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第六十三話 種族の壁をこえて――

 小さなオーク達は何が起きたのか理解が出来ず、ただ両の腕で頭上を覆うようにして震えているだけであった。


 だがそんな子供達の耳に彼の声が届く。


「お――めぇら、とっとと避難しろや」


 三体の内の一体が顔を上げた。そこにはオークの子供達を庇うように潜り込み、巨木を支える漢の姿があった。


「旦那――」


 バレットは眼を見張った。あの状況から瞬時に移動したその手腕にも驚いたが、風真のその行為が何より驚きだった。


「どうした、早くしろ!」


 風真が語気を強め促すが子供たちは動かない。いや動けないと言った方が良いのだろう。まるで力が抜けたように地面に腰をつけた小さなオーク達は、なんとかしようと試みているようだが、腰を抜かしてしまっているのか、じたばたと小さな両手を動かしているだけである。


「旦那!」


 バレットが風真に声を掛ける。視線はオークの子供たちに向けられていた。ふと横に同じように走る二人。リディアとトロンである。


「とにかくあの子達を先に助けましょう」


 トロンの言葉に、あぁ――とバレットが返す。だが悪いことは続く物だ、三人が三体のオークに近づこうとしたその時再び屋根の砕ける音が木霊し、耳障りな音と共に巨大な枝木が落下してくる。


「ぬぉおおおぉ!」


 バレットの背中からオーク王の声が響いた。更に一歩一歩大地を踏みしめる音も聞こえる。子供達を助けようと、憔悴した身体を奮い起こしているのかもしれない。しかし巨大なソレはもうすぐ真上まで迫ってきている。王の今の動きではとても間に合いそうにない。


 バレットとトロンは両手を上げ身構えた、リディアは必死に小さなオークを連れ離れようと試みてるが間に合いそうも無い上、一度に全員は到底無理だろう。


 真上からは数本の枝着が落ちてきている。このままいけば風真の支える大木の上に重なるよう落下するだろう。其々の大きさは半端な物では無く、総重量は百や二百で済む話でも無い。



 いよいよその洗礼が各々の身に降り注ごうとしていた。バレットは奥歯をぎりりと噛み締める。どこまで耐えれるかは判らなかった、だが耐えなければいけないのだ。


 その時――両脇から無数の手が伸びたのを横目でバレットが確認した。人の手とは違う、太く逞しい腕達だ。


 その瞬間バレットの身体に衝撃が走った。脳天から爪先まで電撃が貫いたような感覚。上下の歯を万力のように締め付け、顎が強固したように強ばる。


 だが、それでも耐えることが出来た。それは彼等の力があったからなのは火を見るより明らかでもあった。


 巨大な木々から子供達を守ったのは人間だけではなかった。彼らを覆うように、その場にいたほぼ全てのオーク達がその手を差し述べたのだ。種族に関係なく全員が一丸となって必死にソレを退けようと全力を振るう。


