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第八十一話 フレアの考え

「全く。シバ様もこんなに簡単に承諾されるとは――」


 釈然としない面持ちでユーリが呟いた。並進するフレアが、決まったことはしょうがないじゃない、と軽い口調で返すと隣の女傑が一つ溜息をつく。


 マグノリア王女から尤も信頼が厚く、このマグノリア守団を取り纏めるシバ・コ-リングの言葉はユーリに取っては絶対であった。勿論それは他の団長や団員にとっても同じだが、特に忠義心の塊のような彼女であればなおの事だ。


「とにかく、その二人が来たなら私がしっかり見定めねばな」


 その鋭い瞳に決意の念を示す。その思いの強さは固く握られた拳を見ればわかるのだが。


「でもユーリちゃん、まだ色々やる事が残ってるでしょう? オークの件も立ち会わないといけないだろうし」


「だが、その二人の事を放っておくわけにもいかないだろう。私には西の団長としての立場もある」


「全く固いねぇ。少しは肩の力を抜かないと胃が痛くなっちゃうよ?」


「これが私の性分だ。お前のようにいい加減には生きていない」


 手厳しい言葉にフレアがやれやれと眉を上げた。


「おや、お二人さんお揃いで」


 フレアとユーリが歩いていると正面の通路から、赤ローブの男が声を掛けてきた。その瞬間ユーリの眉間に皺が寄る。


「これはこれはバロン殿――」


 フレアはそう言って挨拶を交わすがユーリは軽く会釈して見せるだけだ。非常に判りやすいなとフレアは思った。彼女はあまりこの男の事を好きではない。


「さっき君の部下にあったよ」


 バロンがユーリに視線を定めながら言うも、そうですか、とにべもなく彼女は返した。


「しかしあれだねぇ。君はもう少し部下の躾をしっかりして置いた方が良いな」


 嫌らしくバロンが唇を曲げた。


「躾?」


 ユーリの顳かみがぴくりと波打つ。部下思いの彼女の事だ、躾と言う言葉が気に入らなかったのだろう。


「君達守団の連中は顔を合わせてもろくな挨拶も出来ん。おまけに奴と来たら――」


 バロンはユーリに向かって言いたいことを好き勝手述べていく。しかも話が長い。この男のこういう所も団員達に嫌われる要因の一つだろう。


「――まぁそういうわけだ君からもしっかり言っておきたまえ」


 不満をぶつけ終え満足気な表情でバロンがユーリに指を突きつけた。が、

「言いたい事はそれだけか?」


 ユーリが徐に腕を組み言葉を返した。バロンの目が見開かれ、何? と声を漏らす。


「下らん。我々守団の面々も別に暇を持て余しているわけではない。そんな女の腐ったような事を言っている暇があるなら少しは自分の職務を全うしたらどうだ?」


 ユーリはバロンに大して蔑むような視線を向け容赦の無い言葉をぶつける。


「な、何を言うか! 貴様、私がどれだけこの国に貢献しているか判っているのか!」


 そういう事は口にしてしまうと重みが薄れる。


「いいか! 貴様ら守団に与えられてる給金も私がしっかりこの国の財政を管理しているからに他ならないのだからな」


「全く身体も心も小さい男だ」


 ユーリが更に見下した。


「な……ぐ、この私に大してその用な、許さんぞ絶対に許さんぞ! ユーリ! 問題にしてやるからな! それと背は私が特段小さいんじゃない、女の分際で貴様がでかいだけだ!」


 確かにユーリの上背は一般女性に比べて大きいほうだが、バロン自身の背丈が小さい事も事実である。


 とは言えこれ以上二人が話を続けていても拗れる一方だなと考えフレアが仲裁に入る。


「まぁまぁバロン殿、貴方がこのマグノリアの為に多大な尽力をしておられるのは私達も十分存じておりますよ」


 心にも無い事を言う。


「ふん! 当然だ」


 バロンが鼻息を荒くさせるので、どうどうと言わんばかりにフレアが両手を軽く上下させ宥める。横目で左肩後方のユーリを見るがそっぽを向いたままだ。


 しょうがないな、と一旦瞼を閉じた後、バロンに目線を戻し口を開く。


「ただですね。確かに最近は団員達が忙しくしているのも事実なんですよ。勿論祭典の準備もありますが、各地で細かい事件も起きています」


 背筋を張り穏やかな表情で話を続けるフレア。


「そこで以前から議題にでは上がってると思いますが、そろそろ団員の増員を所望したい限りなのです。勿論これは私から言うべきことでは無いかもしれませんが」


 頭上からのフレアの言葉に、ふんっ! とバロンが鼻で返した。


「確かにシバからもそのような話が持ち上がり王女も気にされてるようだがな」


 そこで区切りバロンがぎょろりと見上げる。


「どうしてもその願いを叶えたいならシバを通してでも王女に進言する事だ。国民への税金を上げるようにとな。全く只でさえ低い税で予算が足りない所をこっちは何とかやりくりしてるんだ」


