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第五十五話 もういいだろ?

「一体誰がそれを証明できると言うのだ」


 バレットの発言を聞き、オークの王が問うように述べた。


「リディアさ」


 言って右手を振り上げるバレット。


「え!? わ、私?」


 この言葉に最も驚いたのは名指しされたリディア本人であった。


「馬鹿を言うな! お前はここに来る途中言ってたでは無いか! その娘は魔術など使えないと――」


「確かに言ったさぁ。だがね、魔術が使えないのとマナが見えるのとは話が違うだろう? 特にリディアはエイダの孫なんだしね」


 バレットの発言にオーク王が目を丸くさせる。


「その娘がエイダの孫だと?」


「あぁそうさ、そこのマージルさんには先に言っておいたんだけどねぇ」


 王の鋭い視線がマージルへと注がれる。


「あ、いや、今回の件とは関係ないと思いましたので――」

 

 慌てた口調で言い訳しマージルが深く頭を下げた。

 どうやらリディアの事は何も伝えていなかったらしい。


「エイダの孫か――」


 顔を戻し王が呟くように言った。その表情が少しだけ和らぐ。


「エイダが言ってたぜ、リディアはまだまだ腕は未熟だが才能は私以上にあるってね。だからマナに関する証明はリディアがしてくれる筈さぁ。なぁそうだろ?」


 そう言ってバレットがリディアに目配せした。もちろんこの話は全て口からでまかせであり、ここから先はリディアにかかっている。


「ま……」


 リディアは一瞬狼狽えながらも一言発し。


「まぁね! 私はこれでもエイダお婆ちゃんの血を引いてるし。マナを見るぐらい余裕よ余裕!」


 胸の前で腕を組み、顎を上げ得意がった。その切り替えの早さは見事である。


「く、口でだけなら何とでも言えるわ! 大体どうやってマナが見える事を証明するというのだ!」


「はぁ? あんた何いってんのよ! 私はお婆ちゃんの代理でここに来てるのよ。お婆ちゃんならきっとこう言うわ、私の言うことが信用出来ないのかい! てね。私を疑うって事はお婆ちゃんを疑うのとかわらないんだからね!」


 マージルを睨みつけ言い放つリディアの堂々たる姿勢に、バレットは舌を巻いた。正直ここまで期待に応えてくれるとは思わなったのだ。


 だが、リディアのはったりは特にマージルに良く効いた。オークの王がエイダに一目置いてるのは間違いなく、マージルはエイダの事に関して下手な事が言えず、うぐぐ――と喉を詰まらせている。


 口惜しそうに歯軋りするマージルを他所に、王に向けバレットが口を開く。


「今の話の通り、リディアはエイダに頼まれこの場に立っている。まぁそれでもマナが見える証拠などは出せるわけも無いし、後は王が信じるかどうかだけどねぇ」


「てか、あの女にもそんな事が出来るとはな、初耳だぜ」


 風真が振り返り余計な事を口走るが、バレットは冷静に、

「なんだい旦那知らなかったのかい。エイダが言ってた事さぁ」

と誤魔化した。


「あぁそう言えばそんな事も言ってたかなぁ」


 そして、風真は割と素直に信じた。


「エイダの血縁で、代理となれば信じざるを得ないか――」


 オークの王が述べた。一旦瞳を瞑り何か考えを巡らせたようだが、再び開かれた双眸には鋭い光が宿っていた。


「だが、お前たちが例え他の世界から来た者だとしても問題が解決したわけではないぞ」


 確かにその通りだとバレットは考える。


「風真とか言ったな。お前は先程自分が話を付けるつもりだったと言っていたであろう。更にマグノリアとは関係の無い人間とも言っている。だが、お前が我が同胞を殺傷した事に変わりはない。その落とし前をどうするつもりなのだ?」


