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第八十二話 ヒルナンザスの村

 ダグンダの街を出て幾数時間が立っただろうか。

 四人を乗せた馬車は相変わらず全く揺れも感じさせる事なく緩やかな街道をひた走っていた。


 馬車の通り道が元々そういう所を選んでいるからなのかもしれないが、起伏が乏しく、窓の外を眺めてみても平原が広がるばかり。それでも途中小さな森を抜けたりはして多少の変化はあったが、それも抜ければやはりまた似たような道がひた続いていた。


 しかしバレットはこの景色が嫌いでは無かった。車窓を開け放てば馬の疾走によって入ってきた心地よい風が肌をくすぐり、何より空気が美味しい。


 だが相方の風真は別のようで……馬車が走り出し一時間も経てば車体の縁にもたれ掛かり高鼾をかいていた。


 そんな姿をリディアは呆れながら見てはいるが正直そんな光景も既に慣れっこである。


 まぁそんな風真ではあったのだが、太陽が真上を過ぎて少し経った頃、リディアが照れくさそうに取り出した弁当の匂いを嗅ぎ付けるなり勢いよく起き出し、誰よりも早くサンドイッチやチキンを頬ばりだしたのにはバレットも色んな意味で感心したものだ。


 ちなみに風真は全く気にしてなかったようだが、食べ終わるなりまたすぐ眠りだす風真に、

「食べてすぐ寝たら精霊神様に鶏にされちゃうんだからね」

とリディアが言っていた言葉が印象的だった。どこの世界でも似たような諺のようなものがあるのだなとバレットは一人得心したりした。尤もこのような事は通常子供等を躾ける為に使うものなのだが……。





「大分日が傾いて来たわね――」


 茜色に染まる空を眺めながらリディアが呟いた。バレットも吊られて窓から外を眺める。確かに西日もまもなく沈みそうな気配だ。


「皆さん、今日はまもなく到着するヒルナンザスの村で宿を取り、翌朝アースヒルの丘を抜けてマテライトに向かう事とします」


 シンバルがそう三人に説明した。風真は未だ眠り続けていたが、リディアが無理やり叩き起こすと、欠伸をしながら、何だ? もう着いたのか? 等と呑気な事を言った。


「いや。流石に一日では付かないので途中にある村で今夜は宿を取ることにします」


 シンバルは再度風真に向けて説明した。


「なんでぃ、随分と時間がかかるんだな」


 眇めた目で語る風真。確かに結構な距離があるんだなとバレットも感じる。魔導具のおかげで全く車内では揺れを感じないとは言え外の景色を眺める限り、この世界の独角馬はバレットのいた国の馬に比べ相当に脚が早い。馬の体力も桁外れなのか全く速度も落とす事なく、目的地に向けてひた走っている。にも関わらず到着まで凡そ二日程かかるわけだから――





「見えてきました」


 シンバルが言っていた村が遠目に見えてくる頃には、辺りはかなり薄暗くなってきていた。彼の指差す方向に見える村はパッと見それ程規模の大きな村では無い。馬車は段々と村へと近付いて行く。数件の建家が視界に収まる。その中からは時間が時間だけにぽつりぽつりと明かりがもれ始めていた。





◇◆◇


「ようこそ皆さま。長旅ご苦労さまです」


 村内に入り、馬車から降りた一行を出迎えたのは一人の老人であった。小柄な老人だ。ただ腰が少し曲がっているのでそのせいか実際よりも小さく見えているのかもしれない。年齢にしては毛の量は多いが色は完全に抜け、太い両眉までもが白い。長く伸びた後ろ髪は短く切られた紐で結わえ纏められている。


「あれ? 村長自らわざわざ出迎えて頂けるなんて、何かすみません」


 シンバルがぺこぺこと頭を下げた。彼は誰に対しても腰が低い。


「え? 村長さんなんですか?」


 リディアが驚いた顔で老人に身体を向け、シンバルに続いて、宜しくお願いします、と挨拶した。バレットもそれに倣う。が、風真は相変わらずで挨拶する素振りすら見せない。


「いやいや、そんな畏まった挨拶は抜きで。こんな小さな村です、村長と言っても名ばかりみたいなものですよ」


 まん丸な目元に皺を寄せ、人の良さそうな笑みを浮かべながら村長は綺麗に色の抜けた己の白髪を撫でた。身なりも含め素朴な雰囲気を感じさせる老人だが、その分、心根は優しそうである。


