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第八十三話 護衛の理由

「お好きな席に座って頂戴。椅子は適当に使っていいからね」


 五人が食堂に顔を出すと先程まで受付カウンターにいた女宿主が、奥の厨房側から声を掛けて来た。


 調理場と食堂はカウンターで仕切られているが、オープンな作りのせいか料理の様子は客側からもよく見える。鍋を振るってるのはガタイの良い男性であった。年の功は宿主と同じぐらいか。


「もう少し待ってもらえる? 出来るだけ亭主に急がせるから」


 皆が座ったテーブルの上にティーポットと人数分のカップを並べ、彼女は調理場に引っ込んでいった。他に店員はいないようである。どうやらこの宿は夫婦二人で切り盛りしているようだ。


 皆が席に着くなりマルコはティーポッドの中身を其々のカップへ注いでくれた。

 シンバルが申し訳無さそうにお礼を言う。リディアとバレットも続いた。風真は注がれたティーよりも料理の様子が気になるのか厨房の方に顔を向けている。まぁ相変わらずと言えば相変わらずだ。


 食堂には他の客の姿は無かった。そもそも二階の宿泊客も彼等以外には居なさそうであったのだが、そのおかげで席は自由に決める事が出来た。彼等が選んだのは若干横長の角テーブルだ。椅子は四脚揃っていたが一緒に降りてきたマルコの分も必要だった為、他の席から一脚拝借し、マルコとテーブルを共にしている。


 その為現状は、貸切状態に近い食堂で一つのテーブルを五人が囲っている形だ。テーブルを挟んでバレットと風真、リディアとシンバルが其々組みになっている。マルコは入口から近い側に一人座っている形で、そこからなら全員が視界に収まる位置だ。


「しかし――、随分とお客さんは少なそうだねぇ」


 バレットが食堂を軽く見回し口にする。


「いや、いつもならこの宿も結構旅人や商人で潤っているのですけどね」

 

 それに応えるように語られたマルコの口調にはどこか含みのような物が感じられた。


「マルコさんもよくここは立ち寄られるんですか?」


「えぇそうですね。特にマテライトに向かうにはここを通るしかありませんから――」


 そう言ってマルコがカップに口を付けた。バレットも合わせるように中身を啜る。どうやらハーブティーのようであった。バレットに倣うようにリディアとシンバルも一口ずつ口に含んでいた。


 料理を待っている間マルコは改めて自己紹介し色々と話を重ねた。彼の話によると、この村の位置は一行が朝方むかおうとしているアースヒル手前にあたり、その距離もニキロ前後と歩いても十分行ける程度である。


 だが、アースヒルに関しては、馬車道を使っても抜けるのに五、六時間は優にかかる為、旅人や商人等は大体この宿で一夜を明かすのだそうだ。


 マルコはよくアースヒルの道を使うというだけに事情に詳しい。このマルコ・レガシィと言う人物はヒルナンザスの村から西に十五キロ程行った所にある、【ウェスト・ファベル】の町でよく仕入れを行ってるらしく、仕入れた品はアースヒルを超えた街々にも広く卸して回っているとの事であった。


 更に話を聞くとウェスト・ファベルという町には沢山の職人が住んでおり、大陸一の腕前を持つと噂されてる職人も多数いるらしい。


 ウェスト・ファベルでは常時職人の手により装飾品、家具、調理用具から武器や魔導具等まで多くの品が創られている。そしてそれらを手にしたお客からの評判も良く需要も多い。だが、これらを作り出す彼らは文字通り職人気質であり商売は不得手なのだと言う。


 彼等職人は出来れば創作に専念したいというのが本音なのだ。


 そこで、マルコ・レガシィのような商人が間に立ち、流通や販売の手助けをしているというわけだ。


 ちなみに、今回護衛の依頼をしたというマルコは自前の馬車を抱えており、それを利用し大陸中も巡っているらしい。彼のように自前の馬車を持つ商人の多くはそうやって生計を立てているとの事であった。


