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第七十七話 フレア・バーニング

 団員二人が開けた城門を抜け、彼は城内へと脚を踏み入れた。

 色々な事があったせいか、この見渡すぐらいの広間もやたらと高い天井も彼には懐かしく感じられた。


 森でのオークの一件も取りあえずは片が付き、風真達と共にダグンダの街へと戻ったトロンではあったが、くつろいでいる暇などはなかった。


 街に戻り早急に報告を済ませた彼ではあったが、今回の件を命じたフレア・バーニングに呼び出される事となったからだ。


「いやぁトロンちゃんお疲れの所悪いねぇ。自分は一日ぐらいくつろいでもらってもいいかなぁと思ったんだけどユーリちゃんがどうしても説明願いたい! なんて言い出すからさぁ」


 転声器から届いたフレアの声は相変わらずの軽いもので何とも緊張感の掛けるものであったが、それでもトロン自身も詳しく説明する必要があると考えていたので、二つ返事でこれを承諾した。


 こうしてトロンは街に戻ったかと思えばすぐに馬車を走らせ、単身王都マテライトに向かう事となったのである。


 ちなみに本来であれば今回の件に関わった風真やバレット達も一緒に連れて行く必要があると感じていたトロンであったが、それに関してはフレアより、一旦はトロンだけで戻ってきて欲しい、との事であった為、彼等の事は街に戻っていたシンバルに任せて(多少不安はあったが)トロンはマテライトの拠点である城を訪れたのだ。


(確か第一会議室にいるとの事であったな)


 そう思いながらトロンは白い床を踏み進める。大理石で出来た床面は掃除が行き届いているのか、やたらと眩しく感じた。


 広間の左右に等間隔で設置された円柱には、精霊神と言い伝えられている伝説の女神エレスをモチーフとした彫刻が施されている。以前はハデス王を模した物だったがテミス・エリザベスが王位に付く事になりこの国一番の彫刻師が彫り直したのである。


 トロンはこの柱と柱の間を歩きながら、確かこの柱の四本目を右に抜けた先にある部屋が会議室の筈だな、と記憶の棚を一つ開け歩みを進めていく。


「おや? トロンじゃないか。戻ってたのかね」


 四本目の柱にトロンが差し掛かった時、逆側の柱の影から真っ赤なローブに身を包まれた男が姿を現し彼に声を掛けてくる。


「これはバロン殿ご無沙汰してます」


 トロンはバロンと言う男に向かって軽く会釈した。この男はマグノリアの大臣の一人で主に財政面を任されている。


「本当にねぇ。全く君たちは放っておくとろくに挨拶にも見えないもんだから――」


 禿げ散らかした頭をさすりながらバロンはそんな嫌味めいた言葉を吐き出してくる。


「申し訳ありません。皆何かと忙しいもので、この城にも我々各街を任された団員は中々戻ってはこれないものですから」


「忙しいねぇ。たかだか街の護衛で一体何がそんなに忙しいと言うのか」


 トロンは思わず眉を潜めた。本来ならこのような言われを受ける筋合いではない。確かにこの男は大臣という肩書きは持ってこそいるが、テミス王女の方針により互いの立場はあくまで平等なのである。


「で? そのお忙しいトロン殿がそんなに急いでこの城に何のようかな?」


 まるで自分の城と言わんばかりの口ぶりに不快感を覚えながらも、トロンはなるべく顔には出さないよう努め最低限の回答を行う。


「フレア様より至急戻るよう命をうけたもので、これから会議室に向かうところでございます」


 その言葉に、あぁ、とバロンは得心が言ったように顎を引いた。


「と、言う事はあれかい? 例の豚共の件だろ? まったく大事な祭典の前だというのに厄介事を持ち込んでくれたよ」


 その口ぶりにトロンはいい加減辟易する思いであった。


「話によると問題は解決したらしいが、あの豚共にはしっかり立場の違いってやつを判らせてやったんだろうね?」


「……お言葉ですがバロン殿。テミス女王の考えではあくまで彼らとの関係は友好的な共存にあります。力を誇示するような真似は望んでいない筈ですし、今回の件もオークの王が納得する形で解決できるよう進めております」


