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第五十九話 異形、動く

「いやしかし。彼は一体どうしちまったんだい」


 豹変したシンバルの戦いぶりを横目にしながら、バレットがドラムへ問いかける。


「まぁ俺は慣れちまってるが、初めてみたら面食らうだろうな。あいつ剣握ると性格変わるんだ」


 成程、とバレットは眉を広げた。二重人格と言う奴かと一人納得する。


「しかし、あれは加減とか出来るのかい?」


「さぁな。まぁどっちにしても危険だから切れ味の悪いものを渡してるんだ。それ程酷いことにはならないさ」


 確かにドラムの言う通りであった。改めてシンバルに目を向けると、ただ速いだけでなく正確に鎧の節目節目を狙って剣戟を食らわせている――にも関わらずオークへの傷口は浅い。


 とは言え、休みなく続くシンバルの攻撃に、片腕を無くしたオークが太刀打ち出来る筈もない。勝負の行方は火を見るより明らかであった。


「おい、豚野郎。そろそろ観念したらどうだ? もうてめぇの部下の三人はやられたも同然だぜ。そっちの変なのも突っ立ってるだけじゃどうしようもないだろ」


 ドラムがマージルの前に立ち、諭すように言いのけた。

 淡々とした調子で相手に降伏を求めている。


 だが、バレットには不気味な予感がどうしても拭いきれなかった。あの異形の存在もそうだが、マージルの表情には全く変化が見られず相変わらず醜悪な笑みを浮かべている。


「ふん! 全く使えない奴らだ! 結局私自身が手を下さないと行けないんだからな!」


 吐き捨てるように言うと、マージルが身に纏っているローブに右腕を突っ込んだ。そして徐に七、八十cm程度の杖を取り出し天井に向かって掲げる。


「さぁ! これからがお楽しみだよ!」


 自信に満ちた顔でマージルが声を上げた。

 ふとバレットは、マージルを見ていたドラムの様子がおかしい事に気が付く。


「冗談だろ――? なんでオークなんかがあんな物を――」


 首を少し擡げるようにして向けられた眼差しは、恐らくはあの杖に向けられているのだろうとバレットは察した。形は少しいびつだが、翠色の柄の先に竜をあしらったような装飾がなされ、口の中には握りこぶしより一回り程小さい紅色の水晶が埋め込まれている。



 ふとマージルの口角が吊り上がり、水晶の埋め込まれた先端をシンバルへと向けた。その瞬間バレットの背中にゾクリとした悪寒が走る。


「シンバル! 離れろ!」


 ドラムが慌てたように叫んだ。肝心のシンバルはオークに向けての剣撃を続けながらも横目でドラムをみやり。


「あぁん? うっせぇ! 俺に命令するなって――」


 そう言いかけるが構わずドラムが言葉を重ねる。


「いいから早く避けろ馬鹿! 死にてぇのか!」


 あまりの剣幕にシンバルは何かを察したように顔を正面に戻し、両の瞳を見開く。マージルの持つ杖を視認したのだ。


 その瞬間、杖の水晶から淡い光が溢れ、かと思えばまるで神話の竜が吐き出す焔が如く、豪炎が螺旋状に渦を巻き、シンバルの立つ方向目掛け突き進む。


 バレットの視界を赤壁が覆った。その身を包むように吹き抜けた熱風に、思わず右腕を翳し顔を塞ぐ。


 それは時間にしてみれば凡そ数秒間程の出来事であった。だがそれだけでも今起きた驚異を認識することは容易であった。


 焔が消え去り、洞窟内に異様な熱が籠る中、バレットの瞳に映し出されたのは炭化した人型の遺骸であった。


 元の姿など微塵も残さず、肉体の大部分が完全に燃え尽きてしまっていた。蒸発した脂の匂いと焦げた肉の匂いが混ざり合い、酷い臭気を辺りに撒き散らしている。


 そう、あれだけの巨体を誇ったオークが見る影もなく――一時の間残った僅かな四肢も、乾いた粘土細工が朽ちたかのような微かな音を耳に残し、黒炭と化したソレが地に崩れ落ちた。


 もしあの焔が発せられた瞬間、横に飛ぶのが遅れていたならば、きっとシンバルも斯様な目にあっていた事だろう。


「て、てめぇ! こいつら仲間じゃなかったのかよ!」


 ドラムが声を尖らせた。だがマージルは口元を曲げ、感傷など全く感じさせない表情を浮かべ口を開く。


「ふん! 人間如きに手こずる仲間なんて持ち合わせた覚えはないね。むしろ同族の恥とさえ思うさ」


 悪びれも無く放たれた言葉で、マージルの本性が顕になった。少くともこの者はオーク王のような考えは持ち合わせていない。仲間など、いざとなったら捨て駒程度にしか考えていないのだ。


