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第九十話 王都マテライト到着

――【王都マテライト】


 見上げる程高い城郭に囲まれたマグノリア大陸最北端に位置する城下町。

 現マグノリア王国君主テミス・エリザベス女王が居住するマテライト城も北側の海を背にする形でその身を構えている。 

 ここマグノリア王国の中枢を担う最重要拠点である。


 シンバルは少しずつ迫りつつある目的地の王都に付くまでの間、バレット達にそんな事を話して聞かせた。

 シンバルの話にあった、この国で尤も重要と言える壮観な城は、小高い丘の上に築かれているようで回りを城郭に囲まれてはいるが遠目からでも僅かにその姿を垣間見ることが出来た。


「一体どこから入るんだ?」


 そんな王都の城郭を眺めながら、風真が疑問を口にした。

 確かに王都はいかにもといった堅牢な作りであり、そう疑問に思うのも仕方ないかもしれない。


「南側に城下町への入り口があります。マテライトに入れるのはそこだけですね。東西には其々オークの住む地ほどではないですが、それなりに深い森が隣接しています。しかしわざわざそちら側からやって来る者もいませんからね」


 シンバルの説明に風真は、ふぅん、とだけ返した。その間も馬車は淀みなく目的地目指し突き進んでいく。





 馬車が城郭に近づくにつれ、馬蹄形の入り口が近づいてくる。入り口の上部には女神を象ったレリーフが見え、現状は門は開け放たれていた。その入り口から左右の端に男女が一人ずつ立っている。二人揃って着衣しているのはシンバルのと同じ青い制服だ。


 馬は入り口の前に到着すると静かに馬車を停止させた。すると制服を着た男女が其々馬車の脇まで歩み寄ってくる。


「お手間をお掛けして申し訳ありませんが、通行証を……」


 そこまで言った所で、馬車の窓を覗きこんできた男の眉が八の字に変わる。年齢はシンバルと同じぐらいか。ブラウンの髪と眉を生やす青年だ。


「なんだ。シンバルさんでしたか」


 シンバルが窓を開けると青年が声を掛けてきた。シンバルは照れくさそうに後頭部を擦る。


「お~い、ニナ。こっちに乗ってるのシンバルさんだ。フレア様が言ってただろう?」


「そうみたいねぇ。今通行証を確認したわ」


 どうやら女性の団員はマルコ・レガシィの馬車の前で通行証とやらを確認してるようだ。


「ちょっとそのまま待っててくれ。今フレア様に連絡いれるから」


「フレア様? アイシス様は?」


 シンバルが訊く。


「自分の役目は終わったからって部屋に篭って魔術研究」


「そっちはそっちで相変わらずかぁ……」

とシンバルは嘆息を付いた。

 話を聞く限り、そのアイシスという者も守団に属するものなのだろう。

 呆れてはいるようだが呼び方からすると、シンバルより立場は上なようだ。

 

「おい、もう降りていいのか?」


「あ、すみません。ちょっと待って下さい」


 風真が扉の取っ手に手を掛けたところをシンバルが留めた。


「全くせっかちね。今出たってしょうがないじゃない」


「うるせぃ。いい加減狭苦しい中にいるのはうんざりなんだよ。乳くせぇし」


 風真が余計な一言を口にしたせいで、リディアの機嫌が一気に悪くなった。


「何よ! このあんぽんたん ! おたんこなす!」


 腰を上げリディアがぶんぶん両腕を振り回すが、風真は素知らぬ顔で腕を組む。

 しかしその態度がよりリディアの機嫌を損ねているのだが、そんな気持ちが彼に判るはずもない。


「旦那はもう少しデリカシーって物を覚えた方がいいねぇ」


 バレットが右手を掲げ述べた言葉にシンバルが、うんうん、と頷く。が、


「デ、デリカシー? なんだそりゃ? 食いもんか?」


 バレットが苦笑して見せる。すると再び青い制服の青年が窓に顔を寄せ、

「OK。もう入っていいですよ」

とシンバルに告げた。






◇◆◇


「やぁやぁやぁ、ようこそマテライトへ」


 王都の入口を抜け、広場のような所で馬車を降りた彼らに声をかけてくる人物がいた。

 彼は他の者と同じく青い制服を上下身に纏っていた。

 街灯の光に照らされるのはバレットと同じく金色の髪。ただ、頭の中心から左右に分けられた髪はバレットのソレよりも長く、畝るような感じに外側に向かって首元まで伸びている。


