第八十七話 アースヒルの街にて
盗賊達の息がある事を確認したシンバルは、馬車から太い縄を取り出し山賊達を縛り上げていく。普段は臆病なシンバルだが山賊達が目覚める気配が無い事を知ると手際も良かった。
「これでよしっと」
両手をパン、パンと叩き合わせ満足気な表情を浮かべるシンバル。だが、戦いには一切参加していない。
「しかし旦那。あの山賊の頭には他よりも随分と手厳しく打ち込んだものだねぇ」
ハットのブリムを押し上げながらバレットが言った。
「ふん。得物といい身なりといい気に入らなかったんだよ。全く嫌な事を思い出させやがる」
バレットはその言葉と表情から、リディアに言っていた一言を思い浮かべた。が、それ以上深く突っ込んで聞くことはしなかった。
「……まぁ腕の方は全くなっちゃいなかったがな」
吐き捨てるように言う。
「ねぇ、この山賊達どうするの? このまま放置していくの?」
リディアが縛られた山賊を見下ろしながら、誰にともなく問いかける。
「いやいや、そういうわけにもいかないのでこれからちょっと捕獲に来てもらいます」
そう言ってシンバルは以前リディアが見せてくれたような鈴状の魔導具を取り出した。どうやら麓の駐在所で眼鏡の青年と会った時に受け取っていたらしい。
シンバルはその鈴を振った。青白く発光し心地よい音色を耳に残す。
その後暫くは各々馬車の中で待つ事となった。いくらしっかり縛り上げているとは言え、逃げ出されでもしたら元も子も無い。マルコもそれには了承していた。元々こういった事態も想定していたらしい。
すると、シンバルが呼びかけて一時間もせず、迎えの団員が馬車を走らせやってきた。随分と早いように感じられたがどうやらシンバル達にとって出口側の駐在所からやってきたらしい。シンバルが魔道具で連絡を取ってすぐ件の青年が依頼したようだ。
「ご苦労さまです! いやしかし、流石ですね!」
四角い顔で少し暑苦しい感じのするその男は、声を張り上げてシンバルを褒め称えた。最初こそその格好に面をくらっていたようだが、五人の山賊の縛り上げられてる姿をみて感服したといった風である。
勿論これは風真が一人でやった事なのだが、本人はその事をあえて言おうとはしない。手柄などそう言った類には興味が無さげである。
「いや、これは僕の力じゃ――」
「何をご謙遜を! シンバル殿のおうわさは常々伺っておりますぞ! 西の狂犬とは良く言ったものです!」
迎えに来た彼はとにかく声がでかい。しかも完全にシンバルがやったものだと勘違いしている。が、あえてバレットもそこには突っ込まない。ただこれはバレット達も後で知った事なのだが、きょうけんのけんは『犬』でなく『剣』だったらしい。やたら声のでかい彼は間違って理解してるようだが、一度一緒に戦った事のあるバレットは納得と言った様子であった。
それから一行は団員の乗ってきた馬車に山賊達を詰め込み、先を急いだ。
件の問題さえ解決してしまえば、後は特にこれと言った障害もなく馬車は北側の麓に辿りついた。それから少しだけ進み馬車が止まる。シンバルが扉を開けて外に出た。リディアやバレット、風真も後に続く。
「へぇ。こっちは町が隣接されてるんだねぇ」
目の前に広がる町並みを一望しバレットが言った。
「はい。ここはその名もズバリ【アースヒルの町】として知られています」
アースヒルの丘に隣接してるからアースヒルの町。確かになんとも判りやすい名称である。
アースヒルの町は、町と言うだけあって規模はダグンダ程では無いがヒルナンザスの村よりは遥かに広く、往来を歩く人々の数もそれなりに多い。
「ここからマテライトまではまだ距離もありますし、一泊されてからお立ちになられると良いでしょう! 寝る場も用意してますので!」
そういって彼は一行を宿舎まで案内してくれた。ヒルナンザスの村とは違い、ここは町と隣接している為、団員達はこの麓の町に建てられた施設を拠点に活動しているとの事であった。
