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第九十四話 広場の屋台

「やっと抜けたぁ~」


 食べ物の匂いが充満する東地区を駆け足で抜け、リディアは膝に手を置き肩で息をつく。


 風真はと言うと、胸の前で着物の両袖に腕を突っ込み不機嫌そうにぶすっとしている。


「風真の旦那。そう不機嫌にならず楽しもうさぁ~ほら見てみなよ凄く良い景色で空気も綺麗さぁ~」


「空気じゃ腹はふくれねぇよ」


 はは……、とバレットは顎を掻く。


「うわぁ~本当綺麗」


 目を輝かせながら祈るように手を組むリディア。そのまま軽く駆け出し、両手を広げくるくると数度回転し二人を振り返り、

「ほら。二人共早く早く」

と手招きしてみせた。


「承知しましたお姫様」


 そう言って笑みを浮かべながらバレットもリディアの方へ歩みを進める。

 後ろからは風真が、ちっ仕方ねぇな、とぼやきながらものそのそと付いてきた。


「ねぇみて凄いよねこれぇ~」


 バレットの腕を引っ張りながらリディアが何かを指さす。


「へぇ確かに大したものだねぇ」


 バレットが目を向けた先には、丸みを帯びた大きな台座の上で両手を広げる女神の姿。白塗りの美しい彫像だ。


 周囲では四人の騎士を象った像が立ち並び頭上の半球状の器を支えている。

 器からは水が絶えず溢れだし、勢い良く落水することで形成された水のカーテンが女神像を包み込み、美麗な様相がより際立っている。


 そして、更に騎士の回りでは幾本もの水柱が断続的に噴出され、偶然なのか計算なのかは定かではないが七色の帯がその回りを囲っていた。


 バレットはその噴水を見上げるようにしながら、Beautiful、と再度感嘆の言葉を述べる。

 風真も頭を擡げそれを見上げていた。こういった物には興味が無いと思われたが袖から右腕を引き抜き顎を擦りながら繁々と眺めている。


 しかし、確かここは昨日も訪れているはずだとバレットは思い返す。しかしその時はこの噴水は機能していなかった。ということは恐らくは日が落ちる頃には止められているのだろう。


 バレットは辺りを見回す。やはり日が落ちてる時と今では印象も変わるものだ。円状の広場には先ほどの往来と同じように甃が敷き詰められている。


 昨日の夜は明かりが灯っていた魔灯も今は消えていた。そして広場を囲むよう覆う緑。立ち木に植え込み、色とりどりの花が敷かれた花壇。空気が澄んでいるのもこのおかげか。水の匂いは噴水からだろう。


 癒しを感じさせるこの空間には当然多くの人が訪れていた。四方には光沢のある白色の長ベンチが設置され、子どもや中慎ましい男女が腰を落としていた。


「ねぇ。あれ見て」


 リディアが再びバレットの袖を引き指を差す。そこには屋根の付いた屋台。

 流石にその屋台は白くはなかった。木製で人一人が中で作業できる程度の小さな物であるが手入れは行き届いているようだ。


 年季は感じられるが味のある木柄が周りの緑と程よく調和している。底部に小さな車輪が付いている事から場所を固定しているわけでは無さそうだなとバレットは考察した。


「ちょっと、あれが何か見てみようよ」


 そう言って再びリディアが駈け出した。袖を引っ張られながらバレットも付いて行く。

 風真は脚を止めまだ噴水を眺めていた。意外にもかなり気に入ったようだ。


 (はしゃ)ぐリディアはまるで子猫のように無邪気だ。その姿がなんとも微笑ましい。


「いらっしゃい」


 屋台に近づくと、気の良さそうな主人が二人を出迎えてくれた。頭には真円に近い布の帽子を被り、シャツの上から前掛けを羽織っている。


 彼はにこにこしながら、

「彼女に一つどうだい?」

と薦めてきた。

 彼女という響きにリディアが、えぇそんなんじゃないですよ~と照れくさそうに両手で頬を覆う。


 バレットは流石におべっかだろうと思ったが、ハハッと軽い笑いを浮かべるぐらいにしておいた。こういった事に対しては肯定も否定もしないのが彼の流儀だ。


「ここは一体何を取り扱ってるのかなぁ?」


 そう言いながらバレットが何気に屋台を覗きこんだ。店主の腰の前には円盤状の黒い板が設置されている。その横には銀色の筒が置かれてあり、中にはトロリとした淡黄色の液体が入っていた。

