第九十六話 肩慣らし
「バレットほら! これ可愛くない?」
どれどれとバレットはリディアが手にとった花を象った髪飾りをみやる。
「良く似合いそうだねぇ」
その反応に、え~そうかなぁ?、とリディアが照れたように頬に右手を添える。
そんな様子に風真はチッ、と舌打ちし、つまらなさそうに頭を掻く。
ギルと別れた後、三人は予定通り西の地区にやってきていた。
最初に聞いていたようにここは、まさに商業地区という体を成しており、彩り鮮やかな植物を扱う花屋や、平服やドレス等を取り揃えた服屋、バレットもついつい覗きこんでしまう程種類の豊富な帽子屋、他にも雑貨や魔導具を扱う店など数多くの店舗が道に連なっていた。
そして多くの店を周り巡って現在は装飾用の小物やアクセサリーを取り扱う店に入り、彩色豊かな品々を眺めている。
「可愛い彼女さんにお一つ如何ですか?」
横から話しかけてきた店員に、これで一体何度目だろうとバレットは苦笑を浮かべる。
ここまで色々店を回ってきたが、バレットは良くこの言葉を掛けられる。
バレットはその事自体が嫌だと言うわけでは無かった。それにお世話になったお礼に出来ることなら買って上げたいという思いもある。
しかし現状財布の中はもっぱら弾切れ状態であり、どうする事も出来ない。
なんとも情けない限りだなと、バレットは一人肩を竦める。
「ちょ! 風真どこ行く気よ!」
ふとそんな思考の波を断ち切る激。
バレットがそちらをみやると、風真が一人店を出ようとしていた。
「うっせぇなぁ。便所だよべ・ん・じ・ょ。それともそこまでついてくるのか?」
「い、行かないわよ! もぅ。じゃあここにいるから早く済ませてきてよ」
リディアの言葉にへいへい、と気のない返事を返し風真は店を後にした。
そんな彼を見送りながらふとバレットは一人呟く。
「トイレって旦那は場所知ってるのかねぇ――?」
◇◆◇
「全くやってられねぇってんだ」
一人風真が愚痴りながら、天下の往来を大股歩きで進んでいた。
頭上に浮かぶ太陽を見上げ、一旦眩しさに顔を眇めるも、開放感からか大きく伸びをする。
「と、しかしどうしたもんか」
歩みを続けながら顎を擦る。なんとか二人の監視から逃れたはいいが確かに風真はこの街の事はよく知らない。
地理感も無いのでむやみに動いても疲れるだけだ。
「まぁ取り敢えずあれでも眺めて考えるか」
一人呟きながら、風真は取り敢えずの目標を脳裏に描き脚を進めた。
「さぁどうだい皆々様がた! 彼に腕相撲で勝てたらなんと十万ルークを進呈だ! 参加費はたったの二千ルーク! さぁこんなチャンスめったに無いよ!」
風真が噴水を眺めながらこれからの事を考えあぐねていると、広場の奥から景気の良い声が聞こえてきた。
正面の水の壁から大きく横にずれ、風真は声のする方に目線を向ける。
人垣が出来ていた。結構な人が集まっている。さっきもここで歌が披露されていた時に多くの人がいたものだが、見た感じその時とは系統が違うようでカップル等は殆どおらず、多くは男。しかも筋肉の隆起した屈強な漢が多い。
「うぉぉぉお!」
やたらと毛深い熊のような男が、雄叫びを上げる。その相手をしているスキンヘッドの男は顔に焦りが見えていた。
広場に用意された正方形の台座。
その上に両者が腕を乗せ激しい腕相撲を繰り広げていた。
すでに相手の腕を半分以上倒し、余裕の笑みを浮かべた熊のような男は、体格も野生で生まれ育ったかのように極大である。
一方劣勢気味のスキンヘッドは、良い身体付きはしてるものの、ぱっと見た限りでは、目の前の男に勝てる要素が見当たらない。
