第九十一話 幼女?
「きゃぁああ、可愛い!」
突如そんな声を上げたのはリディアであった。漸くその存在に気付いたようで握った両拳を祈るように胸の前で合わせ、瞳を輝かせながら近くに寄る。
「いやだぁ本当小さくて可愛い~。ねぇどこから来たの?」
甘ったるい声音を響かせその翠髪を撫でる。その瞬間、幼さの残るその子は眉を寄せ怪訝な顔つきになり。
「気安く触るな!」
リディアの手をパンッと叩き付け睨みつける。が、
「あ、ごめんなさい。怒っちゃった? 私ったらあんまり可愛くてつい」
と完全に子供扱いである。
「くっ、いい加減にしろ! 馴れ馴れしい奴め!」
口元を歪ませ軽く後ろに飛び退くと、手早く右の袖を捲り腕を突き出す。
露わになったのはまるでマシュマロのようにぷるぷるとした腕。そして手首まで覆われた革製の手袋とその上部に備え付けられた小型のクロスボウ。正直子供が持つのだとしたらば、やんちゃが過ぎる玩具であるが――
「おっとぉストップストップ、アリヤスちゃん。駄目だよぉ彼女は大切なお客様なんだからぁ」
「お、客様?」
「そ、今回の大会に出場する事になった、リディア・メルクール……エイダちゃんのお孫さんさ」
その言葉にアリヤスと呼ばれた彼女の顔が青くなり、
「そ、そんな御方とは露知らず! 大変、し、失礼致しましたぁああ!」
「え、えぇ~!」
お詫びの言葉と共に突如平伏され戸惑うリディア。
「いやぁごめんねぇリディアちゃん。うちの団員がやらかしちゃってぇ~」
フレアは頭を擦りながらどこか軽い口調で謝る。
「いや! そんな、て、え? 団員? あぁ! そういえば!」
「リディア。漸く気付いたみたいだねぇ」
やれやれとバレットがハットのブリムを持ち上げた。どうやらリディアは顔と身体と雰囲気だけで完全に只の子どもと思い込んでしまっていたようだ。
勿論冷静に考えてみれば、彼女の着衣しているのがフレアやシンバルと同じ制服であることに気付きそうなものだが――どうやら割りと思い込みが激しい性格でもあるようだ。
「は、初めまして私はマグノリア守団にて、ゼム・ロックス様の付き人を任されております、アリヤス・グリーンと申します。以後お見知り置きを――」
一旦気を落ち着かせた形で改まって彼女、アリヤス・グリーンが自己紹介を述べる。
「へぇ。いやいやこんな小さ……若いのに団員だなんてしっかりしてるねぇ」
途中気を利かせたように言い直しながらマルコが顎を擦る。
「あ、あのマルコ様。若いと言ってもその……」
そんなマルコをみやり、シンバルがどこか口ごもった感じに何か言おうとするがはっきりとしない。
すると、
「いやぁ初対面だと皆騙されるよねぇ。でもね、アリヤスちゃんこう見えて二十九歳だったりするからねぇ~」
「えぇえええぇえええ!」
リディアの叫びが槍と化し上空を突き抜けた。
「本当反則だよねぇ~これで僕よりもずっと年上だって言うんだから。だってほら、誕生日が来たらもう三十なんだよ? 三十路だよ……これで」
と言ってプッっと吹き出しそうになるフレア。
「ゼム・ロックス様。お願いですから私めにフレア・バーニング抹殺の許可をお与え下さい」
全く口を開かないゼムではあるが、その願いにはしっかりと大きく頷いて見せた。
「よし!」
「よしじゃない! よしじゃない!」
照準を合わされフレアが慌てふためく。
「抹殺してくれてもいいと思うんだけど」
バレットの耳元でリディアが毒を吐いた。先ほどの強烈なアプローチが相当嫌だったらしい。
「とにかく」
コホンッと一度咳払いし、アリエスが口を開く。
「フレア・バーニング様は直ちにマルコ・レガシイ殿を城までお連れする事。そうゼム・ロックス様が申してますので」
改めてアリエスが要件を伝えた。だがフレアは不満そうに、
「えぇ、それはいいよぉ。ほらシンバルちゃんにお願いしたからさ」
と任せたと言わんばかりに彼の肩を叩いた。
するとそこで遂に山が動いた。彼の力強い踏み込みは一歩ごとにドスン、ドスンという音が聞こえてきそうな程であった。
「あ、あれゼンちゃんどうしちゃったの? そんな怖い顔しちゃって」
顎を上げたフレアの表情に苦味が広がる。
眼下に彼を捉えた山。飛び出た巨腕はゆっくりと、そして確実に青い襟首を掴むと、
「ひ~ん。そんな殺生なぁああ」
喚くフレアをズリズリと引きずりながらどこぞへと連れて行こうとする。
「マルコ殿もどうぞご一緒に」
アリエスがそう言ってマルコを促した。
「それでは皆さんここで一旦お別れですね」
するとマルコは辞去の言葉を延べ頭を下げてくる。
「でも暫くはここに留まるんですよね? だったらまたきっとお会いできますね」
リディアが笑顔で述べる。
引きずられているフレアには目も向けない。
「ははっ、確かに。生誕祭が始まれば珍しい物も見れるかもしれませんしね」
笑みを浮かべながらマルコはその目を細めた。
「お~いシンバルちゃ~ん。これぇええ!」
すると、引きずられながらもフレアが大声を上げ、彼に向かって何かを放り投げる。
弧を描きながらゆっくりと飛んでくる小さな物体。それをシンバルは、おっとっと、と慌てながら前のめりにキャッチした。
「そ・れ、忘れずにね~。後、宿は【憩いの泉亭】に取ってあるから~」
「憩いの泉亭っと……」
シンバルが復唱し掌を指でなぞる。
「では」
と言って馬車を連れたマルコも、アリヤスの後に続き、皆が会釈し見送った。
「リディアちゃぁああん。この埋め合わせは必ずするからねぇええぇ」
ずるずると力任せに引っ張られながらも両手を筒のよう口元へ持って行き、声を通らせるシンバル。
「いえ結構です」
だがリディアは笑顔で手を振りながらも、きっぱりと言い切るのだった。




