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第九十八話 腕相撲の行方

 何時の間にか増えている観客たちの注目が集まる中、風真は先に台の前に立ち、右肘をその上に乗せた。


 するとスキンヘッドは両目を見開き、瞬時に茹でダコのように赤く染まる。


「てめぇ! どういうつもりだ!」


 右腕をぶんぶんと振り下ろし、これまでで一番の怒声を上げ歯牙を露わにする。


「あん? 何一人でかっかしてんだ。いいからさっさと始めようや」


 だが、そんな風真の姿勢に周りの観客からも疑問の声が上がる。理由は風真が乗せた腕にあった。


 着物の袖が捲られ露わになった上腕二頭筋は逞しく、それだけでも見ているものの期待値は上がる――ものなのだが、彼の腕は既に半分以上横倒しになっているのだ。


 これでは相手のスキンヘッドが少し風真の腕を倒すだけで決着が付いてしまう。


「いい加減にしておけよ。俺は真剣勝負を挑んでんだ。まさか負けた時の言い訳の為だってんなら承知しねぇぞ!」


「ちげぇよ。お前既に何戦も試合やってんだろ? だったらまともにやっても俺の方が有利じゃねぇか。だからこれで丁度いいんだよ」


 風真はさも当然と言いのける。するとスキンヘッドの表情が若干和らぎ、むぅっと唸った。だが納得はしていないようで一人腕を組んだまま、上腕を右の指でトントンと鳴らし続けている。


「おい! もういいじゃねぇかこれで!」


 いよいよ苛立ちを抑えきれなくなった相棒が、横から口を出す。

 スキンヘッドはそんな相棒の顔をみやり、不満の表情を覗かせるが、

「おい。折角向こうがこう言ってくれてるんだ。まさかお前が負けるとは俺も思わないが、万が一って事もあるだろう」

とこの言葉にはスキンヘッドも瞳を尖らせる。


 すると相棒の小男は慌てて両手を振り、

「いや、だからどっちにしろこのあんちゃんを倒しちまえば、お前だって大会に出れるかも知れねぇんだ。だからここはさっさと終わらせてしまおうぜ」

と何とかそれで納得してもらおうと試みる。


 その相棒の言葉にスキンヘッドはむぅ、と一つ唸り、不承不承という面持ちではあるものの。


「言っておくが、それで負けても文句はいわせねぇぞ?」


 そう風真に念を押した。


「わぁってるよ。ほらさっさと始めようぜ」


 舐めやがって――と小さく呟き、スキンヘッドは風真の手に己の大きな手を重ねた。


「それじゃあ始めるぞ。いいか?」

 

 審判役の相棒が確認を取ると、二人がこくりと頷く。


「よし! それじゃあ――始め!」


 その瞬間二人の肩と上腕が大きく膨れ上がった。スキンヘッドの腕には太い血管が有り有りと浮かび上がり彼の本気を窺わせる。


 観客達もヒートアップしてきているのか大きな声援が飛び交った。

 だが、少しずつ見てる側の声がざわつきに変わり始めていた。彼等も気付き始めていたのだ、その力の差に――


 スキンヘッドは上歯と下歯をギリギリと噛み合わせ、眉間か頭かといった所に無数の溝を作り、それでも腕が動くことは無かった。


 そんなスキンヘッドの顔を悠々とした表情で見据える風真。まるで鉄の杭が一本打ち込まれているんじゃないかと思えるほど、その腕は微動だにしない。


 相手からしてみればほんの少し、その腕を傾ければ勝利に至るという好条件である。おまけに肩の大きさも筋肉の膨らみも明らかにスキンヘッドの方が上なのだ。


 だがいくら彼が力を込めても、身体の位置を少しずらしてもみてもソレは変わらなかった。むしろ動けば動くほど無駄に体力を消耗するだけである。


「なぁ? もう終わりか?」

 