実際その対決を見ている観客達からも、
「これは勝負あったな」
「十万ルーク貰えるなんて羨ましいぜ」
と言った声が囁かれている。
だが、そんな中風真は別な目線でその勝負を視ていた。
「とんだ喰わせもんだな」
そう思わず呟く。
「ぐへっへ! もう諦めな! 十万ルークは俺のもんだ!」
「た、確かにこれは、くっ!」
まるで湯でダゴのように顔を真赤にさせ呻くスキンヘッド。
「お、おいおいまじかよ! 勘弁してくれよ!」
その勝負を見守っていた背の低い男が叫ぶ。
その声を聞く限り、最初に客の呼び込みを行っていた男と思われる。
きっとスキンヘッドの相棒なのであろう。
かなり不安な表情で戦いの行末を見守っているが。
「ぐ、ぐぐ、ぐぬおぉおおぉお!」
その甲が台座とすれすれの所まで持って行かれた時、スキンヘッドが気合一閃、じりじりとその腕を押し戻していく。
「な!? く! くそ!」
優位な体勢から一転して熊のような男の表情に焦りが浮かんだ。
そして――
「しゃぁああ!」
掛け声と共にスキンヘッドが、相手の腕をへし折らんばかりの勢いで台に叩きつけた。
「ち、ちっくしょおおぉおお!」
試合が終わり、熊男は悔しそうに歯ぎしりし膝を落とす。
周囲からも、あ~あ~、と残念そうな声が漏れている。
「おおっと! 勝負ありだ! いやしかし危なかった。てかマジでしっかりしてくれよ」
小男がスキンヘッドの相棒を咎めるように言った。
「馬鹿言うな。こんな強いのがいるなんて思わなかったんだよ。全くこれはもう店じまいだぜ」
すると、スキンヘッドは右腕を擦り限界だとアピールした。
すると周囲から、
「おいおい勝ち逃げとかずるいぜ」
「全くだぜ勝負はこれからだろ?」
と言った声が聞こえてくる。
どうやらスキンヘッドの素振りを見て、これならいけるかも等と思ったのだろう。
「おいおい流石に無理だって。おい相棒帰るぞ」
その言葉に一斉にブーイングが沸き起こった。
「でもよぉ。このまま逃げたって思われるのは流石に悔しくないか?」
「あぁん? 馬鹿言うな! こっちは商売でやってんだ。それなのに――」
そんな二人の茶番を風真は暫く眺めていた。
彼らの狙いはよく分かる。
最初こそスキンヘッドが無理だと連呼していたが、周囲の声が大きくなるにつれ、小男が意地になり軽い口論となる――そして最終的には小男にスキンヘッドが言い負かされた。
「チッ。たく、しゃあねぇなぁ」
後頭部を擦りながらスキンヘッドが折れる。
そして周囲から、よっしゃぁあ! という声が響き次々と男に挑戦していった。
が、勿論挑んだ何十人もの挑戦者は、誰一人として勝利を収める事無く、スキンヘッドに敗北していく。
男は常に自分が限界のような素振りを見せ、終わった後ももう駄目だ、これ以上は無理だ等と言い続けていたが、実際は全く疲れを感じて無いことは、風真から見て明らかであった。
「なんだい。もう挑戦しようって奴はいないのかい?」
そして――小男が周囲を見回しながらそんな事を言う。が、流石にそろそろ彼らの実力がバレ始めているのだろう。
残ってる観客の中でわざわざ挑戦しようなんていう人間は既にそこにはいなかった。
「もうこの辺が潮時みたいだな」
集まっていた人々を見回し、他にチャレンジしようという者が居なさそうなのを確認し、スキンヘッドが言う。
「そうだな。まぁこんなもんかね」
手にした紙幣を指で数えながら小男が頷く。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。
だが、その時――。
「おい。俺がやってやるよ」