 マルコは明快な口調でそんな話をしてくれていた。緩急のある話し方は聞いていて心地よい。だが一人全く別の事に気を取られている男が一人。


 夕食はまだかまだかと待ちわびる風真に応えるように、トレーを片手に女宿主がテーブルへ料理を運んできた。


「お待たせしました」

と述べ、彼女は手際よく全員分の食事をテーブルに並べていく。料理は皆一緒の物のようでスープにサラダ、メインの魚料理とパンが二個添えてある。


 テーブルに並べた人数分の食事を確認すると、

「簡単な料理やお酒なら他にもご用意出来ますのでご遠慮なく」

と宿主が明るい声で言った。


 すると言下に風真が、じゃあ酒を頼む、と遠慮なく述べた。ついでにとメニューを見ながら更にあれこれ頼もうとしている。


「ちょちょ!」


 シンバルが開いた両掌を大げさに振り、風真の行為に待ったをかけた。だがそれも当然であろう、何せ余分なお金など持ち合わせていないのだ。そして当然だが風真もこの国のお金などびた一文有していない。


「ははは、大丈夫ですよ。ここの料金は私が持ちますのでどうぞご遠慮なく」


 マルコは豪快に笑ってみせ、気前の良いことを述べた。


「いや、そういうわけには」


 後頭部に手を添え、遠慮の姿勢を見せるシンバル。


「いいじゃねぇか。奢ってくれると言ってんだからよ」


「あんたはちょっと黙ってて」


 リディアが叱りつけるように言う。


「どうぞ遠慮なさらずに。急な予定変更に合わせて頂いたんです。これぐらいはさせて下さい」


 重ねて述べられる好意に、シンバルは、

「そうですか――それでは本当にありがとうございます」

と心からの礼を述べる。


「で? 結局注文はどうするんだい?」


 女宿主が待ちきれないように言った。


「おお。ついでにこれとこれも頼むぜ」


「ちょっと、少しは遠慮しなさいよ」


 一切の遠慮なく更に注文を加える風真へリディアが眉を潜めた。


「いやいや。それぐらいの方が私も気持ちが良いですよ」


 マルコが微笑み言う。


「まぁとりあえずこんなとこでいいかな」


 バレットの横で風真が注文を終わらせる。バレットは、とりあえず、という言葉が気になった。まだ他にも頼む気なのだろうか。


「お礼ぐらい言いなさいよ」


「あん? あぁ悪いな」


 軽く手を上げた風真を見た後、マルコは他の皆に視線をずらして行き、

「他には宜しいのですか?」

と確認してきた。追加で注文しているのが風真だけだったので気にしてくれたのだろう。


 だがバレットも含め風真以外の全員は出て来た食事で十分であった。


 注文を聞き終えると宿主は再び厨房の方へと戻り、奥の料理人兼亭主に内容を伝えた。風真はと言うと既に自分のテーブルに並べられた料理に手を付け始めている。


「皆さんもどうぞ」


 マルコが言った。が、彼の席の前にはカップが置かれているだけである。


 するとリディアが気にかけて、

「マルコさんは食べられないんですか?」

と問いかける。ご馳走(ほぼ風真の注文だが)までしてくれると言っているのに申し訳ないと思ったのかもしれない。


「いや、実は私は既に済ましてまして。ですからどうぞ遠慮なく」


 そう言って、ポットを傾けカップにハーブティーを注ぐ。その間に追加で風真が頼んだ酒が運ばれ、遠慮無くグビグビと喉を潤している。


「私の事は気にせず皆さんもどうぞ」


 促され、それでは遠慮なくと皆は料理に手を付けていく。こういった時、いつも先に手を伸ばすのは風真だ。だが、これまでもそうだが提供してる方はいつもどこか嬉しそうである。風真 神雷の食べっぷりは見てる側に清々しさを感じさせる。