「畜生! ふざけやがって!」


 既のところで難を逃れたシンバルが立ち上がり、マージルを睨みつける。


「何だいその眼は? どうやらお前達は自分の置かれてる立場が判っていないようだなぁ!」


 言ってマージルが再び竜の口を向けてきた。その直線上には件のオーク二体が身動きが取れない状態で留まっている。が、しかしマージルがそれを気にする事は無いであろう。


 死ねぃ――という雄叫びと同時に、再び焔が放たれようとしていた。弓矢を持っていたオークは身体を何とかマージルに向け両手を差し向け乞いていたが、直後に現れた炎の波に攫われ断末魔の叫びが上がる。だが、それも一瞬で轟々と言う音に掻き消された。己が身体が炎に包まれる瞬間を目の当たりにした気持ちは想像を絶するものだろう。これならばまだドラムによって気を失わされたオークの方が幸せだったのかもしれない。


「ちっ! 逃げ足だけは一流だね」


 波が引き、かつては仲間だった二体の残骸を目にしたマージルは口惜しそうに舌打ちした。


 バレット達は続いての攻撃も横に飛び躱していた。彼等三人ぐらいならば余裕で飲み込める程の巨大な火輪ではあるが、動きが直線的なのはまだ救いであった。


「ちっ――やべぇかなこれは」


 ドラムが声を低くして言った。マージルは身構え、いつでもあの炎が発せられる状態である。


「ちっ! だったら俺がやってやんよ!」


 一人息巻くシンバルだが、闇雲に突っ込んでも朽ちていったオーク達の二の舞になるだけだろ。


「さぁどうする? 土下座して命乞いするなら助けてやらんこともないぞ?」


 マージルが口元を歪ませ醜悪な笑みを浮かべる。


「ドラム――」


 バレットはドラムとシンバルの耳元で囁くように考えを述べた。それに賛同するように二人が軽く頷く。


「さぁ――どうするんだい!」


 再度答えを促すマージルに合わせるように三人が一斉に飛び出した。其々が横に並ぶような形で、一気に脚を加速させる。


「馬鹿が!」


 叫び再びマージルの杖から灼熱の焔が唸りを上げる。地面を焦がしつけながら、渦巻く豪炎が大口を広げ彼らを飲み込もうとした瞬間、バレットは左に、ドラムとシンバルは右に飛び退ける。



 バレットが思ったとおり、炎の軌道は常に一緒であった、しかも発せられた炎は一定時間は放出され続けている。それは数秒ほどの事であったがバレットには十分な時間であった。


 横に飛びながらもバレットはその手で銃を構えた。視線の先には杖を構えたまま隙だらけのマージルの姿。


 あの焔を発している間は身動きがとれないのであろう。あれだけの大きさの火炎だ、腕にかかる負担もきっと相当なものである。


 バレットは中空に身を置きながらも左右の手でリボルバーを握り構えた。狙いはマージルの右腕であった。火輪が消え去った直後に撃ち抜き、あの杖を落としてしまえばそれで終わりの筈だった。が、その時、マージルの首が巡らされバレットを捉え――。


「κΖΑαγΓβ!」


 突如何かを叫んだ。その瞬間黒い影がバレットに向かって飛びかかってくる。


 それは例の異形であった。今まで静観を保っていた異形が遂に動き出したのだ。バレットとマージルを繋ぐ数メートルを、まるで四足歩行の獣に近い低い姿勢で一足に飛び距離を詰めてくる。


「チッ!」


 バレットは舌打ち混じりに照準を異形に向け直した。否、向けるしかなかった。飛びかかってきたその身がスクリーンとなりマージルへの狙いを阻害したからだ。


 銃口から火吹きが上がった。二丁の拳銃から放たれた弾丸が異形に次々と撃ち込まれていく。

 だがその弾丸が異形の身体を貫くことは無かった。異形が腰から抜いた刃によって、次々と弾き返されていったのだ。


 バレットが地面に肘を付くのと、異形の刃がその首めがけ振り抜かれたのは、ほぼ同時であった。

 しかし何とかバレットは身を縮めるようにしながら肘を支点に素早く回転し難を逃れる。


 大地を一回転し、直様立ち上がりリボルバーをしっかりと握り締める。が、直ぐ目の前に敵の姿。その両の手には異様に反りの深い曲剣が握られている。その形はまるで巨大なフックだ。


