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第五十七話 リディアにお任せ

「いやがった――」


 ドラムが声を潜めて言った。

 シェリーを含めた五人は、出来るだけ距離を置き、木々の影に隠れながら、奴等の動向を窺っていた。


 マージルと例の三体は、所々土面が顕になっている少し開けた場所で、きょろきょろと周囲を確認していた。その様子からここに何かが隠されている事は間違い無さそうである。


 するとマージルは周りに誰もいないと認識したのか、右手を大地に向けて広げた。その瞬間、地面の一部とマージルの手のひらが呼応するように青白く光りだす。


「うそ――」


 リディアが呟くように言った。他の皆も驚いているようだった。


 発光自体は数秒程で収まった。直後、光を発していた地面にオークの一体が近づき、それを捲り上げた。


「地下があるのか――」


 誰にともなくバレットは呟く。

 マージルとオーク達は、そのまま中へと潜り、捲れた箇所を元通りに閉じた。


 バレット達は、オークが消えてからも暫く様子を見ていたが、それ以上動きは無い。


「とりあえず嬢ちゃんは、その子と一緒に残っててくれ」


 ドラムの言葉にリディアは最初不満を漏らしたが、あまりぞろぞろ行くわけに行かないだろう、というドラムの言葉に渋々承知した。


「行くぞ――」


 一足早くドラムが前を進んだ。それに合わせるようにバレットとシンバルも後に続く。


「確かここが入口なんだよな」


 ドラムが、先程までマージルが立っていた位置に直立し腕を組む。左の人差し指でトントンと腕を叩き、視線を下げ一点をみやり。


「おいシンバル、ちょっとそれさっきの奴らみたいに捲ってみろよ」

と命じた。


「え? 僕がですか!?」


 件の地面を隔てた位置に立っていた彼は、驚きと不満が混同したような声で返す。


「そうだよ。お前も少しは仕事しろ」


 にべもなくドラムが告げた。シンバルは顎を引き、小動物のような瞳でドラムを見、口を開く。


「ドラムさんの方が力あるじゃ無いですか」


「馬鹿野郎、俺の指は太いんだよ。お前は女みたいに指が細いから、こういうのにだけは丁度いい」


 シンバルは納得がいかないと言う表情をしながらも、不承不承と身を屈め、指を掛けられるところを探した。


「捲れそうな所は見当たらないんですが、ここで間違い無いんですか?」


 首を擡げシンバルが問いかけた。特定の誰かというより皆に確認するような口調だ。


「ここで合ってると思うさぁ」


 右手を軽く掲げながらバレットが応える。


「お前ちょっと掘ってみろよ」


 ドラムが命じるように言った。シンバルの眉根が中心に寄る。あからさまに嫌そうだ。


「早くしろよ」


「そんな事言われたって掘る道具が無いですよ」


「はぁ? だったらその――いや。ちっ、しゃあないな。ちょっとどいてろ」


 ドラムはシンバルの腰の剣をみやるも、考えなおしたように舌打ち混じりの言葉を吐き出し、シンバルをどかした後、鞘の剣を抜く。


 ドラムの両手に握られた剣は、やたらと幅が広く厚みもかなりありそうな代物だ。持つ者の見た目にあった豪快さが感じられる。


 そしてその使い方もやはり豪快そのものであった。刃を地面に突き刺し、スコップのように土を掻き始めたのだ。


「ここだな」


 程なくしてガツンと言う鈍い音が響いた。他の土とは明らかに違う岩盤のような面に剣先が触れたのだ。ドラムが腰を落とし、側面を確認する。


「ここに隙間があるな」


 気になってバレットも彼の後ろからのぞき込む。太い指が示す位置には確かに僅かな隙間のような物が見て取れた。


「シンバルちょっと開けてみろよ」


 そうくると判っていたのか、溜息を吐き彼が隙間に指を掛けた。


「う、ぎ、ぐぎぎぎぃ――」


 顔を真っ赤にさせ、必死に持ち上げようとしているがピクリとも動かない。


「はぁ――はぁ、駄目ですよこれ」


 肩を大きく上下させ、疲れきった表情で口を開いた。正直体力がかなり無い。


「ちょっとおいらもやってみるさぁ」


 言ってバレットも指を掛けた。が、しかし、やはり全く動きそうに無い。


「こりゃ何かで固定されてるのかもねぇ」


 袖で顎を拭いながらバレットが言った。


「全く一体何やってるのよ」


 すると、呆れたような声が後ろから響いた。一斉に三人が振り返ると、そこにはリディアとシェリーの姿。


「あのなぁ、お前等待ってろと行っただろう」


 ドラムが不機嫌そうに頭を掻く。


「大の男三人が、揃いも揃ってよく判らないことをしてるから見に来たんじゃない」


