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第七十話 親父からの贈り物

「父上!」


 勇次郎の視界の先では、大牙の手に掛かった父、神威の亡骸が横たわっていた。


「そんな――父上……父上」


 何度も呟きながら涙を流す勇次郎。

 だがその双眸は閉じられる事はなかった。眉間に皺を大量に寄せ滝のように溢れる涙を拭うくとも無く、憎しみを込めた瞳で神雷を睨みつける。


「許せない! 絶対に――許せない!」


 既に勇次郎に迷いは無かった。向ける刃に殺気を込め、容赦なくその刀を神雷目掛けて振るい続ける。


「神雷の奴、随分手間取ってやがるな……」


 神威の骸から神雷と勇次郎の戦いに目を向けながら大牙が呟いた。


「頭! 流石ですね。これだけの手練をものともしないなんて――」


 勝利を収めた大牙の下へ手下達が寄ってきた。その内の一人が不思議そうな顔で神威の割れた頭を眺めながら、

「しかしなんだってわざわざ峰で止めを差すような真似を?」

と大牙へ問いかける。


「なぁに。神雷の奴に相手の着物を汚さないように殺れって言った手前な。俺自らもその条件に従ってみただけさ」


 大牙の言葉に皆驚いたように目を丸くさせたが、何人かが納得したように、

「なるほど」

と頷き。


「それで神雷のやつあんなに苦労してんのか」


 そう言葉を繋げた。


「まぁ多少はそれもあるかもだが……」


 呟きながら神雷の動きを見つめる大牙。

 遠目から見ても勇次郎の動きに比べると神雷の動きは何処か覇気がないように感じられる。


「ちっ――あの馬鹿が」


 吐き捨てるように言って、言葉を投げかけてくる手下達を他所に大牙は戦いを繰り広げる二人へと近付いていった。





 殺意のこもった勇次郎の連撃は徐々に神雷を追い詰めていく。

 しかし一方の神雷は、どこか歯切れの悪い動きで中々攻撃に転ずる事が出来ないでいた。


 大牙の出した条件を満たそうという考えも勿論神雷にはあった。だがそれだけが原因では無い。

 相手の表情を見ていれば勇次郎が間違いなく神雷を殺しにかかっているのは理解できる。殺らなければ殺られるだけだ。


 頭では理解できていた。神雷は少くとも相手の動きはしっかりと見えていた。

 恐らくは本気で突きの一撃でも入れていればなんなく勝利は掴めたであろう。条件に合うように喉に一突入れればそれで事足りる、それぐらいの実力も備わっていた。


 それでも心のどこかに隠れる迷いが、茨のように絡みつきしめつけ動きを遅れさせる。


「父上の敵!」


 叫び、振り下ろされた一撃を両手で刀を横にし凌ぐ風真。

 刃と刃の擦れ合う音が耳に響く。


「そこまでだ」


 すると、大きな影が二人を覆い、太い声が投げかけられる。

 その瞬間、勇次郎からの圧力が途切れた。苦しそうな表情を浮かべそのまま上空へと持ち上げられる。


 大牙が勇次郎の首を右腕で締め上げたのだ。中空で左右の足をばたばたさせ必死に藻掻く裕次郎だが、程なくして――ゴキッという鈍い音を残し、力なくその四肢が垂れ下がった。


「ふん」


 血の気が失せて青白く染め上がったその身を地面に放り投げ大牙が神雷を睨みつける。


「あ、あの――」


 そして、何かを言いかけようとした神雷に耳を貸すことなく、大牙の拳がその顔めがけ振るわれた。


 激しい打撲音と共に神雷の身が真横に吹き飛び、地面へと叩きつけられる。


「てめぇ何てざまだ! 不抜けた事しやがって!」


 怒りを顕にし吠える大牙の声でゆっくりと頭を起こす神雷。その顔を下に向け悔しそうに強く拳を握りしめる。


「いいか! 相手が餓鬼だろうが女だろうが殺るときは容赦するな! それがこの牙での鉄則だ!」


 大牙は非情に徹しきれず、刃を振るうことに躊躇する神雷の気持ちを見抜いていた。それを許すことが出来ず大牙は鬼の形相で神雷を見下ろす。


「ごめんな――さい……」


 慄える声で神雷が謝りの言葉を述べた。大牙が怖かったわけでは無かった。相手を斬ることを躊躇ってしまった己が悔しかったのだ。


「……判ったならもういい。いいか次あるときにはしくじるなよ」


 そう言って大牙は踵を返すと、手下たちに親子の所持品から必要なものを掻き集めさせた。

 そうして一通りの作業を終え牙の面々はその場を後にするのだった。






◇◆◇


 山間にひっそりと残存する廃れた集落。そこが盗賊団【牙】の一団が隠れ蓑とする拠点であった。

 集落に点在する民家には、団の一味がそれぞれ塒にして共同生活を行っている。


 そして今、集落の中で一際大きい作りの家屋に頭の大牙含めた全員が集まっていた。


 民家の中央では薪がくべられた囲炉裏が設置されていて、大牙も囲炉裏の傍でどっしりと構えるように胡座をかいていた。手下達はその周りを思い思いの位置で座っており、その中には神雷の姿もある。


