第七十五話 そんなんじゃお前強くなんかなれねぇよ
大牙の双眸は見開かれていた。何が起こったのか理解できていない。その瞳に映るは深く地面を抉った野太刀の有様だ。
「――ったく」
背後から聞こえてきたのは雷人の一言だった。
瞬時に大牙が振り返ると、雷人が両手で抱えていた神雷を地面にゆっくりと下ろす姿。
当の神雷は半ば呆然と大地に手を付き動こうとしない。
大牙へ背を向けたまま雷人は乱雑に髪を掻き毟った。
「全く、本当に――」
「うぉおぉぉぉお!」
雷人が言葉を終える前に大牙が飛び出していた。己に背を向けている今しか機会は無い。奥歯を噛み締め天の構えを取ったまま雷人の下へ踏み込む。
「後ろだ雷人!」
総髪の男が声を張り上げた。既に大牙はほぼ真後ろまで近付いてきている。
「久しぶりに――胸糞が悪いぜ」
「死ねぇぇぇえ!」
雷人の囁きと大牙の咆哮はほぼ同時であった。
だがその直後、大牙の動きが止まった。
その大きな瞳に映るのは背中を見せ続ける雷人の姿。きっと微塵も動きなど感じられなかった事だろう。
「本当はてめぇのような下衆野郎に魅せる技じゃないんだけどな」
背後の大牙に語りかけるように雷人は囁き、
「【旋風】だ。冥土の土産にその目に焼き付けて、逝くんだな」
と言葉を繋げ、鞘に刃を収めた。直後に訪れるは辺りに響かせる心地よい高音。
――刹那。大牙の腹部が一文字に裂け、辺り一面に血飛沫が撒き散らされた。
雷人が振り返るとそこには既に事切れた大牙の遺骸が仰向けに転がっていた。
雷人の旋風により絶命した事で手持ちの野太刀の重みで後ろに倒れたのであろう。
その太刀も大牙の手を離れ地面に寝そべっている。
ふと雷人の脇を何かが通り過ぎた。神雷である。
神雷はもう動くことの無い大牙の傍らで両膝を付き項垂れながら、
「親、父ぃ――」
と、か細い声で呟いた。
それ以上言葉の続かない神雷の横を静かに通り過ぎながら雷人が神雷だけに聞こえるような小さな声で、
「恨むなら――好きなだけ恨みな」
と告げ歩みを進めた。
「雷人やったな」
ゆっくりと近付いて来る雷人に朝倉が先ず声を掛ける。
雷人はそれに笑みを浮かべ返した。総髪の男も軽く微笑を浮かべ。もう一人の男に関しては満面の笑みで雷人を出迎える。が、しかし。
そこへ一人、ずずずいっと身を乗り出し前へ躍り出てきた。
「豊田様」
朝倉が思い出したように声を上げる。
今の今までずっと馬車の影に隠れていたのだが安全が確保されたと見て、調子よく出てきたのだ。
だが何故かその顔は不機嫌であり。
「おい貴様! 何をしている!」
と開口一番怒鳴り出す始末である。
これには雷人も目を丸くさせ脚を止め頭を掻く。
「豊田様一体どうなされたのですか?」
護衛の一人が両眉を広げそう問いかけた。
「ふん! 揃いも揃って爪があまいのう――おい貴様!」
そう叫んで今度は人差し指を雷人に突き付ける豊田。
「まだ貴様には仕事が残っておろうが! ほれ、さっさとあの餓鬼も始末せんかい!」
その言葉に思わず雷人が眉を顰め、
「悪いがなぁ。俺の刀はそんな事の為には――」
と言いかけて口を噤んだ。面前の皆の様子が何かおかしいのだ。
「何だ彼奴は? 一体どういうつもりだ?」
総髪の男が結体な物でも見るかのような面持ちで言った。
皆の視線は雷人には向けられていない。更にその後方に注がれている。
そして雷人の耳にも届く何かを引きずるような音。
雷人は皆の視線の先へと振り返った。
その瞳に映るは――神雷が大牙の愛用していた野太刀を両手で握り締め、引き摺るように脚を進める姿。
頭を垂れ、何かをしきりにぶつぶつ言いながらその脚先は雷人の方へと向けられている。
