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第六十一話 失態

「申し訳ありませんでした! 何卒命だけは――ご慈悲を――ご慈悲を~」


 バレット、シンバル、ドラムの目の前では態度を豹変させ、平伏し頭を地面に擦りつけた後、涙ながらに訴えるマージルの姿。

 こちらを窺うように首を擡げたその洟と涎にまみれた顔はあまりにみっともない。


 とは言え、先程まで己の仲間を容赦なく犠牲にし、恥とまで罵って置きながら自分だけは助かろうというその面の皮の厚さには、正直バレットも空いた口が塞がらない。


「ざけんな! てめぇみたいな奴はいますぐ膾切りにしたって飽き足らねぇんだよ!」


 シンバルがマージルを睨みつけ言った。ふとドラムが左手一本で握っていた剣を器用に鞘に収める。


「さぁ決めろ――まずは腕か? それともその豚足かぁ~?」


 銀の刃を舌で舐め、顔を歪ませているシンバルの姿は正直どっちが悪党か判らなくなるほどだ。


「シンバル」


「あぁ~ん? なんだブ――」


 全ての言葉が言い終わる前にドラムが放った左のボディーブローが彼の腹部にヒットした。

 思わず下腹部を押さえ蹲るシンバル。てめぇ――と睨みつけているが構う事なく、

「これさっき色々いってくれたお礼な」

と笑顔でドラムが口にし、そのままシンバルの剣を左手で無理やり鞘に収めた。


「あ、あぅぅ~、痛いですドラムさ~ん」


 怖いほど変わり身が早い。


「お前がいるとややこしくなるんだよ」


 腕を組みドラムがマージルに視線を戻す。お前とは豹変した後のシンバルの事だろうとバレットは思った。


「で、マージルの事はどうするんだい?」

 