 風真がそう問う。高熱にうなされてるように、顔を真っ赤にさせうんうん唸る相手とは対称的に、涼しい顔で耳まで穿る有り様だ。


「ぐぉぉおおぉおおおぉおおぉ!」


 スキンヘッドが渾身の力を込め咆哮する。が、状況は全く変わらない。そして――


「うんじゃ、そろそろ決めさせて貰うか。おらよっと」


 静かにそう述べ、風真はあっさりスキンヘッドの腕を反対側に押しやり台へと叩きつけた。


 戦い(一方的な)が終わり、肩でぜぇぜぇと息をするスキンヘッドを尻目に、風真が相棒の小男に近付く。


 周りの観客達のざわついた声が聞こえてくるが、全く気にも止めていない様子だ。


「おい。これでその賞金とやらは貰えるんだな?」


 勝敗が決し、風真が小男に右手を伸ばし詰め寄る。


「え? いや、え?」


 男は狼狽えた様子で後退りした。脂汗が額から滲み出ている。

 その様子に風真が顔を眇めた。


「おい! まさか払えないとかじゃねぇだろ――」

「うぉぉぉおおおぉお!」


 風真が話してる途中、後ろから大型の獣が如き吠え声が響き渡る。


「こんなのはインチキだ! てめぇ! さては隠れて魔術使いやがったな!」


 どうやらスキンヘッドはかなり往生際が悪いらしい。勿論風真が魔術等使えるわけが無いのだが、己が負けに納得が言っていないようだ。


「はぁ? 何言ってんだお前?」


 風真が呆れたように言を吐く。だがスキンヘッドは風真に指を突きつけながら、

「俺がお前みたいなふざけた格好の奴に負ける理由がない。隠れて小細工するなんざふてぇ野郎だ」

と罵詈讒謗を浴びせる。


 これには風真も辛抱ならずと眉間に血管を浮き上がらせ、口を開きかけるが――


「おい! 往生際が悪いぞ!」

「そうだ。負けたんだから素直に払え!」

「取るものだけしっかり取っておいて、いざとなったら払えないなんて卑怯だぞ!」


 周囲から風真を養護する声が飛び交った。スキンヘッドと小男の顔に焦りの色が浮かびあがる。


「く、くそ!」


 スキンへッドが口惜しそうに語気を強めるが――肩を落としながら小男を振り返り。


「もういい。払ってやれ」

と諦めたように言う。


「え? いやでもよぉ……」


「いいから払え! これ以上恥を掻くわけにはいかねぇだろうが!」


 スキンヘッドの叫声に、相棒も漸く観念した様子で、ほらよ、と風真に賞金の入った小袋を手渡すのだった。





「へへっ。あのあんちゃん強そうだなぁ」


 遠巻きに見ていたエンジが嬉しそうに頬を揺らした。それを見ていたチヨンが一つ溜息を付く。


「駄目ですよエンジ様。こんな所でまた勝負を挑むなんて事をしては」


「えぇ? なんでだよチヨン」


 エンジの反応に、やれやれとチヨンが頭を振る。


「全く。それで一体どれだけ問題になった事か……次期党首としての自覚も必要ですよエンジ様」


 チヨンのちょっとした苦言に、エンジがちぇっと両手を後頭部に添え口を尖らす。


「でもエンジ様。もしかしたらあの方とは戦う機会があるかもしれませんよ」

 

 その言葉にエンジが本当か! と目を見張り振り返る。


「えぇ。あの腰に差してる物に付いてるのは大会参加者の証ですから」


 エンジはチヨンの指さした方を凝視した。確かにそれはエンジが宿に置いてきた獲物に付けてるのと同じものだ。


「おお! 本当だぞチヨン! こりゃ俄然大会も楽しみになってきたぜ」


 エンジはまるで新しい玩具を買い与えられた子供のように、喜んでみせる。


 その姿を聖母のような瞳で見つめた後、さぁ、と延べ。


 じゃあ服を買いに行きましょうね、とチヨンが嬉しそうに腕を絡めた。


「ほ、本当に行くのか?」

「はい」


 音符と一緒に発せられたような、嬉々とした返事にエンジも従うほかなかった。

 

 そして同時に、勝負も見終えたし、ここからは早くでた方がいいかな、という気持ちにもかられていた。


 何故なら先ほどまで自分を避け続けているようだった周囲の空気が、チヨンが現れてからというもの、明らかに殺気と、恨みと、嫉妬の渦巻くものにかわっていたからだ。


「チヨン。その、なんだ、あまり人前で腕とか、そういう風にするのはどうかと思うぞ……」


「え? エンジ様は迷惑なのですか?」


 その言葉にひどく悲しい表情を織り交ぜてくるものだから、エンジも流石にそれ以上の事はいえなくなり。


「いや。うん俺は別に迷惑じゃないんだけどなぁ、その、まぁ」


「本当ですか? 良かった……」


 ほっとした表情でより腕をその巨大な果実に押し付ける。

 

 エンジの顔は高熱に侵されたが如く、赤く染まったが、まぁいいか、とそのまま広場を後にした。





「あぁ! 風真こんなところにいた!」


 バレットはリディアと共に、一向に戻ってこない風真を探し求めて広場にやってきていた。


 最初はリディアと界隈の店を覗きこんだりしてたのだが、よくよく考えたら風真がそんなところにいるはずもなく、かといってバレットがトイレを覗きこんでもいる気配がなかったので、もしかしたら広場に戻ってるかもしれないという結論に至ったわけだが。


「いやぁ。しかし何をしてたんだろうねぇ風真ちゃんは。 何かを受け取ってるみたいだけどねぇ」

と何故か隣にはフレアの姿。


 実はリディアは買い物に夢中で、暫く風真が戻ってこないことには気づいていなかったのだが、そんな二人に偶然通りがかったというフレアが声を掛けてきたのだ。


 そして彼の、あれ? 風真ちゃんは? の声で漸くリディアがはっとした顔になり、風真を探し始めたというわけである。


「お~い! 風真ちゃぁあああん!」


 天まで届きそうな大声でフレアが風真の名を呼んだ。


 一斉に周囲の視線がその金髪に集められ、そして……ざわついた。


「あれって?」

「きゃぁあぁあ! フレア・バーニング様よ!」

「華麗なる焔の貴公子のご登場だ!」


 随分と盛り上がってるようで、フレアも手を軽く振って応える。

 そういえばここに来る途中も声をかけられたり握手を求められたりしてたな、とバレットは思い出す。


 どうやら実際人気は中々の物のようだが、リディアは、

「何? 焔の貴公子って?」

と少々冷めた表情である。


「いやぁ。僕が広めたんだよね。かっこいいでしょう?」


 バレットもリディアもそれには返答せず、風真を見た。

 

