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第1話『アットホームな職場』


「それでは早速で悪いのだけれど、始まりの洞窟にスライムの配置をお願いできるかしら?」


「へっ? スラ、スライム?」


 場所はオフィス。目の前にはオフィスカジュアルな衣服をまとった女性。

 困惑する俺に対し、その女性はまるで部下に指示を与える上司のような口調で、話しを続ける。


「必ず、等間隔とうかんかくに並べてね。冒険者や勇者の方が、効率良くレベルアップ出来るように」


 "なぜこんな事になったのか?"というと、時は数日前にさかのぼる––––




 *





「あんたも良い年なんだから、そろそろ働きなさいよ」


「はいはい、分かってますよ〜」


 母親に空返事を返しながら、俺は冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。

 特にやりたい事もしたい事もなく、高校を卒業して、そのまま自分探しと言う名のニート生活を送っている俺…………「カズキ」は、何をするわけでもなく、変わり映えしない毎日を過ごしていた。

 そんなダラダラとする俺に対し、「ほら、少しは働き先を見つけたら」と母親がいつもの様に求人雑誌を俺の眼前にスッと置いた。こんな物の中に、俺のやりたい事なんてあるもんか。いや––––実際はやりたい事などない。何もしたくないわけでは無いが、何かをしたいわけでもない。

 まぁでも、俺は今すぐ仕事が決まるのならば、よほど辛い仕事でもない限りその仕事を普通にこなすと思う。

 農作業なら普通に土の上に種を並べるし、資料を作れと言われたらパソコンの画面上に文字を並べるだろう。

 ただ、面接に行くのは面倒だし、多分受からないと思うし、こうやって求人誌のページをめくっていても、俺に訴えかけるあと一押しの何か、背中を押してくれる何かは、ページの何処にも見当たらない。


 ––––と、思っていた。


「こんな物の中に俺のやりたいことがあるわけね〜………………おおおおおおお!?」


 ページからハラリと落ちたチラシを見ると、そこにはこう書かれていた。


【デスクワークを出来る方募集! アットホームで働きやすい職場です!  月給42〜50万、保険交通費完備】


「デスクワークだけで50万だって!? かあさーん!! かあさーん! 俺のスーツどこー!?」


 まさか、俺に必要なあと一押しが金銭だったとは、自分でもびっくりだ。





 *



 