「あの……早速で悪いのですが馬房を貸して頂いても宜しいでしょうか?」


 シンバルが申し訳無さそうに問いかけるが、村長は身体を揺すらせ、

「えぇ勿論構いませんよ。それに宿の準備も出来ておりますのでそちらの案内もさせて頂きますね」

と、まるで来ることが最初から判っていたかのように返答した。もしかしたらシンバルが事前に手配していたのかな? とバレットは彼の顔を眺めるが、彼自身どこか驚いたような表情をしている。


「お~い――」


 村長が首を捻り、後ろの建屋に向けて声を掛けた。すると一人の青年が姿を現す。村長と同様どこか素朴な雰囲気を持った青年だった。


「この皆様方を宿まで案内してやっておくれ。それと馬車は馬房の方へ頼んだよ」


「うん判ったよじいちゃん」


 二人の話を聞く限りこの青年は村長の孫にあたるようだ。そう考えてみると優しそうな目元が村長ととても良く似ている。


「あ~そうだシンバル殿。例の方たちは既に宿で部屋を取っておられます。後でこちらからも伝えておきますので明日は宜しくお願い致します」


 青年の案内で全員が後に続いて歩き出すと、思い出したように村長がシンバルに向けてそう言った。


「え? あ、はぁ……」


 シンバルは後頭部に右手を添えながらどこか頼り気のない返事をする。


 そのまま会釈をした村長に頭を下げ、再び青年の案内に従い歩みを進める。が、シンバルは首を傾げながら、一体何の事だろうか、と一人呟いていた。判らなければ確認すればいい話なのだが、性格なのかつい生返事で返してしまったようである。





「こちらが宿になります」


 宿は徒歩で五分程度の所にあった。やはりこの村はダグンダの街に比べれば規模は相当に小さい。


 青年の後を歩きながらもバレットは村を見回したが、民家は十軒にも満たないぐらいであろうか、其々の民家には大体家畜小屋か畑が隣接されていて、そののどかな雰囲気がバレットにはどこか懐かしくもあった。


「それでは私は馬房に馬を連れて行きますね。宿の主人には既に話しを通してありますので皆さんはどうぞ先に中にお入り下さい」


 そう言って青年は馬車を引き宿に隣接する馬房へと消えていった。この間、馬は特に暴れたりする事もなく、大人しく青年の言う事を聞いていた。この世界の馬は賢いというのは本当だろう。実際今回は馬に以前のナムルのような御者は付いていないが道中微塵も不安を感じる事は無かった。


「いらっしゃいませ」


 四人が宿に入ると正面のカウンターから、膨よかな女性の宿主が出迎えてくれた。


「村長から話は聞いてますよ。部屋は二階になります」


 そう言ってシンバルに鍵を二つ手渡す。


「ところで食事の方はどうします? 今からだと早くて三十分後ぐらいになりますけど」


 この問い掛けにシンバルが、えーと、と少し考える仕草を見せる。が、

「おう! 出来るだけ早く頼むぜ。もう腹が減って仕方がねぇからな」

と後ろから風真が声を張り上げた。馬車に乗っている間は終始眠っていた風真だが、それでも腹は減るらしい。


「全く相変わらず食い意地がはってるわね」


 腰に両手を添え呆れたように言うリディア。シンバルも苦笑しながら、

「では食事の準備は宜しくお願いします」

と宿主に伝えた。


「そうですか。では食事はそこの食堂で取ってもらう形になるので時間を見計らって降りて来てくださいな」


 シンバルは、判りました、と返事する。その後は全員で左奥に見える木製の階段を上り用意された部屋へと向かった。


 階段を上りバレットは階全体を見回す。


 木製の壁や床は年季を感じさせるものだが、掃除は行き届いているようで汚れ等は感じさせない。天井には以前見たような魔灯という物が設置されている為十分に明るい。奥には窓ガラスが一つ。廊下側面の壁際には等間隔に左右三箇所ずつ、木製の扉があり、客室は全部で六部屋である事が判る。


 一行に用意された部屋はその通路の真ん中にあたる箇所であった。通路を挟んだ左右の扉上部には白いプレートが貼られている。其々には二号室、五号室と刻まれていた。


 とりあえず四人は用意された部屋を確認する事にする。内部はこじんまりとした作りであったが最低限の設備は整っていた。其々の部屋にはベッドが二つ。だが双方の部屋を見終え、これに対しリディアが意を唱える。


