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第八十五話 風真と山賊

「すっごく似合ってるわよシンバルぅ」


 リディアが必死に笑いをこらえながら言った。バレットもシンバルの姿を見ながら唇を震わせる。


「いやぁ、もしおいらがシンバルの事を知らなかったら多分惚れてるねぇ」


 そして、おどけた感じに両手を広げてバレットが続けた。正面ではシンバルが俯いたまま、握り締めた両拳をわなわなと震わせている。


「な、なんで僕がこんな格好を――」


 顔を上げるとちょっとだけ涙目になっていた。だがバレットもリディアもどうしても笑いがこみ上げる。


 シンバルは今、マグノリア守団の証である制服を着衣していない。理由は、麓の駐在所にいた青年によると、団員が一緒にいて気付かれると山賊が現れないかもしれないからだそうだ。


 勿論依頼者のマルコからしてみたら現れない事に越したことはないのだが、それでは根本的解決には至らない。

 その為、彼は団員が手配されていた服装に着替えたのだが……。


 それは何故か女性物一式であり――


 つまり今の彼の出で立ちは綺麗なドレス、ご丁寧にも下は丈の長いスカート。

 どうやら女性が多い方が囮としては良いと考えたようだ。


 しかし意外にもそれが良くシンバルに似合っていた。もともとが童顔という事もあるのかも知れないが、パッと見は可愛らしいお嬢様である。


「どうせだったら風真やバレットの分も用意してくれれば良かったのに」


 すると、ふたりを交互に眺めながらリディアが小悪魔のような笑みを浮かべ言う。


「ざけんな」


 窓の外を眺めたまま風真が短く返す。ガラスに映る風真の表情はどこか少し険しい。それはリディアの発言によるものでは無さそうである。


 表情の暗いシンバルを気にもする事なく馬車は一定の速度を保ち疾走を続けていた。道は緩やかな上り坂が続いている。


 北側の大地へと続くこの道は、旅人や馬車が通りやすいように舗装された道だ。その為、基本的には一本道が続く。幅は馬車二台がすれ違ってもまだ余裕がある程広い。道の両端には五メートル程の高さの岩壁が続き、その上には樹木が立ち連ねている。


「本当に山賊なんて出るの?」


 誰にともなくリディアが零した。アースヒルに入ってから半分程を超えた頃であった。


「う~ん」


 腕組みしたままシンバルが唸る。


「どの辺りで出没するのかはシンバル知らないのかい?」


 そんなシンバルに向けてバレットが訊いた。ある程度場所が限定されれば対処はしやすい。


「あ! 確かにそれは聞いておけば良かったですね」


 するとシンバルがポンっと手を打った。リディアが呆れたように眉根を寄せる。


「こんな所に現れはしねぇだろ」


 代わり映えしない景色を眺めながら風真が言う。一見聞いてなさそうで、意外としっかり要点は押さえてたりするのがこの男だ。


「え? どうしてですか?」


「ここは見通しが良すぎる。それに道も広いしな。山賊の人数は五、六人なんだろ? それなのにこんなところで狙いやしねぇよ」


 顔を全く向ける事なく風真が言い切る。すると、はぁ、なるほど、とシンバルが感心したように顎を上げ下げした。


 それから暫く馬車は走り続けたが山賊どころか他の馬車や人とすれ違うことすら無かった。やはり山賊が出ると言う噂でこの丘を利用する者が減っているという事なのだろう。


「え~と……この先を抜ければ丘を出ますね」


 シンバルが拍子抜けしたような顔で言った。馬車の進む方向にはこの丘唯一の分かれ道が看板で示されていた。どうやらその先は道が細くなっていて、南から北に抜ける道と北から南に抜ける道とで二手に別れてるようだ。


 馬は御者がいなくても最初から判っていたように淀みなく左側を進んだ。改めてこの世界の馬にバレットは感心する。後ろからはしっかりマルコの馬車も付いて来ていた。


「このまま何も無ければマルコさんも安心だろうけど、山賊の問題は残ったままになってしまうねえ」


 バレットの言葉にシンバルが、そうですよねぇ、と頭を抱えた。だが――


 突如、ずっと窓から同じ方向を見続けていた風真が首を巡らせた。


「この辺りだな――」


 一人呟き瞳を尖らせる。


「え? この辺りって?」


 リディアが疑問を口にした。


「上を見ろ。大分低くなってる。道も細い。襲うなら打って付けだ」


 風真の言うようにこの道は先程までの道の半分程度の幅しかない。そして両端の岸壁も三メートル程まで低くなっている。


「さっきから随分判ったみたいに話すわねぇ。もしかして前の世界では山賊もやった事あったりして?」


 リディアは少し皮肉めいた口調で言った。勿論本人は冗談で言ったつもりなのかもしれない。だが風真は顔をリディアに向ける事なく、

「そうだよ――」

と一言呟いた。


 え? とリディアの瞳が広がるも風真は構うことなく、身を乗り出し扉に付いている取っ手に手をかける。


「え? 風真さん何を……」


 シンバルが全てを言い切る前に扉は押し開かれた。外の空気が一気に車内になだれ込み、リディアが靡く髪を押さえた。


「おいおい旦那。どうする気だい?」

 