 当然だが、風真もその声に気づかないわけもなく、一度三人の方を振り返り、明らかに不快だという顔を見せ。


 くるりと反転し逆方向へと向かった。


「ちょっと! 何やってんのよ! 勝手な事するなっていってるでしょ! ば風真!」


「ばかと風真ちゃんをかけるなんて、中々やるねリディアちゃん」


 フレアが小刻みに両手を打ち鳴らしながら褒めてきた。


 だが風真に関しては再び振り返り、

「誰がば風真だ! ぶっ飛ばすぞ!」

と声を張り上げる。

 

 その姿に、やれやれ単純だねぇ、とバレットはハットのブリムを軽くおし上げるのだった。


「たくよぉ――」

 

 頭を掻きむしりながら不満の言を吐き出す風真であるが、その様子を見ながらリディアが腕を組み。


「文句を言いたいのはこっちよ! 全く本当に子供じゃないんだから少しはちゃんとしてよね!」

と言って聞かせるような口ぶりのリディアに、まるで保護者のようだな、とバレットは苦笑するが顔を巡らせ両手を振り翳しながら風真に質問する。


「ところで旦那はここで一体何をしてたんだい?」


 最初風真を見つけた時、彼は風水の向こう側で小柄な男から小さな袋を受け取っていた。


 その男の後ろにはもう一人スキンヘッドで大柄な男もいたのだが、その二人は風真にその何かを手渡した後その場を去ってしまった。


 だがその表情には明らかな不満が見てとれたのだ。


 今三人と対面する風真の手にはその小袋が握られている。

 

 バレットはそれが何かが気になったのであった。


「あん? 別に何でもいいだろ」


 そんなバレットの問いに、風真がそっけなく応える。


「はぁ? いいわけないでしょ!」

とこれはリディアの声。バレットの後ろから叫びあげ、歩幅大きく風真の前まで歩み寄り人差し指を風真へと突きつける。


「あんたは管理されてる身なんだから勝手な行動されちゃ困るのよ! てか、それもしかして脅して無理やり奪ったとかじゃないでしょうね!」


 しきりに問い詰めてくるリディアに辟易としながら、

「俺がそんな事をするわきゃねぇだろうが!」

と風真も強く言い返し口論になる。


 その様子にバレットはやれやれと肩を竦めるが。


「それってもしかして賞金じゃないの?」

とフレアがにこにこしながら口を出した。


「賞金?」


 フレアを振り返ったリディアが目を丸くさせ、風真が、ちっと舌打ちをしそっぽを向く。


「確かここ、めっぽう腕っ節の強い二人が腕相撲で商売をしてるって聞いた気がするからね。参加料を支払って勝てば賞金が貰えるって話だったかな?」


 そこまで言って一旦顎に指を添え何かを考察するようにしながら更に話を紡いだ。


「二人の内、腕相撲をする方は確か今回の大会の予選にも出てた男だって話だったかな。予選は通らなかったみたいだけど実力はあったみたいで随分荒稼ぎしてたみたいだねぇ。でも風真ちゃんなら余裕だっただろうねぇ多分」


 話を締め、愉快そうにフレアは身体を揺すった。


「……いくら貰ったの?」

 

 リディアが静かな口調で問いかける。


「あん? だから何で俺がお前らにそんな事を……」

「いいから答える!」


 リディアの声が尖った。鋭い目付きで風真を見上げる。

 この迫力は中々のものだ。


「くっ! じゅ、十万だよ」


 いよいよ風真も根負けし答えた。


 先ほどのリディアが言っていた貨幣の価値を考えると十万は結構なものである。


 二人を振り返るリディアの頬がにたぁ~と広がった。


 そして弾んだような声で、

「そういえばお昼まだだったよねぇ。お腹好かない?」

と二人に尋ねる。


「あぁ。確かにそろそろお腹も減ってきたねぇ」


「十万ルークもあれば王都でも中々リッチなランチを楽しむことが出来るよ。いやぁ楽しみだなぁ」


 バレットはともかく、フレアもちゃっかり同席しようというつもりらしい。


「ちょ! ちょっと待てお前ら! 俺は奢るなんて……」


「何よケチくさいわね。それでも男なの? 何? あんたってそんなちっぽけな心しか持ってないわけ? だとしたらがっかりね。そんなんで大会で優勝なんて笑わせるわ」


 やれやれと両手と首を振りながら発せられたリディアの挑発は効果的だった。


「んだと! くそ! わったよ! いくらでもこれで出してやるよ! どうせあぶく銭だ!」


 こうして三人は風真の奢りで豪華なランチにありつけたのだった――

 

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