「おいおい馬鹿なのかあの餓鬼は? あんなもの扱えるわけが無いだろう」
神雷の姿を見ながら頭に手を置き呆れたように述べる護衛の男。
「ふん! だからさっさと片付けろと言ってるんだ。あぁいう馬鹿は何を仕出かすかわかったもんじゃないからな。ほれ貴様、今からでも遅くないさっさとたたっ切ってしまえ」
雷人は馬鹿狸の言うことには耳を貸さない。
そして朝倉は何も語らずその動向を見据えている。
雷人も暫くはその様子を見ていたが、皆が言うように明らかにソレは神雷の身の丈にあっていない。
雷人は髪を掻きながら、
「坊主。気持ちは判らんでもないがお前にそれを扱うのは無理だぞ?」
と忠告するも神雷は聞く耳も持たず、何かをぶつぶつと言いながら段々と雷人との距離を縮めていく。
雷人は少し困ったような表情を醸し出しながらも、一体何を一人で呟いているのかと耳を欹てる。
「――詮……世は……肉――強食」
その声は近づくにつれ段々と大きくなり雷人の鼓膜を刺激する。
「所詮、この世は――弱・肉・強・食――弱い者は狩られ――」
それは神雷が始めて他者から教わった言葉であった。親父と慕った大牙も死に神雷に残されたのはその言葉だけだったのだ。
そして、身の丈に合わないほどの巨大な太刀を引きずりながら、いよいよ神雷は雷人のすぐ傍まで近付いていた。
神雷は顔を上げた。あと一歩の踏み込みで刃の間合いに到達する。燃えるように真っ赤な瞳で雷人を見上げた。そして――
「所詮! この世は! 弱! 肉! 強! 食! 弱い者は狩られ強いものが生き残る! それが世の道理! だから俺はぁ!」
口火を切るように一気に言い放ち神雷はその身を背中がちぎれるぐらいまで大きく捻った。勿論その手に巨大な太刀を握り締めたまま――その体勢で。
「強くなければ、いけないんだぁぁあ!」
吠えるように言葉を紡ぎ、そして一気に身体を回転させ脚を踏み込み――神雷がその太刀を、振るった。
鈍い風切り音と共に巨大な刄は空を斬った。手持ちの太刀に振り回され神雷の身が大きく捻れ危うく転倒しかけるが右足で踏ん張り堪える。
「あの餓鬼あれを振りやがった――」
思わず感嘆の声を上げる総髪の男。
「お、おい! だからさっさと片付けろと言っただろうが! そんなもん振り回しおって。間違ってもこっちに近づけるんじゃないぞ!」
雷人の後ろで狸が煩く吠え立てる。
神雷は再び首を巡らし雷人を睨んだ。まだまだ諦めている様子は無い。
雷人は一息吐き出し、軽い足捌きで馬車から離れた位置まで移動する。
神雷が駆ける。雷人を追いかけるように。両方の手で野太刀を握り締め。今度は引きずる事なく、軽く持ち上げるようにしながら二歩三歩と力強く踏み込み。
「だぁありゃぁああ!」
獣の如き雄叫びを上げ、再度神雷は雷人へ向け薙ぎ払うように太刀を振るった。
左から右へ刃が駆け抜け神雷の身もそれに続くように捻られるが初太刀と違い今度は身体がぶれず、しっかり踏み止まる。瞳を逆方向へ巡らせ、間髪入れず太刀を今度は右から左へ振り抜く。刃の向きなど関係なかった。ただ必死に雷人目掛けてその太刀を振るい続ける。
「まさかあの身体であれをあそこまで扱うとはなぁ」
護衛の男が驚きの声を上げる。
「あぁ。確かにな。だが――」
朝倉が言葉を濁して神雷をみやった。
鋼の牙で喰らいつこうと必死に立ち回る神雷。
だがどう足掻いても子犬が獅子に叶うはずもない。
確かにその小さな身体でその身よりも大きな太刀を振るう姿は大したものだが、それはあくまで子供にしてはである。
ただ我武者羅に何度も刃を振り回すが大振りで隙も大きく、雷人どころか恐らく豊田以外であれば誰でも躱すことは可能であろう。
