第九十七話 戦いに注目
「おい兄ちゃん。挑戦料はいらないぜ」
「お、おい馬鹿言うなよ!」
小男が声を荒らげ目を剥いた。
「まぁ落ち着けって。兄ちゃん。その代わりこの勝負に負けたら大会を辞退しな。その代わりに俺のほうが相応しいって、主催者側に紹介するんだ」
主催者と聞いて風真は、件の軽い男の顔を思い浮かべた。
そして風真は悩む様子もみせずあっさりと返す。
「いいぜ。まぁ万が一にも負けたら俺がちゃんと言ってやらぁ」
特に悪気は無かったと思われるが、その風真の言い方に腹が立ったのかスキンヘッドの眉間かもしくは頭かと言った位置に巨大な蚯蚓が出現し激しく蠢く。
「万が一? 随分な自信じゃねぇか。よっし決まりだ! 始めるぞ!」
スキンヘッドはくるりと背を向け台まで歩み、右手を乗せて身を屈めた。
「さぁ! こいや!」
そんなやたらと気合の入る相棒の姿を小男はどこか冷めた目で見ている。
本来のルールを勝手に捻じ曲げられたのだからそれも仕方ないと言えるが。
こうして風真 神雷とスキンヘッドの勝負が始まると決まったことで、再び周囲には人々が集まりだしていた。
その中には、先ほどこのスキンヘッドに挑戦したものの見事に敗北した男達の姿もあった。
彼らはこぞって風真に向かって、
「兄ちゃん頑張れ!」
「負けんな!」
「俺の仇を取ってくれ!」
と声援を送っている。
よっぽど悔しかったのだろう。その為、スキンヘッドには殆ど味方がいなかった。
「中々面白そうな事やってんなぁ」
すると、その群衆から外れた所で一人の少年が呟いた。
とはいっても彼は別に人々から離れた所に立っているというわけではない。
ただ人々が誰も近寄ろうとしないのだ。
その割に妙に視線だけが突き刺さってくるような感覚。
それが気になるのか少年がそちらを見やると、相手はびくっと身体を震わせ目を逸らすかそそくさとどこかへ行ってしまう。
少年にはそれが不思議でならなかったのだが――その原因は何よりも彼の容姿にあった。
炎のように真っ赤に染め上がった髪はまるで怒髪天を突くが勢いで逆立ち、眉は稲妻のようにギザギザ、瞳は、先端が風真の持つ刀の鋒が如く尖り、更に糸で無理やり額まで引っ張り上げたがごとく急角度で吊り上がっている。
端的に言えば、非常に目付きと顔つきが悪いのだ。
その為か、一般人は大抵彼から遠ざかろうとし、逆にガラの悪い連中はやたらと関わってくる。
少年は腕には自信があったので、そういった物騒な連中は全て返り討ちにしてきたのだが、それが逆に一般人を怖がらせる要因となったのはなんとも皮肉な話だ。
しかしそんな少年ではあるが――
「エンジ様ぁあああ!」
快活で高音の鳴き声。エンジと呼ばれた少年が振り返るとそこに大きな果実が二つ乗っかった。
「もう! 探したんですよ! チヨン本当に寂しかったんですから」
チヨンと言う名の少女は、エンジをその大きな桃に押し付け、触れたら切れてしまいそうな刺々しい髪を優しく撫でる。
「あぁエンジ様……こんなに身体を震わせて――エンジ様も寂しかったのですね! わかります。ごめんなさい。悪いのはこの私。エンジ様に――」
随分と長々と独白を続けるチヨンだが、エンジが震えている理由は別に寂しかったからでないのは、背中をバンバンと叩きながら、藻掻いている姿からも明らかであった。
「エンジ様?」
漸く状況を理解したのか、いやしてないのか、不思議そうな顔で両腕を放す。
「ぷふぁあああぁあ! お、お前! 死ぬかと思っただろうが!」
幾分間の無呼吸状態から漸く開放され、深く呼吸を吐き出しながら文句を述べるエンジ。その姿を見下ろしながら、チヨンは悲しそうな表情を浮かべる。
