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第五十八話 潜入

 内部には下に飛び降りる形で入り込む事となり、三人が飛び降りたのを確認しリディアが蓋を閉めた。予めそう頼んでおいたからだ。


 その事にシンバルは、閉じ込められたりはしないかと心配そうであったが、恐らくは問題無いとバレットは考えていた。


 実際閉めてもらった後、念の為ソレを押し上げてみたが問題なく開いた。

 この蓋は、外側から開ける時には魔術の力を使う必要があるようであったが、内側からは簡単に開くようになっているのだ。それにバレットが気付いたのは、先程オークが姿を見せた時に、例の魔術を使ったような気配が感じられなかったからである。


 とはいえ、完全に閉め切ってしまうと誰も光源を持ち合わせていないせいか中はかなり暗い

 一行は手探りで確認しながら先へと進んだ。少しの間は急斜面が続いたが、数メートル程進むと緩やかな勾配へと変化していく。


 当初、バレットはトロルが居た例の洞窟を思い浮かべた。だが手で探る分にはオークが出入りしていただけに、人間が一人歩き進むには高さも幅も十分すぎる程である。ぎりぎり二人横に並ぶのも可能かもしれない。


 薄暗い中一行が歩みを続けていると、程なくして彼等の視界に淡い光が飛び込んで来た。

 息を潜め慎重に一行が近付いていくと、進んできた通路よりも更に開けた場所に出る。


 向かって右の壁際に二本、松明が掛けられていた。

 揺らめく焔に照らされた空間を、バレットは繁々と眺め回す。


 壁や天井は土面が押し固められ、木材を加工した土留めが施されている。土質は悪くないようで、土砂崩れの心配は無さそうであった。


 更に目線を変える。床の部分には何かが居た痕跡が残っていた。恐らくは先程姿を現したオークだろう。この場所で番兵として立たされていたのではないかとバレットは考えた。


「ここから先に進んで大丈夫でしょうか? オークの集団が待ち構えてたりして……」


 ふと、シンバルが臆病風を吹かせた。


「う~ん。多分その心配は無いと思うさぁ」


 軽い調子でバレットは言葉を返す。


「何でそんな事判るんだよ?」


「それは、多分そんなに数に余裕があるなら、ここに見張りが一体というのは無いかなと思ってねぇ。もしかしたら既に知らせに向かってるオークがいるって可能性も無いことは無いけど、それならとっくに何かしらの反応を示してると思うのさぁ」


 バレットの回答に、なるほど――とドラムが軽く頷く。


「て事は、残りはさっき入っていったオーク三体とあのマージルの野郎か」


 通路の奥を見据えながらドラムが言った。特定の誰かにではなく思考が自然と口に出たといった風である。


「まぁ、プラス一、二体はいるかもしれないけどねぇ」


「相手は三~五体って所か――」


 この話しぶりだとマージルは頭数には入れて無さそうだ。見た感じ戦闘向きではないと判断したのかもしれない。ただ、これまでの動向を見る限り、何かしらの魔術を使ってくる可能性はある。油断は出来ないだろうな、とバレットは思った。


「ところでお前戦えるのか?」


 不意の質問にバレットの金色の眉が広がった。


「いやぁ、自分の身ぐらいは守れると思うけどねぇ」


「なんだよそれ、頼りねぇなあ」


「あ、あの、戦いの時は二人共頑張って下さいね」


 密かにシンバルが、自分を頭数から外した。


「馬鹿野郎! お前も戦うんだよ!」


「えぇ!」


 ビクついた猫のようにピンと背筋を張るシンバルを尻目に、やれやれと後頭部を摩るバレット。


「さてっとこれはちょっと借りていくか」


 ドラムが松明に手を掛けた。


「しかし、それを持ち歩くと相手に位置を知らせることになるかもねぇ」


「そん時はそん時だろう。こんな所、明かりもなしに歩けるか。それに向こうだって移動するときは松明ぐらい持つだろう」


 確かに夜目が効くようであれば、はなからここに光源になるもの等設置する必要も無い。

 とはいえ、念の為に篝火は殿を努めるシンバルに持たせ、一行は歩みを再開した。彼には出来るだけ足下のみを照らしてもらう事にする。


 番兵が居たと思われる箇所から凡そ十メートル程進んだ所で、右に湾曲している壁に差し掛かった。その影からそっとドラムが奥を覗き込み、居た――と声を潜め呟く。


 ドラムは簡単な図を地面に描き、バレットとシンバルに説明した。

 どうやら奥は広間のようになっているようで、そこにマージルを含めた五体のオークが居るとの事である。


 ここで重要な事は二点あった。


 一つは、ドラムから見て広間の左側には牢のような物が備え付けられていた事。だとすればダグンダで拐われた人々と言うのは、その中に閉じ込められている可能性が高いだろう。


