりとヨーグルトに醤油を垂らし、美味しそうに食べ始めた。
ヨーグルトに醤油をかけるだなんて、あり得ない。あり得ない、あり得ない、あり得ない。
だがレヴィアさんも、小春ちゃんも、魔王様が"ヨーグルトに醤油をかける"ということに驚いてはいなかった。マリアは……居ない。まだ、寝ているのだろう。
とりあえず隣に座るレヴィアさんに確認を取る。
「あの、レヴィアさん?」
「なんですか、カズキさん?」
「ヨーグルトに醤油をかけるのは、普通なんですか?」
「普通ではないと思いますが、そういう食べ方もあるそうですよ♪」
レヴィアさんはそう言うと、魔王様がヨーグルトにかけた醤油の容器を指差す。
そこには、「ヨーグルトにかける醤油」と書かれていた。
「なんじゃそりゃあ––––––––––––––––!?」
「通販で買えるわよ」
魔王様はヨーグルトを食べながら素っ気なく答える。
試しにパソコンで、「ヨーグルトにかける醤油」と検索すると、本当に売っていた。
「ば、馬鹿な……ありえない」
動揺してしまった気持ちを落ち着かせるため、デスクを離れ、冷蔵庫から「レヴィア水」のボトルを1つとり、喉を潤す。
俺が水を飲んでいると、レヴィアさんがデスクから離れるのが見えた。コーヒーを淹れてくださるようだ。
水を飲んだおかげか、幾分か気分は楽になった。
仕事に戻るため、デスクに向かおうとするが、目の前から信じられない光景が飛び込んで来た。
「……レヴィアさん、コーヒーに何を入れるおつもりですか?」
「えっ、醤油ですが……」
「おかしいだろっ––––––––––––––––––!?」
「はわわわっ、すいませんっ、すいません!」
レヴィアさんは何故か平謝りをし始めた。別にレヴィアさんが、悪いわけではないのだが、とりあえず理由を聞いてみる。
「あの、コーヒーに醤油を入れると……その、どうなるんですか?」
「小さじ一杯程度入れますと、コクが出て美味しくなるんですよ♪」
レヴィアさんは嬉しそうに「最近はいつも入れてるんですよっ」と教えてくれた。
確かにその通りで、ここ数日のコーヒーは深みのある味わいとなっており、正直……その、認めたくはないが…………美味しかったのだ。
「レヴィアさん、その……醤油を入れるというのは誰かに教わったんですか?」
「あ、ネットでその手の淹れ方を見つけまして、試しにやってみたところ、とても上手に出来たんたんです♪」
またまた、嬉しそうに教えてくれたレヴィアさん。そしてその醤油入りコーヒーが出来上がったようであり、レヴィアさんと一緒にデスクに戻る。
コーヒーを受け取り、カップに口を付けて傾ける。味としてはグアテマラコーヒーに近い感じがする。先程も述べたが、はっきり言って美味い。
「カズキさん、どうですか?」
「美味しいですよ、レヴィアさん」
レヴィアさんは「よかったですっ」と笑いながら、椅子に腰掛けた。
と同時に、小春ちゃんが小さな何かを差し出してきた。
「お茶菓子にどうどす〜?」
「貰っていいの?」
「かまへんよ〜」
小春ちゃんから小さなお菓子と思われる包みを受け取り、開いてみた。
すると中にはチョコレートが入っていた。
可愛らしいくも、高級な雰囲気を漂わせており、なんとも小春ちゃんらしい。
じろじろとチョコレートを見ていても仕方ないので、食べてみる。
「……変わった味がする」
「それはなぁ、醤油入りチョコなんよ〜」
「なんだってぇ!?」
確かにそう言われれば、醤油の味がする。最初は面白い味とか、変わってる味だと思ったが、醤油と言われれば醤油だと分かる味だ。
そして、とても美味しい。こってり系なのだが、どこか上品な味わい、高いチョコレート独特の質感を持っている。
「小春ちゃん、これ美味しいよ」
「ふふふっ、もう1つどうどす〜?」
「なら、貰おうかな……」
小春ちゃんにからチョコを受け取り、お礼を言う。
変わった味の面白いチョコだし、リリィさんにあげたら喜ぶかもしれない。
そんな事を考えているとドアがゆったりと開き、マリアが入ってきた。
「おはようございますわ」
「もうすぐ、昼だぞ」
「あら、ゆっくりし過ぎましたわね」
俺は溜息をつきながら、パソコンの画面に目を戻そうとするが、もう一度マリアに目線を戻す。
マリアは「醤油コーラ」なる飲み物を持っていた。
「いい加減にしろやぁ––––––––––––!!」
「カズキくん、仕事」
魔王様に注意をされてしまった。でも、醤油にコーラはないだろう。ありえない。
マリアは俺の視線に気が付いたようで、「一口飲んでもいいですわよ」とコーラを差し出してきた。
流石にコーラは無理があると思うが、味が気になったため、受け取り、意を決して飲んでみた。
「あれっ、思ったよりコーラだ」
「でも、少し待ちますと……」
「醤油だ!」
最初に飲んだ時は普通のコーラなのだが、飲みこんだ後の余韻は醤油である。
不味くはない、むしろ新しい。
「悪くはないな」
「わたくしも、そう思いますわ」
マリアと共に頷いていると、魔王様が席を立ち「お昼休憩にしましょう」と、告げる。
「来て早々にお昼になってしまいましたわ」
「いつも、そうだろ」
マリアの無駄話をしながら、食堂へと向かう。今日のお昼ご飯を考えながら。
食堂に着き、券売機の前に立つと俺は少し苦笑いをしながら、醤油ラーメンのボタンを押した。
だって、そんな気分だったのだからしょうがない。
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