 ハットを右手で掴みバレットが問いかける。だが返事は無く、風真が天井の縁を掴み力を込めて飛び上がる。


 天井からドスンという重音が響き一瞬車体が揺れ動いた。


「ちょっと風真! 何してんのよ!」


 リディアが天井に隠れた侍に向けて声を荒げる。開け開かれた扉側からは、轟轟という風音と馬の蹄の音だけが鳴り響いた。


「か、風真さん」


 するとシンバルが車体から身を乗り出して上を見上げた。


「止めろ!」


 風真が叫ぶ。え? とシンバルが返すが。


「とっとと止めろ! 狙われてるぞ!」


 咄嗟にバレットも身を乗り出し岸壁の上を見た。風真の言っていた事を考慮するならそこから狙われていると考えるのが妥当だからだ。


 するとバレットの視界の端で何かが光った。


「早く止めるんだシンバル!」


「は、はい!」


 シンバルが天井に刻まれた印に掌を付けた。その瞬間印が青白く発光し同時に独角馬が嘶き脚を止めた。バレットは顔を巡らせ後ろの馬車も確認する。が、どうやらこちらの動向に気付いたようで倣うように馬車を停止させる。


 馬車が完全に動きを止めた瞬間には風真が天井から飛び降り、刃を一閃させていた。何かの彈かれる音が其々の鼓膜を揺らす。


「大丈夫かい旦那?」


「問題ねぇよ」


 バレットが馬車から降り問いかける。風真の返事は短いものだった。だが張り詰めた空気は辺り一面に広がる。


 バレットはふと先ほどの音が気になり、風真の周囲の地面をみやった。すると矢の残骸が数本散らばっている。材質は鉄製のようだ。が、見事に二つに分かれ転がっていた。


 バレットが顔を風真へと戻すと彼の視線は岩壁の上に向けられていた。バレットもそれに倣うように見上げる。すると茂みがガサゴソと揺れ始めた。不自然な揺れ方であった。


「何かがいるねぇ」


 バレットの言葉に、あぁ、と同意する風真。


「ちょっと二人共大丈夫?」

「大丈夫ですか風真さん! バレットさん!」

「大丈夫かい君達? もしかして賊が?」


 リディアにシンバル、更には後ろのマルコまでもが馬車から身体を乗り出し二人に声を掛けた。皆が皆心配そうな表情を見せている。


「な~に大丈夫さぁ。でも危険だからマルコさんとリディアは馬車に隠れていた方がいいねぇ」


「そ、そうですか! そうですね! マルコさん! ドアはしっかり鍵を閉めてこちらが良いというまで身を隠しておいて下さい! さぁリディアちゃんも危険だから一緒に中で!」


 ちゃっかりシンバルも馬車の中に引っ込もうとするが、シンバルにまで身を隠せとは言っていない。


「そんな! 私だって少しは役にたてるわよ!」


 リディアが意気込んだ。剣を手にしていないシンバルより遥かに逞しい。


「女子供の出る幕じゃねぇんだよ!」


 すると風真が吠えた。リディアの肩がびくっ! っと震える。


「まぁ旦那もあぁ言ってるし、後はこっちに任せておきなよ」


 バレットが包み込むような微笑みを浮かべる。それでもリディアは心配そうに見つめていたがシンバルに引っ張られ車内に戻された。


「さてっと――」


 バレットが首を巡らせ風真を見やった。


「しかしどう出てくるつもりかねぇ。上からチマチマ狙ってくるとか?」


 そう言いながらバレットは腰のガンベルトに指を添えた。


「別に飛べねぇ距離じゃないだろ」


 風真の言葉にバレットが目を丸くさせる。確かに風真であればそれぐらい余裕だろうが、足場の悪い場所から三メートルの高さを飛び降りるのは簡単な話ではない。が――


 突如頭上から、バキバキと木の枝をへし折り巨大な影が飛び出した。大岩が落下してきたよな重低音を辺りに響かせ、二人の五メートル程前方にそれが降り立つ。足元からもくもくと砂煙が上がっていた。


「へっへっへっ――」


 身の丈二メートル程の無骨な男が嫌らしい笑みを浮かべる。その男はいかにも悪党と言わんばかりの面構えをしていた。見た目で判断するのも何だが、これは誰がなんと言おうと山賊で間違いないとバレットは確信した。


「おい! おめぇら!」


 そう叫び、ついでに男は指笛も鳴らした。すると新たに四つの影が大地に降り立った。スキンヘッド、馬面、カエル口、鶏冠頭の四人だ。最初に現れた男はゴリラのような風貌なので見ようによっては珍獣大百科といった感じである――

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