第76話『猫目ラトニン』
「絶対に真っ暗の方がいいわ」
魔王様が暗闇魔法にでもかかったのか、それとも暗闇魔法が好きなのか良く分からない事を言っている。
現在日課のイルカさんにご飯をあげてから、オフィスに出社して来たところである。
「魔王様は暗いのが好きなんですか?」
「カズキくん、明るいのが好きよね」
「えっ、いや……好きとか考えた事ないですし……」
「だって、いつも電気付けっ放しで寝てるじゃない、全く誰が毎回消して上げてると思ってるわけ?」
「それは、それは大変ご迷惑をおかけしました!」
俺はいつも横になり、ウトウトすると電気を消し忘れて寝てしまう。
どうやら、魔王様がいつもこっそり消してくれているようであった。
つまり、暗いというのは……
「いいえ、豆球こそ至高の明かりですわ!」
「あ、わたしも豆球を付けて寝ていますよ♪」
「うちは、真っ暗の方が好みどす〜」
寝る時に豆球を付けるか、消すかということなのだろう。
正直どうでもいい話題であるが、眼前では豆球派と、真っ暗派の論争が始まっていた。
まずはレヴィアさんが最もな意見を述べる。
「何かあった時に、明るい方が安心出来ると思います」
「その通りですわ! それに、真っ暗でスマホをイジるのは目に悪いんですわよ!」
その意見にマリアが同調するが、豆球でもスマホをイジるのは目に悪いと思う。
その意見をコーヒーを飲みながら聞き入る魔王様。
「暗闇でも、わたしは見えるわよ」
「そりゃ、魔王様なら見えるでしょうね!」
魔王様ははっきり言ってオーバースペックだ。きっと暗闇の中でも通常と変わらないくらい、良く見える特殊能力でもあるのだろう。
「だって、わたし猫目だもん」
「なんか、普通だ!」
猫目とは暗闇でも、猫のように良く見える目の事である。
それに魔王様の大きな瞳は猫の目にそっくりだ。
今度は小春ちゃんが、意見を述べる。
「安眠に必要とされとる、『メラトニン』は少しでも明かりがあると、抑制されてまうんよ〜」
「そ……そうよ、メラトニンよ、すごいのよ!」
魔王様が多分知らないであろう知識に、同調する。
小春ちゃんの言っていたメラトニンとは、ホルモンの一種で朝日の太陽を浴びてから約15時間後に分泌が始まる。
これが分泌される事によって、身体がスムーズに睡眠を行う状態になり、心地よく眠りにつけるのである。
毎日太陽光を浴びた方がいいというのは、実はこのメラトニンが大きく関係している。
そして、このメラトニン寝てる際に少しでも明るいと分泌量が落ちてしまうのだ。
つまり、小春ちゃんの言い分はかなり正しい。
さらに、魔王様が追撃をかける。
「それに真っ暗で寝るとダイエットにも効果があるのよ!」
「本音はそっちかよ!」
「寝てるだけで、痩せるのよ? やるでしょ」
「そりゃ、確かにお手軽ですけど……」
「カズキくんは闇の住人なのだから、暗い方が好みよね」
「人を勝手に暗黒面に落とさないでくださいよ!」
俺の否定に対し、魔王様は片手を顔の前にかざしながらモノマネを始める。
「我は宵闇の魔王、時の支配者〜!」
「からかわないでくださいよ!」
「それに、いつもわたしがカズキくんの部屋の電気を消してるのだから、カズキくんも実質真っ暗派よね」
「それは、まぁ、そうですけど……」
俺の賛成を得ると魔王様は、「どう?」と大きな胸を張る。現状、真っ暗派が優勢である。
しかし、マリアの意外な反論が始まる。
「人類は古来から外敵を避けるために、焚き火をして寝て来た歴史がありますわ!」
「確かにな、俺もそれは聞いた事があるぞ」
「人類は少し明るい方が安心して、熟睡出来るのは歴史が証明していますわ」
「わたし外敵に襲われる事なんてないもの」
「ぐっ……。ま、魔王様以外で、ですわ」
魔王様の言い分にタジタジなマリア。魔王様はとても、それはとてもとても強いため、襲われる事などあり得ない。
言ってしまえば、全ての生物の頂点に君臨しているようなものだ。
次はレヴィアさんが、意見を述べる。
「優しい明かりに包まれた部屋の方が、リラックス出来ると思うんです」
「確かにふんわりとした明かりは、俺も好きだ」
「豆球ではありませんが、ナイトスタンドはデザインも可愛い物が多くて、インテリアにもぴったりですよ♪」
「そうだ、レヴィアさんが言うんだからそうだ」
「カズキくん、あなたは明かり付けっ放し派なんだから、黙っていなさい」
「…………さっきまで真っ暗派だったのになぁ」
魔王様にお叱りを受けてしまった。別に好きで明かり付けっ放し派になったのではないのだが。
そもそもなぜ、俺は明かり付けっ放し派になってしまったのだろうか? うーむ。分からん。
俺が自身が明かり付けっ放し派になった経緯を思い出そうとしている間も、争いは続く。
そして、この真っ暗派と豆球派の争いは一向に終わる気配もなく、それどころか……
「カズキくん、真っ暗よね」
「ズッキー、豆球ですわよね」
……と、俺のさじ加減で決まりそうな所に来ていた。
正直、本当に正直に言うとどっちでもいい。真っ暗でも眠れるし、豆球でも問題ない。明かり付けっ放し派には、そんな事はどうでもいいのである。
しかし、そうも言える雰囲気ではなかった。何とかしてこの場を収めるには…………いや、収める必要などないのだろう。
人はそれぞれの好みがあり、趣向がある。お互いが、お互いの意見を持つものだ。
そして、それらはぶつかり合い、認め合う。
「ま、まぁ、インテリアとしてのナイトスタンドは悪くないわね」
ほらね、俺の言った通りだろ?
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