「どうした神雷。そんな暗え顔して?」


 酒の入った杯を一杯くちにし、大牙がそう問いかけた。

 神雷は、いえ……とだけ口にしそれ以上の言葉は無く押し黙る。


「全くしょうがねぇ奴だ、今日の事をまだ気にしてるのか?」


 大牙の更なる問いかけに神雷の返事は無い。


「ふん、まぁいいさ。さてっと実は今日集まってもらったのには二つ理由があってな」


「二つですか?」


 手下の一人が大牙に向かって反問する。


「あぁそうだ。っで早速その一つなんだが――」


 そこまで言って大牙は顎に手を添え、ニヤリと笑みを浮かべると、

「おい神雷。ちょっとこっちへ来い」

と言って神雷を呼びつける。


「え?」


 そう言って目を丸くさせる神雷に、

「いいから早く来い来い!」

と急かすように大牙が手招きする。


 神雷が言われたとおり、大牙の傍に向かい前に立つと、

「おお、じゃあとりあえずその着物脱げ」

と告げて来た。その言葉に思わず訝しげな表情を取ってしまう神雷。


「おいおい勘違いするなよ。俺は別にそんな趣味はねぇよ、ったく」


 そう言って大牙は己の坊主頭を数度撫で回したあと手下の一人に、

「おいアレ出してくれ」

と目配せする。


「へい。こちらです」


 指示通り手下が両手に折り畳まれた布地を乗せ大牙に差し出した。


 大牙はその布地を手に取り、

「ほら神雷。これに着替えてみろ」

と言って神雷に手渡す。


 その場で神雷は受け取った布地を広げてみる。それはかなり上質の着物であった。洗濯されたばかりなのかかなり綺麗ではあったが、神雷はその着物に見覚えがあった。


「どうだ? 例の餓鬼の着ていた着物をこいつらがお前用に仕立て直したんだ。ほらさっさと着替えて見ろ」


 そう言って笑顔を浮かべる大牙はかなり機嫌が良さそうであった。

 神雷は言われるがまま、今来ている物を脱ぎ渡された着物に袖を通す。


「おお。中々ぴったりじゃねぇか。やっぱりあの餓鬼から奪っておいて正解だったぜ、その着物も随分古くなったしなぁ」


 満足気に顎に手をやりそう述べる大牙に、

「親父ありがとう」

と神雷が言った。大牙は神雷にだけは自分の事を親父と呼んでいいぞと告げていた。特に無理強いと言うわけではなかったが、神雷はそれからは大牙の事をそう呼び始め、今ではかなり違和感が無くなってきている。