雷人は、それでもなお諦めず太刀を振り続ける神雷の姿をじっと見据える。決して自分から手を出すことは無く――
「どうした、息があがってんぞ?」
肩が波打つように上下する神雷へ、雷人が告げた。
「うるさい!」
その小さな眉間に皺を刻み神雷が叫んだ。
歯牙を顕にし、獣のような眼光を宿し。神雷はゆっくりと両腕を高く掲げていく。
「あれは……」
「天の構え――か」
総髪の男と朝倉が交互に呟く。
天高く突き上げられた銀色の刄。少年の低い体躯を補うように鋼の柱が聳え立つ。
「成程な――」
片目を瞑り呟きながら頭を描く雷人。
「お前を絶対に――殺す!」
既に息も絶え絶えの神雷だがその瞳は死んでいない。
「いいぜ――」
雷人は一言そう告げると首筋に手を添え、
「その太刀が俺の身体に少しでも触れたらこの首くれてやる」
と言葉を繋げた。
「ば……馬鹿にするなぁあ!」
滾り、神雷の身と刃が大きく反り返る。全身の力を余すことなく使い、両手に強く握り締められた野太刀を雷人目掛け一気に振り抜いた。が、直後辺りに響き渡るわ虚しい打音。
鋼の刃は雷人の髪の毛一本掠める事なく、地にほんの僅かな掠り傷を残したのみであった。
神雷の肩と背中が脈動し絶え間なく息を吐き出し続ける。
その姿を見下ろしながら、
「無駄だ――」
と雷人が冷たく言い放つ。
「坊主、お前強くなきゃいけないと言ってたがな。そんなんじゃお前強くなんかなれねぇよ」
耳朶を刺激する雷人の言葉に神雷が顔を上げ目付きを尖らせる。
「――そんな使いこなせもしない太刀を握って強くなれた気でいたのか?」
睨み続ける神雷に構うことなく雷人は言葉を続ける。
「子犬が虚勢をはって獅子に見立てようとした所で所詮子犬でしかねぇんだよ」
悔しさのあまり神雷は肩を震わせ奥歯を砕けそうなぐらいに噛み締める。だが雷人を見据える瞳は変わらない。色あせない。
「負けない、俺は絶対に――負けられないんだぁ!」
再び神雷が刀を振り上げる。
「わかんねぃ――餓鬼だ!」
その時雷人の身に鬼が宿った。眉間に刻まれた深い皺。鋭い眼光。そして――
少年の視界から雷人が消えた。神雷の懐へ瞬時に雷人が潜り込む。
だが、前とは違い今度は神雷に認識させる間も与えなかった。懐に入った瞬間には刀を抜き鳩尾に柄を叩き付ける。苦しいと思う暇さえ与えず神雷の視界は完全に黒く染まった。
地面に横たわる神雷を一瞥し雷人は刀を鞘に収めた。そして、
「だが――素質は感じられるがな」
と一人呟く。
そして倒れた神雷から、雷人は馬車の方へ視線を移した。
朝倉は護衛の男に肩を貸してもらいながら雷人を見据え続けていた。言葉はない。
暫しの沈黙――
だがその沈黙を破るがなり声が突如辺りに響き渡る。
「おい貴様! 何をやっとる! さっさとその糞餓鬼に止めをささんかい!」
狸親父がえらい剣幕で怒鳴り散らした。雷人は半ば呆れ顔で頭を掻き、
「悪いが、俺は子供を手に掛けるような術は持ち合わせちゃいなんでね」
とあっさり言いのける。
「ふざけるな貴様! 餓鬼だからなんだ! その屑どもはわいの大事な荷を奪おうとしたんだぞ! 命より大事なわいの荷をな!」
血管を額に浮かび上がららせながら尚も豊田は言葉を続ける。
「大体わいがお前らにどんだけ銭つぎ込んでいるのかわかっとるのか? お前らが主人であるわいに楯突く権利なんてありゃしないんだよ! 黙ってわいの言う事だけ聞いとれば良いんだ!」
これには豊田の周りの朝倉達や馬子さえも開いた口が塞がらない。