 リディアが胸の前で腕を組む。バレットは苦笑混じりに顎を掻いた。


「とりあえず私にも見せてみてよ」


 そう言って返事も待たず、リディアが腰を落とした。まじまじとオーク達が入っていった箇所を観察しすっと立ち上がる。


「これきっと魔術で固定されてるわね。力であけようとしたって無駄よ」


 顎に指を添えリディアが告げると、シンバルは目を丸くさせ、

「魔術ですか?」

と言い、続いてドラムも口を開く。


「てか、さっきのもそうだが何でオークが魔術なんて使えんだよ」


 丸い眉間に皺が寄った。確かにこれまでの話を聞いている限りでは、オークが魔術を使うなど、とても考えられない事なのだろう。


「そんな事、今言ってたって仕方ないじゃない」


 リディアが眉を広げ言った。


「でも魔術が施されてるなら僕たちじゃどうしようもないですよね。一旦戻って判断を仰いだほうが――」


「馬鹿ね、何言ってるのよ。こういう時の為に私が居るんじゃない」

 

 リディアが何とも不安になりそうな事を言った。


「こんなの私が魔術で何とかしてあげるわよ」


 続いた言葉にじっと様子を窺っていたシェリーが、

「え? お姉ちゃん魔術使うつもりなの?」

と細い声で聞いた。表情には明らかに心配といった念が浮かんでいる。


「そうよ。まぁ任せて!」


 どんと胸を叩くリディア。シェリーの言葉の意図は掴めていない。


「いやリディア。ここは少し慎重に――」


「まぁ今はそれに掛けるしか無いか」


 バレットが静止する前にドラムが言った。リディアの魔術の事は道中話していたつもりだが、あまり気にしてないらしい。


「じゃあ始めるわよ」


 言うが早いかリディアは腰に下げていたバックから銀色の棒のような物を取り出し、件の箇所を囲むように何かを記述し始めた。雰囲気的にもう止められそうに無い。


 バレットはやれやれとハットに手を添えながらも口を開き。


「ちょっと離れてた方が良いと思うさぁ」


 そうドラムとシンバルに忠告した。シェリーに関しては既に距離を取り木々の間に身を寄せ、様子を窺っている。


「あん? なんでだよ」


 ドラムは腕を組み、ぶすっとした表情で返してきた。シンバルは元々臆病なので素直に距離を取り木陰に隠れる。


「出来た!」


 嬉しそうな声が耳に届く。バレットもリディアから数メートル程距離を取った。ドラムも数歩分程後退したが、それ以上は離れず繁々とリディアの行動を見ている。


「行くわよ――」


 言ってリディアが開いた両手を、地面に描いた陣に向けて突き出す。

 程なくして、記述された箇所が青白く光りだした。と、同時に――


「うわ! くっせ! 何だこれ!」


 ドラムの声が響いた。予想通りと言えば予想通りだが、リディアが行った魔術により、もくもくと白煙が陣から溢れ周囲に広がっていったのだ。


 幸いにも爆発のような事は起きなかったが、拡散した煙は正直かなり臭い。思わず鼻をつまむバレットだが目にも染みて涙が出てくる。


 当然だかシンバルやシェリーもこの煙にやられ、臭い、死ぬぅ~や目が痛いよお姉ちゃん――と訴えている。


 そんなある意味殺人級の現象も数十秒後に吹き抜けた風の影響で、何とか消え去った。暫くは喉が痛く目がしばしばしたが、なんとか気を取り直し、術者の下へ近寄る。


 何しろこの術で一番影響を受けるのはリディア本人だ。案の定、目をこすりけほけほと咳を続け苦しそうである。


 バレットはやれやれと苦笑いを浮かべながらも、その小さな背中をさすって上げた。するとどこか照れくさそうにリディアがありがとう、とお礼を述べる。


「てかなんなんだよこれ!」


 叫びながらドラムはリディアに詰め寄った。胸に手を添え、大きく深呼吸しリディアが、

「こ、こんな筈じゃなかったんだけど。おかしいな」

と苦笑を浮かべる。


「あぁ、たくよぉ。結局ソレも開いてる様子ないし、ただ臭い煙を巻き散らかしただけって――」


 ドラムが不機嫌そうに零していると、突如ガタッ――という音が耳に響いた。皆の口が瞬時に噤む。


 更に数度ガタガタと音が鳴る。発信源は件の箇所だ、バレットはリディアを背後に隠し様子を窺う。ドラムは既に移動し身構えていた。



 そして、ガタン――と一際大きな音を奏でソレは捲れ上がった。中からは一体のオークが姿を現し、半身だけ外に出して苦しそうに咳き込んでいる。


 怪我の功名とは正しくこの事だなとバレットは思った。どうやら僅かな隙間から煙が入り込んでいたらしい。それによって堪らず外に出て来たわけだ。様子を確認するつもりでもあったのだろう。



