第七話 侍とガンマン、出会い
彼がその瞳を開いたとき、目の前には晴々とした青空が広がっていた。
雲が間近に感じられまるで手を伸ばせば届きそうだ。
彼は一瞬あたりをきょろきょろと見渡したあと、
「What?」
と一言呟く。
彼が感じた違和感……それはまわりに手応えを感じるものが何もなかった事である。
手足を試しにばたつかせてみるが、虚空を掴み蹴るだけであった。
彼は首を捻る。
さすると眼下には鬱蒼と茂る大樹の数々。
その時彼はやっと自分が空中にいることに気付いた。
「OH MY GOD……」
彼は祈るように呟きながら目を瞬かせ、頭に乗ったハットに手をやる、その時……
今まで感じていた浮遊感が突然途切れた。感じるのは己が本来持つべき重量感。
その瞬間、当然の様に自然の摂理に従い彼の身体は降下を始めたのである。
その身は段々と速度を増し落ちていく、しかしだからと言って諦める様子は彼には無く。
どんどんと落下していくその身を空中で何度か捻るようにして、徐々に落下地点を調整していく。
より木々の茂る方へ……葉が多い方へと……
そして、程なくして彼の身は木の葉の絨毯に包まれながらガサガサガサという擦れ合う音と共に、背中から地面へと落下した。
目の前に広がる緑と青の光景に、彼は何度か目を瞬かせた。
そして上半身だけゆっくりと起き上がらせ後頭部を摩ると、首や腕の関節も回し、どこか痛めたところは無いかと確認した。
勿論、上空から落下し全く無事だとは考えづらいのだが、彼の顔つきからはそれほど深刻な痛みを感じさせる様子はない。
彼は立ち上がり、辺りを見回すと疑問の表情を浮かべた。
まるで記憶にないその光景に戸惑いを覚えているようである。
彼は辺りを見回すが鬱蒼とした森林がただ広がっているだけである。
訝しげな表情を浮かべながら、彼はガンベルトに手をやり二丁の回転式拳銃の所持を確認すると慎重に歩みだす。
しかし彼の足が、見知らぬ土地に数歩目を刻み込んだ瞬間、足元が急に光りだしその歩みを止めた。
何事かと確認するため視線を下げると、何か植物のツタのような物が足に絡みついている。
なんとか外そうと足を上下左右に振るが、外れるどころかそのツタはまるで蛇のようにシュルシュルと足全体に更に絡みつき――
程なくして絡みついていたツタの先端が勢い良く近くの大樹へと引っ張り上げられる。
彼はそのまま逆さ吊りの状態で大樹の枝に捉えられる格好となってしまった。
あまりに唐突な出来事にヤレヤレという表情を浮かべながら、なんとか外れないかと身体全体を大きく左右に振るが、彼の足と大樹の枝へ結び付けられたツタは解ける様子を全く感じさせない。
ふと、彼の耳に何か声のようなものが聞こえてきた。
目を瞑り、耳を欹て集中させると、彼には理解できない言葉ではあるが、誰かの喋り声のようである。
その誰かもわからない声に多少の不安はあったものの、今の状況を打破する為にはいた仕方ないと彼は口を開き、
「Hel……Help me!!」
と大声を張り上げた。
◇◆◇
風真とシェリーの二人は声のする方へと木々を掻き分け進んでいった。
そしてたどり着いた先で目にしたのは、樹木に逆さまの状態で吊るし上げられた金髪碧眼の男。
「何だかまたけったいな格好した奴がいるなぁ」
風真がけったいな……と思わず呟いたその男の格好は、下半身はジーンズ、上半身はウェスタンシャツ、頭にはブリム付きハットという出で立ち。
そして男は逆さまになってる為、手で押さえながらハットが落ちないように堪えている。
その格好は風真からしてみればとてもけったいな格好であるのだろう。見世物でも目にしたかのように繁繁と眺めていた。
すると、男は風真達の存在に気付いたのか声を上げこちらに何かを伝えようとしている。
「あ……あの風真さん、あの人なんだか困っているようですし助けてあげませんか?」
そう言いながら男の方を指差し風真の手を引っ張り始めるので、風真は若干面倒くさそうな面持ちで男の近くまで足を向かわせた。
風真達が近くに寄ると、逆さまの格好の男は、嬉しそうに何かを口にする。
しかし風真にもシェリーにもその言葉が理解出来ない。
「とりあえず風真さん。この人おろしてあげましょうよ」
「あぁん? まったくめんどくせぇなぁ……」
風真は気だるそうに首に手をやるが、しょうがねぇなと一言呟き、空気を肺に貯め始め、腰を落とした。
そして、フンッ! という掛け声と共に真上に飛び上がり空中で雷神を抜き、男の足に絡みついている蔦を切断した。
その瞬間、あ! っとシェリーが思わず声をあげた。
そして風真が蔦を切ることにより、宙に浮いていた男の身体は――
当然のようにドサッっという音と共に大地へと叩きつけられた。
男の落下する瞬間を目にしたシェリーは驚いた拍子で思わず特徴的な獣耳をピーンとまっすぐ立たせ、その瞼が強く閉じられる。
シェリーが再び瞼を開くと、男はうつ伏せに倒れた状態で地面を舐めていた。