「ちょ、これって――私と誰か部屋が一緒って事?」


 シンバルが弱ったように眉を落とした。確かにこの中では女性はリディア一人だ。うら若い乙女が男性と相部屋というのは些か問題があるだろう。


「全くうるせぇなぁ。だったらお前はこいつと一緒の部屋にすればいいじゃねぇか」


 バレットを風真が指差し言った。


「な、ななな、何言ってんのよあんた!」


 顔を真っ赤にさせてリディアが声を大にする。


「おいらは別にそれでも良いけどねぇ」


 軽い感じで口にするバレット。だがリディアは慌てたように、

「バ、バレットまで何言ってるのよ!」

と叫んだ。顔はより一層紅く染まりおでこから湯気が出てきそうな勢いである。


「リディアちゃん、お、落ち着いて。大丈夫ちゃんと僕がもう一部屋とってくるから」


 戸惑ったような表情を見せながら、シンバルがリディアに告げる。


「まあそれが一番良さそうだけどねぇ。でも大丈夫なのかい? ここもタダってわけじゃ無いんだろう?」


 バレットが問いかけるとシンバルは笑顔を浮かべ自分の胸を叩いた。


「大丈夫ですよ。僕だってそれぐらい――」

 

 そう言いながら、シンバルは着ている制服をまさぐる。が、しかし……。


「あれ? あれれ? お、おっかしいなぁ。財布はいつもここに――」


 何だか雲行きが怪しくなってきたな、とバレットは思った。シンバルは必死に制服を弄り、叩き、その場で何度か跳ねたりもしてるがどうも目的の物は見つからないらしい。


「ど……どうしよう。財布忘れちゃいました」


 涙目を浮かべながら不安そうな顔を見せるシンバル。そして呆れ顔のリディア。バレットもやれやれと眉を掻く。


 正直どうにかして上げたいという思いもあったが、何せこの世界の通貨などはバレットは持ち合わせていない。風真に関しても言わずもがなだ。


「たく。別にかまやしねぇだろうが。誰も好き好んでお前みたいな乳臭い女に手を出したりしねぇよ」


 相変わらずデリカシーの欠片も感じさせない風真の言葉に、誰が乳臭いよ! とリディアが切れた。


「あの、すみません――」


 リディアと風真が言い合っている最中、部屋の入口から声が響く。バレットとシンバルが振り返ると、宿まで案内してくれた青年が入口の前で立っていた。更に中年の男性も横に並んでいる。上背は青年より頭一つ分小さく、小奇麗な身形をしている。


 部屋の扉は開け開かれていた為、四人の会話はある程度聞かれていたのかもしれない。青年は若干苦笑気味だ。


「あ、どうも、先程は案内に宿の手配までありがとうございました。……と言うかすみません何かお恥ずかしい所を――」


 シンバルは後頭部に手を添え小刻みに頭を下げる。


「あの、ところでそちらの方は?」


「こちらは、今回護衛をお願いしております商人のマルコ・レガシィさんです。マグノリア守団の方がいらしたら是非ご挨拶したいと言う事でしたのでお連れしました」


 青年の回答を聞いたシンバルは、え? え? と疑問の声を発し目を丸くさせた。


「あれ? 聞いておりません? おかしいなぁ。マグノリア守団の方から今日団員が何人か来る予定で、護衛はその団員達に任せて欲しいとの事だったのですが――」


 青年の顔に不安の影が宿った。だがそれはシンバルも同じで、明らかに聞いていないというのが表情からも在り在りである。


「あの――もしかして何か不都合でもありましたでしょうか? こちらも予定を早めてしまって申し訳ないなとは思っていたのですが」


 青年の横に立っているマルコが低姿勢で後頭部に手を添える。


「いえ、そういうわけでは!」


 シンバルが慌てたように顔の前で右手を振った。


「あの、ただ――それってウチの誰から連絡が来ましたか?」


 シンバルが訊く。


「え~と確か、フレア様という方からでしたが――それが何か?」


 その回答に、いえいえ別に、と一言返しながらも小さく、

「やっぱりあの人かあ」

と呟いていた。


「明日の護衛の件は大丈夫そうでしょうか?」


 青年が再び聞いてきた。シンバルにとっては予定外であったのだろうが、断るわけにもいかないのか、

「は、はい! そういう話なら勿論大丈夫です」

と答えた。青年は安堵の表情を浮かべる。


「良かった。それでは更に詳しくはマルコ様とお話頂ければと思います」


 青年はそこまで言うと、それでは私はこれで、と言い残しその場を後にした。


 マルコが一人残り、シンバルが若干気まずそうにしているとその空気も全く気にもせず風真が口を開く。


「おいそろそろ飯出来てんじゃねぇか?」


 一瞬呆けた顔をするシンバル。だがすぐに表情を戻し、

「そ、そうですね立ち話もなんですし、マルコ様も宜しければ下でご一緒に如何ですか?」

と彼に尋ねる。親しみやすそうな柔らかい笑みを浮かべるとマルコは、そうですねそれでは下で、とその誘いを受け取った。


 こうして話が決まると、マルコを含めた五人は階段を下り食堂へと向かうのだった――


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