 ごほごほと苦しそうにしながらもオークは視線を巡らした。バレットの存在に気付いたのか、その細い目を大きく見広げる。


 即行で身体を引っ込めようとするオークだが、その行為は頭上からの衝撃によって見事に遮られた。斜め後ろ側に付いていたドラムが、剣の腹の部分で思いっきり上から叩きつけたのである。オークの頭はまるで亀のように引っ込み、そのまま前のめりに倒れ動かなくなった。どうやら完全に気絶してしまったらしい。


「おいシンバル! いつまでそんな所に突っ立ってんだ。早くこい!」


 強い口調でドラムがシンバルを呼びつける。だが声音自体は抑えていた。万が一別のオークに気付かれたらまずいと思ったのだろう。


「お前も手伝え」


 ドラムは気を失ったオークの肩を持ちながら口を開いた。了解と告げバレットも反対側の肩を持つ。駆け付けたシンバルはドラムの命で正面に付き、装着された鎧の腰側を掴んだ。


「いくぞ――」


 号令と共に三人同時にオークの身体を引っ張り上げる。気絶し、前のめりに倒れてしまっているオークの身は予想以上に重い。鎧の分も考慮すると二百キロは軽く超えてそうだ。


 それでも何とかその身を地面に引き上げる事には成功したが、シンバルに関しては息も絶え絶えにその場で大の字になって倒れこむ。


「たく。情けねぇな――」


 顎を左手で拭いながらドラムが言う。


「さてと、これからどうしたもんかねぇ」


 気絶したオークと開いた入り口とを交互にみやりながら、バレットが誰にともなく口にした。


「決まってんだろ、この中を調査すんだよ」


 すると、さも当然と言わんばかりにドラムが返答した。


「そ、その前にちょっと休んで行きましょうよぉ」


 なんとも情けない声で願うシンバルだが、

「馬鹿野郎そんな時間あるかよ!」

とあっさり却下される。


「ねぇ。このオークどうするの?」


 リディアの質問にそうだな、とドラムが首を巡らし、近くに生える木々に近寄った。物色するように見回しながら、これがいいか――と剣を抜き、立木に絡まる蔦を刈り取る。


「とりあえずこれで縛りあげてしまおう」


 手頃な長さまで斬った蔦を見せドラムが言った。大蛇のように太く丈夫そうな蔦であった。確かにこれなら縄の代わりとして十分使えそうである。


 ドラムは先ず、後ろ手にしてオークの両腕を結び、更に大きな上半身に何重にも蔦を巻きつけキツく縛り上げた。


「よし、とりあえずはこれで大丈夫だな」


 ちゃんと固定されているかを確認し、ドラムが立ち上がった。後ろで見ていたバレット達の方へ振り返り、

「それじゃあ行くぞ」

と地面にぽっかり空いた空洞に目を向けた。


「いよいよね」


 バレットの後ろでリディアが意気込む。が、ドラムが視線を彼女に移し肩を竦める。


「嬢ちゃんは駄目だ。ここにいろ」


「え~!? なんでよ!」


「なんでもだ! ここからは男だけで行く。今度はちゃんと大人しくそっちの子と待ってやがれ」


 ドラムが語気を強めた。異論は認めないといった頑固な気持ちが表情に現れている。


「何よそれ――」


 それに、リディアは得心が行かないと言った面持ちで声を漏らした。


「まぁまぁリディア。ここは彼に従った方がいいさぁ、シェリーを一人置いておくわけには行かないだろう?」


 バレットの言葉に一瞬形のよい顎を落とし、瞼が半目分程閉じられた。若干さみしそうな雰囲気が漂う。


 だが直ぐに顔を上げ、元の明るい表情でそうだね――と告げ。


「じゃあ皆戻るまでシェリーと待ってるから」


 そう明るく言葉を紡ぐ。


「あ~あ、でも残念だなぁ。今度こそ私の魔術を見せつけるチャンスだったのに」


 背中を向け、後ろ手で両手の指を絡ませながらリディアが零した。


「それはもう勘弁してくれ」


 ドラムがもうこりごりだと言わんばかりに返す。


「何よ、結果的に私の術があったからソコだって開いたんじゃない」


「あぁ、はいはいそうだったなぁ。判ったから嬢ちゃんは大人しく待っててくれよ」


 ドラムは念を押すように告げ、

「じゃあ――行くぞ」

と気合を入れ、先陣をきった。バレット、シンバルもその隠された入口に足を踏み入れる。後ろから届いたリディアの気をつけてね――という言葉を耳に残し、一行は穴の奥へと潜り込んだ――


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