「落とし前だぁ?」


 風真が反問する。


「そうだ、まさかその身を捧げて責任を取ればそれで終わりと思ってるわけではあるまいな?」


「その身をだぁ? ふざけんな! 気持ち悪い事言ってんじゃねぇ!」


 顎や背中を掻き毟り怒鳴る。どうやら風真は何か勘違いしてるらしい。


「この馬鹿が! その身をというのは自分の命を差し出すつもりなのかと言う事だ!」


 マージルが横から口を出す。


「命? それこそ後免こうむるね。大体なんで俺がそんな事をする必要がある? 俺は斬った事を悪いだなんてこれっぽちも思っちゃいないぜ!」


 強い口調で風真が言い切った。再び周囲のオーク達が口々に囁きだし空気が重くなっていく。


「……そこまではっきり言われると寧ろ清々しいぐらいだな」


 言葉とは裏腹にその表情には殺気が漂っている。


「一つだけ言わせてもらうと」


 後ろからバレットが口を挟む。


「風真の旦那は何の理由も無く手を出すような男じゃないぜ。さっきそいつらが言ってたような無防備な相手を斬るなんて真似は絶対にしないさ」


 その瞳が、かのオーク達をキツく睨みつけた。


 すると風真は、ふん! と鼻を鳴らし、

「なぁ。もういいだろう」

と問うように述べる。


「こんな堂々巡りの話を続けてたって仕方がねぇ事はあんただって判ってるはずだ。お互いそんな事で納得出来る事じゃねぇんだよ」


 続けられた風真の言葉で王の蟀谷が僅かに波打つ。


「一体何が言いたいんだ?」


「おいおいそこまで鈍感なのかい。折角誘ってやってんだぜ、こっちはよ」


「悪いが、わしにそんな趣味は無い」


 先ほどのお返しとばかりにオークの王が返す。


「そうかな? 俺には同じ匂いが感じられるんだがなぁ。それにこの方法なら、そこで雁首揃えてる奴等の言ってる事が嘘か本当か判るってもんだぜ」


「ほぉ、なぜだ?」


「決まってる。あんた自身で俺の腕を知れば、真面にやってもあんな奴等に俺が負ける筈が無いと判る筈だぜ」


「……大した自信だな」


「まぁな。あぁ、だがあんたが気付いた頃にはその命、もう尽きてるかもしれないがな」


 相対する二人の間に、ピンと張り詰めたような空気が漂っている。


「小僧。儂がお前ごとき、本気で相手にすると思っているのか?」


 とても低く、強圧的な声が耳に響く。


「思ってるさ。言っただろ? あんたからは俺と同じ匂いがするってな。王だなんて言っても本質は変わりはしねぇ。俺だって今となっちゃ、ただあんたと戦ってみたいってだけさ。それ以外の事なんて正直どうでもいい」


 風真の言葉にドラムの眉根が寄る。だが、それ以上何かする気配は無い。最早二体の雄と雄の間に、割ってはいる隙間などありはしない。


「あんた戦じゃ随分と活躍したんだろ? だが今はどうだ? 平和も結構だが本心じゃ退屈してたんだろ? 良かったじゃねぇか、今あんたの目の前に立つ男は、その闘志を十分に満たしてくれるぜ――死ぬ程な」


 直後、大きな影が風真を覆った。オークの王がゆっくりと立ち上がったのだ。座っているだけでもその大きさは十分に感じられたが、立ち上がれば更にでかい。以前見たトロル程では無いにしろ、身の丈は三メートルを優に越えるだろう。



 王は風真を見下ろしていた。研ぎ澄まされた視線が、風真に突き刺さるように注がれる。だが、直後オークの王が大口を開き笑い出した。大気が震えるほどの大きな声で。


「小僧! この儂にそこまで言ってのけるとは事情がどうあれ大した物だ」


 吠えるように言い放つ。革の鎧に包まれた胸郭が伸縮を繰り返していた。よく鞣された革は弾力性に優れているのか、ぴったりと張り付くようにその半身を収めている。


「その気骨――剥き出しの闘士、全くこれだけ心震わせる奴はどれだけ振りとなるか」


 その骨ばった顎をオーク王が摩った。


「王よ! まさかこのような輩の口車に――」


「黙れマージル!」


 押さえつけるような低く太い声に、マージルの身が竦んだ。


「βγΩΕΖκ!」


 突如王が周囲のオークに向かって声を上げた。彼等特有の言語ではあったが、どうやら何かを命じたらしく、数名のオークが広間の奥へと向かう。



 植物の蔦で遮られたような壁を、オーク達が捲ると、更に先に繋がる入口が現れオーク達は中へと足を踏み入れた。





「まさかこんな事態になろうとは……」


 少し沈んだ表情でトロンが皆のもとへ戻ってきた。


「こうなってしまっては、皆さん一刻も早くここから離れて下さい」


 トロンの言葉は特にリディアやシェリーを心配しての事だろう。


「……ねぇバレットはどうするの?」


 ふとリディアがそんな事を聞いてくる。


「おいらは残るさぁ、今回の件はおいらも関係ないとは言えないしねぇ」


「だ、だったら僕も残ります!」

 

 続けざまにシェリーが言った。


「……それなら私も残るわ。それに私はお婆ちゃんの代理だし」


 そう言ってリディアは腕を組み胸を張る。


「まぁ当然俺も残るがな」


 ドラムが言った。


「あ、じゃあ僕はお言葉に甘えてぇ……」

と踵を返そうとするシンバルの首根っこをドラムが速攻掴む。


「お前は少しは空気を読みやがれ!」


「ご、ごめんなさ~い」


 皆のやり取りを見ながら、トロンが大きく息を吐き出す。

 そんな会話を繰り広げている間に、奥へと入っていたオーク達が姿を現し、巨大な物体を抱えてきた。


 それはオークが数人掛りでようやく担げる程の、巨大な戦斧であった。丸い棒状の柄の先には、左右に一つずつ物々しい刃が装着されている。その刃一つとっても、通常の斧の何倍もの大きさであろう。