 面前の異形は、長い右腕をしならせ、剣を振るった。バレットは思わず拳銃のグリップを寝かせその一撃を防ぐ。


 しまった――思考と共に首筋にちりりと嫌な感触を覚える。面前の相手はバレットがその牙を防いだ瞬間、素早く腕を手繰り寄せた――風を切り裂く音が背中側から届いた。


 思わずバレットは亀のように頭を引っ込めた。こんな状況でもハットはしっかり押さえている。頭上を巨大なフックが通り過ぎたのをバレットは確認した。しかし一息付く間も無く、今度は左腕の曲剣が彼の顎を引っ掛けるように振り上げられた。


「くっ!」


 上下の歯を強く噛み締めながら、鋒目掛けグリップを叩き付け――その勢いを利用するようにバレットが飛び上がった。


 異形の鋭い視線を空中で見下ろしながら、流れるような動きで、背中から後方に向けて宙返りを決め、地面に着地する。


 異形と僅かに距離が空いた。対峙する相手は、その長い両腕に握られた曲剣を腰の辺りで擦り合わせ、耳障りな音を奏で続けている。


 動きは無い。バレットの高い身体能力を目の当たりにし慎重になってるのかもしれない。だが、バレットを見据えるその瞳からは、今この異形が何を考えているのか掴む事が出来なかった。


「ββγΑαβ!」


 暫しの沈黙が続く中、再びマージルがオークの言語で叫んだ。


 すると――異形が身を後方に激しく反らせ扁平な足裏が地から剥がれる。

 バレットの視界から異形の身が一気に遠のいていく。敵はその身を反らせたままの状態で驚異的な跳躍を披露したのだ。


 それはまるで銃口から放たれた弾丸の如く直線的な軌道であった。そして異形はマージルの傍まで到達すると長身を錐揉みするように回し、両手の曲剣を振るう――刃の対象はドラムとシンバルであった。


 二人はバレットが異形と戦いを繰り広げている間にマージルの下へ駆け寄り、その剣を振るおうとしていたのだ。が、あと一歩という所で異形の手によって阻止されてしまった。


 異形が手にした二本の刃は、ドラムとシンバルの剣に絡まるように重ね合わされていた。

 二人は何とかその刃を振りほどこうとするが、彼等の動きに合わせるように異形の長い両腕が上下左右に揺れ動き、思うようにはいかない。


 マージルが額を拭う仕草を見せた。異形の背中側で安堵している事だろう。


 だが――と、バレット改めて愛用のリボルバーを構えようとした時、マージルがその身を翻し口を開く。


「おっと。良いのかねぇ? そんな事をして――後ろの奴等がどうなっても知らないよ?」


 マージルの右手には例の如くあの杖が握られていた。そしてその表情には変わらない醜悪な笑みを浮かべている。


 チッ――とバレットが舌打ちし、後ろを窺いみる。そこに見えるのは件の牢屋。中に囚われているは恐らくダグンダの住人と思われる。彼らは皆縄で縛り上げられ口には猿轡を噛まされていた。


「少しでも妙な素振りを見せたら――判ってるな? 例えお前は避けられても、後ろのそいつらは間違いなく焼け死ぬのさ」


 勝ち誇ったように言い放つマージルに憤りを感じずにいられなかったが、表情には出さぬようバレットは努めた。


「そんなことをしたら折角ここまでやってきた事が無駄になるんじゃないのかい?」


 出来るだけ平静を装い、そう告げる。

 何せあの王に隠れての所為だ。マージルにとってはそれだけ重要なことだったのだろう。


「ふん! それでもここでむざむざ捕まるよりはマシさ」


 一瞬の沈黙。バレットは銃口を突きつけたまま動くことが出来ない。もし少しでもその指に力をいれようものならマージルは恐らく躊躇しないだろう。それに最悪一人でも人質が生き残れば良いぐらいの考えかもしれない。


 バレットにとって後の頼みの綱は、シンバルとドラムのみとなった。が、そう思った直後激しい金属音と共に、一本の剣が宙を舞った。刀身の短い剣だ――それはつまり。


「ひぃぃぃい――」


 情けない声と共に尻餅をつくシンバルの姿。その表情はすっかり元の草食動物に戻ってしまった事を証明してしていた。


 まずい――とバレットは思った。シンバルが戦線を離脱した事で異形の左手は完全に手透きの状態だ。


 案の定異形の剣が風を切り、ドラムへと襲いかかった。ドラムの剣は異形のもう一方の牙に捉えられたままだ。


「畜生がぁあ!」


 ドラムが叫び、その左腕を横に振るった。その軌道上には――。


「ぐぅぅぅうがぁあ――!」


 ドラムの表情が呻き声と共に歪んだ。左腕には深々と刃が食い込み血飛沫が上がる――

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