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第七十九話 イベント

 トロンは質問してきたユーリに向かって、そうです、と返事する。


「私もその二人の事は詳しくはまだ聞いていないが今は何処にいるのだ?」


 するとユーリが質問を重ねた。


「はい、今は一旦ダグンダのエイダ様にお願いし、身を寄せさせてもらっております」


「そうか、それは随分エイダ様に迷惑を掛けてしまっているようだな」


 エイダ・メルクールが元はテミス女王の側近として仕えていたことはマグノリア守団であれば誰もが知る処である。


 そのような方の所に、異世界から来た等と言う者を任せているのだから団長としては気が気では無いのかもしれない。


 尤もユーリの知らぬところで彼等とエイダは深い関わりを持っており、そのせいかエイダ・メルクールもそこまで風真やバレットと一緒に居ることを嫌がっている様子は無かった。


 特に孫のリディアに関しては、しょうがないわね、等といいつつもまんざらでも無かった感じである。


 するとユーリが、そうだ、と思いついたように目線を上げ。


「今回の件はその者達も関係しているのだったな。異世界というのも気になる。早急にこちらに来てもらうよう手配すべきでは無いのか?」


 視線をフレアへと向け言った。

 するとフレアが待ってましたとばかりに口を開き。


「そうそう、その事なんだよ本命は」


 そう嬉しそうに返した。


「でさトロンちゃん、実際どうなの彼等は? 話だと森でひと悶着あったみたいだけど……腕は立つのかな?」


 腕ですか? とトロンは一拍置き。


「私は風真 神雷という者の戦いぶりしかこの目にはしてませんが、彼に関しては相当な腕前なのは間違いないです。何せあのオーク王に正面からぶつかり合いほぼ互角……いや下手したら彼の方が一つ抜きん出ていたかもしれません」


 その説明を耳にし、そりゃ凄いねぇ、とフレアのテンションが上がった。


「そんなにもか? その風真という男は魔術の類を使えるわけでは無いのだろう?」


「はい、エイダ様のお話ではそもそも彼らにはマナが無いそうなので」


 ユーリが信じられないと言った表情を浮かべた。オークの王と真面に戦える者がいたという事とマナが無いという事、両方に対しての気持ちが顔に現れたのかもしれない。


「バレットという男に関してはトロンちゃんわからない?」


「それは私も直接は見てないのですが、一緒にマージルの後を追ったシンバルとドラムの話では彼の体術は中々の物だったと、それに加えて――」


 そこで一旦言葉を区切り顎に指を添えた。


「加えて?」


 フレアが好奇心旺盛な少年のような瞳でトロンに尋ねる。


「何でも妙な技を使ったとか。魔術を使えないのは確かみたいなのですが、二つの長細い筒みたいなものを使ってオーク達に触れることなく損傷を与えていったそうです」


 トロンが言い終えるとユーリが眉を顰め聞いた。


「それはつまり魔導具なのではないのか?」


「はぁ……ですがマナが無いのであればその魔導具も使えないので」


 ユーリが腕を組み唸った。マナが無いという事に関しては疑う様子は無い。それを言っていたのがエイダ・メルクールその人であったからであろう。彼女の目利きはそれぐらい信用できるものだ。


「よし! 決まった!」


 すると突如フレアが両手を胸の前で叩き合わせた。パーンという快音が室内に木霊する。


「来週から始まる祭典のイベントに二人を出場させよう。うん決まり」


 勝手に何かを決め込んだフレアにトロンは目をまんまるくさせ尋ねる。


「イベント……ですか?」


「お、おいまさか!」


 ユーリが勢いよく腰を浮かせた。座っていた椅子が、がたん――と言う音と共に後ろに彈かれる。


「ユーリちゃんのお察しの通り久しぶりに開催されるという武闘会にね。それだけの腕があるならお誂え向きでしょ」


 フレアが立ち上がり両手を大きく広げた。


「ちょっと待て! それはいくらなんでもありえないぞ。素性も判らぬような者たちを大会に出すなどシバ様も認めまい」


 語気を強めてユーリが机を叩きつける。

 フレムの提案には断固反対といった様相だが。


「そうかなぁ? 確かに彼等の素性は判らないかも知れないけど、オークの件では街の住人の救出に一役買ったいわば功労者だよね? それに大会に参加して貰えればこちらの管理下におけるし一石二鳥でしょ」


 フレアは自分の考えを曲げる気が無いようだ。恐らくは二人に会う前からある程度心に決めていたのかもしれない。


 だがトロンは一つ疑問に思い、まだ何か言いたげなユーリの横から口を挟む。


「フレア様、その武闘会は既に出場選手は選考され八名決まっていた筈では?」


 フレアの両眉が左右に開く。


「そっかトロンちゃんは知らないもんねぇ」


 手入れの行き届いた白い歯を覗かせながらフレアが言った。


「は? と言うと?」


 思わず間の抜けた声を発すトロン。するとユーリが嘆息を付き、

「それが丁度二人出場を取りやめる事になってしまったのだ」

と答え、白く細長い指を額に添えた。


「そんな事が……でも何故急に?」


 トロンが小さく声を漏らした。ダグンダでの事件もあったせいか、トロンは途中からあまり祭典の件には関わっていない。それはテミス女王とシバ・コーリングからの伝令により、所轄の街での事を最優先に動いて欲しいと伝えられていたからだ。


