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第六十七話 狂宴

「てめぇもやれば出来るじゃねぇか。なぁおい!」


 そう言いながら、久方ぶりに見せる笑顔で男は梨花に酒をついでもらっていた。


 少年は何も語らず隅に寄り、薄い木の壁にもたれ掛かりながら与えられた握り飯にかぶりつく。

 まともな飯にありつけたのは何日ぶりだっただろうか。梨花の握った飯は形も悪く味も良くなかったがそれでも無我夢中で食べ尽くす。


「どうだ旨いか? おいお前、もう一つこいつに握ってやれ、今日は良く働いたからなご褒美だ」


 男は上機嫌であった。少年が持ち帰った戦利品が予想以上に多かった事が理由である。

 その銭で、少年は前に男に教わっていた店で酒と食料を買い込み帰路に付いたのだ。


 男は少年が買って来た酒を梨花の酌のもと次々へと飲んでいく。

 本当は数日分のつもりで買って来た物だがこのままでは夜の内に飲み尽くされそうだ。


 とは言えまだ銭は残っているはずだ、数日ぐらいは仕事をしなくても大丈夫だろう。

 そう少年は考えていた。



 そして、腹も満たされた事で少年の瞼が開いたり閉じたりを繰り返した。

 仕事の疲れが出たのであろう。

 少なくとも、もう今日は男にどやされる事も無い。


 その安心感から、少年の両眼が完全に閉じられようとしていたその時。


――小屋の扉が荒々しく開かれた。


「ちょっと邪魔するよ」


 家人の返事も待たずして、招かざる客人たちがぞろぞろと小屋の中へと雪崩れ込んでくる。


「ちょっと! あ……あんた達一体なんなんだい!」


 梨花は声を振り絞って叫ぶが、その顔には不安の色が窺えた。声もどことなく震えている。

 突然の来訪者に眠気も完全に途絶えた少年は男達の姿をみやった。


 そこに居たのだ――


 今日、町で銭を盗んだ男達の姿が――特にあの頭の禿げた大男の姿など忘れようもない。ただ、唯一昼間と違ったのは大男の腰には昼間には見られなかった巨大な野太刀が備わっていた事だ。


「おお坊主、いやがったか」


 大男は少年の顔を見るなりそう告げた。


 その言葉で少年は今日の仕事をしくじっていた事を悟った。

 大男は少年の顔を一瞥した後、梨花、そして酒の入った盃を持つ男の方へと視線を移して行く。


「うん? なんだてめぇ蜥蜴じゃねぇか。はは、まさかこんなところに居やがるとはなぁ」


 大男は蜥蜴と告げた男を見下ろすようにしながら口角を吊り上げる。

 その話しぶりから、大男と蜥蜴という男が顔見知りである事が見て取れた。


 だが二人の間に感じられる空気からは、久しぶりの再会を祝する気配などは微塵も感じられず。

 只々、蜥蜴が身体を小刻みに震わせ狼狽した様子を見せるだけであった。


 先ほどまで赤く染まっていた顔はまるで血の気が引いたように蒼白に染まってしまっている。


「まったく、餓鬼が随分舐めた事をやってくれるから、仲間ごと落とし前付けてもらおうと後を付けてきてみれば――でもまぁ、こうやっててめぇと再会出来たんだ。わざわざこんな辺鄙な所まで来た甲斐があるってもんだろ? なぁ?」


 大男のその問いかけに周りの仲間と思われる男たちも、

「違いねぇや」

等と言葉を発し下品に笑い出した。


 だが蜥蜴は何も答えず相変わらず震え続け、決して大きくない双眸を倍以上広げ顔中から大量の汗が吹き出している。その様子から、蜥蜴が大男に対して尋常でない恐怖を感じているのが良く判った。


