第78話『男装スイーツ』
「俺様、お前が欲しい、カズキ、俺様の物になれよ」
「…………魔王様、おはようございます」
今日もイルカさんにご飯をあげてから出社すると、男装を決め込んだ魔王様に口説かれた。
タキシードに、ばっちりと決まったヘアスタイル。もともと綺麗な顔立ちのため、結構似合ってはいた。
「魔王様、なんでそんな格好をしているんですか?」
「イケてるでしょ? じゃなかった…………俺様イケてるだろ?」
「はいはい、イケてる、イケてる」
無理をして渋い声を出す魔王様に、適当に合わせながら椅子に腰掛ける。
辺りを見渡すとレヴィアさんと、小春ちゃんはコタツに入りオセロに興じていた。盤面は真っ黒に染まっている。マリアは居ない。多分まだ寝ているのだろう。
仕事をしようとしていると、またもや魔王様が俺を口説き始めた。
「じゃあ、俺様の物になれよ」
「給料上げてくれたらなる、なる」
「ほんとっ?」
「ほんと、ほんと」
「じゃあ、上げてあげるわ」
カズキの きゅうりょうが あがった! ▼
「本当に上がっちゃった!」
喜んでいると、魔王様が俺の肩に手を回してきた。大きな胸が当たっているが、いつもと感触が違う。男装の為に抑えているのだろう。
魔王様はそんな事気にもしていないのか、俺の耳元に口を近付け、囁いた。
「なぁ…………今夜は寝かさないぜ」
「残業は嫌ですよ?」
「違うわよ!!」
「じゃあ、なんなんですか? 夜勤ですか? 嫌ですよ」
「ある意味夜勤ね」
「じゃあ、嫌です」
魔王様は少しムスッとした表情をするが、今度は俺の顎をくいっと持ち上げ顔を近付ける。
「お前美味そうだな、食べちゃいたい」
「やっぱり、人間を食べるんですか?」
「食べないわよ!!」
「多分美味しくないですよ?」
「あ〜うん、そうじゃなくて、いや食べるは食べるんだけど……そうじゃなくてね」
魔王様は何やらわけの分からない事を呟いていた。正直そろそろ勘弁して欲しい。
俺は頼りになりそうな小春ちゃんに視線を送り、「ヘルプ!」とアピールする。
「魔王はんはな、カズキはんと遊びたいんよ〜」
「そうなんですか、魔王様?」
「そうよ!…………じゃなかった、そうだ、俺様のおもちゃになれよ」
「な、何をする気ですか?」
動揺する俺に対し、魔王様はまたもやズィーと顔を近付けると、空色の瞳で俺を見据える。
その距離は余りにも近く、魔王様の瞳に俺の顔が映っているのがはっきりと見える。
そしてからかうように甘い声で囁いた。
「俺様の命令が聞けない子猫ちゃんには、お仕置きが必要だなぁ」
「お仕置きって、まさか、減給ですか!?」
「あ、想定してたのは違うわね」
「減給より、恐ろしいこと…………まさか、サービス残業させる気ですか!?」
「わたしが、あなたに残業させたことある?」
「ないです、それどころか定時の前に仕事が終わります」
魔王様の意図や真意が全く分からない。今度はレヴィアさんに助けを求めようとするが、"白いオセロ"を置く場所を必死に考えていたため、やめておいた。
魔王様は今度は俺の手を取り、黒のマジックで落書きをし始める。
俺の右手には「ま〜ちゃん」と書かれていた。
「魔王様なんなんですか、これは……」
「わたし……じゃなかった。俺様、自分のモノには名前を書くタイプなんだ」
「あ、これ油性じゃないですか!」
「ふっ、これで俺様のモノさ」
俺の抗議など魔王様は聞いていないのか、キザな態度を取り続ける。
それにしても、どうして男装などしているのだろうか……
悩んでいると、小春ちゃんが1枚のチラシを渡してきた。
【カップル限定で、スペシャルスイーツをサービス! 異世界映え間違いなし!】
「魔王様、コレ行きたいんですか?」
「そうなのよ、今度あっちゃんと行こうって約束してるのだけれど、カップルじゃないとダメって」
「それで男装を?」
「どちらかがする話になって、わたしがジャンケンで負けちゃったのよ」
「あぁ、それで男装していたんですか……」
事実は思っていたよりもシンプルなものであった。
「でも、魔王様は有名人ですから、男じゃないってバレてしまうんじゃないですか?」
「何言ってるのよ、バレるわけないじゃない」
そう言って、隠し切れていない大きな"女性の象徴"を張る魔王様。絶対無理だ。
なにより、そのキャラが1番無理がある。ならば……
「神様と行った後に、俺が一緒に行ってあげてもいいですよ」
「……えっ、本当?」
「本当、本当」
「ふふっ、ありがとう、カズキくん」
にっこりと微笑む魔王様。やっぱり男装なんて無理がある。
その笑顔は隠し切れないほどチャーミングなのだから––––
*
––––後日
「来たわよ!」
「魔王様、神様からクーポン券を預かってますよ」
「あら、気が効くわね」
あの後、神様は急用が入ったとかで魔王様とのカフェをキャンセルしたらしい。
そのため、俺も魔王様も始めてこのカフェに訪れている。
店内はウッドテイストの落ち着いた雰囲気であり、悪くはない。
店員さんに「お好きな席にどうぞ〜」と言われたため、見晴らしのいいテラス席に座ると隣には意外な人物達が座っていた。
「あら、ま〜ちゃんにカズくん、ごきげんよう」
「あ、カズキ! あんた、ちゃんとご飯食べてるの!?」
「イシス女王!…………に、かあさん、なんで居るの?」
「イシちゃんに誘われちゃったのよ〜」
何故か居るかあさんに、おばちゃん叩きをされた。反対にイシス女王は優雅に微笑んでくださった。今日もお美しい。
魔王様は椅子に腰掛けてから、イシス女王に話しかける。
「イシぽよも来ていたのね。でもカップルじゃないと、限定スイーツは食べられないわよ?」
「ま〜ちゃん、ここ」
イシス女王の提示したチラシを魔王様と一緒に覗き込む。先日小春ちゃんに見せてもらった物と同じだが、小さな文字で"ある事"が書かれていた。
【女の子同士のカップルもOK!】
「……って、また百合かよ!?」
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