「大体こんな糞みたいな盗賊共に育てられた餓鬼なんざ生きてたってこの先ロクなことにならない! どうせ屑は屑にしかならないんだ! だったら下手な情けなんかかけずその刃でさっさと切り刻んで挽肉に変え、他の屑肉と一緒に狼の餌にでもしてしまうのが世の為なんだよ!」
激情に任せて一気に捲し立てたのが効いたのか、指を突きつけたままぜぇぜぇと豊田が息を吐き出す。
そして少し身を屈めるようにして息を整え再び視線を上げると。
「うぉ!」
驚き思わず後ろに飛び退く豊田。その面前には雷人がいた。眉間に皺を刻み、見下ろすように豊田を睨みつける雷人の姿が。
「な、なんだその顔は! わいはとっととあの餓鬼を殺せと命じてるんだぞ! なのになんでこっちに――」
その時、風が鳴った。
ふと豊田が眉間に違和感を感じ視線を上げる。そこには金色の柄をもつ刃が突きつけられていた。
「ひ! ひぃぃぃぃぃい!」
情けない悲鳴を上げ豊田が地面に尻餅を付く。
「き――ききききっ貴様、何を!」
豊田は突き付けた指を気刻みに上下させ震える声を何とか絞り出す。
「いや――蚊が」
「……蚊?」
「えぇ額に蚊がいたんでつい」
しれっと答える雷人。
「な――な……」
言葉が出てこず、金魚のように口をぱくぱくさせる豊田。
しばらくその姿勢を保ち、そして突き付けていた指を引っ込め、何げに蚊がいたという額に手を添える。
「ひ――ひぃぃぃぃい! 血がぁ! わいの頭から血がぁぁあぁ! こいつわいを斬りおった! ひぃぃぃい!」
騒々しく喚き散らす豊田の額を覗き込む護衛たち。
確かに……豊田の額には傷が付いていた。ごく些細な微塵のそれこそ薄皮一枚掠めたような小さな傷が――出血はほんの数滴である。
「き……貴様わいを傷つけおったな! 主人のこのわいを! こんなことして只で――」
「すんません」
豊田の言葉を遮るように雷人が頭を下げた。
「いやぁ本当に蚊だけを退治するつもりだったんですが手元が狂ってしまったようで申し訳ない」
右手を後頭部に添えながら謝罪の念を伝えるが顔は全く悪びれていない。
「とはいえ、雇い主を傷つけておいてこのまんまという理由にはいきませんな。うん、なので拙者これにて護衛の任から離れさせて頂きます」
普段言わないような言葉遣いで、しかし何の感情も込めず雷人は言い連ねる。
そんな雷人の顔を呆然と見据える豊田。
「それでは拙者これにて失礼!」
「ちょ――ちょちょ、ちょっと待てぇぇぇぇい!」
挨拶がわりに片手を掲げ、身を翻そうとする雷人へ豊田が立ち上がり叫んだ。
「まだ何か?」
眉を広げ尋ねる雷人。
「何かじゃないわ! 貴様なに勝手なこと言うてんねん!」
再び指を突きつけ狸が怒鳴る。
「っと言われても」
頭を掻きながら瞳を細める雷人。
「大体こっちは貴様にとっくに高い前金払っとんや! 今ここを離れるというなら銭は全部返してもらうで!」
血管をぴくぴく痙攣させながら豊田が怒鳴り散らす。
「お言葉ですが――」
雷人がそこで一拍おき。
「少くとも前金分程度の仕事はしたつもりですが」
そう言って雷人が射抜くような視線を豊田へ向ける。
雷人の気迫に慄き豊田は、ぐぅ、と言葉を詰まらせる。が、それでも納得がいかないのか豊田は、
「だったらせめて最後の仕事をしてかんかい! 前金分としてその餓鬼の始末を付けていけ!」
と命じる。
「それは出来かねます」
言下に雷人が断った。
「で――出来ないとはどういうつもりだ貴様! えぇ!」
突き付けられる人差し指をうざったそうに眺めながら雷人が口を開き。
「拙者、既に護衛の任を解かれた身の上。貴方様に命令されるいわれがありません」
「貴様が勝手に辞めると言ったんだろうがぁ!」
豊田は顔を茹で蛸のように真っ赤にさせ今にも血管が張り裂けそうな勢いである。
