第75話『はんなりディナー』
「カズキはん、カズキはん」
「なんですか、なんですかっ」
お昼を食べ終わり、休憩していると小春ちゃんに話しかけられた。
ちなみに、本日魔王様は神様のところへ出張中である。
小春ちゃんは、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら話を続ける。
「唐突な話で申し訳ないんやけど、今夜空いてはるやろか〜?」
「空いてはる、空いてはる」
「ほんまっ? ほな、18時に待ち合わせでどうどす〜?」
「かまへん、かまへん」
「ふふふ、おおきに〜」
*
––––18時
「すまん、待ったか?」
「問題あらへんよ〜」
時間通りに待ち合わせ場所の"レストラン"に着く。
小春ちゃんは18時よりも前に到着していたようで、少し待たせてしまったようだ。
小春ちゃんは少し冷えるのか、着物の上に羽織物を着ており、その姿はどことなく日本人形を思わせる。
かくいう俺も今日はスーツを着用しており、レストランに相応しい格好だ。
このレストランは、今度新装オープンする予定であり、なんでも小春ちゃんプロデュースのレストランらしく、今日はその試食を兼ねているそうだ。
「小春ちゃん、小春ちゃん」
「ん〜? どないしたん?」
「俺、今月お財布ピンチなんだけどさ……」
「ふふふっ、お金なんてとらへんよ〜」
「ほんま?」
「ほんま、ほんま」
その言葉を聞き、胸を撫で下ろす。
今月は、新作のラーメンの開発にやたらとお金がかかってしまったので、懐が寂しい状態だったのだ。
「ほな、行こか〜」
「おー!」
小春ちゃんに続き、店内に入る。お金がかからないと知ったおかげで気分は上向きだ。
最近食べてばっかりな気もするが、きっと気のせいだ。
店内はクラシカルな落ち着いた雰囲気で、木目調の柱に、白いテーブルクロス、そして……
「よくきたな、宵闇の魔王!」
「違う、カズキだ」
元気に俺たちを出迎えたのは四天王のアスモであり、この新装開店のレストランのコックを務めているようだ。
座席に案内されながら、小春ちゃんはアスモに声をかける。
「アスモはん、今日はよろしくお願いしますえ〜」
「任せてください、小春オーナー!」
相変わらず元気に答える、アスモ。"オーナー"と言うワードにより、小春ちゃんの立場がはっきりと分かった。偉い人だ。
座席に座ると、従業員の女性がお水を注いでくださる。
そして、ドリンクメニューを渡してくれた。
「カズキはん、お酒を飲んでもえぇんよ〜」
「いや、りんごジュースで」
「ふふふ、ほならうちもそれで頼みやす」
従業員の方は「かしこまりました」と丁寧にお辞儀して、テーブルを離れる。
テーブルには既にナイフ、フォークが置かれており、砂糖にバターも常備されていた。
俺も小春ちゃんもメニューは既に決まっており、コースメニューである。
ただし、俺はお魚が得意ではないためダブルミートだ。
ダブルミートというのは、通常スープとメインの肉料理の間にお魚料理が出るのだが、そのお魚料理を肉料理に変えてもらうというものだ。
先程の従業員の女性が、りんごジュースのボトルとグラスを2つ持って戻ってきた。
「こちら、りんごジュースになります」
「おおきに〜」
「どうも」
従業員の女性は「それから」と話を続ける。
「カズキ様はダブルミートですので、ナイフとフォークを変えますね」
従業員の女性は俺の眼前に置かれたフィッシュナイフとフォークを取り、お肉用の物と交換する。
小春ちゃんはそれを見ながら小首を傾げる。
「カズキはん、お魚さん苦手やったん?」
「あまり、得意ではないな」
小春ちゃんは着物を口元にあて上品に笑うと、グラスを掲げた。