一行が案内された所は施設と言っても町中で見られるような民家とほぼ変わらなかった。石造りで箱型の二階建て。部屋は各団員に一室ずつ割り当てられており、一階には食堂を兼ねた広間がある。建物内には来客用の部屋が常に空けられており、今回一行が泊まるのはその部屋という事になる。
「あの山賊達はどうするんだい?」
バレットの質問に案内してくれた彼が鼻息を荒くさせる。
「ここの地下には牢屋が設備されてますからな! もちろんしっかりと閉じ込めておきますよ! 監視も忘れずにね!」
そう言って彼は建物から他の団員達も呼び、山賊達を地下に連行していく。シンバルも手伝っていた。手を貸そうか? とバレットも尋ねたが、こういう事は正式な団員以外には任せられないらしい。何かあっては責任問題となるからだ。
とは言え、バレットも興味本位で後ろから牢屋を覗き見た。地下とはいえ掃除は行き届いていてかなり清潔な印象だ。地下には窓が一つ。牢屋は全部で三室。鉄格子に鍵を掛けて閉じ込めておく作りだ。頑丈そうな鉄の扉には鍵穴は無く代わりに印が刻まれている。この鍵の仕組も魔道具によるものらしい。一度鍵を掛けてしまえば絶対に出ることは出来ないと団員達が自信満々に言った。ただ、この地下牢獄に罪人を入れるのは随分と久しぶりらしい。これまではそれだけ平和であったという事だろう。
「皆様本日は本当にありがとうございました」
山賊達を地下に閉じ込め、彼らが施設の前に戻るとマルコ・レガシィが礼を述べてきた。
「いやいやそんな」
シンバルが後頭部に手を添え遠慮がちに言う。
「おかげ様で本当に助かりました。しかし守団の方にこんなに勇ましい方がいられるとは」
感嘆の言葉を述べるマルコ。勿論彼の言う勇ましい人物とはシンバルではなく風真の事なのだが。
「あっはっは! 流石はシンバル殿と言った所ですかな!」
自分の事でもないのに誇らしげに高笑いする勘違い男。シンバルも思わず苦笑いである。
「さて、それでは皆様実は私この町に知人がおりまして今夜はそこで泊めて貰おうと思っているのです」
マルコの話では元々その予定であった為、既に前もって知人には連絡済みらしい。
「それでは明日まで一旦お別れですね」
「はい。そうですなそれでは朝は――」
マルコの馬車は一旦守団管理の馬房で預かる形とし、朝の落ち合う時間を決めた後マルコはその場を後にした。
残った者は皆団員に部屋を案内してもらった。今回は男性陣は全員同じ部屋でリディアのみ別室であった。もともと客人用の部屋は一つのみであったが気を使って団員の部屋を一つ空けてくれたのだ。こうして其々は思い思いの時間を過ごし、そうこうしている内に夕食の時間が訪れたのであった。
柱に掛けられた時計の短針はⅥの文字をを指し示していた。長針はその真上を少し過ぎたところである。木製のアンティークな作りの柱時計だ。時計の下には振り子が付いていてカチッ、カチッという音を残しながら一定のリズムを刻んでいる。
「食事の用意までありがとう」
シンバルがキッチンに向けて礼を述べた。するとリディアがひょいと顔を出し、
「もうすぐ出来るからね」
と笑顔で言った。どうやらリディアは二階から一階に降りた時に夕食の準備を始める団員の姿を見て手伝いを買って出たらしい。
これに対して最初は団員も申し訳ないと遠慮してたようだが、料理が好きだし手伝いたいの、という本人の希望もあった為お願いする事になったらしい。
広間にはバレット達の他に、団員が二名席についていた。キッチンに立つのはリディアと、ここまで案内してくれたやたらと声のでかい彼だ。
「いい匂いだねぇ」
バレットはキッチンに立つ二人の背中に声を掛ける。鍋をふるう彼は見た目に反して手際が良い。
「あ、バレット丁度良かった」
そう言ってリディアが振り返ると、纏われたエプロンも妖精のいたずらの如くふわりと一緒に浮き上がる。団員から借りたのだろうか。シャツの上から纏われた少し大きめのエプロン姿は実に可愛らしい。
「準備出来たから、これ運んでね」