 更にもう一点は、五体の中に妙なのが混じってるという事であった。これは見たほうが早いというのでバレットも土壁からそっと顔を覗かせ確認した。


 五体の内一体はマージル、三体は当然見覚えのあるオーク達で一体には右腕がない。風真が斬った為だ。


 そして残りの一体、これは確かにドラムの言うようにかなり異質であった。


 その異形は、まず顔の形が豚のソレとは違った。見た目はとちらかというと狼等に近く、頭から鼻先まで直線に近くその分顎門も長い。上背は他のオークに比べても半身ほど高く、胴体は妙に細く、異様に長い四肢がそこに接合されている。


 それは一見オークとは違う別の生き物にしか思えないが、顔付きには若干オークの面影があり肌も同色である。逆にいえばその事が無ければとても同種には見えなかった。


「さてどうするか――」


 ドラムは目を伏せ、次の手順を考え始めた。目標は補足出来たわけだが、安易に飛び出すわけにもいかない。


「とりあえずシンバル。それはもう消せ」


 命じられるがまま、シンバルの手に握られていた松明の炎が消された。再び周囲は暗く染まるが、覗きみた限りでは広間の周りにも同じように松明が数本備え付けられている。


「後は、出来るだけ気付かれないよう近づければいいんだが」


 しかしそれは無理があるとバレットは思った。目測ではあるが、広間までの距離は大凡七~八メートルといった所で、身を隠せそうな物も見当たらない。どれだけ慎重に動いたとしても途中で見つかってしまう確率は高いだろう。


 ならば、とバレットがガンベルトに手を添える。恐らくは誰もこれで何をしようと言うのか検討も付かないだろう。


 リディアとの一件で、この世界に銃という文化が存在しないことは判っていた。だからこそ、風真の刀には挙って反応を示しても、バレットの持つ拳銃には誰も興味を示さなかったのだ。


 それはきっとオークも一緒であろう。ならば先手必勝で銃弾を撃ち込み、動きを封じてしまうのが得策だ。


 ドラムが一人唸り込むなか、バレットは再度オーク達の様子を窺おうと顔を覗かせる。

 だが――その瞬間、目が合ってしまった。例の異形とだ。偶然ではない、明らかにこちらの存在に気付いている。その証拠に尖った瞳はバレットから視線を外さない。



 でも何故――一瞬考えるが、答えはすぐにでた。異形の鼻がひくひくと動いている。あの長い顎骨の先端に付いた鼻は飾りではななかったのだ。


「どうやらドブネズミが舞い込んだようだねぇ」


 マージルがバレット達に聞こえるよう静音を上げた。言語もあえてこちらに理解出来るものに変えている。


 しまった――とバレットが思った瞬間にはもう遅かった。向かって右側の壁にマージルの手が触れた瞬間、件の発光と共に何かが打ち付ける音が耳に響いたのだ。


「な、なんだこれ。どうなってんだ!」


 ドラムの声に思わずバレットは振り向いた。ドラム、シンバルの後ろ側に岩で出来た柵が伸び上がり、退路を断たれてしまっている。


「まだまだぁ!」


 荒ぶる声が通路に響き、今度は地面に陣が浮かび上がり発光する。


「やべぇ! 離れろ!」


 今度はドラムが叫んだ。後退という選択肢は無い。三人は一斉にL字の向こう側へと飛び出した――直後に響くは爆音と地響き。地面に突っ伏す形で回避した彼等の頭上からぱらぱらと土片が降り注ぐ。


「畜生! こんな所で何を考えてんだ!」


 地面に突っ伏したまま、ドラムが語気を強めた。

 ハットに右手を添え、バレットが顔を上げる。正面には、地面に伏せる彼等へ見下すような冷笑を浮かべたマージルの姿があった。


「ふん! 汚らしい鼠は、そうやって地面を舐めてるのがお似合いだね」


 侮蔑の言葉に、ドラムは上半身を起こして片膝立ちの姿勢を維持し。


「あの野郎、ふざけたこと抜かしやがって!」

と憎々し気に言い放った。


「お前達、さっさとあのゴミを片付けろ!」


 マージルの前方にいたオークが命を受け、侵入者目掛け歩みだす。距離は二、三メートルといった所だ。バレット達もぐずぐずとはしていられない。


 どすどすという重い足音を奏で、まず近接武器を持ったオーク二体が襲いかかってくる。


 するとドラムが勢いよく立ち上がり、

「行くぞシンバル!」

と猛り、一体のオークに突っかかった。


 相手がやる気だと察したのか、一旦足を止め、オークは両手で戦斧の柄を握り締めた。左足を前に置き、半身を突き出すような体勢を取って、右肩の後ろ側に刃が来るよう柄を振り上げた。