 淀みない瞳で言い放つトロンに、ふん、と生意気なと言わんばかりにバロンが鼻をならした。


「しかしだな――」


「とにかくオークとの件は、我々マグノリア守団にお任せになって貴方はご自分の仕事に専念してください。それでは」


 まだ何か言いたげなバロンの口を塞ぐように、言葉を重ね無理やり話を閉めた。最初と同じように簡単に会釈を済ませ彼はバロンに背中を向け会議室に向かう。何となく悔しそうな歯ぎしりの音が耳に残る気がしたが振り返ることなくトロンは会議室へと先を急いだ。





「どうぞ~」


 トロンが会議室と記された部屋の扉を数度ノックすると、なんとも緊張感に欠けた声が中から発せられた。


「失礼します」


 真鍮製のドアノブを捻りトロンは会議室の中に脚を踏み入れた。場内には何箇所か会議用の部屋が点在しているが、この部屋はその中では一番小さく、部屋に入ってすぐ目の前に白色の円卓が設置されていた。大きさとしては大人六人程度が囲めそうなぐらいである。


 トロンの正面にはすでにフレア・バーニングが椅子に腰掛け、にこにこ、と人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。


 彼を正面に捉えるとボリューム感のある金色の髪が妙に眩しく感じられた。痛みを全く感じさせない綺麗な髪は本人曰く、キューティクルには気を使ってる、らしい。


 フレアは瞼を広げ上目遣いにトロンを見た。大きな瞳を持ち多少幼なの残る顔立ちではあるが、彼はこう見えてもマグノリア守団において四本柱と称される団長の一人である。


「ご苦労さまトロンちゃん。まぁそんな所で畏まってないで座って座って」


 そのままメロディーでも奏でそうな声色なフレアの勧めに従ってトロンが備え付けの椅子に腰掛けた。


 木製の椅子は座り心地は悪くは無いが若干固い。長く腰掛けていると尻が痛くなりそうである。


「さてさて、本当に今回は急な話だったのにお疲れちゃんだったねトロンちゃん」


 トロンの片眉が思わず押し上がった。今に始まった事では無いが彼の話し方にはどうも馴染めないのである。


 勿論この国を守る大事な四本の支柱となる人物の一人だ。実力に関しては申し分ない筈で本来団長ともなれば敬らなければいけない存在である。が、この喋り口調や普段の態度がそれを阻害してしまっている。


「ところでどうだったかなぁ~?」


 間延びした声で言葉を続けるフレアに、トロンは一旦咳払いをし、口を開き始める。


「はい。此度の件ですがオークの王との話し合いにより――」


「いやいや違う違う。そっちの話はさ。とりあえず置いといてあれだよあれ。風真とかバレットとか言う……」


 トロンは思わず、は?、と少し間の抜けた声を発してしまった。よもやこれだけの事をそっちのけであの二人への興味の方が強いとは……だがそう言えばこの人はこういう性格だったなとトロンは思い直す。


 このフレア・バーニングという男は、初めて接するであろう物事に対しての好奇心は幼子のように強い。逆に面倒だと思われる事に対しては心底適当である。


 トロンはフレアに対しての対応に少々当惑していた。まさかまず最初に彼等の事を聞かれるとは考えていなかったのだ。


 だがその時、会議室の扉がノックされ、フレアの返事を待つ事もなくドアが開かれる。


「失礼するぞ」


 それはトロンにとっては聞きなれた声であった。するとフレアが、あちゃ~、と額を押さえ、

「ユーリちゃ~ん、もう来ちゃったの?」

と相変わらずの軽い調子で言葉を発した。


「くっ……貴様はその馴れ馴れしい呼び方をやめろといつも行ってるだろう」


 部屋に入りフレアと顔を合わせるなり不機嫌な声になるユーリ。軽薄でいい加減という感じのフレア・バーニングに比べトロンに取って本来の上官にあたる、ユーリ・エルメスは真面目で誠実さを絵に書いたような人物であり二人は正しく水と油と言った所だ。


「トロン、今回はこの馬鹿のせいで苦労を掛けたな」


 円卓の横に付いたユーリは、トロンに顔を向けると眉間の皺を消し労いの言葉に笑みを含めた。


「そんな勿体無いお言葉です」


 トロンが一度顎を引き、視線を上げる。腕自慢を称する男たちが舌を巻く実力を兼ね備え【疾風の戦乙女】と称される程であるが、笑顔を覗かせたその容貌は女神のように美しい。


