第八十六話 呆れた山賊
「頭! こいつら随分おかしな格好していやすね」
大男に顔を巡らせ、馬面が言った。だがおかしなという意味では山賊達も変わらない。らしいと言えばらしいが、全員揃って獣の皮を剥ぎ取って穴を開けただけといった感じの物を着込んでいる。まるで原始人だ。
「はぁ……」
バレットの横で風真が溜息を吐いた。バレットが見やる。どこか呆れたような表情だ。そして先程まで漂っていた重苦しい雰囲気もすっかり霧散されている。
「手伝おうかい旦那?」
「うっせぇ。必要ねぇよ」
髪を乱雑に掻き毟り風真が数歩前に出た。
「おいおい勝手に動いてんじゃねぇ!」
大男が叫ぶ。
「てめぇら今の立場判ってんのか? 俺らが一体何の為にここに出てきたのか! よ~く考えてみるんだな」
へっへ……と山賊達が薄ら笑いを浮かべる。
「山賊さん達だろ」
バレットが両手を広げ軽い口調で言った。
「おお! 判ってんじゃねぇか! だったら大人しくしておくんだなぁ~。な~に別に命まで取ろうってんじゃねぇ。そうだな金目の物と女を置いてけば助けてやるよ」
そう言って大男が舌なめずりする。
「頭! 俺はあのドレス姿の女なんか。超好みなんですけど!」
それは女ではない。
「おいてめぇら」
風真が口を開く。
「一つ聞きてぇんだがよ」
その問い掛けに、頭が、あぁん?、と目を眇めた。
「なんだ生意気な野郎だ。……だがまぁいい。俺様は優しいんだ。冥土の土産に答えてやろう」
今さっき命まで取る気は無いと言っておきながら、冥土の土産とは――バレットは思わず苦笑した。
「……なんでてめぇら、態々全員でそこまで降りて来たんだ?」
その質問に頭は目を丸くさせ、そして突如大声を上げ笑い出した。
「馬鹿かてめぇは! んなもん数が多い方が有利だからに決まってんだろうが!」
バレットは額を右手で押さえ天を仰ぐ。山賊達の持っている得物は二人が弓矢、二人が手斧や鉈、そして頭の大男の背中からは剣の持ち手が見えている。
山賊達との間合いは風真が前に出た事で残りは四メートル程か。この配置でいくなら本来なら弓矢を持った二人は岩壁の上で狙いを付けさせておいた方がいいだろう。上には隠れられる所もあるのだから。
バレットは風真が呆れるのも判る気がしてきた。
「もういい。さっさとケリを付ける」
風真が腰の刀に手を伸ばした。
「旦那。オークの件の事もあるし、殺したりはしないようにねぇ」
バレットが釘を刺した。が、ふんっ! とだけ返し風真が脚を進める。
「お、おい! お前馬鹿か! 状況判ってんのか? 止まれこら!」
状況を判ってないのは山賊達の方だろう。バレットはやれやれと頭を振る。
「え~い! かまうこたぁねぇ! こうなったら手足の一つでも撃ち抜いてやれ!」
山賊の頭が命じると一歩前に出た蛙口と馬面が弓を番えた。が、その瞬間彼等が驚いたように瞳を見広げる。
恐らくその目には、風真が突如煙の如く消え失せたようにしか見えなかったであろう。勿論実際には風真が身を低くし大地を一つ蹴り放っただけだ。だが、その一蹴りで風真は神速の矢と化し、四メートルという距離を瞬時に詰めたのだ。
山賊達は既に面前に風真が迫っているにも関わらず呆けた表情を続けていた。弓を構えた二人がほんの少し顎を引くだけで気付きそうなものだが、恐らくそんな暇は持たせはしないだろう。既に風真の右手は金色の柄に伸ばされているのだ。
「ぐぇ!」
わけも判らないといった感じに、弓を構えた一人がまさしく潰された蛙のような鳴き声を発した。苦悶の表情と共に身体がくの字に折れ曲がる。抜いた風真の【雷神】がその左脇腹を直撃したのだ。そしてその身が完全に崩れ落ちる前に風真は腰をうねる様に逆回転させ、今度は馬面の右脇腹へ雷神を振り抜いた。
「ぎひぃ!」
骨折した馬の鳴き声に近い悲鳴を耳に残し、馬面の身もくの字にひしゃげる。今度は逆のくの字だ。馬面と蛙口の二人の身体はほぼ同時に折れ曲がり、頭と頭が重なる事で人身の門を作り上げる。風真は躊躇なくその下をくぐり抜け、首を擡げた。その視線の先にはスキンヘッドと鶏冠頭が驚愕の表情を浮かべている。
「く、くそ!」
迫り来る驚異に気付いたのか、視線を落とし鶏冠頭が手持ちの斧を振り上げようとした。が、あまりにも遅すぎる。
風真は屈んだ姿勢から身体の伸びをフル活用し、一気に右手に握られた雷神ごとその身を跳ね上げた。低く鈍い音が辺りに広がり、こけっ、という声を残し、飛べないはずの鳥が見事に宙を舞った。隣のスキンヘッドの顔が青冷めている。だが今更後悔しても遅い。既に風真の尖った視線は次の獲物を捉えたのだ。振り上げられた雷神をその哀れな禿頭目掛け、一気に振り下ろす。その瞬間今度は大地を震わすような轟音と共に、男に土と砂塵のたっぷり含んだ鬘を被せる。ソレは地面に半分めり込む形で深々と男の頭に収まっていた。