 明らかに相手の出鼻をくじくのが狙いと思われるが、ドラムは構うことなく腰から剣を抜き、そのまま特攻を続ける。


 戦斧を構えたオークの表情に、嫌らしい笑みが浮かびあがる。と、同時に力任せに刃が振り下ろされた。


 大気を切り裂き、獣の巨大な牙は淀みなくドラムを引裂きにかかる。

 思わずバレットの指が銃に掛かった。避けれる攻撃では無いと思ったのだ。


 だが直後、ドラムの両手に握られた剣が、敵の進撃を阻止した。金属のぶつかり合う高音が波紋の如く広がって行く。


 驚いたことにドラムは、鞘を剣に収めたままその攻撃を防いだのであった。しかしよく見ると鞘は光沢のある黒鉄色で、かなり頑丈な金属で作られているようであった。


 勿論そうで無ければ、あんな一撃などとても防げる物では無いのかもしれないが――とは言え、それを考慮したとしても、ドラム自身が相当な腕を持っているのは見て取れた。


 腕と言ってもこの場合は、腕力がという意味合いが強いのだが、彼は体重を乗せ一気に片を付けようとするオークに臆する事なく、その力のみで抵抗を試みる。


 彼の肩甲骨が一気に盛り上がるのをバレットは視認した。するとドラムの剣が、段々とオークの得物を押し戻し――しまいには力任せに銀色の斧刃を跳ね上げてしまう。


 流石にオークの表情にも焦りが見えた。判りにくい僅かな変化ではあったが、確実にこのオークは恐れを抱いている。


「さぁ今度はこっちから行かせてもらうぜ」


 ドラムの声音は自信に満ち溢れている。これはもうこっちは大丈夫だなとバレットは確信に近い感情を覚えていた。


「ひぃぃい!」


 すると今度はシンバルの情けない声がバレットの耳朶を刺激した。横目でちらりとバレットがみやると、棍棒を持ったオークに追い掛け回されるシンバルの姿。


 やれやれとバレットは肩をすくめた。事実上ドラム頼りか、と、軽く眉根を上げる。


 その時――ふと視界の端に一つの点を捉えた。淀みなくソレはドラムの眉間めがけ突き進む。ドラム本人は恐らく気付いていない。


 パンッ――と何かが弾ける音と共に砕けた木片が宙を舞った。ドラムの肩が一瞬ぴくんと跳ね上がる。


 何が起きたのか直ぐには理解できていなかったのかもしれないが、直前に轟いた銃声はその耳に捉えていたのだろう。


 首を巡らせ、背後のバレットに向けられた瞳は丸く広がっていた。バレットの右手には愛用のリボルバーが握られている。

 と言っても特に慌てることもない。今更隠しだてする必要は無いとバレットは判断したのだ。


「お、お前、なんだよそれは!」


 ドラムが想定内の質問をぶつけてくる。


「う~ん、この状況で詳しい説明は難しいけど、まぁリボルバーって言う武器の一つだねぇ」


 そう言って、銃口でハットのブリムを押し上げる。


「リ、リボル? なんだ? 魔導具の一種か? いやしかしてめぇは確かマナが使えないんじゃ――」


 疑問混じりの言葉を連ね、ドラムは首を捻った。


「とにかく、細かい事は後にした方がいいと思うさぁ。まずはこの状況を打破しないとねえ」


 バレットの意見に、ドラムは表情を変え軽く舌打ちした。


「とりあえずは仕方ねぇか――」


 頭を掻きながらドラムが正面へ向き直る。その面前に立つオークはドラム以上に困惑している様子だ。


「おい! そんな武器があるなら後方の奴は任せて大丈夫だな」


 後方のとは先程、矢を射ってきたオークの事であろう。


 バレットの視界には、弓矢を持ったまま立ち尽くすオークの姿が映っていた。捉えたと思った矢弾が突然弾き飛んだのだから無理も無いのかもしれない。


「わかったさぁ。だけど――いいのかい?」

と言ってバレットが横目でちらりとみやる。シンバルは未だ例のオークに追い掛け回されていた。


「ああ。あいつは心配いら――」


「危ない! 避けろ!」


 バレットと会話を続けるドラムの隙を付くように近付いてきていたオークが、ドラムに向かってその斧を振り下ろした。