「ユーリちゃん、馬鹿ってもしかして僕のことかな?」


「お前以外に誰が居るというのだ」


 軽く瞼を閉じ躊躇なく言葉を返す。そして再びトロンに視線を移した。


「それで、どうやら私が来る前に話は進められていたようだが、一体どこまで――」


「いえ、まだ大した話は……丁度ユーリ様が来られましたから」


「そうかそれは良かった。オーク達の事は直接話を聞きたかったからな」


「ありゃ、やっぱりそっちの話から聞く? 大体の事は転声器で聞いたからそれで十分かなって思ってたんだけど」


「十分なわけが無いだろう!」


 ユーリが机を叩きつけ声を荒げた。


「大体貴様は私に、オークとの件はトロンが上手く片付けた、とぐらいしか伝えてこないではないか。そもそもなぜ私を差し置いて貴様がこの件にしゃりしゃり出てきたのかも未だ納得出来る説明を貰っていないのだぞ!」


 一気にまくし立てフレアを睨みつける戦乙女。その様子を見たトロンが一つ嘆息する。


 やはり只面白そうな事に首を突っ込みたかっただけか、とオーク王の前に風真達を連れていくきっかけとなった件のやりとりを思い起こした。


「その件はさ、ほらユーリちゃん忙しそうだったじゃない? 式典の準備には追われてるし、警護に当たる団員の指導も直にやっていたでしょ?」


「それとこれとは話が別だろ! 例えどんな事情があろうと問題が起きたなら、西地区の管理を任されている私に話を通すのが筋というものではないか!」


 これは確かに本来であればユーリの言うとおりであった。そもそもダグンダの住人が行方をくらまして以降、式典の準備と同時進行でオーク王との話し合いの場を儲ける為の調整もユーリ・エルメスが取り進めていたのだ。


「まぁまぁ、そんな眉間に皺寄せちゃって綺麗な顔が台無しじゃない?」


 彼女の瞳が鋭く光った。これでは火に油である。が、フレアは笑顔は崩さずユーリの噛み付きそうな視線をくぐり抜けるように言葉を続ける。


「それにね、ユーリちゃんの言いたい事も判るけど、今回は急な話だったしエイダちゃんの手前もあったじゃない」


 フレアがユーリに顔を向け人差し指を立てる。


「彼女の占いがよく当たるのは皆も承知の事実だしね。あの場での判断は至急を要したわけだけど――でもさ、ユーリちゃんってちょっと堅物なとこあるから、もしあのまま話を持って行っても直ぐの答えは出せなかったと思うのよ」


「むっ……」


 短く発しユーリは唇を結ぶ。


「だって只でさえ難しいと思わえる役目をトロンちゃんに任せて、更にこの国の人間ではない、ましてや異世界からきたという者を同行させるなんて判断、ユーリちゃんには出来なかったんじゃないかなぁって僕は思うわけ」


 フレア・バーニングの言葉に更に付け加えるなら、此度の件が一気に動き出した原因を作ることとなった風真の存在も忘れてはいけない要因の一つだろう。それらの事情を考慮すれば、確かにユーリではトロン一人に任せるような判断は下さなかった可能性が高い。


 恐らくはそういった話であれば、彼女自らがオーク王の下へ向かおうとしていた事だろう。だがそれでは時間が足りなかった筈である。結果的に今回はユーリの真面目さが仇となっていたかもしれず、フレアのいい加減さが功を奏したってところだ。


「まぁそういうわけだからさ。結果オーライって事で。ね?」


 フレアがウィンクを決めるが、ユーリの表情は険しい。


「確かに終わってしまった事をウダウダ言うのは本意ではない。だが私には西の団長としての責任がある。詳細はしっかり聞かせてもらう」


 フレアを見下ろすようにしながら、ユーリが真面目な声で返す。


「生真面目だねぇ本当、少しは力を抜いた方が楽だよ」


「お前は抜きすぎだ」


 フレアはやれやれと両手を広げる。


「まぁしょうがないね。でもさ、そんな機嫌を損ねた竜みたいな顔で立っていられても落ち着かないからさ、せめて座りなよ」


 全く変わることのない軽い口調のフレアを一瞥し、溜め息を一つつきながらユーリ・エルメスが椅子に腰を下ろした――

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