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第七十四話 俺のために

 朝倉の斬撃が大牙の身体へ無数の傷を残してゆく。


 どれも浅い掠り傷程度のものではあったが、細かい動きで翻弄しながら刀を振るう朝倉の動きを大牙は完全には見切れていないようであった。


 大牙は一旦飛び退き距離を取ると眉を顰め、

「全くちょろちょろとうざったい奴だ」

と口端を歪めた。


「どうやらお前らはこれまでのようだな。気付いてるか? 既に矢による援護も途切れている」


 その言葉に、ちっ――と舌打ちで返し、大牙は忌々しい物をみるように朝倉を見据える。


「知ってるさ。だが何てことは無い――だが、いい加減お前とのんびり事を構えてる暇は無さそうだ、決着、付けさせて貰うぜ」


 言って大牙は両手に握り締めた野太刀を天高く振り上げる。


「天の構え、か――」


 朝倉が囁くような小さな声で言った。

 それを耳にした大牙が口角をにやりと吊り上げる。


「てめぇに……躱せるかな?」


 言いながら朝倉との距離を詰める大牙。今まで脚を使った攻めで立ち回っていた朝倉も、その雰囲気に動きを若干控え、様子を見るようにしっかりと大牙との間合いを図る。


 刹那――大牙が一気に右足を踏み込み、強引に朝倉を制空圏に入れる。


 風――というよりは暴風に近い音が辺りに轟き、巨大な太刀が朝倉の頭蓋へ振り下ろされた。

 だが朝倉は髪が触れるか触れないかの位置で半身を逸らしながらその斬撃を見事に躱した。


 刄は空を切り、大地に深い傷を付ける。が――刹那、大牙の両腕の筋肉が盛り上がりそのまま、地面ごと持ち上げるかの勢いで太刀を振り上げた。その身を捻った状態のまま瞳を見開く朝倉の肋を目指し二の太刀が突き進む。