 なんとなく匂いと雰囲気から食べ物であることは察することが出来るが、一体何かまではバレットには判らない。


「これかい? これはクレープって言う食べ物でね。まぁ薄く焼いたパンみたいな感じかな? それに――」


 そこで一旦店主が背中を見せ、がさごそと何かを取り出す。


「この特性のジャムや果物を巻いて食べるのさ。この辺りじゃかなり珍しいんだぜ。おかげでご贔屓にさせて貰っててね。ほら結構人気なんだぜ」


 彼が目で指し示した方を二人がみやる。成る程、確かに其処彼処で布で包まれたクレープとやらを手に持ちかぶり付く姿が目に付く。


「これいくらなの?」


「一つ八十ルークだよ」


 バレットはここに来て初めて通過単位を知った。

 ただその金額がどの程度の物なのかは判断がつかない。


「安いのかい?」


 なのでなんとなくバレットは聞いてみる。


「う~ん。普通に外食すると五百ルークぐらいはするし」

とリディア人差し指を顎に添え少し上を見るようにしながら答えた。


「おいおい勘弁してくれよ。ここでしか味わえないんだぜ? 安いに決まってるだろ」


 店主が少しむっとしたように言うので、リディアが彼を振り返り両手を合わせ。


「ごめんね伯父さん。じゃあ三つ頂戴」


 可愛らしげに片目を瞑り注文してみせる。


「リディア。おいらこの国のお金は――」


 言いかけたのをリディアが右手で制し、

「いいのよ。これぐらい私が出すわ。お婆ちゃんの時とか色々助けて貰ってるし」

と軽く胸を張り、右手で任せてと言わんばかりに一つ叩く。


 バレットは申し訳なさ気に頭を擦る。

 すると、

「ほら風真もそんな所で突っ立ってないでおいでよ。一つ上げるから~」

と未だに噴水を見続けている風真に向けて、リディアは声を張り上げた。

 

 風真はリディアを振り返り目を眇めるが、何だ食いもんか? と口にしながらリディアの下へ脚を進める。


 そしてリディアから手渡されたクレープを持ち、そして店主に軽く会釈しつつ、空いてる席を探した。


「甘ぇ」


 すると歩きながらクレープにかぶり付き、風真が眉を顰めた。

 その様子から口に合わなかったのかと思いきや、二口三口と口に含んでいく。


「あ、ねぇここ空いてるよ」


 リディアが広場のベンチを指さし言った。

 するとバレットは、どうぞ、とベンチに向かって手を差し出しリディアを座らせる。


「バレットは座らないの?」


 リディアに問われたバレットは少し迷う。ベンチは二人掛けだからだ。バレットは風真に目を向けた。が、何の躊躇いもなく地べたに座り胡座をかいている。


「じゃあ失礼」


 右手でハットを少し浮かせ、被り直しながらバレットも木製のベンチに腰を預けた。少し固いが座り心地は悪くはない。


「美味しい!」


 リディアはバレットが座るのを確認してから一口齧ったようだ。右頬に手を当てながら感嘆の声を上げ、もぐもぐと咀嚼しながら幸せそうな笑みを浮かべている。


 リディアの様子を微笑ましそうに眺め、バレットもクレープに口を付ける。中身はリディアに任せていた。風真の言うようにまず甘味が口内に広がった。瑞々しい果実に特製のジャムが程よく絡まり合う。舌に一瞬だけ残る酸味も良いアクセントになっていた。


「確かにこれは美味しいねぇ」


 バレットは更に二口目を頬張った。するとリディアがくすくすと笑い出し。


「いやだ付いてるよバレット」


 そう言ってバレットの頬を指でなぞった。その人差し指には、黄金色のジャムが絡みついている。

 バレットは少し気恥ずかしそうに後頭部を擦り、悪いねぇ、と軽く謝った。が、リディアが自分の人差し指を凝視したまま固まっている。何故か頬が少し赤い。


「リディア? どうかしたかい?」


「え? あ! ううん違うの! 違う違う!」


 突然立ち上がり、何故か慌てたように首と手を振るリディア。その様子にバレットは不思議そうに小首を傾げる。


「あ、か、風真は美味しかった? どう? 美味しかったでしょう?」


 唐突に降ってきたリディアの声に、あん? と風真が見上げ口を開く。


「まぁ別にまずくはねぇが。ちょっと甘すぎるな」


「な、何よ! 折角奢ってあげたんだから、素直に美味しかったぐらい言いなさいよ!」


声を荒げるリディアに対し、チッと舌打ちし風真がそっぽを向く。

 風真の態度はいつもの事だが、リディアの情緒は少しおかしい。


「あれ?」


 するとリディアが疑問の声を発し視線をずらした。何かを見つけたような感じでそのまま瞳を固定させる。


 すると辺りの雰囲気も色めきだった。


「あ、今日も来たんだ!」


「素敵……」


 などの言葉が周囲から囁かれ始める。バレットも気になりリディアがみやる瞳の先へ視線を合わせた。


 件の女神の噴水。その前に立つ一人の人物。顔立ちはとても中性的で、男とも女とも取れる。どちらにしても男性であれば美丈夫、女性であれば美女といった様相だ。


 彼とも彼女とも取れるその人物は、ゆっくりとそして深くその頭を下げた。その挙動一つとっても、そこはかとなく優雅さを感じさせる。


 その一連の所為によって、細糸のような金髪がその存在を否応にも主張する。後ろ髪は首よりも下に達する程長い、だが前髪は額に当てられた銀色のカチューシャの為だらしなく垂れ下がるような事は無かった。


 その人物は少しの間そのままの体勢を維持した後、ゆっくりと顔を上げた。瞳は大きく、その中で煌めく碧眼は、高貴な宝石のように見るもの全てを魅了する――


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