俺もグラスを手に取りコツンとそれに合わせ、りんごジュースを飲む。
口に入れた瞬間に、りんごの甘みがダイレクトに広がる。それでいて甘すぎない。キリッと音がするように甘みは引き、りんごの香りが心地よく残る。
もう一口りんごジュースを楽しもうとしていると、アスモが前菜を持ってきた。
「湯葉と鴨の前菜だ!」
「渋いな」
その前菜は鴨肉に、湯葉が添えられたシンプルなもので非常に食欲をそそる。前菜としては申し訳ない料理だ。
ナイフとフォークを手に取り、小春ちゃんと共に「いただきます」と早速食べ始める。
鴨肉を包みソースに付けてから食べる。
ソースは少し酸味のあるもので、その酸味が鴨肉を引き立てる。だが、少し味が薄い気もする。
「カズキはん、どうやろか〜?」
「いいんじゃないか」
目の前にオーナーがいる手前、無難な返しをする。だが、不味くはない。
湯葉も主張は少なめで、鴨肉の邪魔をしない。
あっという間に前菜の皿は空になってしまった。
「お皿お下げしますね」
従業員の女性が、お皿を片付ける。そして、パンを運んで来た。
トーストにオニオンパン、どちらもプレーンな物だ。
オニオンパンを1つ手に取り、ちぎってバターを塗ってから食べる。味が薄い気がする。
「コンソメスープだ! 中身はカッペリーニだ!」
「ほう、渋いな」
パンを食べているとアスモがスープを持って来てくれた。
カッペリーニとはパスタの一種で、とても細いその外見から天使の髪の毛と呼ばれている。
スプーンを手に取り、そのパスタをすくい音を立てずに飲む。
見事だ……様々な味を感じるが、その全てが邪魔をせずにまとまっている。パスタのチョイスもベストだ。だが、少し味が薄い気もするな。
お皿に残ったスープをパンに浸し、食べる。やーっぱり味が薄い気がする。
小春ちゃんに言うべきかと思ったが、小春が美味しそうにスープを楽しんでいるので、開いた口を閉じる。
きっと小春ちゃんは薄味が好みなのだろう。
「お皿、お下げしますね」
空になったお皿を、従業員の女性が再び下げる。
次はお魚料理だが、俺はダブルミートのためお肉料理だ。
だが、本来のお魚料理も気になるところだ。
「小春ちゃん、お魚料理は何が出るの?」
「今日は鯛のソテーって聞いとるよ〜」
「ほう……」
「カズキはんは、ミラノ風チーズカツレツにしといたんやけど、大丈夫やろか〜?」
「こ……小春オーナー、おおきに!!」
説明しよう! ミラノ風チーズカツレツとは言ってしまえばチーズ入りトンカツなのだが、揚げるのではなく、オーブンで焼くのがミソだ。
その工程により、肉の旨味とチーズの深みが溶け合い、最高のトンカツとなるのだ。
そんな事を考えていると、アスモが器用にお皿を持って来てくれた。
「小春オーナーは鯛のソテーで、宵闇の魔王はカツだ!」
「違う、カツキだ!」
「カズキはん、お名前が変わってはるよ〜」
小春ちゃんに注意されてしまった。カツレツを目の前にして興奮してしまったようだ。
流行る気持ちを抑え、ナイフでカツを一口サイズに切ると、中からチーズが溢れ出した。それをカツに付け、トマトソースを絡めてから口の中へ。
「……こ、これは、美味い! 美味すぎる!!」
「ふふふ、ゆっくり食べてな〜」
ポーク、トマトソース、チーズ、付け合わせのアスパラに至るまで全てが完璧だ。
しいて言うなら味が薄い事くらいだろうか? だが、そんな事は気にならないくらいの美味さである。
1分もしない内に全て平らげてしまった。
口を拭き、りんごジュースを一気に飲み干す。
小春ちゃんが食べ終わるのを待つため、先程のオニオンパンをまたちぎり、バターを塗って口の中に放り込む。