そのやり取りを見ていた護衛たちは朝倉を含め必死に笑いを堪えようと両手で(朝倉は片手で)口を塞いでいる。
「くっ――話にならん! お前らこいつはとんだ裏切り者だ! さっさとたたっ切ってしまえ!」
豊田が左右に首を巡らせそんな事を言い出した。
突然矛先が向けられた事で少々困惑顔の護衛たち。
だがそこで朝倉が、
「しかし豊田様。我々には雷人を討つ理由がありません」
と述べた。
「な……何を言うとるんだ貴様!」
むきになって言葉を荒げる豊田。
「見ろこの傷を! 彼奴がわいに付けた傷や! 主人にこんな傷を負わせるなど言語道断であろうが!」
「しかし豊田様。雷人はあくまで貴方様をお守りしようと思って行ったこと。寧ろその程度で済んで良かったと考えるべきでは?」
「何を馬鹿な事言うとんのや! たかが蚊一匹の事で――」
「いやいや豊田様たかが蚊と侮ってはいけません。私の友人はそのたかが蚊にさされたおかげで三日三晩高熱で苦しみ遂にはその命を落としてしまいました」
豊田の言葉を途中で止め、尚も言葉も連ねた朝倉。護衛の二人も腕を組みうんうんと頷いている。
「くっ――だったら銭はどうなる! あいつはわいからもらった銭を仕事も片付けず持ち帰ろうとしてる不届き者だ! それだけでも万死に値する!」
豊田の言葉に朝倉が眉を広げ、
「またまたご冗談を」
と笑って見せる。
「彼はしっかり仕事をされたでは無いですか。盗賊団牙をほぼ一人で打倒し、荷も無事です」
朝倉の言語に豊田は眉をよせ悔しそうに歯咋みする。
「それに、豊田様ともあろう方がこのような銭程度でどうこういうのは――せっかくのご高名に傷が付きますぞ?」
最後の言葉は囁くように朝倉が耳打ちした。
握り締めた拳を両脇でぷるぷる震わせる豊田。
「し――しかしなぁ!」
豊田はしつこい。
「判ってます」
空いている方の掌で豊田を制する朝倉。
「確かにいかなる理由があろうとあやつが豊田様を傷つけたのは事実。それはさすがに許されざる事ではありません」
そこまで言って朝倉は頭を巡らせ雷人をみやる。
「聞いての通りだ! 豊田様は貴様に傷を付けられた事で大層ご立腹である! もう二度と顔も見たくないそうだ。判ったらとっととそこに寝そべる童を連れて即刻この場から立ち去れぃ!」
「なっ!? お前何を言うてるんだ! それじゃあさっきと何もかわ――」
「判ってます。判ってます豊田様、貴方様のお気持ちはこの朝倉しっかり汲み取りました。大丈夫です牙も居なくなった今、この荷の警護は我々だけで十分! この朝倉怪我を負ったとは言えまだまだ並の者には負けません!」
朝倉の言葉に両脇の二人も再びうんうんと頷く。その饒舌ぶりに豊田はぐうの音も出ないといった感じだ。
横で唖然と口を広げる狸を尻目に朝倉が雷人に向けて片目だけ瞑り合図した。
その行為に雷人も会釈で返し、倒れている神雷の傍へ向かう。
そして神雷を右手で持ち上げ肩に担ぐと林に向かって脚を進めた。
「貴様ぁぁ!」
雷人の背中へ向けて豊田が叫んだ。まだ何かあるのとかと朝倉たちが呆れたように豊田をみやる。
「わいは絶対今日の事も貴様の事も忘れんからな! いずれ必ず目にものみせてくれるわ!」
背中に豊田の声を受けながら雷人は髪を数度掻き、
「あのなぁおっさん」
と言って振り返り。
「俺の名前は貴様じゃない。風真 雷人だ。狸でもあるまいし雇った人間の名前ぐらいしっかり覚えて置くんだな」
そう告げ片手を上げ林の中へと消えていった。
後に、豊田の歯ぎしり音だけを残し――
ここで一旦風真の過去の話は終わり次から本編に戻ります。
け、結構長くなってしまった(汗)