「しかしなぁ。ただ右へ左へと運ぶだけで稼げるとはいい商売だな」


 口いっぱいに頬張った食べ物を一旦飲み込むと、風真がそんな事を言い出す。


「ちょっと! 失礼でしょ」


「あん? 何がだよ?」


 思わずどやすリディアだが風真には全く悪気が無い。


「いやいやおっしゃる通りですよ」


 特に気を悪くするような事もなく、マルコが返した。どうやら性格はかなり温厚なようである。それは彼の柔らかな口調にも現れていた。


「しかし、買い付けも自分でやるとなると大変だねぇ。資金もかなり必要だろうし」


「えぇ、まぁ確かに最初は大変でした。売れない在庫等も抱えたりして。ただお客様にも恵まれて私は運が良かった。お陰さまで自分の馬車も持つ事ができ、より多くの品を運べるようになりましたから」


 マルコは運良く等と言っているが、よく話を聞けばそれだけでない事が判った。


 例えば卸した品の需要が低い場合等、彼はしっかりその原因を調査しそれを職人に伝え改善を図ったり、また品物に不具合があった時など、売りっぱなしの商人も多い中、返品も受付保証もしっかり施したらしい。


 こういった行いが結果的に信用を呼び、今があるというわけだ。


 バレットはその話を感心しながら聞いていたが、隣の風真は目の前の食事に夢中で恐らく聞いていない。しかもその間にも出来上がった料理が次々運ばれ、テーブルに置かれた傍からどんどん手を付けていく。一体その身体のどこにそれだけの食べ物が入るのかと、つくづく不思議に思う。


「しかし、今回は生誕祭も重なりマテライトへ運ぶ品もかなり多かったので助かりますよ。それに加え守団の皆様の装備も引き受けましたからね。守団の皆様直々による護衛。痛み入ります」


 マルコは改めてシンバルに向かって頭を下げた。


「いやいやそんな、僕なんかでお役に立てるなら――」


 シンバルは遠慮がちにそう言う。


「本当に、私も少しフレア・バーニング殿という方と話しましたが、何か丁度都合の良いのが向かっているからと快諾して頂き、上でも話しましたが、本当はもう二日ほど先になる予定だったのです。ですが随分と対応がスムーズでしたので少々驚きましたよ」


 笑顔を浮かべマルコが身体を揺すった。シンバルは右手に持ったスープカップに視線を落とし、全くあの人は――、と落胆の声を上げる。


「しかし護衛って言うのは一体何からなんだい? 荷物を守りたいというのは判るけどねえ。これから向かうアースヒルには猛獣でもいるのかな」


 バレットは眉と両手を開き訪ねた。するとマルコは少々驚いたかのように両目を丸くさせる。


「あの……ご存知無いんですか?」


 不思議そうに尋ねるマルコを見て、バレットはまずかったかなと顎を掻いた。


「いや、すみません彼らはまだ新米で事情に詳しくなくて」

 

 シンバルは軽く頭を下げ誤魔化した。どうやら同じ団員達であるとは思わせておくつもりらしい。前もって団員達が行くと言う連絡がされていた為そのような話に持っていく他なかったのだろう。


「あぁなるほど、それでですか。皆さん服装がばらばらなので不思議に思いました」


 それは当然と言えば当然なのだが、彼はあまり細かいことは気にしない太刀なのだろう。それ以上は深く追求してこなかった。


「そうですね。護衛と言うのは、明日向かうアースヒルに最近出没するようになったと言う山賊からなんですよ。この身と荷を守って頂きたくてお願いしている形です」


「え? 山賊!?」


 リディアが驚いたように声を上げた。


「シンバルは知っていたのかい?」


 バレットが確認するように問いかける。


「え、えぇ。ひと月ぐらい前からそういった被害が出てるというのは聞いていたけど……」


 どうにも歯切れの悪い言い方だ。そこまで詳しくは無いという雰囲気である。


「ちょっと。そんなんで大丈夫なの?」


 マルコには聞こえないぐらいの声音でシンバルに囁くリディア。だが彼は苦笑いを浮かべるだけである。


「本当に困ってるのよねぇ」


 突如料理を運んできた宿主が口を挟んできた。


「山賊が現れるって話が持ち上がってからウチの客も減ってるのよ。本当あんた達、マグノリア守団の人なんだろ? 早いとこ何とかしておくれよ。そうでないと商売上がったりさね」


