第五十三話 風真、動く
「さぁお前たち、昨日森で起きたことを包み隠さず話してみよ」
マージルは胸を張り、泰然とした態度でオーク達に促す。
「ワカッタ。オレタチ、オキタコト、スナオニハナス」
オークの一体が片言な言葉で話しだした。
「アノトキ。オレタチソコニイルサンニン。ミツケタ」
オークのもう一体が、次々と指を巡らせた。名指しされた三人は勿論、風真、バレット、そしてシェリーである。
「なんと! あのふてぶてしい男だけでなく、他にも森にいたと申すか!」
マージルのリアクションは、見ていて清々しい程にわざとらしい。
「オレタチ。サンニン。コマッテイルヨウミエタ。ダカラ、コエカケタ」
「ふむふむ」
あるのか無いのかも判らないぐらいの短い首を揺らし、マージルは頭を激しく上下させる。
「オレタチ。コマッテルナラタスケヨウオモッタ。サンニンニ。ダイジョウブカ。コエカケタ」
「成程。つまりお前たちはあくまで彼らを助けようと、丁重に声を掛けたわけだな?」
やれやれとバレットは眉を広げる。あまりに酷い脚色だった。
件の時は、まだバレットは風真達やオークの言葉は理解してなかったが、それでも心配して丁重に声を掛けるのに、いきなり弓に矢は番えないだろう。
大体からして、そもそもバレットが掛かっていた罠は明らかに彼らが設置した物だ。
バレットの心中では、既に事の真相が見えてきていた。だがあえてそれは口にしない。
ダグンダから出る直前、エイダに耳打ちされた事が頭を過ぎる。
――オークの王は誇り高い王だ。それがこそこそと何か小細工を仕掛けるとは思えない。可能性があるとすれば――
「オレタチ! ニンゲンノタメオモッテチカヅイタ! ダガトツゼン! アノオトコオレニキリカカッタ!」
右腕を無くしたオークが風真に怒声を叩きつける。
「そんなの嘘です!」
異を唱えたのはシェリーだ。一歩前に身を乗り出し、両の腕を大きく広げ訴える。
「僕は森でオーク達に捕まりそうになりました! 僕が何をいっても有無を言わさず縄で縛り上げてきたんです。それを助けてくれたのが風真さんでした――」
シェリーはそこでバレットを一瞥し、
「更にその後、このバレットさんが木の枝に吊るされているのを、僕と風真さんは発見したんです。バレットさんは風真さんが枝から下ろしてくれましたが、そこに現れたのがそのオーク達です!」
シェリーは小さな身体の奥から振り絞るように声を張り上げる。
「僕達の前に姿をみせるなり、オークは手持ちの弓矢を向けてきました。そして動くなって僕たちを脅してきたんです!」
「デタラメ、イウナ!」
「嘘じゃありません!」
その場が喧騒に包まれる中、オークとシェリーは声を張り上げあった。
「あぁ……一体この後どうなっちゃんだろう――」
シンバルが情けない声を上げ、溜め息を吐く。
「たく、だからこんな奴を連れてくるべきじゃなかったんだよ。結局厄介な話になってるじゃねぇか」
ドラムが風真を一瞥し、ぼやくように言った。そんな中、シェリーは小さい身体ながらもオークに必死に食い下がっている。
「風真さんは、僕やバレットさんを助けようとしてくれただけです! そんな一方的に悪いだなんて――」
「シェリーそこまでだ。皆様もここは少し冷静になって――」
このままではいけないと思ったのか、トロンはシェリーとオークを交互にみやり口を開く。が、しかし――
「ふん! こっちは最初から冷静だよ。冷静にしっかり真実について考えていたのさ」
丸い豚鼻を勢いよく膨らませマージルは語った。
「真実と言われても、シェリーはまだ子供ですが見た目以上にしっかりしています。適当な事を述べるとは思えません。とは言え、そちらにも言い分はあるでしょうからここは一度精査する為にも――」
「おいお前! この者達を負傷させたのはお前で間違いが無いんだろう!?」
トロンを無視し、マージルが改めて後ろの風真に訊いてくる。
「あん? だからそうだって言ってんだろ」
「その腰の物でか?」
更に問うマージル。
「あぁそうだよ!」
若干苛立ったように風真は大口を広げ声を上げた。
「もういい判った」
風真との会話を切り、マージルが王に顔を向け、
「王よ今の言葉しっかり聞かれましたな!」
と胸の前で右の拳を握り、語尾を強め言った。
オークの王は言葉無く、視線だけをマージルへ向ける。
「この男が今述べた事こそ、この者たちの言うことが正しい事を証明しているのです!」
薙ぎ払うように右腕を水平に振り、熱きるマージル。
「一体何を申されてるのか――」
それを耳にしたトロンの口から戸惑いの言葉が飛び出す。
「ふん! お前はさっき言った事をもう忘れたのか? 確かに言ったはずだぞ、あのシェリーと言う子供は嘘などつかぬと!」
「確かに言いましたが……」
「つまり! その言い分でいけばこの者達へ既に亡き我が同胞が先に手を出し、その結果あの男に返り討ちにあったと言うことだな!」
「……シェリーの言葉で行くとそういう事になりますな」
声音をどんどん上げていくマージルに対し、トロンの声は一定を保っている。