 早速、久しぶりの就職活動をするため髪を切り、身だしなみを整えた。

 数ヶ月ぶりに髪を切ったお陰か、清々しい気分でハローワークの扉を開く。

 ハローワークには以前も来た事があり、その時の結果は散々だったのだが、ある程度の勝手は分かっているつもりだ。

 カウンターの職員の女性と目が合い「どうぞ〜」と案内されたので、持参したチラシを見せ、面接希望の旨を伝えた。

 職員の女性はそのチラシを見ると、「少々お待ちください」と何処かに電話をかけ、その後に俺の現状を知るためのいくつかの応答が始まる。


「それでは、カズキ様は高校卒業からの空白期間は何をされていたのでしょうか?」


「あ〜、自宅で株を……」


「パソコン関係がお強いからデスクワークを?」


「あ、はいそうです」


 職員の女性は、こちらの心情を察しているかの様に無駄を省き、会話を誘導して来た。何度もこんな感じのニートを相手にしているのだろう。

 職員の女性は資料を数回確認すると、ハキハキと話しを続けてきた。


「こちらの仕事でしたら採用担当の方が打ち合わせの為にいらしてますので、面接希望と伝えておきますが、如何いたしましょうか?」


「お願いします」


 俺が了承の返事を返すと職員の女性は「確認をしてきますね」と席を外した。

 採用担当の人が直接来ているだなんて、イレギュラーな事態だ。よく考えたら月給50万なんてどう考えたって出し過ぎだ。きっと、印刷ミスなどのトラブルがあったのだろう。

 しかし、せっかくこうやってハロワまで来たんだ。

 例え月給が50万ではなくても、面接を受けて採用されたなら働けばいい。別に働きたくないわけではないからな。

 いくつかの資料を携え戻ってきた職員の女性は、こちらを「チラリ」と伺うと、ある提案をして来た。


「採用担当の方が今からでもと言っておりますが、いかがいたしましょう?」


「いまから、ですか?」


「はい、いまから」


 これは都合がいい。また面接会場に行く手間も省け、1度で全部済むのなら願ったり叶ったりだ。俺は二つ返事で了承の旨を伝える。


「もちろん構いませんよ」


「では、履歴書はお持ちですか?」


 俺はカバンから白紙の履歴書を取り出した。


「あの、まだ書いてないのですが……」


「なら、今のうちにパパッと書いてしまいましょう。お写真はお持ちですか?」


「あります」


 俺はそう答えてから、履歴書に貼る用にここに来る前に撮っておいた写真をカバンから取り出し、職員の女性に見せた。


「それでは写真はこちらに…………ではお名前、学歴、資格、希望理由等の記入をお願いします」


 俺は指定された通りに履歴書に記入事項を書き込んでいった。希望理由は……「デスクワークが得意なので」でいいだろう。

 履歴書を書き終え、それを職員の女性に提示する。職員の女性はそれに軽く目を通すと、ゆっくりと立ち上がった。


「はい、それでは採用担当の方がお待ちなのでこちらに」


「分かりました」


 トントン拍子に話が進んだ事に驚きつつも、俺は職員の女性に案内され、廊下を抜け会議室らしきドアの前に通された。

 職員の女性は、次の人が来たからと俺をドアの前に残して、そそくさと仕事に戻ってしまった。明らかに投げやりな対応だ。まぁ、いいさ。面接は個人戦だ。履歴書の中身より、個人の中身で勝負すれば勝ち目はある。意外にもちょっとやる気になっている自分に驚きつつも、俺はドアの前で深呼吸をしてから気持ちを落ち着かせて、「コンコン」とドアをノックをする。


「どうぞ〜」


 やたらと可愛い声で入室を促された。「失礼します」と断りを入れてから部屋に入ると、そこに待っていたのはブロンドの髪を持つ、目鼻顔立ちの整った綺麗なお姉さんであった。

 彼女は俺と目が合うと「にこっ」と優しく微笑んでくれた。


 めんせつかんが あらわれた! ▼


「始めまして、わたしが今回採用担当を務めさせていただくレヴィアと申します。さ、どうぞおかけになってください」


「あ、よろしくお願いします」


 面接官の女性は柔らかい仕草で、俺を向かい側の座席へと促す。そして、とても落ち着いた雰囲気で面接を進行し始めた。


「それでは、履歴書を拝見させていただきますね」


 俺はカバンから履歴書を取り出し、「お願いします」と彼女に差し出した。

 彼女はそれを両手で丁寧に受け取ると、かけている眼鏡に手を当ててから、履歴書に目線を落とした。

 彼女が履歴書を見ている事をいい事に、俺は彼女の外見をこっそりと盗み見る。

 確かレヴィアと名乗った面接官の女性は、長いブロンドの髪を後ろで軽くまとめ、OLスーツをきっちり着こなしてらっしゃる。眼鏡を時折「くいっ」と持ち上げる仕草がとても素敵だ。下を向いているというのもあるだろうが、まつ毛がとても長く見える。いや、実際に長いのだろう。