「何を言っているんだ」


 ユーリが口を挟んだ。


「今の税率は王女就任の際、お前たち大臣を任された者も含めて協議して決めた事の筈では無いか。それを何を今更――」


「全く」


 バロンはやれやれと言わんばかりに肩を上下させる。


「これだから頭から下で動いてる奴らは。一体その取り決めからどれだけの時が経っていると思う? そもそも最初の取り決めの時もぎりぎりすぎる決定に皆不安があったんだ。だが女王がどうしてもと言うのでな」


 顎に右手を添えかつてを思い出すようにしながら、バロンは語る。


「第一だな、テミス様が君主となられ我が国は武力による統制を反故し軍も解体し守団とした。世襲による格差を廃し全ての民は平等であるというご立派な考えのもと、この国は慈愛と調和で満たされている筈であろう。にも関わらずなぜ団員を増やす必要がある?」


 皮肉っぽい台詞を吐きバロンが薄い頭を上げる。


「フレア、もう行こう。これ以上無駄な話をしていても仕方ない」


 背後からユーリの声が響いた。フレアはやれやれと嘆息を一つする。バロンの顔が再び不機嫌な物に変わっていた。


「とりあえず考えておいて下さいバロン殿」


「その前にあの女の口の聞き方を何とかするのが先決だと思うがな」


 ユーリを睨みつけるように言う。だが本人は気にも止めずと言った所か。だがそれでも先ほどよりは頭の血も下がっているようだ。ならば、と再び彼の頭が噴火しないよう、

「それではこれで」

と辞去した。





「あの男は本当にこの国の事を考えているのか?」


 怪訝な顔つきでユーリが言った。顔は正面を向いている。フレアの方を見ているわけでは無い。


「仮にも大臣を任されてる方だ。性格には難ありかもしれないけど財政を任せられるのは現状彼だけだし、現状大きな問題も起きていない。守団についてはもう少し考慮して欲しいところではあるけどね」


 ユーリはフレアを一瞥するが特に何も語らず脚を早めた。


「ところでユーリちゃん。団員の強化訓練や祭典の際の配置は上手くいってる?」


「愚問だ。今も団員達は一切手を緩めることなく訓練に明け暮れている」


「そう、それは良かった。やっぱりこの任はユーリちゃんがピッタリだったねぇ」


 フレアは彼女の背中を眺めながら笑顔を浮かべる。するとピタリとユーリが脚を止め細長い首を回した。


「貴様は何故それほどまでにその事を気にするのだ?」


 ユーリは眼奥を光らせ、腰元に携えた剣の如き視線をフレアに突き立てる。


「いやなにせ女王様の生誕祭さ。何かあったら困るだろ? まぁ何も無いとは思うけど、もしもの為にもユーリちゃんには余計な事は考えず職務に集中して欲しいのさ」


 顔色変えず。どこかおちゃらけた雰囲気と予めない瞳で返す東の守団長。


「言われなくても与えられた仕事はきっちりこなす」


 軽く両目を瞑り疾風の戦女が腕組みする。


「うんうん、さすが真面目なユーリちゃん。だから仕事をもう一つ減らしておいたよ」


 戦女の顳かみが僅かに波打つ。


「貴様……一体今度は何を」


「いやいや大した事では無いんだけどね。ウェスト・ファベルからマテライトに向かってくる予定だった職人がいたっしょ?」


「あぁ、あそこの職人は腕が良いからな。色々頼んでおいた物もある――が、アースヒルの件もあるので二日後護衛を付けて送り届ける予定だった筈だ」


「うん、でも先方が予定より早く準備が済んだみたいでね。だから明日の朝、アースヒル手前のヒルナンザスの村から出発する事になったんだよねえ」


 ユーリが絶句したような顔を見せる。


「勝手もいい加減にしろ! どうするんだ! 今から準備していたらとても――」


 フレアが人差し指でユーリの口を塞ぐ。


「だ・か・ら。丁度いい具合に彼等がこっちに向かって来てくれてるじゃないの」


 そう言ってウィンクを決めた。ユーリが口元の指を右手で払い険しい表情を見せる。


「さてっと。それじゃあ僕も仕事に戻らしてもらおうかなぁ」


「お、おい待て、まだ話は」


「大丈夫大丈夫。ユーリちゃんはとにかく今の仕事の事を考えておいてね。チャオ」


 頭の上で右手をひらひらさせ飄々と去って行くフレア。その姿にユーリは不安を拭いきれなかった――


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