 金髪に包み込まれた卵型の輪郭の中には、細い眉と大きな瞳。若干あどけなさのようなものも感じられるが整った容姿である事は間違い無い。


「いやぁ君たちの噂はかねがね耳に届いていたよ。本当会えて光栄だね」


 大げさなぐらいに両手を左右に広げ、歓迎の意を示す彼にまずシンバルが口を開く。


「フレア様。わざわざすみません」


「シンバルちゃ~ん、いやぁご苦労だったねぇ。でもさぁ、いつも言ってるじゃないかぁ。僕の事は呼び捨てで構わないって。あ、もしくはフレアちゃんとかでもOKだよ」


「え? いやでもそれは流石に」


 掌を正面に向けて両手を突き出すシンバル。その会話から、彼が例のフレアと言う人物であるのは判る。が、しかし立場は上であろうフレアは随分とフランクな感じに接している。肝心のシンバルは戸惑っているようでもあるが……。


「あ、あのそれでこちらが――」

とシンバルは横に立ったマルコをフレアに紹介する。


「初めまして、マルコ・レガシィと申します。いやこの度は色々お手数をお掛けしまして。おかげで助かりました」


 頭を下げお礼を述べるマルコにフレアは手を差し伸べ握手を交わす。


「初めまして、フレア・バーニングです。いやぁお声しか拝聴していませんでしたがどうして中々の貫禄ですね」


 お互いに挨拶し手を緩めると、マルコは顔の前で右手を左右に振り、

「いやいやそんな。私なんて商人の中でもまだまだ駆け出しみたいなものですよ」

と遠慮がちに言う。


「そんなご謙遜を。ウェスト・ファベルの職人には気難しいのも多いですから、彼らから信頼を得ているというだけで十分凄いですよ。まぁそのおかげでこちらとしては大助かりなのですが」


 そんな会話を二人は交わし、ふとフレアは目線を移動させ風真をみやる。


「ちょっと失礼」


 マルコにそう述べ、数歩脚を進め彼は風真の前に立つ。


「あん?」


 すると、にこにことした笑顔を絶やさないフレアに風真は一言述べ目を眇めた。


「君が風真くんだよね?」


「……何でわかる?」


 風真が瞳を尖らせる。が、

「それは判るよぉ。トロンちゃんからも話は聞いてたからねぇ。いやぁでも確かに中々珍妙な格好だよね。おかげですぐに判ったよ」


 は、はぁあ? と素っ頓狂な声を上げる風真。


「ざけんな! これのどこが珍妙だって言うんだ! 俺からしてみりゃてめぇらの方が……」


「ごめんごめん。個性って大事だものね。気を悪くさせちゃったかな? 悪気は無いからね風真ちゃん」


 瞬時にくんからちゃんに変わった。


「ち、ちゃ……て、てめぇふざけんな!」


 しかし、頭から湯気が吹き出しそうな勢いで喚きちらす風真を置いてけぼりに、フレアは今度はバレットの方へ振り向き近づいた。


「君がバレットちゃんだね。いやぁ噂通り中々しゃれた帽子を被ってるねぇ」


 バレットはブリムを押し上げながら、どうも、と顎を引く。一体どんな噂なのか、そして何故自分はいきなりちゃん付けなのかなど気になる事はあったがとりあえず無難に応対する。


「しかし残念だなぁ。本当はバレットちゃんにも大会出て欲しかったのに」


 フレアは両手を大きく広げたり、眉を上下に動かしたりと何かしらリアクションをまぜ合わせながら、フランクな口調で接してくる。


「いやぁおいらなんて大会にでた所で期待に添えるような結果は出せそうに無いさぁ。これでも緊張しぃなんでねぇ」


 そしてバレットは、終始にこにこ顔の彼に負けないぐらいの笑顔を振りまき様子を探る。

 このふたり、どこか似た者同士な雰囲気も感じられる。


「う~ん、とてもそうは思えないけどなぁ」


 そして、フレアは身体を揺すりそう述べると、また彼の視線が移動する。

 一見するとひどく落ち着きが無いように思えて仕方がない。


「あぁ! もしかして!」


 そして、突然の大声にリディアの肩がビクッっと震えた。確実にその瞳は彼女を捉えているようだ。


 少し離れた所で様子を見ていたリディアだったのだが、かなり素早い足取りでフレアが詰め寄り、何の躊躇いも無くその柔らかそうな両手をぎゅっと包み込むように握りしめる。


「君がリディアちゃんだよね。いやぁエイダちゃんのお孫さんと聞いていたからどんな娘なのかなって思ってたんだけど、こんなにキュートで素敵なお嬢さんだったなんてびっくりだよ」