「あれは――恐らく王がかつて戦場に出たときに使ったという斧ですな。オークの王はあの巨大な刃で千人は斬り殺したそうです」


 トロンの言葉で再度刃に目を向けるバレット。その色は赤黒く変色していた。大量の血を帯びてきた証拠だろう――千人斬りは伊達では無いようだ。


 王は何人ものオークがやっとの思いで持ってきた戦斧を一瞥し、片手で軽々と持ち上げた。一体どれ程の腕力があれば、あんな物を片手で持ち上げられるのか、想像も付かない。


「ふん、得物がでかけりゃいいってもんじゃないぜ」


 風真がオークの王を見上げながら、吐き捨てるように言った。


「ふむ、確かに使いこなせなければこんなのは只の木偶と変わらないがな」


 言ってオークの王が再び風真を見下ろした。

 それ以上言葉は無い。辺りに漂う空気が熱を帯びてきているようだった。オーク達の瞳には既にオークの王と、風真 神雷、二人の姿しか映っていないだろう。


 徐に風真が構えを取った、風神に手を伸ばしている。始まるとバレットは直感的に思った。


 刹那――激しい地響きと共にオーク王の巨体が瞬時に間合いを詰めた。完全に戦斧の射程内に風真を捉えている。あの巨体からは考えられないほど速い――


 オーク王の両腕は既に振り上げられていた。肩が瘤のように盛り上がり、柄を握る両拳からぎしぎしと言う軋み音が今にも聞こえてきそうである。


 刃が勢いよく振り下ろされた。全く躊躇の無い一撃だ。斬撃というにはあまりに重々しい。再び鳴り響く震音。砕かれたように舞い上がる土塊と周囲に沸き起こる灰煙によって風真の姿が一瞬見えなくなる。


 だがその影は王のすぐ後ろに現れた。巨躯の背中を研ぎ澄まされた獣の瞳で見据え、風神の柄に掛けた右手に力が込もる。だがその瞬間――。


「ふんっ!」


 荒吹く鼻息。うねる身体。大地にめり込んだ巨大な刃をそのままに、無理やりその身ごと持っていく。地面を抉りながら、まるで風真の旋風の如く動作で王の手に握られた戦斧は振り抜かれた。


 大地から一気に空へと跳ね上がった赤黒い刃は、風真の上半分を吹き飛ばそうと唸りを上げる。


 迫り来る刃に、その双眸が大きく見開かれた。狂気の驚異が脇腹を粉砕しかける。が、周囲に吹き荒れる暴風と響く裂傷音。風真の身が裂けたのでは無い。空気が切り裂かれたのだ。


 オーク王は視界から瞬時に風真が消えたことに、一瞬戸惑いを覚えた事だろう。

 だが遠巻きから見ているバレットには判る。そして周りの皆も目を丸くさせていた。



 風真は振り抜かれた巨大な刃の上に乗っていた。確かにあの大きさであれば、それも可能だろう。だがそれを思いついて実行できる人間などそうはいない。


 今度こそ風神を抜く――そう思えたが、僅かな殺気を感じとったのか、危険に対する野生の本能か、オークの王は柄の握りを緩める。


 当然足場はそのまま落下し、風真の体勢も崩れた。


「小童が!」


 振り向きざまに放たれた右拳が風真の身体を突き抜ける。


「やべぇ! こっちくるぜ!」


 バレットが叫ぶと同時に皆が左右に散った。直後――まるで放たれた弾丸の如く勢いで、風真の身が視界を横切った。壁となって立ちふさがる木々を容赦なく突き破り、更に数秒後、落下音が皆の耳朶に響く。


 バレットはオーク王の姿をみやり距離を図った。ここから十メートル以上は軽くある。たった一撃でそこまで吹き飛ばしたのかと思うと軽く身震いを覚えた。


 だが、王が地面の戦斧を徐に拾い上げる頃、木々の奥から聞こえた、がさごそという音と共に風真が姿を現した。


「か、風真さん大丈夫ですか!?」


 シェリーが心配して声を掛ける。だが恐らく聞こえてはいない。地面に向けてペッ――と血塊を吐き出し口元を拭っている。


「小僧、もう少し楽しませてくれると思ってたのだがな」


 得物を右肩に乗せ、オークの王が言った。


「ちっ、全くだな。自分が情けないぜ。もう少しで首ごと持ってけたのにな」


 風真の返しに何?――と呟きそこで漸く気付いたようだった。

 風真は戦斧が地面に落ちる直前、体勢が崩れながらも風神を抜いていたのだ。


 王は首を巡らし右の肩口をみやった。見事に鎧ごと抉れ赤い血が滲み出ている。


『雷――』


 口を開き間髪いれず風真が構えを取った。風神では無い。その手に掴む業物は――。


『突!』


 地面が弾け、風真の影が再びバレットの前を横切った。直様バレットも視線を動かす。


「ぐぬ!?」


 オーク王の顔が歪む。その分厚い下腹部に雷神の刃が深々と突き刺さっているのだ。


 だがその表情は直ぐに平静を取り戻していた。ほぼ密着状態の風真が、雷神を抜こうと何度か引き動かしているがびくともしない。


「てめぇ――」


 頭を少し後ろに傾け、風真が言った。オーク王の口角がニヤリと吊り上がる。バレットは察した。刃の刺された部分の筋肉を、王が締め固定したのだと――


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