 右手を掲げバレットが問う。


「心情的には俺もこの首を跳ね飛ばしたい所だが、そうもいかないしな。捕獲して連れて行くしかないだろう」


「おお! ありがとうございます! そのようなご慈悲を頂けるとは――」


 とりあえずは命が助かることを喜んでいるようだ。だがオークの王に隠れてこのような所為に及んだことは当然許される事では無いであろう。


「あ、あの、彼らを助けてあげないと――」


 お腹をさすりながらシンバルが言った。確かに今はその事も大事である。牢屋に囚われている住人を助け出さなければ。


「おい! あの牢屋の鍵は当然あるんだろうな?」


 ドスの効いた声でドラムが言った。マージルが、勿論です、と言いながら懐に手を伸ばす。


「おい、変な気は起こすなよ」


 ドラムが左手で剣を抜き、マージルの面前に突きつけ忠告した。


「も、勿論でございます。この状況で一体私めに何が出来ると――」


 そう伝え、ローブの中を弄り続けるマージル。まだか――とイライラした様にドラムが急かすが、少々お待ちを、と答え視線を伏せる。


 ふとその時バレットは妙な事に気付いた。すこしずつではあるがマージルの身体が後ろに下がっているのだ。


「おい――」

とバレットが口を開いた瞬間、マージルが顔を上げる。その口元は何かを企んでいるようにつり上がっていた。


「ありましたよ、私が――助かる方法がね!」


 マージルが声を上げ、ローブから出した左手を地面に叩きつけた。

 バレットの脳裏にしまった――と浮かんだ時にはもう遅く、三人の立つ地面が一瞬輝きを見せ、瞬時に崩落し皆を飲み込む。


「くそ! テメェ!」

「ハハハ~! 愚か者がーーーー!」


 穴の中からドラムが叫び上げるが、響いてくるのは遠ざかるマージルの声だけであった。

 三人は陥没した穴からなんとか這い上がるも、時既に遅し、そこにマージルの姿はなかった。


 ドラムは砂と砂利の混ざり合った口の中を少しでも解消しようと、地面に向けて唾を吐き続けている。


 正直油断があったとバレットは後悔した。最初に気付かれた時の事を考えれば、こういった魔術が用意されている事ぐらいは考慮しておくべきだった。


 幸いにも穴はそれほど深くはなく、手負いのドラムでも何とか這い上がる事が出来た程ではあった。

 しかし、もしもこの穴に更に別なトラップが設置されていたならばと考えると背筋が冷える。

 改めて魔術という物が蔓延するこの世界の恐ろしさを肌で感じた。


「くそ! あの豚野郎どこに消えやがった!」


 ドラムが悔しそうに声を荒げあたりを見回す。

 バレット達が、崩落した穴に落ちてから這い上がるまでにそこまで時間がかかったわけでは無い。だが実際マージルは霞のように消えてしまっている。例の杖も無い。


「あの、とにかく街の人を助けないと」


 シンバルの言葉に、判ってるよ! と返しドラムが牢屋に近づいた。かなり機嫌が悪い。

 バレットとシンバルも後に続いた。牢屋は岩の格子に遮られていて中には入れそうにない。ダグンダの住人は内部で鎖に繋がれ口も塞がれている。見た感じ弱ってきてはいるようだが、こちらに気付いて身を動かしている様子から命に別状は無さそうだ。


