第九十二話 抜けねぇ!
「滞在期間中は皆さん、この部屋のどれかをお好きに選んで使って下さい」
シンバルに案内され、一行は用意された宿、【憩いの泉亭】にやってきていた。
三階建ての石造りの建物で、今は民が最上階の廊下に集まっている。用意された部屋は横並びの三室。一人一人個別に部屋を用意してくれたようだ。中々の好待遇である。
折角なのでと三人は一部屋ずつ確認してみたが、多少の間取りの違いはあるものの、広さや配置されている物に大した違いは無かった。
これならばどの部屋を選んでも大して変らないだろう。
とは言え、一つ一つの部屋はこれまで泊まってきた宿の中では一番広い。二人用としても通じるぐらいでは無いだろうか。手狭で困るような事は無さそうである。
「それとこれは風真さんに付けてもらいたいのですが……」
一通り部屋を見終えた後、ズボンのポケットを弄り、シンバルが何かを取り出した。
物は見た目にも一見銀の腕輪のようである。その中心部を握り彼が左右に広げた。その開かれた部分の丁度反対側は少し突起しており何かを通せそうな小さな穴が空いている。
そこでバレットは、先ほどフレアから彼が受け取った物は多分これで無いかと予想した。ただこれが何かまでは判らない。
「あん? なんで俺がそんな物つけなきゃいけねぇんだよ」
「いや、それが今回行われる大会で武器持参の参加者には皆さん付けて貰ってるんですよ」
「ちっ。面倒くせぇなぁ」
風真は頭を掻きむしり愚痴を零すが、ほら、早くしろよ、と言って腕を差し出す。
「ありがとうございます。それでは――」
するとシンバルは風真の差し出した腕には目もくれず、少し身を屈めて腰元に身体を寄せる。
「お、おい何してんだ!」
てっきり腕に嵌められる物と思っていたのか、下半身近くでごそごそ動く予想外の行動に風真が叫ぶ。が、その直後カシャン、という何かが嵌めこまれた音が部屋に響いた。
「こ、これで大丈夫です」
一度風真を見上げ、シンバルは立ち上がる。
風真はと言うと腰に差された刀へ視線を落とし顔を眇めている。
風真が持つ二本の刀を収める鞘には、シンバルが持っていた銀のリングが纏めるようにして嵌められていた。先ほど見た時は腕輪ぐらいだったのが伸縮し、見事に二本分の大きさにマッチしている。
そして突起していた箇所にはもう一つ短い鎖とその先に同じく銀色の小さなプレートがぶら下がっていた。
「あの、そのけ……いえ刀と言うのを抜いてみてもらえますか?」
シンバルは屈んだ状態のまま一歩離れた後、風真に願った。
一言、あん? と述べ訝しげな表情を浮かべながらも、風真は柄に手を掛け言われたとおり抜こうとするが。
「な、なんだこりゃ!?」
がちゃがちゃと柄を握りしめた右手を前後させるが、銀色の刃は一ミリも姿を見せない。
「良かった。ちゃんと効いてるみたいですね」
額を拭うようにしながらシンバルが安堵の息をつく。
「てめぇ何しやがった!」
怒声をぶつけられ一瞬怯むシンバルだが、両手を前に突き出し首を左右に振りながら、
「す、すみません! すみません! でもこれが規則なんですよ。武器を所有されている方は大会まで自己管理となりますが、その代わりこの魔導具で使用できないようにしてるんです。街中で使われでもしたら大変ですからね」
と謝りながら、慌てながら、早口で一気に伝える。
しかし風真は、クソ! クソ! と連呼しながら必死に刀を抜こうとする。
相当に諦めが悪い。
「そ、そんな無理矢理――王都にいる間だけですから、が、我慢してくださいぃい」
シンバルが懇願するように言う。ぺこぺこ頭を下げる彼を見ていてバレットは少し気の毒に思えた。
「なぁ旦那。そこはもう我慢したらどうだい? どっちにしろ街中で抜けないんだったら同じだろ?」
「そうよ、大体そんな物騒な物持ち歩くのだって本来は非常識なんだから。それともまたダグンダくんでも借りてくる?」
するとリディアがバレットに追従しその目を細め腕を組んだ。
「はぁ? 冗談じゃねぇ。あんなわけのわかんねぇもん勘弁だぜ!」
あんな目はこりごりだ、と言わんばかりに風真が目を眇め零す。
あれだけお世話になったダグンダくんも風真にとっては苦い思い出のようだ。
「だったら釣り竿入れにしておくかい?」
今度は、ガンマンがハットを軽く浮かせ、意地悪く述べる。
「……チッ、わ~ったよ。我慢しておいてやるよ」
風真はいよいよ観念の意を示す。シンバルの顔が瞬時に綻んだ。
「それじゃあ僕はこれで」
部屋の割り当ても無事決まり、風真の刀の件も片付いた事もあってかシンバルは辞去の言葉を述べ部屋を出ようとする。どうやらこれから団長達に会いに向かうらしい。
「おい。ところでその大会ってのはいつやるんだ?」
風真がベッドに腰掛けながら問いかける。既にドアの取っ手に手を掛けていたシンバルだが、その動きを止め風真を振り返る。
「そういえば言ってませんでしたね。武闘大会に関しては、四日後に執り行われます。初日は一回戦を行い、そこで勝ち残った選手で次の日決勝までを闘い合います」
「大会まで結構空いているのね。その間はどうしてたらいいの?」
リディアが訊く。
「大会までは自由にしていて下さい。但し王都からは出ないで頂きたいです。あと、出来れば皆さん一緒に行動して頂くとありがたいのですが……」
あと、と言った後、シンバルはちらりと風真の方を覗い見ていた。どうやら心配の種は彼に埋めこまれてるらしい。
「はぁ? 餓鬼じゃあるまいし何でこいつらと一緒に行動しなきゃいけねぇんだよ」
風真は不機嫌そうに文句を述べる。が、餓鬼みたいなもんじゃない、とリディアがしれっと言いのけ、一旦ふぅ、と息を付き。
「判ったわ。あいつの事は野放しにならないように私達でしっかり面倒見ておくから」
達と言うことは自分もしっかりその中に入ってるんだろうな、と苦笑するバレット。
「だから餓鬼じゃあるまいしそんな必要ねぇってんだろ!」
「いやぁ助かります」
「まぁ気持ちは判るし」
「話聞いてんのか、おい!」
「しかし大会は一日じゃ終わらないんだねぇ」
「いい加減にしろよ!」
「えぇ、初日は開会の挨拶がありますし。決勝が終わった後は表彰式も行われる予定ですからね」
「……もういい」
そのまま風真はベッドに横になった。どうやら拗ねてしまったらしい。
風真を他所に皆と話を終え今度こそと、部屋を出ようとするシンバル。そして――。
「あ、そういえば夕食は下の食堂でご自由にお摂り下さいね。ちゃんと伝えてますので」
去り際に述べられたその言葉に風真は即反応し、飯だ飯! と瞬時に元気を取り戻す。
その姿にリディアとバレットは互いに顔を見合わせ、呆れたように肩をすくめるのだった。