「馬鹿が! いいか、そんな事は絶対にありえないのだ! オークの民は皆お前達人間等より遥かに腕力に長け、戦闘能力も優れている! とくにこの物達も、殺された我が同胞も一流の戦士だ! 一体ならまだしも、これだけの人数を相手にして無傷で居られるわけが無いだろう! だが実際はその風真とかいう輩も、残りの二人も怪我すら負ってるように見えん。昨日の事なのにな!」
マージルが一気に捲し立てるように言い、さらにつまり――と言葉を繋ぎ、
「この者達は証言通り、無抵抗な状態でその男にやられたと言う事に他ならないのだ! 出なければ我々の側だけがこんな重賞を負うわけが無いからな!」
と言いのけた。全てを話し終えた事で、どこか満足気な表情で鼻から大きく息を吐き出している。
「いやしかし――それだけで決めつけられるのは些か負に落ちないのですが」
トロンもなんとか言葉を返すが、若干の淀みが感じられる。話としては無茶な気もするが、確かにオーク側に大して風真、シェリー、バレット三人の被害が少ないのは事実なのだ。
「黙れ! だったら何でそいつらの事を隠し立てする必要がある!」
トロンは、あくまで話の流れで三人の事を明かしていこうと考えていたのだろう。だが先手を打たれそこを突かれてしまっては、何を口にしても言い訳のように感じられてしまう。
「それは――」
そう言ってトロンの口が止まった。次に出る言葉が上手く出てこなかったのかもしれない。しかしその隙をマージルが見逃す筈もない。
「王よ! ここで私の最終的な考えを述べます! おそらくこやつらの言っている事は全て嘘偽り! 今回の件も、そもそもダグンダの街から住人が消えたと言うのも我々を陥れる為の虚言であったのです!」
両手を広げオークの王へと発せられた言葉は、トロンにとっても意外だったのだろう。よもやそこから全てを否定されると思っていなかったのか、その両肩が大きく上下する。
「王よお聞きください! 我々は決してそのような嘘偽りは申しておりません! 我が主テミス・エリザベス様の名に誓って申し上げます!」
「黙れ! 貴様らマグノリアの民には前歴がある事を忘れるな!」
「前歴ですと?」
「そうだ。お前たちだって先程話しておったではないか! 過去犯した我々オークの民に対する極悪非道な行いの数々をな。だが、お前達は反省どころかまるで自分達が我々を救ったかのように得々と話しおって!」
よもや、道中でのあの話をそこまで捻じ曲げられるとは――と思わずバレットは眉を顰める。
「――マージルよ少し抑えろ」
言葉少なく静観を保っていたオーク王の口が動いた。ゆったりとした声ではあったがどこか貫禄を感じさせる。
「は――これは失礼致しました。少々私も熱くなってしまい」
そう言って王に向け頭を下げるマージル。
「だがな――」
ぎょろりと目玉を動かしトロンに対し、
「お主たちの街から住人が消えたと言う事は一先ず置いておくとして、我々の同胞が殺られたのは事実。しかもその事はその男も認めているだろう」
と告げ、後はと言葉が続き。
「この者達の言う事と、お主達の話、どちらが正しいかという所だが――やはり儂は解せんな。我々オークが先に手を出して、一方的に殺られるなんて事はにわかには信じ難い」
「その通りです王よ! あんな男が真面に我々オークと戦って、普通なら無事に済む筈がないので――」
「ちょっと待てや!」
来た――とバレットは思った。辺りに響き渡るは怒声。その声の主は当然――
「風真――君?」
突然の事に振り返ったトロンの両目が大きく広がる。
「おい! お前待て!」
ドラムが声を上げ風真を静止しようと手を伸ばすが、構うことなく風真は歩幅を大きく、瞳を尖らせ、歩みを進める。
その様子にシンバルは相変わらずおろおろとし、リディアとシェリーはどこか戸惑った表情をみせる。しかしバレットは事の成行を見守るように、その背中を視線で追っていた。
「君、一体何を――」
近付いて来た風真へトロンが口を開くが、風真はその言葉も全て聞かず、右手で彼の肩をぐいっと押しのけ、
「もういい、おっさんは引っ込んでろや」
と言いのけた。
そのまま更に足を進める風真を止めるように、今度はトロンがその肩を強く掴む。
「待ちなさい! どういうつもりか判らないが、ここは勝手な行動は――」
直後、トロンの背中がくのじに曲がる。口からは僅かに呻き声が漏れ、その身が膝から崩れ落ちた。
風真は正面を向いたまま右肘を後ろに突き出している。恐らくは鳩尾あたりに肘鉄を叩き込んだのであろう。
「いいから大人しく寝てろ」
首を巡らせ見下ろすようにして言いながら、風真はオークの王の前へと近付いていった。
「あの野郎! ふざけやがって!」
当然のようにドラムが怒り心頭に発した。そのまま風真に突っかかって行きそうな勢いだ。
「ドラム、ここであんたまで出て行ったらややこしくなるだけだとおいらは思うぜ」
バレットは両手を広げながら、ドラムへ助言する。
「馬鹿野郎! こっちは上官がやられてんだ! 黙ってなんて――」
「ド、ドラムさん落ち着いて……と、とりあえずは様子を見てみましょうよぉ」
「ふざけんな! 全くお前はいつも――」
ドラムはシンバルの胸元に指を突きつけ怒鳴るが、その間に既に風真はオーク王の前に立ち、首を上へと傾けている。見上げる程の巨躯を前にしながらも、彼の背中は全く物怖じともしない堂々たる雰囲気を醸し出していた――