「そんな、私としたことが自分の身長の方が圧倒的にエンジ様より高いことを知っておきながら、その事も考えずエンジ様の命を危険に晒すことになるなんて――」
さらっと毒を吐いている気がするが、表情を見る限り本人に悪気は無いのだろう。
「こんな事にも気付かないなんてチヨンは婚約者、いえ! 延いてはエンジ様の妻としても失格です!」
涙を浮かべ握った掌を掲げるチヨンに、エンジはおろおろしながら、お、おいチヨン――と言葉を発すも全く聞こえていないのか、
「決めました――私はこの身を神に捧げます! そしてエンジ様の事を思いながら祈りを捧げ生きていくのです! 大丈夫です……エンジ様はお気にめさらず……そもそも――」
「ちょっと待て! 落ち着けチヨン! 悪かった! 俺が悪かったから!」
エンジは大慌てで謝罪の言葉を述べる。すると表情一変、チヨンの顔に鮮やかな花が咲き、両葉を広げ再び愛しの婚約者の下へ飛び込もうとする――が。
「ちょ! ちょっと待て! それはストップだチヨン!」
広げた右手をエンジが前に突き出すと、巨桃を上下に揺らしたその身が急停止。少年はやれやれと胸を撫で下ろす。
「その、なんだ。お前も少しは自分の、その、身体というか、まぁそういうのもしっかり考えてだな……」
顎を指で掻きながら照れくさそうに言うエンジに、チヨンは泣き笑いの表情を浮かべ、
「エンジ様。そんなに私の事を大切に思って頂けるだなんて。身に余る光栄でございます」
と両手を祈るように組み合わせ感嘆の声を上げた。
「あ、あぁ。まあ、わかればいっか」
そういってエンジが一瞥したのはチヨンの大きなソレであったが、すぐに向きを変え、
「それより見てみろよチヨンあれ」
と言い、先程まで一人で様子を見ていた、風真とスキンヘッドの二人を目で指し示す。
「おや? あのお方は――」
チヨンは何かに気付いたように、エンジの目線の先を見やる。
「あのあんちゃん、おかしな格好してるけど、何か気になるんだよなぁ」
エンジの言葉にチヨンの瞳が動いた。エンジの姿を視界に入れる。上着はTシャツ一枚。下はズボン。色は髪と同じく赤で統一されているのだが――何故かシャツの裏表には正面から見た猿と背中を見せる猿が描かれていた。しかも猿の背中がシャツの前で、猿の正面がシャツの後ろである。
チヨンは気取られないよう小さなため息をつく。エンジを愛する気持ちは誰にも負けず、エンジの全てを受け入れたいとも思うチヨンであったが、この着こなしの不味さは看過できない問題であったのだ。
「お! 始まるようだぞ! チヨン!」
そんなチヨンの気持ちなど、露知らずどこか楽しげなエンジ。すると、エンジ様、と小さいながらも幅広で逞しい背中に寄り添い、両手を彼の正面に回した。
「これを見終わったら後で服を買いに行きましょうね」
「ふ? 服か? 別に良いだろこれで……」
とチヨンを振り返ると悲しそうな表情になっていたので、
「わ、わかったよ、これを見終わったらな」
と取り敢えずは承認した。
そしてエンジは頭の上に二つ重いものを感じつつも、勝負の行方に着目するのだった――
この話から登場するエンジとチヨンは神威遊様の作品
学苑紋刀録 えんぶれむっ!
http://ncode.syosetu.com/n7254cm/
からゲストとして出演頂いております。
なおえんぶれむっ!の方では神雷とバレットをベースとしたキャラも登場させて頂いております。
つい最近完結されたようですのでもし興味がありましたら是非!