「なぁに、お前もここに来てもう二年目。誕生日祝いみたいなもんだ」


 そう言って歯を覗かせた笑顔を神雷に見せ、更に後ろから取り出したものを差し出す大牙。


「ほれ。これも受け取れ。新しい刀だ」


 続けて手渡された刀は、やはり件の少年の持っていた得物であった。


「お前のソレもそうとう切れが悪くなってるみたいだからな。それは相当上等な代物だぞ。まぁ刀に振り回されないようにな」


 鞘から刃を覗かせみやる風真を一瞥し、大牙はガハハと豪快に笑った。


「しかし神雷もここに来てもう二年か。そういえばいくつになったんだ?」


「確か今年で七つだよな神雷」


 周りの男たちの質問に軽くうなづいて神雷が返答する。


「七つか、だったらもうそろそろ女も知っとかないとなぁおい」


 笑いながら神雷の肩を叩く大牙に、

「いや頭。いくらなんでもそれはまだ早すぎですぜ」

と言葉を返す手下達。


「あん? そうか? 俺はこんぐらいの時にはもう酒も女も知ってたと思うがな。なぁ神雷」


 そう問いかけられても、神雷はどう答えていいか判らずだまりこくる。


「ま、女なんていつでもどうとでもなるがなぁ」


 そう言うと大牙は盃の酒をぐいっと飲み干し、さてと……と真剣な表情で言葉を切り出し、

「実はお前らを集めたのはこれから話すことの方が本題でな」

と話を紡ぐ。


 すると神雷を含めた周りの男達も顔付きをかえ、頭である大牙の言葉に耳を傾ける。


「ところでお前ら、最近の仕事についてどう思った?」


 唐突に吐き出された大牙の問いかけに手下たちは各々近くの者と目を見合わせる。


「どうした? 何とも思わなかったのか?」


 続けて投げかけられる言葉に手下の一人がおそろおそろ、

「いや……実は最近の仕事はらしくないというか……武士ばかり狙った追い剥ぎみたいのばかりで変かなと――」

と申し訳無さげに言った。


 すると大牙の目がぎょろりと動き発言した手下を睨みつける。


「ひっ! す……すいやせん!」


 思わず男は土下座してみせるが、大牙はニヤリと口角を吊り上げ、

「あぁ、全くその通りだ。最近の仕事は一見ちんけな仕事で儲けも少なく、皆不満もあっただろう」

と周りの皆にむかって返答した。


「だがな――」


 再び目つきを鋭く光らせ話を繋げる大牙。


「それもこれも、今度くるでかい稼ぎの為の下準備と思っての事だ」


「下準備?」


「でかい稼ぎ?」


 手下たちがそれぞれ思い思いの言葉を呟く。


「そうだ。お前ら豊田とよだ 州阿久しゅうあくって男の事は知ってるか?」


「えぇ、豊田っていやぁ神戸を拠点に手広く活動してる商人ですよね」


「確か相当あこぎな事もやっていて黒い噂も絶えない野郎ですぜ」


「あぁその通りだ。はっきり言っちまえば俺たちと同じ穴のムジナってとこだ。裏では武器の類から阿片まで平気で取り扱うような男さ」


 大牙は薄笑いを浮かべ杯の酒に口を付ける。


「でも頭、その豊田って野郎がどうだって……まさか次はその屋敷を狙うとか?」


「……近いな。確かに屋敷を直接狙うのも手だが、あの辺は奉行所も近いし木戸には番人も立っている。あまり得策とはいえねぇ」


「そうなんすか。しかし……近いってぇと?」


 手下の問いに眉を軽く上下させながら答える大牙。


「実はな、今度あの豊田のやろうが相当な量の荷を大津港から京都まで運び出すという話を掴んでいてな――」


 大牙の言葉に周りの手下帯は目を丸くさせ。


「大津から京都までですかい? しかしどうやって?」


 再び問いかけられた言葉に、大牙が顎を摩りながら、

「どうやら豊田の野郎は、逢坂山の峠道を経由して向かおうって魂胆らしくてな」

と返答する。


「はぁ? 本気ですかい豊田の野郎は? あんな険しい道をどうやってそんな荷を積んで渡ろうってんだ」


「――馬車だよ」


 はっきりと断言した大牙の返しに、

「ば……馬車? それはいくらなんでも藩の奴等が黙ってるとは思えませんぜ」

と手下たちが目を丸くさせる。


「それがこの話の肝さ。土台無理そうな話を通してしまった。奴はそこを誇示したいが為に敢えて今回こんな本来無茶な計画を考えついたのさ」


 そう言って大牙は杯を傾けた後、更に話を続ける。


「そもそもあの黒船の騒動以降、将軍家に対する不信も広がっている。坂本とかいう餓鬼もちょろちょろしだして今は内部もだいぶごちゃついてる所だ。更に豊田のやろうは将軍家に大きな貸しがある」


「貸し? ですかい?」


「あぁそうだ。件の米利堅連中がやって来た時に、将軍家には誰もその言葉を理解出来る者がいなかった。その時に名乗り出たのが豊田の野郎さ。奴は南蛮人との親交も熱くそもそもが金になる為なら良いも悪いも努力を惜しまない男だ。そのことが奴にとっては幸いした形だな」


 そう言って大牙はニヤリと口角を吊り上げ、

「まぁ、そのおかげで俺たちにとっても幸運が舞い落ちる形だがな。今回豊田の奴は自分の力を見せつける為にかなり珍しい希少な物も運び出すらしいからな」


「しかし、だとしても豊田の野郎は何の策も無く出て来ますかね?」


 横から手下の一人が口を挟む。


「そこだ。当然奴は大事な荷を守るために用心棒をやとったそうでな。まぁ金で雇われたような奴等も多いようだが、その顔の広さを利用して名だたる剣客達も数名混ざってるらしい」


「それはかなり厄介そうですね――ってもしかしてそれじゃあこれまでの仕事は?」


 大牙は軽く頷き、

「あぁその通りだ。この本番の為の予行練習も兼ねてたってわけだ。だが今日の神威って野郎との一戦で確信したぜ。名の知れたような輩でもあのざまだ、俺たちに怖いもんはねぇ!」

と語尾を強めて答え瞳を光らせた。


「いいかてめぇら! 豊田の野郎が逢坂山を通るのはこれから七日後だ。そこで奴を撃つ! 作戦も既に練ってあるしな。その為の準備怠るなよ!」


 大牙が吠え上げると周りの男たちも一斉に鬨の声で返した。大牙は満足気な表情で神雷に視線を移し、

「お前にも頑張ってもらうぞ。その新しい得物が早速やくに立つかもしれねぇからしっかり手入れしておけよ」

と伝えた。神雷は決意めいた瞳で見据え大きく頷くのだった――


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