「てめぇがうちの賊を抜けてどのくらいだったかなぁ? 全くただ抜けるだけならまだしも、せっかくの稼ぎにまで手を出しやがって――随分と探し回ったんだぜ?」


 不気味なほど大げさな笑みを浮かべ大男は蜥蜴に詰め寄る。


「か……頭! 本当に申し訳なかった! 許してくれこの通りだ!」


 今まで黙りこくっていた蜥蜴が突然に土下座し、頭を床に擦りつけ許しを乞うた。

 その姿は、いつも少年を怒鳴り殴りつけていた態度からは考えられない事であった。あまりに惨めであまりに情けない姿。


 だが、そんな蜥蜴の姿を少年はただ黙って眺めている事しか出来ない。そしてそれは蜥蜴の横に座る梨花も同じであった。


 蜥蜴と同じようにその身を震わせ、見開かれた瞳で男達に顔を合わせないよう、床の一点のみを眺め続けている。


「そう言われてもなぁ。このまま只だまって見過ごせというのは虫の良い話じゃないか? なぁ?」


 頭と呼ばれた大男は今までの不気味な作り笑いを一変させ、恫喝の表情と野太い声で蜥蜴に問い詰めた。


「も……勿論ただでってわけじゃないさ、へへ――」


 顔を上げ卑屈な笑みでそう零すと、蜥蜴は床を這い蹲るようにしながら手足を動かし、その名の通り蜥蜴のような動作で少年の前に寄りその髪を乱雑に掴み出す。


「こ……この餓鬼をやるよ! た……足りなきゃそこの女も好きにしていい! だ……だからよぉ――」


 少年をまるで物でも扱うかの如く乱暴に大男の前へ突き出し、蜥蜴はそんな屑みたいな事をさらりと言いのけた。


「ちょっと! あんた何いってるの! なんで私が――」


 顔を上げ怒鳴り散らす女に大男が睨みを利かす。とたんに女は口を噤み、大人しく震え上がるだけの猫に成り下がった。


「なぁ? この餓鬼はてめぇの息子じゃねぇのか? それなのにそんなにあっさりくれてやるとか決めていいのか?」


 睨みを効かせたまま大男は蜥蜴に問うた。すると蜥蜴は変わらずの謙った笑みの返事を返す。


「へへ……その餓鬼は俺の餓鬼なんかじゃねぇよ。ぬ……抜けてから途中見付けた民家に押し入った時にいた餓鬼さぁ。か……金目のもん奪って男も女もぶち殺してやったがその餓鬼は何かの役に立つと思って連れ歩いていたにすぎねぇし……女も遊女上がりの売女さ未練はねぇ」


 蜥蜴の言い放った言葉が少年の耳に突き刺さる。

 今まで親だと信じていたこの男は、自分の両親を殺した張本人だったのだ。


 その事実に少年の両眼は大きく見開かれ身体は小刻みに震えだす。

 大男は、そんな様相の少年を一瞥すると突如大声で笑い始めた。


「いいねぇ! お前のその屑っぷり! さすが俺たち【牙】の一員だった男だ!」



 言って大男は更に蜥蜴の近くに寄り、右手で強く肩を握り締める。


 蜥蜴の顔は一瞬痛みに歪んだが、大男の態度が和らいだように感じたのか、少しだけ表情を安堵させた。が、しかし――


「だがなぁ――それだけか?」


 再び野獣の表情に戻った大男の発言に、蜥蜴は冷や汗を垂らし言葉を返す。


「も……勿論それだけってわけじゃあ――そうだ、今日手にした残りの銭も酒も全部持っていっていい! それにまた頭の下で働かせてもらうよ! 暫くはタダ働きでも構わないし何でも言われた通りするからよ」


 蜥蜴が変わらない卑屈な笑みでそう述べると、大男は口角を大きく吊り上げ、

「そうか。だったら丁度てめぇに頼みてぇ仕事があったんだ。聞いてくれるか?」

と問いかけた。


「も……勿論さぁ。頭の役に立てるなら俺は何でもやるよ」


 蜥蜴の返事を聞き大男が、そうかそうか、と笑顔で蜥蜴の肩を軽く数回叩き、

「だったら俺の刀の錆になってくれや」

と言って腰の野太刀に手をかけた。


「へ?」


 間の抜けたような短い一言が、蜥蜴にとってこの世での最後の言葉となった。

 瞬時に振り下ろされたその刃は、一太刀の下に蜥蜴の頭骨から股座までを切り裂いたのだ。


 刹那。梨花の甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。

 しばし茫然自失なっていた少年だったが、その悲鳴で我に返り蜥蜴の方へ振り向いた。


 その目にしたのは、先ほどまで一つだった身体が見事なまでに左右に分断された蜥蜴の姿。そんな状態になりながらも、ぴくぴくと手足が痙攣する姿はまさしく二体の蜥蜴である。