 しかし朝倉の並外れた視力はその動きすらも捉えきっていた。紙一重の所で後方に飛び退き二の太刀をも躱しきる。


 振り下ろしから振り上げまでの二段構えの太刀。この斬撃を見事に躱し、後に残るは隙だらけの巨躯のみ。


 ここぞとばかりに朝倉が勝負を決めようと右足を踏み込む。ところが、その面前に飛び込んで来たのは一直線に突き進んでくる巨大な鋒。


 直後、流血が宙を舞う。


「朝倉さん!」


 少し離れた所で、残った大牙の手下と刀を交えていた護衛の男が声を上げた。


「くっ!」


 呻き声を上げ朝倉の片膝が崩れ落ちる。直前に上半身を逸らし、なんとか直撃は免れたが右肩を深く抉られ肉が削げ落ち、滴り落ちた血が地面に吸い上げられていく。


 苦しそうな表情で左手で右肩を掴む朝倉。これではとても刀を構えられそうにない。


「甘かったな。三段目までは読みきれ無かったか? だが大したもんだぜ、ここまでやらせたのはてめぇが初めてだ。が、これで――」


 そこで一旦言葉を溜め大牙は再び野太刀を振り上げ、

「終ぇだぁぁ!」

と叫びその刄を振り下ろそうと右足を踏み込んだ。朝倉は身動ぎも出来ずただ見ている事しか出来なかった。半分死を覚悟していたのかもしれない。


「!?」


 奇妙な事が起こった。今まさに大牙がその太刀を振り下ろそうとした直前である。


 何故か大牙が後ろへ大きく飛び退いたのだ。その手に完全に勝利を掴みかけていたというのに。


 だがそれに一番驚いていたのは大牙のようでもあった。恐らくは直感的に身体が危険を察知したのであろう。


 朝倉は呆然とした表情でその様を見据えていた。一体何故大牙が攻撃をやめたのかが直ぐには理解できなかったのだろう。右肩に負った怪我で感覚が鈍っていたのかもしれない。


「朝倉さん大丈夫かい?」


 だが、その声でようやく朝倉も気がついた。首を巡らし、雷人――と囁くように発っして。


「あぁ……なんとか生きてるよ」

と笑みを返した。


 雷人は右手で長刀の柄を握り締め構えを取ったまま、

「それは良かった。あんたはここで死ぬには惜しすぎる」

と言って片側の口角を引き上げる。


「さてっと――」


 言って雷人は構えを解き朝倉へ首を巡らせ。


「あの男の相手は俺が変わっても大丈夫かい?」


 そう問いかけた。


「あ……あぁ。どうせ俺はこの怪我じゃもう戦えないしな、大人しく後を譲るよ」


 返答する朝倉は息が荒くとても苦しそうだった。致命傷には至っていないが確かにこれ以上戦える様子ではない。


「判った――怪我の方はあんたに頼んでいいかい?」


「え?」


 驚いたように男が声を上げた。護衛の一人である。丁度相手していた敵を打倒し朝倉の下へ駆け寄って来たところであったのだ。


「あ、あぁ。とにかく朝倉さん止血を――」


 そういって自らの袖の一部を引きちぎり包帯替わりに朝倉の傷口に巻き付けていく。


 その間に、雷人は大牙へ向けて歩を進める。


「な……なんだ? 死に損ないに変わって今度はてめぇが相手してくれるってのか?」


「あぁ、そうなるな」


 膠も無く答える雷人。


「へっ――いい度胸してるな。だがてめぇなんかにこの俺の相手がつとまるのかよ!」


 雷人はそれには一言も返すことなく、無言である程度まで距離を詰めると、長刀の柄を再び握り締め腰を落とした。


「あれは――居合の構えか」


 遠目からその様を見つめる朝倉が言った。まだ辛そうではあるが吐く息は少し落ち着いている。


「朝倉さん、自分あの男に加勢してきます。大牙って奴は只者じゃない」


 その言葉に朝倉が何かを言おうとしたが、

「やめておけ。そんな必要は無いさ」

と横から口を挟まれる。


 声のする方へ朝倉が視線をやるとそこには総髪の男が立っていた。


「終わったのか?」


「あぁ、と言っても二人はあいつが瞬殺しちまったんだけどな。全くあそこまでとはな……正直格が違いすぎる。だからあんたなんかが言ったところで邪魔になるだけだぜ?」


 総髪の男の言葉に、うぐっと喉を詰まらせる男。彼はそれ以上何も語らず大人しく対峙する二人へ目を向けた。


 大牙の息は荒かった。それだけ目の前に立つ男は異質だったのだ。今までの誰とも違う圧倒的な威圧感。


 それを肌に感じながらも大牙は必死に自分には言い聞かせていた。俺は誰にも負けるはずがない――と。


 その時。雷人が一瞬後ろを窺った。そして、その口を開き、

「なぁあんた、一応確認なんだが――」

そう言って一拍置き。


「あんたの仲間はもう全員やられちまったようだがそれでもまだ続けんのか?」


 そうはっきりと言葉を繋げた。


「全滅……『牙』が――」


 そう言って厚い唇を噛み締める大牙。


「くっ! だからってなぁ、こっちは今更芋は引けねぇんだ! それにな、俺一人でも残れば人はまた集まる!」


 声を荒げ、言葉を返してくる大牙に雷人は、

「そうかい。じゃあ仕方ねぇな」

と告げ瞳を鋭く尖らせ大牙を見据える。


 じりじりと間合いを詰めようとする雷人。その長刀の尺は大牙の巨大な太刀に勝るとも劣らない。


 沈黙の中、固唾を飲んで見守る朝倉達。


――だが。


「……おいてめぇ――本当にやる気あるのか?」


 突如雷人が眉を寄せ、大牙へそう問いかけた。


「あん? 一体何を言って――」


 言いかけて大牙は気付いた。視線を落とし自らの軌跡を辿る。


 雷人と大牙の距離はは決して近づく事は無く、寧ろ段々と遠ざかっていたのだ。大牙が少しずつ後ずさりしている事によって。


「このままいけば雷人の勝ちは間違いないな……」


 相対する二人を見据えながら朝倉が言った。

 その言葉に同意するように、あぁ……と呟く総髪の男。だがもう一人の護衛だけは何故わかるのかと言いたげに眉を落とす。


「大牙は恐らく元々あまり型に拘るような性格ではないだろう。私と対峙した時も最初はまともな構えも取っていなかった。唯一天の構えだけは別だったがね」


 直前の記憶を思い浮かべるように朝倉が話を述べていく。


「だが――今大牙がしっかり構えを取っている。あれは私がやっていたような正眼の構え。攻守共に優れた相手の動きに対応しやすい型ではあるが――大牙はあれを自らの意思でやっていない。雷人に対し他に対応すべき手段が見付からず無意識にあの型を取ってしまっただけだ」