 外国の人だろうか? 名前もそれっぽい感じだ。なるほど、外資系の企業とかなのだろうか……。

 こんなお姉さんが家庭教師なら、俺の英語の成績はかなり良かっただろう。

 そんな事をぼんやりと考えていると、彼女は履歴書に目を通し終わったようで、顔を上げ、透き通ったグレーの瞳で俺の顔を真正面から見据える。


 めんせつかんの こうげき! ▼


「それではいくつか質問をさせていただきますね。こちらに『デスクワークが得意』とありますが、どの様な事が得意なのでしょうか?」


「ワープロや、Excelなどの基本的な操作なら出来ます。自営業で毎日パソコンには触れていたので……」


 こういう時は、真実の中に嘘をまぜるのがコツだ。パソコンには毎日触っているし、ワープロやExcelは簡単なものなら扱える。

 面接官の女性は頷きながら俺の話を聞いてくださり、とてもリラックスした雰囲気で質問を続ける。


「自営業とは、どの様なことをされていたのでしょうか?」


「お金を動かす仕事をしていました。ですが、それだけではとてもやっていけなくて……ですので、今回この様な形で応募させていただきました」


 嘘は言ってない。株ではとてもやっていけなかったのは事実だ。在宅でも出来ると聞き、挑戦してみたが、どうやらセンスが無かったようだ。

 面接官の女性は、俺の話を再び笑顔で頷きながら聞いてくれた。


「なるほど、我々も多くのお金を動かす業務ですので、それはとても強みになりますね」


 概ね好印象のようだ。しかし、だからといって「採用」という訳ではないのが、面接のややこしいところだ。それと"あの事"も聞いてみよう。


「あの、月給50万程度とあったのですが、それほど頂いても大丈夫なんですか?」


「はい、我々は皆それと同等の金額で働かさせてもらっておりますゆえ、正当な報酬だと判断しております」


 さすが外資系といったところか、50万を安く見ている。

 能力が高いから報酬も高い、そんなところだろう。要は余程すごい人じゃないと採用してもらえない。

 面接官の女性はにこやかに「ほかにご質問はございますか?」と聞いてくださったが、特に思いつかなかったので「ありません」と答えた。

 それを合図に、面接官の女性は立ち上がる。


「では、面接は以上となります。合否は後ほど連絡させていただきますね」


「はい、分かりました。それでは、失礼いたします」


 俺は荷物をまとめてから席を立ち、退出しようとしたが、背後から「あ、すいませんっ」と呼び止められたため、振り返った。


「なんでしょう?」


「あの、言い忘れてしまいましたが、住み込みの仕事となりますが、よろしいでしょうか?」


「構いませんよ」


 多分受からないだろうからな。なんだっていいさ––––




 *




 


「あんた面接はどうだったのよ〜?」


 俺はかあさんの問いに対し「知らん」と短く答えた。かあさんは溜息をつきながら、文句を口にする。


「それにまた、ゲームばっかりやって〜」


「いいだろ、別に……」


 現在俺は、自宅のリビングにてVRゴーグルを使用してRPGゲームをプレイ中である。

 VRゴーグルを着用することで、まるで目の前にモンスターが存在するかのような臨場感を味わうことが出来る。

 そういえば、先日面接してくださった方も、ゲームの登場人物のように整った顔立ちであった。

 あれから連絡は一切ない。落ちたのだろう。よくあるやつだ、落ちた場合は連絡をしないのが合否の通知だってな。

 当たり前だ。あのような外資系企業の仕事が、俺なんかに務まるわけがない。

 そんな事を考えていると、電話がうるさくけたたましい音を発する。かあさんが慌てた様子で受話器を取る音が聞こえた。


「はい〜、はい! あっ、そうです〜、はい……はい、カズキなら今うちにおりますが、代わりましょうか?」


 かあさんが電話口でいつもより高い声を出している。

 どうやら、俺に用があるようだ。昔の友達から電話とかだろうか?

