第80話『靴下コーヒー』
「コーヒー入りましたよ♪」
レヴィアさんが、お盆にコーヒーカップを乗せながらこちらに歩いて来た。
現在魔王城オフィスにて、デスクワーク中である。
しかし、俺は仕事どころではなかった。なぜなら、なんと…………なんと、レヴィアさんが左右違う模様の靴下を履いているのだ。
「カズキくん、そんなにコーヒーが飲みたかったの?」
「そ、そうなんですよー、喉が乾いちゃいまして……」
レヴィアさんの靴下を見ていたのだが、魔王様には俺がコーヒーを見ていると思われたようだ。
魔王様は「コーヒーもいいけど、ちゃんと仕事してね」と柔らかく言うと、自身のパソコンに視線を戻す。
だが、魔王様には悪いが仕事どころではない。
レヴィアさんの靴下をチラッと盗み見る。やっぱり、左右で絵柄がちがう。
今日のレヴィアさんはスキニーデニムを穿いているのだが、先程足元に違和感を覚え、ちらっと見たところ、左側は白地の可愛らしいデザインのソックスなのだが、右側は茶色の模様が入っているのが見えた。
"左右で違う靴下を履く"というオシャレも存在する。
しかし、何事もキッチリとしているレヴィアさんが、そのようなオシャレを好むとは思えない。
以前、パジャマデーというものがあった。これは、海外の小学校などで導入されているレクリエーションの1つであり、その目的は確か…………いや、そんなのはどうでもいい。
問題は、今日がその類の"左右違う靴下を履く日"であるかの確認だ。
俺は席を立ち、魔王様の後ろへと回り込む。魔王様は俺に気が付いたのか「くるり」と振り向いた。
「何かしら?」
「あ、えっと…………今日も素敵な髪型ですね」
「……カズキくん」
「は、はい」
「そんな事言っても、お給料は上げないわよ」
「ち、違いますよ!!」
突然要件を聞かれたため、思った事を言ってしまった。魔王様は「じゃあ、何の用なのっ?」と、ちょっと上機嫌に同じ質問をしてきた。
「…………始まりの街の宿屋の値段が、安すぎるとは思いませんか?」
「あぁ、それはね––––」
俺は適当に仕事の相談を持ちかけるフリをしつつ、魔王様の靴下を盗み見る。左右同じ靴下だ。今日は左右違う靴下デーではない。
「ちょっと、カズキくん」
「は、はい!」
「話聞いてるの?」
「とってもよく聞いております」
魔王様は「なら、いいけど」と仕事の話を続ける。
頷きながら、魔王様の話をおぼろげに聴き、お礼を言ってから自分の席に戻る。
ここで状況確認だ。今日は左右で違う靴下を履くデーではない。
次に、レヴィアさんのオシャレでもない。
彼女は間違いなく、自身の意思とは関係なく左右で違う靴下を履いている。
俺のミッションは前回同様、大きく分けて2つ。
まずは、周りの人に気が付かれないようにレヴィアにその事を伝える。
これはレヴィアさんが恥をかいてしまうからだ。
次に出来ればレヴィアさん自身が気が付くのが好ましい。こちらも、同様の理由だ。
俺はデスクから消しゴムを取り出し、ワザとレヴィアさんの足元へと転がす。
「……アー、ケシゴムオトシチャッター、スイマセン、レヴィアサン、ヒロッテモラエマスカ?」
「カ、カズキさん? どうしたんですか?」
「えっ、べ、別に、消しゴム落としただけだしぃ? つか、消しゴム落としただけだしぃ?」
「あ、消しゴムですね……ちょっと待っていてくださいね」
何とか目的を果たせそうだ。レヴィアさんは屈み込み、消しゴムを探し始めた。
これなら自身の足元を見て、靴下が左右で違う事に気が付くはずだ。
しかし、思惑とは違う事が起きた。
「消しゴムって、これですの?」
「……あぁ、ありがとうマリア」
なんと、マリアが消しゴムを拾い、手渡して来た。作戦失敗である。
こんな時にだけ気が利くなんて、本当に気が利かないお姫様だ。作戦を練り直す必要がある。
どうしようかと辺りを見渡すと、小春ちゃんと目が合ってしまった。
「ふふふっ、何かお悩みごとやろか〜?」
「そ、そんなことないよー」
「うちで良かったら相談に乗るで〜?」
どうすべきか悩んでいると、小春ちゃんが小首を傾げ可愛らしく微笑むので心を決める。
「さ、左右非対称ってどう思う?」
「髪型の話やろか〜? アシメトリーっていうんは知っとるよ〜」
「いや、そうじゃなくて……」
「ほなら、オッドアイやろか〜? あ〜、カズキはん、宵闇の魔王の格好を一新しはる気ぃやろ〜?」
「違うよ!!」
「アシメの髪型にオッドアイ…………如何にも宵闇の魔王って感じがして、いいと思いやす」
小春ちゃんは、口元に手を当てながらクスクスと笑っていた。
俺は「勘弁してくれ」という意味も込めて、首を振る。
小春ちゃんへの相談は、宵闇の魔王の"宵闇っぽさ"が増しただけで終わってしまった。
俺は一息つこうと先程レヴィアさんの淹れてくれたコーヒーを飲もうとするが、カップは空になっていた。
「あれ、空だ」
「あ、わたしが飲んでおいてあげたわよ」
魔王様がけろっと答える。
「なんで、飲んじゃうんですか!」
「だって中々飲まないのだもの」
「まぁまぁ、カズキさん、コーヒーはまだありますから」
レヴィアさんが俺のカップを手に取り、ミニバーの方へと向かう。
どうやら、継ぎ足してくれるようである。しかし、レヴィアさんの靴下問題は一向に解決していない。
なんとかして、打開策を考えないと…………
思考を巡らせ「うんうん」唸っていると、後方からレヴィアさんの「あっ」という可愛い悲鳴が聞こえた。
「レヴィアさん、どうしたんですか?」
「あ、いえ、先程コーヒーを少しこぼしてしまったのですが、靴下に跳ねていまして……」
レヴィアさんはデニムの裾をめくり、靴下を俺に見せてくれた。
左右違うと思っていた靴下は、実は同じものであり、その違いはどうやらコーヒーのシミだったようだ。
こうして、俺の勝手な勘違いで起きた『レヴィアさんの靴下が左右で違う事件』は幕を閉じた。
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