第五十二話 オークの証言
「――結論ですが、この度の調査の結果。ダグンダの街にて、オーク殺傷に関わる人物と思われるものを発見し、聴き取りを行った所、当該事件への関与を認めたので即刻確保という対処を取らせて頂きました」
周りのオーク達からざわめきが起こる。言葉にはオーク特有の言語も混じっていた。
完全にオークに優勢とも言えるこの場で、トロンの発言はこちらへの敵意を確実に強める。
勿論、話自体には嘘はない。あえていうのなら、関与しているという風真とバレットの名が明かされていないぐらいだ。
だが、当の本人は、何食わぬ顔で呑気に鼻毛を毟っているような有様だ。
「ちょっと、少しはしゃんとしなさいよ。不謹慎ね」
顔を顰め、周りには聞こえないぐらいの小さな声で風真を咎めるリディア。
風真の隣ではシェリーも苦笑いを浮かべるがその表情はどこか固い。この件に関しては寧ろ被害者と言える立場なのだが、やはり自分が発端である事に気を揉んでいるのだろう。
とはいえ、だからこそこんな場所まで付いて来たと言うところもあるのだろうが、まだまだ小さな女の子である。間違いなく街で心配してるであろうウィルの為にも無茶はして欲しくないとバレットは思っていた。
「ふふん、成程そこは素直にそちら側が全ての非を認めるわけですな」
トロンと王の間では更に話が続けられている。と言っても話してるのは王ではなく、したり顔のマージルなのだが――
「それで、当然そちら側は、犯人の引渡し、及び処罰はこちら側に任せてもらえるのでしょうね? まぁ勿論他にも色々要求はございますが――」
「ちょっとお待ちください」
右の掌を前に突き出し、トロンはマージルの一方的な要求に待ったをかけた。
「今、マージル殿はこちらが全ての非を認めたと申しましたが、それには語弊があります」
その訴えはマージルでは無く、オークの王へと向けられているようでもある。
「確かに今回。オークを殺傷した者が、ダグンダの街にいたのは事実です。王にとっても痛ましい事件であったのは重々承知であります。しかし――」
一瞬言葉を切り、トロンは少しだけ首を巡らす。オーク達を確認するように――
「それを承知で述べさせて頂きますが、此度の件、当該者に話を聞いた結果、彼はあくまで拐われそうになった街の者を助ける為に行ったと証言しております」
再び辺りがざわめく。
「拐われそうになっただと?」
王の左瞼が一気に押し上げられ、肥大化した目玉がぎょろりと蠢いた。先の言葉一つで、有無を言わさず頭から食いちぎられそうなほどの威圧感を醸し出している。
「左様です。事の発端はダグンダの者がこの森に足を踏み入れた事からでした。当人は薬草を取りに来ていたようなのですが、証言によると薬草を採取する途中、一体のオークに捉えられ連れ去られそうになったそうです――しかし、その時件の人物が現れ危ないところを助けたそうなのです」
「むぅ……」
オークの王が両眼を細め短く唸った。
「勿論、殺傷に至った事実は盟約上許される物では無いかもしれません。ですが王もご存知の通り、最近この界隈でダグンダの住人が行方不明となる事件が相次いております。此度の件がソレにも関係していると言うのであれば――」
「それはどういう意味ですかな!」
今度はマージルが声を荒げトロンの進撃を阻止する。
「その話でいくと、まるで我々がお前たち人間を拐った張本人みたいな言い草じゃないか! これは聞き捨てならない話だ! それなりの確証と証拠があっての物言いなんだろうね!」
「それは――」
「第一!」
マージルはトロンに喋らす間を与えまいと強気に言の葉を続ける。
「マグノリアからその話があった時点で、こっちは多数のオークの手を使い森の中を探索したんだ! そこまでさせておいてこんな根も葉もない事を言われたのでは堪ったもんじゃない!」
その言葉責めにトロンは辟易とした表情で、
「マージル殿どうが落ち着いてください」
と窘めの言葉を述べる。
「ふん! これが落ち着いてなんて……」
明らかに怪訝そうに言葉を続けようとするマージルの横に、ふと一体のオークが忍び寄る。
そのオークを見たバレットの記憶が巡る。風真は気付いてもいないだろうが恐らくあれは――
「ふむふむ――何だと! 成程ねぇ――」