風真が群衆の中から踊り出るように二人の前に姿を現す。
その声に小男がちらりと上目にみやる。その姿を堂々と腕組みしたまま風真が逆に見下ろした。
「兄ちゃんが?」
「あぁそうだ、丁度腕鳴らしもしたかったところだしな」
組んだ腕を外し、右腕を大きく回し、首を左右に振る。コキコキという骨の音が内側から漏れた。
「ふぅん」
短く発し、顔を眇めながら、小男が風真の姿をじろじろと見やる。
どこか変わった物を見るような目付きだ。風真の風貌や格好がこの国では珍しいからなのだろう。
「うん?」
すると疑問の声と共に、小男の視線が止まった。
「どうした? やるってんなら俺はまだまだいけるぜ」
小男の後ろからスキンヘッドが声を掛ける。そしてそのまま視線を風真にすべらせまじまじと眺め、
「なんだ何か気になる事があるのか?」
と瞳の位置はそのままに小男へ問いかけた。
小男はくるりとスキンヘッドに顔を向け、指でチョイチョイと合図する。それを受け身を屈めたスキンヘッドに、小男がひそひそと耳打ちした。
「なぁ。こいつ大会参加者のようだぜ。ここは念の為――」
「あん? 大会参加者だぁ?」
スキンヘッドの瞳が尖り相棒を弾き飛ばしそうな勢いで身体を上げる。右手で小男を押しどかしながら風真と対峙し、腕を組んだ。
「兄ちゃん。大会参加者ってのは本当かい?」
スキンヘッドが問う。後ろから相棒が、お、おい、と慌てたように言うがギロリと睨んでそれ以上は語らせない。
「大会? あぁ確かにそれに参加予定だけどな。それがどうかしたのか?」
「ふぅん。兄ちゃんみたいなひょろっちぃのがなぁ。全く俺でさえ予選落ちだったってのによ」
嘲笑混じりにスキンヘッドが言った。が、風真は気にもとめず小指で耳を穿り、
「あぁ。予選落ちだぁ? なんだてめぇ思ったより大したことねぇんだな」
と逆に挑発のような言葉を返す。
「ふ、ふざけんな! いいか! あれはなぁ、相手が卑怯な真似したからだ! あの餓鬼! あんなふざけたやり方で――」
何かを思い出すようにぎりぎりと、スキンヘッドが歯ぎしりして見せる。
「で、結局どうすんだ? 俺の挑戦受けんのかよ?」
「あたりめぇだ! てめぇなんざ俺があっさり倒して本来ならどっちが大会に出るのがふさわしかったのか証明してやる!」
何時の間にか立場が逆転してるような雰囲気を感じさせる二人。スキンヘッドは風真が大会参加者と知って妙な敵対心を燃やしてるようだが、そもそも風真と予選は関係が無く全くの逆恨みと言える。
すると呆れた表情を覗かせながら、小男が会話に割り込んだ。
「と、とにかく兄ちゃん。勝負するってんなら前金で二千ルーク頼むぜ」
右手を伸ばし、挑戦料を要求する小男。すると風真は眉と目を同時に押し上げ、そのまま弱ったように視線を右上に滑らせ、頬を指で掻いた。
「おい。どうしたんだよ。か・ね。金だよ兄ちゃん」
「あ、あぁ~金な。それなんだが今は持ち合わせが無くてな」
小男が両目を見広げ、呆れたように頭を掻いた。
「おいおい勘弁してくれよ。金も無いのに挑戦する気だったのかい? いくらなんでもそいつは無理な相談だぜ」
「ちょ、ちょっと待てって。あれだ、連れがいんだよ。そいつらなら払えるからよ」
「だったらその連れってのを連れてくるんだな」
「いや。だから来たら払わせるって言ってんだろ。てか俺が勝てばそもそも金なんて払う必要がねぇじゃねぇか!」
小男は、
「そんなたらればの話しされても困んだよ」
と溜息を吐くように言う。
「まぁいいじゃねぇか」
すると助け舟を出したのは意外にもスキンヘッドの男だった――