「あ……あの、大丈夫ですか?」
心配そうな顔で男を除きこむシェリー。
すると男はうつ伏せの状態のまま腕を立て、頭をさすりながら起き上がり始めた。
そしてゆっくりと立ち上がると、風真とシェリーを交互に見やる。
立ち上がった男の事をシェリーが見上げるように眺めている。
風真も男の事を訝しげに眺めているが、それほど目線の位置は変わらない、但し身長は若干風真の方が高いようだ。
「Oh! Thank you very much!」
すると男は少々大げさなぐらいに両手を広げ嬉しそうに言葉を述べた。
助けてもらった事を喜びお礼を言っているようだ。
ただ風真とシェリーには言葉の意味は理解できない。
しかしその様子から喜んでいるというのはなんとなく理解できたようだ。
男は二人の手を交互に握り、満面の笑みで握手を交わしてきた。腕も大げさに上下に振り感謝の意を行動で示している。
その対応に、風真は若干うざったそうにしながら隣のシェリーに向かって、
「おいシェリー、さっきのまじないでこいつとも喋れるようには出来るのか?」
と問いかけた。
するとシェリーは辺りをキョロキョロと見回し、
「印を刻める手頃な場所が見当たらないです……どこか移動した方がいいかな……」
と答えた。
「だったらさっきの場所までこいつ連れて戻るか。そうすれば……」
風真がそう言いかけた時だった。
森林の奥からガサガサという音と共に鈍重な足音が近づいてきて――
木々をかけわけながら三体のオークが姿を現した。
「ナンダ? ナゼカカッテイナイ?」
姿を現したオークの一人が片言な言葉でそう述べた。
「ジュツ、シッパイシタカ?」
「ドウスル?」
三体のオークはお互いに顔を見合わせながら何かを話し合っているようだった。
「なんだ、こいつら喋ることが出来たのか?」
風真が疑問を口にした。勿論できたのかとは自分に理解できる言葉がという意味だが……
「は……はい、一応オークも簡単になら喋ることができるんです。本来の言語は違うのでちょっと変な喋り方ではありますけどね」
二人がそんな事を話している横で、ジョニーは目を丸くさせ、What? 等の言葉を連ねている。
当然言葉は理解できない二人なのだが、身振り手振りで、なんとなく何を思ってるかがわかる。
しかし風真はそういった男の行動がやはりうざったく感じるのか、横目で男を見ながら訝しげな表情を浮かべている。
「オマエタチ! オトナシクシロ!」
すると突然、先程まで話し合っていた三体のうちの一体が風真達に向かって声を荒げた。
その手には弓が握られており、番えた矢を引き絞り、風真達に狙いを定めている。
その行動から、大人しくしなければ撃つという意思表示が感じ取れた。
そして更にオーク二体も各々武器を握り構え出す。
一体は己の肩幅ぐらいはあるであろう大型の戦斧を両手で握り――
もう一体は、先程風真が斬り殺したオークと同じ棍棒を右手に持ち、鼻息を荒くさせている。
「ふぅん……成程な、どうやら向こうさんはやる気満々のようだな」
風真は三体のオーク目掛け数歩分歩み寄る。
「オマエ! ウゴクナ、イッタダロ!」
オークは弓を構えながら再度警告を発してきた。
すると風真は動きを止めた。
しかしそれは警告を聞き入れたわけではなく――
身体を後ろに捻り、男に向かって、
「なぁ、ところでお前はやれんのか? その腰に下げてるの銃なんだろ?」
と問いかけた。
しかし言葉を理解出来ない為、不思議そうな顔をするだけで反応は無い。
シェリーはというと男の足元で、只オロオロとしているだけである。
風真は頭を掻き毟ると、まぁいいか、とオーク達の方へ向きなおる。
「あれぐらい俺一人でもなんとかならぁな」
そう呟くように言うと、更にオーク達目掛けて歩みを進めていった。
「クル! ドウスル?」
「ドウスル!」
「……ウツ! ウゴケナクスル!」
オーク達は何やら囁くよう相談し、三体が納得したように頷くと、弓矢を風真たちに向けていたオークが、更に弦に力を込め始めた。
そして、躊躇なく向かってくる風真目掛け、矢を射った。
放たれた矢は、空気を切り裂きながら一直線に風真の肩目掛け飛んでくる。
しかしその矢が目標に到達する前に、抜刀された風神の刃によって難なく叩き落とされた。
「ナ!?」
矢を放ったオークが驚きのあまり声をあげる。
正直、飛んでくる銃弾さえも切り裂く風真にとっては、矢の一本や二本はまとわりつく蝿を叩き落とすぐらい造作もない事だった。
「ドウスル!」
「ヤロウ!」
「ダイジョウブカ?」
「ニンゲンヒトリ、シカタナイ!」
またもや三体がヒソヒソと言葉を交わし、お互い納得したように頷きあう。
すると弓を持ったオークが再度風真に向け弦を引く。
そして今度は残りの二体も、風真に向かって突進を始めた。
オーク達の重苦しい足音がその場に轟く。
その様子をシェリーはどこか戸惑った表情で、そして助けられた男の口元は緩んだままだが、瞳はしっかりと風真の姿を捉えていた――