光る笑顔に、了解と白い歯を覗かせるバレット。手渡されたのは山盛りのサラダだ。しかしただ量が多いだけでなく色合いもしっかり考えられており、彩色豊かな盛り付けは見るものの食欲をそそる。
バレットは出来た料理を次々とテーブルに運んで行く。それを見て他の団員やシンバルも手伝いだした。
「ちょっと、風真もご馳走になるんだからこれぐらい運んでよ!」
「あぁん?」
「ほら! 早く!」
急かすリディアに風真も重い腰を上げた。どうやら少しずつ風真の扱いに慣れてきている節が見られる。
料理は二台並べられたテーブルに置かれていく。団員たちは普段テーブル一つを囲って食事を摂ってるそうだが、人数が多いという事もあって予備のテーブルが設置されたのだ。
「これで準備OKね」
腰に手を添え満たされた表情を見せるリディア。
「いやぁ助かりました! 本当にありがとうございます!」
彼はお礼を述べる声も相変わらずでかい。
「どう致しまして」
返事と同時にリディアが微笑む。
「さて! それでは皆さん料理を頂き――」
その声で早速風真が並べられた食事に手を付けようとするが。
「おっと。その前に下にも運んであげないと」
団員の一人が待ったを掛ける。
「あっとそうだ! そうだ! 忘れる所だった!」
「あ、じゃあ俺運んできますよ」
「下って事は、もしかしてあの山賊達の分も?」
ふと、気になったのかリディアが訊いた。
「えぇそうです」
リディアの問いに答えながら団員はトレーに食事を並べていく。見た限り確かに用意されているのは六人分。一つは地下で見張っている団員の分として、残りが山賊達の分なのだろう。
「だったらそれ私が持って行ってあげる」
そう言ってリディアは食事の並べられたトレーをひょいと持ち上げ運び始めた。すると角顔の彼が目を見張る。
「いやいや! いくらなんでもそれは! 山賊達もいるのですよ? 何かあっては!」
相変わらず、無意味に大きな声で角顔の彼が引き止めようとするが。
「大丈夫よ。ちゃんと牢屋に入れられてるんでしょ? 問題ないわよ。ねぇそれよりバレットも手伝ってもらえる?」
そう言ってリディアはバレットに視線を巡らせる。
「おいらかい?」
「そ、一人じゃ運びきれないし」
その頼みにバレットは立ち上がると、
「承知しましたお姫様」
とハットを外し胸の前に当て頭を下げた。その姿を見てリディアは、何それぇ、とくすくす笑う。
「いや! だから勝手に決められては困ります! 何とか言ってやって下さい! シンバル殿!」
「え? いや、まぁ――」
咄嗟の振りにしどろもどろになるシンバル。
「もう心配症ね。大丈夫よ、もし何かあってもバレットが守ってくれるし」
「守る?」
「そう。バレットはこう見えてオークとの一件でも大活躍だったんだから」
リディアがにっこりと微笑む。すると団員達がそろって目を見張らせる。
「と、言う事はもしかして、貴方達があの森の事件で解決に一役買ったという?」
どうやら各地の団員達の耳にもバレットや風真の噂は届いていたらしい。
「なんと! そのような凄い方々だったとは!」
そして、角顔の団員が突如歓喜の声を上げた。
「ついでに言うなら、そこの風真という旦那は、あのオーク王と全く引けを取らない戦いをし、シンバルだって犯行を企てていたオーク相手に大活躍を見せたんだぜ」
バレットの説明によって更に彼は声を張り上げ、恍惚とした表情を浮かべながらシンバルにその大きな顔を近づける。他の団員も興味津々な顔で身を乗り出し話を聞こうとする。シンバルの困り果てた顔と、風真のうざったそうな表情が目につくが。
「さぁリディア、今のうちに行くとしようか」
話を聞こうとするのに夢中で既に二人の事など目に入っていない団員達を尻目に、バレットはリディアを促す。
どうしても地下に行きたいリディアの様子を察し、バレットは他の団員の気をシンバルや風真へと向けた。その事をリディアは良く判っていたのか柔らかい笑みを浮かべ、
「ありがとうバレット」
と感謝の気持ちを述べたのだった――