 口元から零れた白い歯がキラリと光った。


「は、はぁ、ありがとうございます」


「うんうん。本当会えてよかった。あ、所で一つ聞きたいんだけどリディアちゃん今は年はいくつ?」


「はい? え? え~と十七ですけど……」


 少し戸惑った様子でリディアが答えると、フレアは、あちゃ~、っと額を右手で軽く一叩きし天を仰ぐ。


「いやぁ、それは残念! 僕十八歳以下の娘には手を出さないって決めててねぇ。本当折角の出会いなのにごめんね」


 両手を前で合わせ謝るフレア。しかしリディアは何故謝られてるのか理解できないといった風に苦笑い。ついでに遠目にみているシンバルも肩を落とし項垂れている。


「あ、でももしかしてもうすぐ誕生日かも知れないのか。そうすれば年齢の問題もクリアー出来るし……」


 顎に手を添えフレアは一人ぶつぶつ言い出す。リディアは戸惑いの表情を隠せず、顔をバレットに向け助けを乞うような視線をぶつけてきた。


「おい、あいつお前の兄弟か何かだろ」


 風真が彼を指さしながら決めつける。


「いやぁ、こっちにはそういうのはいない筈なんだけどねぇ」


 バレットは苦笑いで返す他無かった。勿論兄弟であろうはずは無いのだが、やはり、そこはかとなく同じ匂いのような物を感じてしまうのを否定出来ない。


「よし! それじゃあこれから一緒に二人で御飯でもいこうか」


「何故そうなった」


 パンっと両手を鳴らし、さも当然のように言い出すフレアに思わずバレットも突っ込んでしまう。


「あ、あの二人でというのは流石に――」


「大丈夫大丈夫。別に何かしようとかじゃなくて、ね? 折角だし親睦も深めたいじゃない」


 フレアは相当に軽い。その調子のよさに、上半身を後ろに身じろがせリディアが引きつった笑顔を浮かべている。


「フ、フレア様もうその辺で。ほら、マルコ様の案内もありますし」


 シンバルの横ではそのマルコが目を丸くさせ唖然とした状態で立っていた。仮にも団長と呼ばれる立場にしてはあまりに軽率ともいえる所為に驚きを隠せない様子である。


「えぇ~? そっちはシンバルちゃんで上手くやってよ。ね? 任せるからさ」


「そ、そんな適当な~」


 冗談のようにも思える発言だがどうやら彼は本気らしく、再びリディアに向き直り口説きにかかっている。


 女性に対しては押して押してまた押すというタイプのようだ。十八歳未満には手を出さないような事を言っていたが、見ている限りそれも怪しい気がする。


 その時――ふとシンバルとリディアに大きな影が落ちた。その頭上には突如巨大な山が聳え立つ。


 それは二人を見下ろすようにしながら佇んでいた。正しく山と呼ぶに相応しい巨体。これまでも山賊や、バレットにとってはかつてのダニエルもかなりの巨躯であったが、今視界に映るはそれ以上の体積を誇る巨人。


 バレットの記憶ではオークの王と比べても遜色が無い程の上背を誇り、溶岩石のような浅黒くごつごつした身体つき。


 隆起したように盛り上がる胸部から腰までを辿る割れた腹筋。筋肉の鎧とも言えるその胴体にはそれに負けないぐらいの太さの四肢が付く。


 突如現れたややもすれば化け物とも紛いそうなソレに、風真の目付きが変わっていた。それはバレットも一緒であった。


 殺気のようなものは感じられない。いや、そもそも人々の集まる往来で件のような山賊紛いの輩が現れるとは思えないが、だがその者の持つ雰囲気は自然と二人に緊張の糸を貼リ巡らさせる。


 男は骨ばった顔面に収まる魚のようなぎょろ目で、凝然と見下ろしながら言の一つも吐き出さない。


 時間にしてみれば幾ばくかの時間だろうか。リディアは驚いたように顔を強張らせ、フレアは口を閉じたがそこからの反応を示さない。


 だがその空気を破った一つの声。


「ゼ、ゼム様~」


 シンバルの高い声が発せられ、風真とバレットは目を丸くさせた。一気に張り詰めていた緊張の糸が緩む。


「あ、あれ~。ゼムちゃんじゃな~い。どうしたのこんな所まで」


 首をゆっくりとゼムと呼ばれた巨人の方へ向け、フレアが言った。

 だがゼムは全く口を開こうとしない。


「あ、あの……」


 すると、まだ多少顔は引きつっているが、リディアが何かを言おうと口を開きかける。が、

「ゼム・ロックス様は早くマルコ・レガシィ様をご案内せよと申されております」


「え? え?」


 リディアが頭に疑問符を付けたような顔で左右を見回す。その声は当然、ゼム・ロックスという男から発せられてものではない。


 だがあまりに彼の存在感が強すぎる為、バレットですら思わず見落としそうになる。


 その声の主は恐らくはずっとそこに居たのだろう。ゼム・ロックスと言う山の側にちょこんと寄り添っていた。しかし、彼の圧倒的な巨躯とは対照的にあまりに小さい。ゼムという男より低いのは勿論だが、風真やバレットより、いや下手したらダグンダのシェリーと変わらない程度でしかないのだ。


 更にその小柄な身体に加えて発せられた声は幼子のように高く、翠色に染まった髪の毛も前髪を切りそろえたお河童のような形であり、一見するとなんで子供がこんな所に、と思えそうなのだが――


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