 眉根を寄せ不満を顕にする女宿主。シンバルは苦笑混じりに、

「は、はい出来るだけ何とかします」

と頼りない回答をした。依頼人が前にいるというのに大丈夫か、と不安になる。しかしこの話で宿泊客が少ない事に合点がいった。


「でも、そんな山賊が現れてたのに何もしてなかったの?」


 リディアが不満そうに口にする。勿論これは隣のシンバルに対してだ。


「え、え~と」

 

 シンバルが口籠もる。


「いや、守団の方は山賊が現れるようになってからアースヒルの巡回もされてるようなのですが、どうにも皆さんの前には姿を現さないようで」


 そう言ってカップの中身を一口含み、

「だから今回私は囮みたいなものですね。勿論何も無いのが一番なのですが、ここで捕らえてさえ置けば、他の方々も安心して通れるでしょうから」

と笑ってみせた。


「まぁ何でもいいから早く解決して下さいな」


 宿主はそう言い残し、風真が平らげ空になった皿を引き下げていった。


「これは責任重大ね」


 リディアが横目でシンバルをみやる。


「しかし山賊ってのは何人位いるんだい?」


「襲われた者の話によると五、六人ってところみたいですね」


 マルコが答えた。どうやらシンバルよりも彼の方が詳しそうだ。


「山賊ねぇ……」


 バレットの横で風真が呟いた。目の前の皿は全てが空でありすっかりお腹も満たされた様子だ。


「山賊より寧ろ風真の方が危なかったりして」


 リディアがその目を細めた。


「あん? 何だよそれは」


 不機嫌そうに風真が返す。


「さ、山賊が現れても出来るだけお手柔らかにお願いしますよ」


 シンバルが恐る恐る口を開く。


「ちっ――どいつもこいつも」


 小指で耳を穿り風真が不機嫌そうに唇を曲げた。


 バレットはその様子にどこからしくなさを感じた。それが何かは良く判らないが、只、風真の横顔からは何か思考してるようなそんな雰囲気も感じられたのだ。





「食事も済んだ事だしそろそろ戻りましょうか?」


 風真の腹が満たされたのを認め、シンバルが皆に声を掛けた。


「そうですな。明日も早いですし」


 言ってマルコは立ち上がり改めて、

「ご迷惑をお掛け致しますが、どうぞ宜しくお願い致します」

と軽く頭を下げた。


「い、命に変えても荷物とマルコ様はお守りいたします!」


 一見頼りがいのある台詞だが、どこか声が上擦っている。


「おい、ところで部屋に戻るのは構わねぇが結局部屋割りはどうなったんだ?」


 風真が意外にも細かいことを覚えていた。とは言え大事な事である。特にリディアにとっては。


「あ! そうよ! 部屋の件結局あやふやなままじゃない」


 その声にシンバルの顔が歪んだ。


「ど、どうしましょうかねぇ」


 細い声だった。


「部屋がどうかされたんですか?」


 マルコが気にかけて尋ねる。するとシンバルは実は、と気恥かしそうにしながら説明した。


「なんだそんな事でしたか」


 マルコが大きく身体を揺らした。


「それならどなたか一人私の部屋で泊まると良いですよ。ここはどこも二人部屋なので寝るところも一つ空いてます」


 その提案にシンバルの顔が明るくなった。


「ご迷惑でなければ是非!」


 こうして問題の一つは解決し、後は明日を待つのみとなるのであった――


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