 オークの子供たちはリディアやシェリー、そして一部のオークの手によって無事保護された。あとはこの重苦しい障害を取り除くだけだ。


「ニンダケニイイカッコウサセナイ!」


「オレタチノモリ、オレタチデナントカスル!」


 オークの言葉にバレットの口元が緩んだ。


「こりゃ俺たちも負けてらんないねぇ旦那」


「ふんっ!」


「さぁ皆さん気を緩めず行きますよ!」


 三人は更に力を込める。するとまた一つ巨大な腕が伸び大木を支えた。


「おいおっさん、無茶して倒れても知らねぇぞ」


 風真が巨腕の持ち主を軽く見上げ言った。


「……人間や同胞達が必死に頑張ってるのに黙って見ているわけにはいくまい」


「へっ――」


 短く発しながらも風真は微笑を浮かべる。


「さぁ、じゃあ一丁行きますか!」


 バレットの掛け声と同時に、皆の声が一つとなり上空を貫く。それは正しくオークと人間の心が通い合った事を示す瞬間であった――






◇◆◇


「はぁ……はぁ、はぁ――」


 風真の呼吸が乱れている。いや風真だけじゃない、トロンも周囲のオーク達も息はたえたえといった具合だ。勿論バレット自身も例外では無い。


 上半身を起こしバレットが上空へ顔を巡らせた。屋根の一部が欠け落ち、ぽっかり開いた穴からは薄暗い空が見えた。陽が大分沈んできているらしい。


 バレットは更に視線をずらす。屋根を形成していた幹の残骸が転がっている。改めて、よくもまぁこれだけの物を退ける事が出来たものだと両の眉を上げた。


「さてっと――」


 大の字に寝そべっていた風真が上半身を起こし一言発した。そして徐に視線をオークの王へ向ける。


「続きをやるとするか」


 言われたオークの王は、地べたにどっかりと腰を据えながら風真をみやる。


「て、ちょっとあんた! まだやる気なの!?」


 リディアが驚きの声を上げた。この執念深さにはバレットも感服してしまう思いである。


「……いや、止めておこう」


 しかし意外にも、オークの王はその申し出を辞退した。当然風真は納得のいかない表情で、

「はぁ!? なんでだよ!」

と問い質す。


「……先ほどの戦い、儂の最後の一撃が外れた時点で勝負は決まっていた。あの時お前は殺ろうと思えば出来た筈だ。間違いなく儂の完敗だよ」


 オークの王は風真に向かってはっきりと負けを宣言した。しかし風真は吐息を一つ付き、

「そんなもんどうなったか判らねぇだろうが」

と言葉を返す。が、王は更に口を開き。


「それにな」


 そう言って傍らに座る子の頭を撫でた。その表情は至極優しい。


「お前は勝機を不意にしてまで我が子を守ろうとしてくれた。そんな男にこれ以上牙は向けられんよ」


 オーク王の口元が緩む。既に戦士としての雄々しさはなりを潜め、すっかり父親の顔になっていた。


 すると風真は舌打ちし、耳を穿った。あまり機嫌は良さそうに無い。


 ふとオークの王が子供に何かを伝えた。すると風真の傍に小さなオーク達が寄ってくる。


「あん? なんだよ?」

 

 ぶっきらぼうに返す風真。


「カザマ、サン、アリガト」


 そういってちょこんと頭を下げる三体の子オーク達。それを見た風真はどこか照れくさそうに顎を掻き。


「あぁ、まぁあれだな。今回は余計な事が多すぎた。しゃあねぇ! 引き分けって事で済ましてやるよ」


 そう述べ今度は頭を掻いた。


「だけどなぁ! 納得したわけじゃないからな! いずれ絶対に決着つけるぞ!」


 オークの王に向かって風真が指を突きつけ声を上げる。


「あぁそうだな。いずれな――」


 王は返事し口端をにやりと吊り上げた。


「全くしつこい男ね」


 リディアが呆れたように言う。


「と、ところで風真さん傷は大丈夫なんですか?」


 シェリーが心配そうに訪ねた。風真は、あん? と返し。


「大丈夫だよこんなもんなめておけば治る」


 そう言って立ち上がろうとするが、途中で軽くふらつき地べたに腰を付けてしまう。


「風真君あまり無理はしない方がいい」


 トロンが近寄り口を開くが風真は、大したことねぇよと強がった。


「ββΑα」


 ふと王の背後に一体のオークが立ち、何かを伝えた。そのオークは石で出来た器を両手で支えるように持っている。


「おお出来たか。よし!」


 そう言って王はオークの言語を発した。どうやら何かを指示しているようだ。


「お、おい何すんだよ」


 器を持ったオークは風真の傍に寄り、その大きな身体を屈め彼の傷口に何かを塗り始めた。その突然の行為に風真が眼を丸くさせる。


「なぁに心配する事ない。それはこの森で取れる葉や花の蜜を合わせて作った薬だよ。傷にはそれが一番だ」


 王の説明に、ほぉこれが、とトロンがまじまじと器の中身を眺める。バレットも吊られて覗きこんだ。濃い緑色で妙にネバネバしてるようだ。匂いはそれほどきつくはなく辺りの葉っぱの匂いとそう変わらない。


「そのネバネバが傷口をよく塞いでくれるんだ。うちの女房は、薬の調合に関してはこの森一番の腕前を誇る。安心していいぞ」


 オークの言葉にバレットを含めた殆どが、女房!? と声を揃えて叫んだ。


「そうだ。いい女だろ? 儂の自慢の女房だよ」


 得意気に語る王だが、誰もが他のオークとの違いがわからず戸惑った笑いを見せていた。とは言え、よく考えてみれば子供がいるわけだから女性のオークがいるのは寧ろ当たり前とも言えた。


「しっかし何か変な気分だなぁ」


 風真が一人くすぐったそうにしながら言っている。


「あ!?」


 思わずバレットが声の主をみやった。リディアが口を広げ眼を見開いている、何かを思い出したようだ。


「ちょっとバレット! 早く街の人を助けにいかないと!」


 バレットがそうだったと頭に手をやった。風真とオーク王との件に気を取られすぎていた。一応入口となる部分は開いたままにしてあるが。


「オークの王よ、お疲れのところ申し訳ないが、彼らが見つけたという街のものを救出に向かいたいのですが」


 トロンの申し立てに王が顎を引き、更に何体かのオークを呼び付けた。


「この者達も連れていくとよい。腕っ節の強さはわしが認める。牢屋を壊すのに役立つだろ」


 王の推薦した者たちは其々手に斧や鎚などを握りしめていた。確かにこれらを使えば救出は可能であろう。


「しかしよもやマージルがそんな事を裏で行っていたとはな――」


 オークの王が憂いの表情を見せた。同胞達の事を心から信頼していたのだろう。


 バレットはリディアやトロン、オーク達と共に再び件の地へ向かう事にした。シェリーは風真の傍で待たせてある。森を進む頃には辺りは大分暗くなり始めていたが、足元はオーク達が手に持った松明で照らしてくれた。


 歩きながらバレットはふとマージルの事を思い出していた。最後の最後でバレット達を罠に掛け、そのまま消え去ってしまったわけだが、では、果たして一体どこに消えたのか? その事だけがバレットの唯一の気がかりであった――


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