「う~んそれがねぇ。なんでも一人は仕事途中に過って高所から転落して骨折。もう一人は魔術の鍛錬中、術式の構築をミスしたらしくて、暴走した炎に巻き込まれて火傷。まぁどちらも命に別状は無いし、安静にしていれば回復する程度らしいけど大会への参加は辞退したってわけなんだよね」


 そんな偶然があるものなのかとトロンは驚いた。が、後に続いたユーリの話では一人はダグンダから北西にあたる位置の街の住人だったらしく、団長自らその身を案じ往訪したとの事であった。


 その話を聞いてトロンはリストの参加者の一人を思い出した。そこは職人の多く住む街で、参加予定だったその男も普段は大工として生計を立てていた筈である。


 ユーリによると、当の本人は大した事無いと出る気まんまんだったらしいが男の妻がそれを許さなかったようだ。


「まぁそう言うわけだからさ、トロンちゃん二人に来てもらうよう連絡頼むよ」


 フレアが人懐っこい笑みを浮かべながら言った。トロンに対する命令権は彼には無い。当然この言葉も命令ではない。ましてやユーリが意義を唱えればトロンには従う理由は無いのだが――


 肝心の西の団長はすっかり疲れ果てている様子であった。暫くは不満を顕にしてフレアと言い合っていたユーリだが、のらりくらりと口撃を躱すフレアに結局は根負けする形となったのだ。


 普通は、口では男は絶対女には勝てないと言われるものだが、彼の達者な口ぶりは女性のソレを凌駕している。


「シバ様の許可はしっかり取る必要があるからな」


 恨めしそうな瞳をフレアに向けるユーリ。するとフレアは金色の髪を掻き上げ、

「判ってるよ、シバっちにはしっかり伝えておくから」

と何の問題も無さそうに言う。


「それには私も同行するからな!」


 ユーリがフレアを睨めつける。


「信用ないんだなぁ僕」


「お前の事だ、適当な事を言ってシバ様を誑かすかもしれん」


「う~ん、でもそれってシバっちの事を信用してないとも受け取れるんだけど」


「ち、違うぞ! そういうつもりでは無い! だ、だがお前はそういう時の口は達者だし、その――」


 動揺したのかユーリが言葉を吃らせる。


「ユリっちてば、か~わいい」


 フレアがウィンクして魅せる。が、ユーリの表情は凍りつき神妙な面持ちで腰下の鞘から普段から愛用している細剣を抜いた。


「ちょ――ちょ、ちょ、ちょ~っと落ち着こうかユーリちゃん。ね?」


 喉元に突き付けられた剣先を指先で摘み、フレアは疾風の戦乙女を窘めようとする。


「今度ふざけた呼び名を口にしたら……抉る!」


 これは本気だ、とトロンは思った。





「それじゃあトロンちゃん宜しくね~」


 フレアが右手をひらひら振りながら会議室を後にした。


「済まないなトロン。本当に――」


 頭を下げるユーリに、そんな、頭をお上げ下さい、と少々焦り気味に返すトロン。


「しかし――」


 ユーリが顔を上げ。


「そのふたりと言うのは信用は出来そうなのか?」


 緩やかな湾曲を描いた顎に指を添えたまま、ユーリが問いかけた。


「そうですね」


 トロンは一瞬瞳を伏せ風真とバレットの顔を思い浮かべた。


「話を聞く限り何か嘘を言っていたりするようなところはなさそうですし、オークの件もあります。信用には足ると思いますが」


「そうか、まぁトロンがそう言うなら間違いは無さそうだが――しかし異世界から来たなとどいうのが同時にふたりとは」


「確かに妙な話ですな。このふたりは元々知り合いだったという理由ではないようですし」


 ユーリの右眉がぴくりと動いた。先ほどまで話していた内容を聞き、ふたりが常に一緒だったかのような印象を受けていたのかもしれない。意外そうな表情を浮かべている。


「ならば何故そのふたりは一緒に行動を?」


 トロンはふたりから(と言っても概ねはバレットとシェリーからであるが)予め聞いていた内容をユーリに話して聞かせた。


「つまり偶然異世界から飛ばされたというふたりが更に偶然あの森の中で出会ったという理由か。奇妙な話だ」


 ユーリの額に僅かに皺が寄る。


「どちらにしても一度ぐらいは会って話をしたい所だが、取りあえずはシバ様の判断次第か……まったく祭典も近いと言うのに――」


 呟くように言いつつ、トロンに視線を合わせ、

「とにかくその二人が来るまでの事は宜しく頼む」


「承知しました」


 トロンは軽く会釈を返し、そのままユーリの後ろに付くようにして会議室を後にしたのだった――


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