オークに耳打ちされ、マージルの口端が醜く捩れる。
「王よお聞きくだされ! この者の話を聞いて核心致しました。此度の件、飛んだ茶番でしたぞ!」
鼻息荒くし意気揚々と王へ進言するマージル。
「茶番ですと?」
トロンが明らかに怪訝な声音で返す。正面のオーク王は右目を広げ、
「どういう事だマージル?」
と問うた。
「ふふん、いいですか王よ。この者の話によると、我が同胞を殺傷した人物は正しく今この場に居るとの事なのです!」
バレットはやはりと、顔を覆うようにハットを深く被せた。
「おい! お前!」
叫び上げながら、マージルの太く短い指が風真を正面に捉えた。
「あん? なんだよ?」
すると、動揺など一切みせず、右眉を窄めながら風真が返す。
「この者から話は聞いたぞ! 今回の件、我が同胞を殺害したのは貴様だな!」
「あん? そうだよ。だから前からそう言ってんじゃねぇか」
風真はあっさり認めた。トロンが態々濁すように話していた事が全て無駄に終わる。
あまりに呆気なく白状する風真の行為に、両隣のドラムとシンバルは口を広げたまま呆然とし、トロンは顔を後ろへ巡らせ右手で頭を抱えている。
「あんた馬鹿!? なんでそこで素直に認めちゃうのよ!」
リディアが吠えた。声のトーンが二オクターブぐらい上がっている。風真は面倒くさそうに両耳を指で塞ぎ顔を顰めた。
「は……はは! 聞きましたか王よ! 認めましたぞ! あの男! あっさりと! 大体私は怪しいと思ってたのですよ! 道中この私に対する態度もそりゃ~もう酷いものでしたからね! だがこれでお判りになられたでしょう? こいつらは端から私たちと真面に話し合う気なんてなかったのですよ!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。確かに彼がこの件に関与してるのは事実ですが、だからといって話し合う気がないなどと言われるのは心外で――」
「だまれ! だったら何でわざわざあんな遠まわしな言い方をする必要がある! 連れてきてるなら最初から王の前に差し出せばすむ話であろうが!」
「そ、それは――」
何とか平静を保とうとしているのであろうが、トロンの歯切れは明らかに悪くなっており、その隙間をマージルに次々と突かれていく。
「大体なんであの男は平然とあんな所にたっているんだ! 罪人であれば手枷の一つぐらいしておくものだろう!」
マージルは口に油でも塗りたくったかのように滑りよく言の葉を連ねる――が。
「マージル殿! 罪人とは些か言い過ぎではないか! 確かにその者の事を言わなかったのは事実ですが、先に述べたようにこちら側は一人捕らえられそうになっているのです。場合によっては正当防衛の可能性もあるとこちらのは考えているのですから」
マージルの言葉一つ取り、トロンが反撃に転じる。とは言えトロン達も、エイダに言われるまではしっかり枷を付けていた理由だが――
そんな中、バレットが周囲を見渡すと、オーク達はすっかり落ち着きを無くし、喧々囂々となり始めていた。
「正当防衛だと?」
マージルの顔半分が僅かに歪む。
「王よ! ここでまた一つ証言させて頂きたい事があります!」
マージルは右の拳を振り上げた。
「証言だと?」
「はい、これは私も聞き及んでなかった事ですが、件のオーク達がどうしても申し上げたいと言うので――」
マージルはそこまで話すと視線をトロンに移し、
「構わないな? 人間」
と同意を求めた。人間と敢えて言葉にしたその口調は、どこか蔑んでいるようでもある。
「私は構いませんが――」
トロンの返しの声は、どこか淡々としていた。マージルが連れてくる者が自分たちにとって不利にしかならないであろう事は、トロンにも予測出来たかもしれないが、だからと言って断ればきっとマージルはその理由を問い責め立てて来るだろう。
「さぁお前達、こちらへ参れ」
オークは不敵な笑みを浮かべ、その者達を呼んだ。マージルの横に並ぶように現れたのは当然だがオークであった。
その数は三体。一体は先程マージルに耳打ちし風真の事を伝えたオーク、そして残り二体にもバレットは見覚えがあった。特にその内の一体は風真にも記憶はあるだろう。
何せ風真が切り落としたお陰で右腕が無いのだ。そのせいか風真を見る目はどこか憎しみに満ちている――