その後にお水を飲んで口の中をリセットし、最後のメイン料理への準備を整える。
小春ちゃんが食べ終わったタイミングを見計らって、従業員の女性がお皿を片付けてくださる。
「カズキはん、りんごジュースのおかわりはどうどす〜?」
「それじゃあ、貰おうかな」
小春ちゃんは了承の返事をすると、りんごジュースのおかわりをオーダーした。
グラスを1度下げられ、新しいグラスにりんごジュースが注がれる。
そして、最後のメイン料理が到着した。
「牛フィレ肉のステーキだ!」
「ほぅ、渋いな」
ソースはおそらく、匂いから言ってマデラソースだろう。
付け合わせのサラダを少し食べてから、ナイフでフィレ肉を切りソースを絡ませ……食べる。
「……こ、これは! 美味い! 美味すぎる!!」
焼き加減はミディアムといったところか。噛むたびに肉の旨味が染み出し、それにソースがアレンジを加える。
今度は少し厚めに切り、再び口の中へ。
焼き加減、肉の大きさ、全てパーフェクト。お肉本来の旨味を引き出し、それをソースと付け合わせがサポートする。見事な連携プレーだ。ちょーっと味が薄い気もするが、そんなのは関係ない! 美味い!
「カズキはん、カズキはん」
「なんだい、小春はん?」
小春ちゃんは自身の口を「ここ」と指差す。
どうやら、ソースが付いていたようだ。
「小春ちゃん、このステーキすごい美味しいよ」
「せやろ、このお肉もな––––」
小春ちゃんが言い終わるまえに「島?」と聞いところ「島どす〜」という答えが返ってきた。
小春ちゃんの事だ、きっとりんごジュースからパン、それに付け合わせのサラダに至るまで自身の手で育てたものを使用したのだろう。
料理も、素材それぞれの素晴らしさを引き出すような構成だったのも頷ける。
満腹感とは対照的に空になったお皿を、慣れた手付きで従業員の女性が下げてくださる。
「コーヒーと紅茶どちらになさいますか?」
「ミルクティーで」
その回答が意外だったのか、小春ちゃんが少し驚いていた。
「コーヒーにせんで、えぇんどすか〜?」
「そんな気分なんだ」
「ほなら、うちもミルクティーで頼みやす」
「かしこまりました」
従業員の女性は、サッとテーブルのお皿を片付けて、キッチンの方へと向かう。
入れ違いにアスモがニコニコしながらデザートを持ってきた。
「本日のデザートだ!」
「ほぅ、渋いな」
デザートはこれまでとは打って変わり、和風テイストなものであった。
モナカに、栗饅頭だろうか。それに色とりどりの大福が、お皿に可愛いらしく並べられていた。魔王様が喜んで写真を撮りそうである。
フォークとスプーンを手に取ると、先程の従業員の女性が紅茶を注いでくださった。
注いだ瞬間に紅茶の香りが広がり、食後のまったりとした雰囲気を醸し出す。
小春ちゃんはアスモと親しげにお喋りをしており、俺はそれを見ながら魔王様のお土産にとデザートをカメラに収めた。
見せたらどんな顔をするだろうか? 「カズキくん、ずるいー!」と怒る表情が目に浮かぶ。
怒られないためには、今度一緒に来るのが一番だろう。
セーブしはります〜? ▼
▶︎しはる
しない
▷しはる
しない
セーブがかんりょうしたどす〜 ▼
〜登場人物〜
【カズキ】
味が薄いのは、カズキだけ。理由はどんなラーメンが好きだったか思い出そう。
【小春ちゃん】
今回は小春オーナー。自身が育てた、食材を使用したレストランをオープンする。
【アスモ】
高い料理の腕前を遺憾なく発揮した。前日まではドラゴンも一緒に料理の下準備をしていた。
【従業員の女性】
実は宵闇の魔王のファン。帰り際に一緒に写真を撮ってもらった。