 しかしその予想は外れ、かあさんは意外な人物の名前を口にした。


「カズキー! レヴィアさんって人から電話だよー! 早く出なさい!」


 その名前には聞き覚えがあった。この間、面接をしてくださった綺麗な女性の名前だ。

「まさか採用の通知か?」と思ったが、すぐに「それはないな」と思い直す。おそらく不採用の連絡だろう。

 あまり期待はせずに、かあさんから受話器を受け取り、VRゴーグルを付けたまま受話器を耳を当てる。


「はい、お電話代わりましたカズキです」


『あ、カズキさん。先日はありがとうございます。本日は合否をお伝えしたく、お電話をさせていただきました』


「はい」


『それでは早速合否についてなのですが……』


「はい」


『採用とさせていただきます、つきましては––––』


「はい、そうですか失礼し…………さささ、採用ですか!?」


『はい、採用となります』


「あ、ああありがとうございます!!」


 予想とは違う答えが返ってきて、思わず声がうわずってしまった。

 電話の向こうでは、彼女の笑い声が聞こえきた。


「す、すいません、あまりに嬉しくて動揺してしまいました」


『大丈夫ですよっ。それでは早速なのですが、いつ頃から働く事が可能でしょうか?』


「あ、明日! い、いや、今からでも直ぐに!」


『では、今から転移の魔––––』


「…………どうしたんですか?」


 俺の了承の返事に対し、彼女は何かが気になったのか、途中で口を閉ざし、何を言おうとしたのか聞き取ることは出来なかった。

 しかし、その"気になったこと"はすぐに分かった。


『……その音、もしかしてRPGゲームの音ですか?』


「し、失礼しました! 電話中だというのに申し訳ありません!」


『すいません、少々お待ちくださいね』


 急いでゲームの音量を落とすが、電話口からは保留音が鳴り響いていた。とんだ失態を犯してしまった。

 仕事をする上では態度が大事である。ゲームをしながら電話をするだなんて、ありえない話だ。

 これが理由で、せっかくの採用が無しになるなんてこともあり得る。

 おそらく、今その相談をしているのだろう。

 だが、保留音が鳴り止むと電話口からは斜め上な返答が返ってきた。しかも弾んだ声で。


『すいません、お待たせしました。わたしもよくRPGゲームをやるんですよ♪』


「い、意外ですね……」


『そのゲームも、隠しコマンドを知っているくらいにはやり込んでいますよっ』


 音だけでソフトの種類まで分かるとは、かなりの通である。しかも、隠しコマンドがあるなんて初耳だ。


『もしよろしければ、そのコマンドを教えてあげましょうか?』


 まさかの共通の話題、共通の趣味に、俺は少し嬉しい気持ちもあり、「お願いします」と元気に返答した。


『タイトル画面で、上上下下左右左右BAと打ち込むんですよ♪』


 俺は言われた通りにタイトル画面に戻り、コントローラーにコマンドを打ち込む。

 すると突然、ふわっとした感覚を覚える。さらに、先程までVRゴーグルに表示されていた映像がプッツンと途切れ、真っ暗になってしまった。

 回線が切れたのかと思い、慌ててVRゴーグルを外すと、目の前にはパソコンが立ち並ぶオフィスが広がっていた。

 辺りを見渡すと、先日俺の面接を担当してくださった女性が居て、目が合った。

 彼女は面接時と同じように、俺に「にこっ」と優しく微笑むと、少し離れたデスクに座る人物に話しかけた。


「魔王様、先日採用した方が到着なされましたよ」


「ありがとう、レヴィア」


 "魔王"という言葉に反応し、そう呼ばれた人物の方に目を向ける。そこにはストロベリーブロンドの髪を持つ、ブラウス姿の女性がこちらをジッと見つめていた。

 その女性は、床に座り込んだままの俺に近付くと、まるで部下に仕事の指示を与える上司のような口調で、俺に話しかけてきた。


「それでは早速で悪いのだけれど、始まりの洞窟に、スライムの配置をお願いできるかしら?」


「へっ? スラ、スライム?」 

「必ず、等間隔とうかんかくに並べてね。冒険者や勇者の方が、効率良くレベルアップ出来るように」


「はぁ?…………え?」


 目の前で起きた出来事や光景に戸惑っていると、オフィス内に大声が鳴り響く。


「魔王様! 第3の塔の番人から、『ダンジョンの老朽化による破損に、保険金の適応は可能か?』という問い合わせが!」


「あとにしてちょうだい、今は新しく産まれた勇者の街へのプロモーションが優先よ。レヴィア?」


「王様から、城の塔の一部を破壊しても良いと。どうなされますか?」


 これは魔王城に就職してしまった男の物語である––––




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