 朝倉が一度短く息を吐き出し、再び雷人に視線を向け、

「一方で雷人のあの構えは非常に洗練されている。ここから見てても隙を感じさせない。遠目からでもそうなんだ、大牙は私以上にそれを肌で感じているだろう。あんな付け焼刃な型でどうにかなるもんじゃない事もな――」





 大牙は困惑していた。今まで数多くの敵と対峙し達人と言われる男をもその手で打倒してきた。


 そのどの戦いを思い返しても、大牙が恐れを感じるような相手はこれまで一人としていなかったのである。


 腕自慢、自らの技に絶対の自信を持つ輩。それらを全て力でねじ伏せて来たのだ。

 今回だって同じだ、俺に敵うものなどいるわけがない――その自信に変わりはない。



 だが、心でどうそう思おうとしても脚が鉛のように重く前に進まない。雷人との距離が果てしないまでに遠く感じ、その体躯すらも何倍にも大きく感じる。


 まだ一度も刀を交えていないにも関わらず、身体が訴えているのだ。


 こいつには勝てない――と。


「くそ! くそ! くそ!」


 悔しそうに何度も呟き奥歯を噛み締める大牙。


 野太刀を正面に構えひたすら右往左往する巨躯。だがその二足は一向に前に進まず間合いも詰まらない。


「はぁ~」


 すると、雷人が溜息を吐き構えを解いた。頭を掻き毟り片目を瞑り、

「止めだ止め!」

と言いのけた。


「な、に?」


 前歯を剥き出し大牙は雷人を見据える。


「お前じゃもう話にならねぇよ。そんな腰の引けた野郎を相手にしたって仕方ない」


 呆れたように述べる雷人。その言葉に大牙の額の血管が波打ちその顔も真っ赤に染め上がっていく。


「ふざけるな! 貴様!」


 その時――


 林の中からがさがさと音を立て、一人の少年が姿を現した。


「神雷!」


 思わず大牙が叫んだ。声に気付き神雷が大牙をみやり駆け寄っていく。


「あの坊主は――」


 思い出すように呟く雷人。すると大牙の隣に付いた神雷が、

「親父! 俺も戦う!」

と言って刀を構えた。


 右手で野太刀を握ったまま左の手で顎を擦り大牙は神雷を見下ろす。


「なんだあの餓鬼は?」


 後ろで見ていた護衛の男が誰にともなく呟いた。


「おい! てめぇまさかその坊主にも一緒に戦わせる気じゃねぇだろうな?」


 訝しげな表情で問いかける雷人。それに対する反応は口角を吊り上げた嫌らしい笑みだけであった。


「そうだなぁ神雷。今まで散々面倒見てやったんだ。こういう時には協力しないとなぁ」


 そう言って軽く神雷の頭を撫でる大牙。


「てめぇ――」

 

 睨みを効かせる雷人。だが構わず大牙は、撫でるのを止めると。


「いいか神雷。彼奴さえ――彼奴さえ倒しちまえば他は大したことねぇ。判るか?」


 そう問いかける大牙にこくりと頷いて返す神雷。その瞳はしっかりと雷人を見据えている。


「そうか、それは良かった。だったら判ってくれぇ。彼奴を倒すためにはおめぇのぉお。助けが必要なんだぁ」


 ゆっくりと掠れたような声で神雷に囁きかける大牙。


「だから――」


 直後――大牙が神雷の首を後ろから掴み。


「俺の為に、死んでくれぇ!」


 叫び神雷を雷人目掛けて――放り投げたのだ。


「あいつ!? 子供を!」


 両眼を見開き声を上げる総髪の男。


 そして、神雷を投げるとほぼ同時に大牙が間合いぎりぎりまで距離を詰め天の構えを取る。


「さぁどうする! そいつを避けるか? それともいっそうのこと斬り殺しちまうか?」


 猛る声で問いかける大牙。その顔は絶対の自信で満ち溢れている。どちらを選択しようとそこに隙が出来れば勝機はあると確信しているのだ。


 そして、雷人が取った行動は――


「馬鹿が! 受け止めるとはな! だったらその餓鬼と一緒に死ねぇ!」


 両の手でしっかりと神雷を受け止めた雷人へ情け容赦ない凶刃が頭上から降り注ぐ。


「雷人ぉぉお!」


 声を振り絞って朝倉が叫んだ。が、その瞬間。

 鋼の振り下ろされた轟音が辺りに鳴り響いた――

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