「おいお前ら、この坊主と女を連れて行け」


 蜥蜴の変わり果てた姿を見て泣き喚く女。そして無表情のまま座りこくる少年を尻目に大男は周りの者へそう告げ小屋を後にした。







◇◆◇


 鬱蒼と茂る、木々に囲まれた開けた場所で男達は酒を飲み飯を貪っていた。


 既に日は傾き、夜空には三日月や星達が煌々と大地を照らす。

 男達の中にはあの大男も居た。彼らは焚き火を囲み、さながら宴会の如く踊り歌う。


 炎の横には件の女、梨花が居た。瞳の中には、焔が左右に揺ら揺らと舞う様が映し出されている。


 梨花の白かった柔肌は、すっかり泥に汚れ節々には紫色に変色した痣が痛々しく刻み込まれている。


 細い身体には着物が羽織られているが、解れ破れ切り裂かれたソレはほぼその役目を果たしていない。申し訳無さげに女の恥部を隠しているだけだ。


 小屋からこの地まで連れられた後の男達の行動は獣そのものだった。食を貪り女を貪りつくす。

 数多の男達に囲まれた梨花は散々なまでに汚され、弄ばれ、罵しりの言葉と共に恥辱の限りを尽くされ蹂躙された。


 家畜同然の扱いを受け、人としての尊厳すらも失わされた女はまるで魂を抜かれたように座り込み、焦点の失った瞳で虚空を見つめ続けている。


 既に涙も枯れ果てた女を肴に酒を楽しむ男達の姿は鬼畜としか言い様がない。


大牙(たいが)の頭。餓鬼とこの女これからどうする気なんで?」


 男は頭と呼んだ大牙の杯に酒を次ぎながら問いかける。

 大牙は注がれた酒を一口の下に飲み干し、視線を膝下に向けた。


 そこには梨花と一緒に連れてきた少年が座っていた。


 大牙は、小屋から連れてきたその少年を何故か自分の袂に座らせたのだ。


 男達の宴の様子を見ながら大牙は黙って酒を飲み続ける。そして隣の少年もやはり同じように狂宴を見続けるのみであった。


 少年は心でも無くしてしまったかのように表情も変えずただ押し黙っている。

 すると、大牙は再び部下に酒を継がせると、にべもなく飲み干し盃を地面に放り投げる。



 そして顔を少年へ向け、その小さな頭に手を添え――髪の毛を掴みその首を無理やり自分の方へ向けた。


 大牙の口からはあの男と同じように噎せ返るような臭気が発せられ少年の鼻腔を突く。


 一拍少年の瞳をみやると大牙はその大きな唇を動かし、

「お前、今どうしてこんな状況に立たされているか判るか?」

と問いだした。


 だが少年に言葉はない。無理やり顔を大牙の方へ向けられてはいるが、瞳はまるで違う方へと向けられていた。が、しかし大牙はそれでも構わず言葉を続けた。


「それはな――てめぇが弱いからだ!」


 野太い声で語尾を強め言い放つ大牙。その言葉に初めて少年は反応を見せた。瞳を大牙の方へと向けたのだ。


「いいか坊主。この世は所詮、弱・肉・強・食だ! 弱い者は狩られ強いものが生き残る。どんな綺麗事を並べたてようがそれが世の道理だ」


 その時初めて少年の表情にも変化がみられた、目を見開き額から汗が滴り落ちてくる。


「坊主の両親も殺されたんだったなぁ……何故か判るか? 弱いからだよ。だから蜥蜴なんかにあっさり殺されやがったんだ、そしてお前も蜥蜴にいいように騙され利用された。あんな糞みたいな野郎にな」


 大牙の言葉はまだ年端も行かない少年には酷に思える。

 だが少年はその言葉に耳を傾け続けた。威圧感の篭った大牙の言葉はまるで少年の心を鷲掴みにしたように捉えて離さなかったのだ。


「あの女を見ろ、あれが弱者の成れの果てだ。弱ければああやって強者に貪られるしか道は無い。強ければ女も金も仲間も全て思い通りだ。強さこそが――この世の全てなんだよ」


 心身共にボロボロの状態の女を指差し大牙は言葉を続けた。


「坊主、お前はどうなんだ? このまま弱いまま朽ちていくのが望みか? それとも――」


 大牙はそこで一旦言葉を区切り、一拍置いた後に口角を広げ、

「強者に――なりてぇか?」

と髪の毛を掴んでいた手を緩め少年へ問いかけた。


 少年は一旦瞳を伏せるもすぐに瞼を持ち上げ、狼のような鋭い視線を大牙へ向けた。

 言葉無くても、その双眸から少年の意思を感じ取った大牙は一気に立ち上がり、周りの手下共へ向け大声で叫び上げる。


「いいかてめぇら! 俺はこの坊主を牙の仲間として迎え入れるつもりだ!」


 突然の大牙の宣告により周りの男たちがざわめき出す。


「頭、その餓鬼を仲間にって……本気で言ってるんすか?」


 先ほど大牙へ酒を注いだ男が目を丸くさせ問いかける。


「あぁ本気だ、但し――」


 大牙はそこまで言うと、問いかけて来た男の腰から脇差を抜き少年の面前の地面へ突き刺し、

「儀式を終わらせることが出来たらだ」

と言って広角を吊り上げる。


 その言葉で周りの手下達のざわめきは収まり、代わりに各々の口から、

「なるほどねぇ……」

「へへ……頭は相変わらず容赦ないぜ」

などと言った言葉が囁かれる。



 大牙は少年の傍で腰を屈め、地面に突き刺さった脇差に手を置く。


「いいか坊主、お前に機会をやろう。俺たち牙の仲間になれる機会をな。なぁに事は簡単だ、いいか? お前の目の前にあるその刀で――あの女を斬れ」


 その言葉に少年の身体はまるで凍りついたようにその動きを止めた――


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