 しかしドラムは表情も変えず、その身が横になるように足を引き斬撃を躱す。

 虚しくも空を斬った刃は激しく地面を殴打した。ドラムの面前にガラ空きになったボディが顕になる。


「ふん!」


 鞘に収まったままの剣が、オークの顎目掛けて振り上げられた。見事なまでに決まった鉄の殴打で、その巨体が僅かに浮き上がり、更に止めと言わんばかりに振り下ろしの一撃が後に続いた。


 淀みなく脳天に直撃した打撃で一瞬オークの頭上に星が浮かんだ気さえした。顎を砕かれ頭上からも叩きつけられ、堪らずその身が前のめりに倒れる。


 巨体が地面に伏すと同時に、重苦しい音がドラムとバレットの耳に木霊した。これは暫く起き上がることは無さそうである。


「И∥ΕΑ!」


 一体のオークをドラムが片付けた直後、奇声を発し矢を番えたオークがその指を放した。が、ほぼ同時にバレットのリボルバーが火吹きを上げる。


 今正しく飛び放とうとしていた矢弾は、今度はオークの目の前で木っ端微塵に砕け散った。驚きのあまりオークの両目が見開かれている。


 尽く進撃を阻止された事で、オークはその場に呆然と立ち尽くした。既に戦意は喪失していたのかもしれない。


 だが背後ではマージルが激を飛ばし、早く仕留めろと喚き立てている。自分では何も行動せず呑気な者だとバレットは思った。


 しかし主人に忠実なのか逆らえない理由があるのか、オークは再び弓に矢をあてがい、バレットに狙いを定めた――が、最早意味の無い事だ。バレットは仕方がないと吐息を付き、両手で銃を二丁持ち構える。


 刹那――四発の銃声が轟き、その矢が射られる前に弓ごと破壊した。更に三発の弾丸が獣の両肩と右足を撃ち抜く。最早このオークが彼等に抗う術は無い。


 これでとりあえずは――。


 そう思い、バレットがシンバルに視線を向けると、彼は地に尻を付け、ひぃぃ――と泣きそうな声を上げながら剣を抜いていた。相手のオークが振り下ろした棍棒を防ぐためだ。


 シンバルの刃は何とかその一撃を食い止めた。だが抜かれた剣はドラムの持つ剣より一回り小さく、おまけに本人の身体も華奢だ。力ではとてもオークに勝てそうも無い、と思っていたのだが――


「てめぇ――何してくれてんだ……」


 一瞬バレットは自分の耳を疑った。


「いつまでも……調子こいてんじゃねぇぞゴラァ!」


 咆哮と同時に身体を捻らし、うつ伏せの体制から左手を使いその身が見事に跳ね上がった。左腕を無くしているオークはこの動作に反応が出来ない。続けざまにシンバルの身体が反転し、同時に勢いよく繰り出された右足がオークの鼻を捉える。


「ぶひっ!」


 正しく豚の泣き声がその鼻から漏れた。棍棒を持った方の腕でオークは思わずその丸鼻を押さえる。どうやら、ソコへの攻撃には弱いらしい。


  しかしそれよりも驚かされたのはシンバルの変貌だ。今までからは全く想像できないぐらい口調が荒くなり、同時に身体能力も上昇してるように見える。


 軽やかに地面に着地したシンバルは据わった瞳で、未だ苦しそうに鼻を押さえているオークを睨めつけた。


「てめぇ――この俺に剣を抜かせるとはいい度胸してんな。只で済むと思うなよゴラァ!」


 叫び、シンバルが突っかかった。右手の剣を振るい、目にも止まらぬ程の連撃を繰り放つ。


 オークは右手に持った棍棒で何とかその攻撃を捌こうとするが、圧倒的な手数に対応しきれていない。一撃一撃が重かったドラムとは全く違うタイプの戦い方だ。手持ちの武器が短いのはこの剣速を活かす為なのだろう。


「おいシンバル、あくまで捕獲が目的だからな。やりすぎんなよ」


「うるせぃデブ! 俺に指図すんじゃねぇ! ぼけぇ!」


 剣を振りながらも強気に言い返すシンバル。これまでの草食動物のような大人しさが嘘のようだ。


「うん。あいつは後でしめとこう」


 和やかに言ってはいるが、恐らく彼のその決意は固い事だろう――

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