「な! な!」
頭と崇められていた裸の王様は驚愕の色を隠せないでいた。本人が気付いているかは定かでないが、その脚が自然と後退し風真との距離を空けていく。
「おい――頭のおっさんよぉ」
風真がゆっくりと顔を上げた。
「てめえは少しはやれるんだろうなぁ」
言霊に乗せられ運ばれた威圧に、頭が思わずたじろいだ。が、直ぐに表情を戻し不自然なぐらい前のめりの姿勢で歯牙を顕にする。
「この俺をなめんじゃねぇぞ!」
激った声で山賊の頭が背中から剣を抜く。刃幅がやけに広い持ち主と良く似た無骨な剣だ。変わっているのは刃と柄のみの構成で、刀でいう鍔にあたるガードが無いところだろう。これは上手く扱わないと自分自身の手を傷付けかねない。
つまりこの頭の大男は、それだけその武器の扱いに長けているのか――という理由ではないのは両手に数多く付いた切り傷から明らかであった。そもそも刃は刃こぼれが酷く、手入れが全く行き届いていないのがよく判る。見た目とはったりだけの武器であるのはバレットから見ても明らかであった。
「へっへっへ。俺が今までこれでどれだけの奴を斬ってきたか――聞いたらてめぇきっと小便漏らして泣き喚くぜ」
確かシンバルの話によると、山賊が現れてからも怪我人は出ていない筈である。
「判った判った。うんじゃ始めていいんだな?」
耳の穴をほじくりながら風真が言う。
「て! てめぇ! 本当にいいんだな? 後から後悔しても遅いんだぞ!」
握り締めた拳を目の前で震わせ忠告する頭だが、風真は全く気にも止めずスタスタと間合いを詰めていく。
「くっ! だったら望み通りぶった切ってやる!」
吠え上げ大男はその無骨な剣を振り上げた。はっきり言って隙だらけだが風真はその姿を見つめ脚を止める。
鋼と鋼のぶつかり合う音が波紋となって広がった。山賊の頭はぎりぎりと剥き出しになった歯を擦り合わせながら必死の表情で握る柄に力を込める。いっぽう風真は悠々とした表情で全く怯む様子が無い。
頭の振り下ろされた刃は風真の雷神によって防がれた。風真の持つ刀よりはるかに巨大な刃は、大男の太くゴツゴツとした両手により思いっきり振り下ろされた筈であった。にも関わらず風真は右手一本で雷神を握り、その一撃を受け止めたのだ。しかも男は、むぎぎぎっ、と顔を真っ赤にさせ全体重を乗せて剣を押し込もうとするが、風真の身は一ミリたりとも動かない。
「おいおっさん。これで本気か?」
「う……る、せぇ――まだ、ま、だ、お、での、本気は、ごんなものじゃ……」
強がってはいるが既に剣を握った両手もぷるぷると震え口調も辿たどしく。明らかに限界が近いのが判る。
その姿を眺め、風真が顎を引き大きく吐息を付いた。が、直ぐに顎を上げる。
「決めるぜ」
呟くような一言を発した瞬間、摩擦音と共に火花が舞った。風真が刃と刃を擦らせながら大男の面前に迫ったのだ。仮にも山賊達を束ね指揮していた頭の顔に恐怖の色が浮かんだ。その瞬間風真の一閃――いや実際には瞬速の連撃。バレットの視認した限りで両腕、両足、鳩尾、顎門に一撃ずつ叩き込んだのだ。
「ぐぇぶりえ!」
妙な奇声を残し、盗賊の頭は派手に翻筋斗打つようにしながら後方に吹き飛んだ。軽く放物線を描き地面にその身を打ち付けながら何度も転がり数メートルほど先で漸く止まった。ひくひくと痙攣しながら、巨大な尻と蟹股状態の巨足が天に向けられているが、正直オブジェとしては見るに耐えない。
「お疲れさん」
たった一人で山賊達を一蹴し、戻ってきた風真にバレットが労いの言葉を掛け右手を上げた。だが風真は、
「ケッ、下らねぇ」
とぼやきその横をすり抜けた。上げられたままのバレットの右手に虚しさが漂う。
「す、凄いです風真さん! 流石です!」
馬車から飛び出しシンバルが声を上げた。
「で、でもまさか殺したり、し、してませんよね?」
シンバルが恐る恐る聞くが、
「あんな奴ら斬る価値もねぇよ」
と風真が返す。
風真が山賊相手に行ったのは所謂【峰打ち】という物であり、シンバルが確認する限り山賊は頭も含め気絶させられてるだけであった。
とは言え風真の行った攻撃は峰打ちは言え容赦の無い物であった。特に山賊の頭に関しては他の手下よりダメージは激しいと見るべきか。どちらにしてもこの山賊達は、暫く目を覚ますことは無いだろう――