「くそ! 鍵が無いんじゃどうしようもねぇな!」


 ドラムが口惜しそうに言った。


「う~ん。こうなったら一度出て助けを呼ぶしかないねぇ。仕方ないおいらがひとっぱしりいってくるさぁ」


 バレットの提案に、お前が? とドラムが眉を顰める。


「ドラムは腕を怪我しているし少し休んでた方が良いさぁ。シンバルと一緒に念の為ここに残ってた方がいいと思うぜ」


「でもバレットさん。ここを出ようにも確か道は塞がってしまってる筈ですが――」


 シンバルの言葉でバレットが、そういえば、と思い出した。


「そうだぜ。どうすんだよ?」


 バレットは、う、う~ん――と一旦首を捻り。


「まぁとりあえず見てみるさぁ」


 そう答え、塞がってしまった通路へと脚を運ぶ。


「OK、これなら何とかなりそうだ」


 道を塞ぐ岩の柱を眺めながらバレットは言った。


「何とかってどうしてだ?」


 ドラムが問いかける。


「あのマージルが起こした爆発の影響で、あっちこっちに罅が入ってるのさぁ。そのお陰で大分脆くなってると思う」


「でも、脆くと言ってもこれだけの岩ですよ? そう簡単には――」


 シンバルが心配そうに言うが、まぁ見てて欲しいさぁ、と述べ、バレットが少し後ろに下がり拳銃を抜く。


「おいおいそんなもんで――」

とドラムが後ろから言ってくるが、構う事なくバレットはその引き金を引いた。


 轟く銃声と辺りに立ち込める消炎の匂い。

 だが、その一発では岩の柱に何の変化も現れない。


「ほら見ろ、そんなものじゃどうしようも無いだろうが」


 ドラムが嫌みのように言の葉を吐き出すが、更に続けて銃声が二発、三発と轟いていく。


「おい、いい加減――」

とドラムが言いかけると、ピシッ――という音が響き、更に続く銃弾によって柱の罅が放射状に広がっていく。


「す! 凄いですバレットさん!」


 シンバルが思わず興奮して叫んだ。ドラムは続く言葉が無い。


 そして程なくして、一本の柱が派手な音を奏で砕けた。だがバレットの射撃はとまらない、拳銃を二丁に持ち替え弾を込め直し銃弾の雨を岩の柱に浴びせていく。


 其々の耳に豪快な音を残し、二本、三本と次々に柱は砕けていった。


「こんなところで大丈夫かな」


 言ってバレットがリボルバーをガンベルトに収める。


「……まさかここまでとはな、どうやらそれはかなり危険な代物みたいだな」


 砕けた柱に近づき、まじまじと眺めながらドラムが言う。バレットは苦笑いで返し。


「いや、一発一発ではそこまでの破壊力は無いけどねぇ。一点集中って奴さぁ」


 そう言ってバレットが指で鉄砲を撃つ仕草を見せた。



 一点集中――文字通りバレットは柱の罅一箇所目掛けて、銃弾を浴びせ続けた。一ミリのズレも見せず同じ箇所にピンポイントで――

 これはバレットの驚異的な集中力あってこその芸当であった。


「さて、それじゃあちょっくら行ってくるさぁ」


「逃げんなよ」


 ドラムがむすっとした表情で言った。


「心配しなくても大丈夫さぁ。外にはリデイァとシェリーもいるしねぇ」


 バレットが白い歯を覗かせた。ドラムが、ふんっ、と鼻を鳴らしシンバルが、

「お願いしますバレットさん」

と子犬のような瞳で訴えてくる。


「判った、任せておきな」


 そう言ってシンバルとドラムを残しバレットは踵を返したのだった――






◇◆◇


「――凄すぎる」


 トロンの口から言葉が漏れる。その視線は二体の雄同士の対決に釘付けになっていた。

 いやトロンだけではない、周囲のオーク達も全員目を見張っている。言葉も出ない。固唾を飲んで勝敗の行方を見守るだけだ。


 激しい刃と刃のぶつかり合う音が辺りに響き続けていた。オークの王が振るう巨斧の刃に、それよりも圧倒的に短いはずの風真の刃が重なり合い、中心で火花を撒き散らす。


 王と風真の身体に無数の切り傷が刻み込まれていた。皮膚は裂け鮮血が滲み出ている。お互い一歩も譲らないせめぎ合いの中で出来た傷だ。だが、だからと言って彼等の動きが鈍ることなどは無い。


「ふん!」


 鼻息荒げにオークの王が刃を水平に振るった。風真の一瞬の隙を付くような一撃だった。だが振り終えた王の面前に風真はいない。前と同じだ、風真が刃に乗り王の背後に回っていたのだ。


 王の口角が僅かに上がった。風真は次の一手に出ない、以前の事がある。相手の出方を見ているのだ。


「ぬぅおおおぉお!」


 猛り、王が風真を乗せたまま戦斧を真上に振り上げた。常人なら肩の関節が外れてもおかしくない軌道だ。王はそのまま風真ごと刃を地面に叩きつけようと試みる。


 風真の両目が一瞬見開かれた。だが、直ぐに口元を緩め逆にその勢いを利用するように一気に跳ねた。王の一撃は結果的に空振りに終わった、しかし風真との距離も離れることになる。体勢を立て直す余裕は十分だ。


  風真が空中で背中から一回転を決め、大地に着地した。その時既に風真の上半身は限界まで捻られていた。右手は風神の柄に添えられている。顔はオークの王を捉えたまま瞳に鋭い光を宿しその口を開く。


「風刃!」


 均一的な高音が周囲に広がった。その瞬間には風神が振り抜かれていた。

 刹那――風真の前方の空間が歪みながら突き進む。神速とも言える抜刀によって発生した鎌鼬が、獲物の首を狙おうと牙を剥いたのだ。が、しかし――


 風真の顔に驚愕の色が宿った。その視界の先に居たはずの者が消えたのだ。歪んだ空間は奥の草木をなぎ倒しながら進む。



 ふと頭上を塞ぐ影、それが風真目掛け一気に落下する。


「チッ――!」


 舌打ちしながら風真が視線を上げた。影の正体はオークの王だ。風刃が放たれた瞬間、風真目掛けて跳躍していたのだ。


 オークの王が持つ戦斧は高々と振り上げられていた。着地と同時にその重々しい一撃を繰り放つつもりなのだろう。


 風真の刃はまだ鞘に収まっていなかった。反撃に転じる余裕は無い。オーク王が攻め込んだタイミングはそれぐらい絶妙であった。


 響く轟音――まるで爆発が起きたように飛び散る土塊。只でさえ巨大なその身で、更に空中からの巨斧での一撃だ。その威力は計り知れない。現に王が着地した周囲には円形状にくぼんだ孔が出来てしまっている。


「か、風真君――」


 トロンの表情が曇った。立ち昇る灰煙で風真の安否は確認できない。


「ち――くしょうが……」


 煙の中から風真の声が響いた。トロンは、よかった、と安堵の表情を浮かべる。だが、煙が消えその姿が顕になった時、その表情が凍りついた――

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