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第五十一話 オークの王

「会談に集まったオーク達の前でテミス女王は改めて謝罪の弁を述べ、深々と頭を下げました。このような事は前ハデス王では有り得ない事ですが、テミス女王はまずしっかりと自国の非を認める事で、オークと人間が対等であることを表明したのです。その後話し合われた内容も全てオーク達の身を優先したものとなりました。オーク達が永住し続けていた森林の復興。食料や物資の提供等がそれです。その為の人員も惜しまないとまで女王は告げました――それらの話を聴いたオークの王は一つだけ質問を行いました。そこまでしてマグノリア側からは何かオーク達に要求することは無いのかと――」


 トロンは首を擡げ、軽く上を見上げながら話を続ける。


「その時テミス女王が望んだ事、まず最も重要な事は――とその口から次いで出たのは、オークとの共存でした。その為に、今後お互いに争いを起こさないよう盟約を結びたいと申し出たのです。オークの王に異論はありませんでした。勿論蟠りの全てが消えたわけではありませんが、誠心誠意接するテミス女王に何かを感じられたのでしょうな。その気持がオークの王に伝わり、マグノリアとオークの間に友好の為の盟約が結ばれたのです――」


「やっぱりテミス女王って凄い方なのね――」


 リディアが両手を後ろに回し軽く呟く。


「いやいや、テミス女王のみならずエイダ様の行った貢献も大きかったのですよ。盟約締結後、森の復興に関してはエイダ様が先頭を切って行いました、何人かの魔術師と共にね。オーク達は未だに魔術の事を毛嫌いしてはおりますが、エイダ様は出来るだけ精霊の力を使って自然のまま再生を早める方法を取ったのです。これはとても長い期間と根気を要するものでしたが、エイダ様は一日も休む事なく、側近としての仕事もこなしながらこれにあたったのです。今この森があるのもエイダ様のお力の賜物といえるでしょう。全盛期に比べればこれでもまだ規模は狭いのですが、ここまでくれば後は自然に繁殖していきますからね――」


 トロンはそこで、

「ちなみに」

と言葉を置き。


「この森が復興しはじめた頃、森の一部に人が立ち入る事を許可して欲しいと願い出たのもエイダ様です。ここにしか生えない貴重な薬草などが存在しますからね。その頃はオークの王もエイダ様に大して一目置かれてましたから問題なく許可は下りたと聞いております」


 表情を緩め、リディアへ顔を向けながら、トロンは話を締めた。


「へぇ~。やっぱりお婆ちゃんって凄かったんだぁ」

 

 話を聴き終え、リディアが両手を胸の前で組みながら瞳を煌めかせた。先程までの暗い影はもはや感じられない。


「ふん、随分と長い話でしたな。しかしもう間もなく到着しますぞ。仮にも王に会われるのですから気を引き締めて貰いたいものです」


 マージルの言葉の中に不機嫌が混じる。


「まぁ、とは言っても――」


 首を巡らせ改めるように全員を見回し、

「こうして見ると、おかしな格好のふたりに、女と子供――まるで旅の見世物屋みたいですな。何か芸の一つでも見せれば王もお喜びになるかもしれませんぞ」

と嘲るような言葉を吐き捨て、歪んだ唇が嫌らしく吊り上がる。


「こいつ斬っていいか?」


 すると、後ろで風真がとんでも無い事を口走った。


「いいぞ。俺が許す」

 

 だが、ドラムに異論は無い。


「ゆ、許しちゃ駄目ですよ!」


 わたわたしながらシンバルが声をあげた。あのふたりを相手する彼に、バレットは少し同情してしまう。


「もうあの裾踏んじゃえば? それぐらいよいでしょ?」


 密かにバレットも気になっていた、マージルの着ている妙に丈にあっていないローブを眺め、リディアが口を開いた。見た目に似合わず意外と陰険な事を言う。


 そして、自分たちの後ろでそのような会話がなされている事を知ってか知らずか、マージルはその歩みを止める事なく続ける。


 心なしか若干足取りが早くなった気がした。バレットが更に前方へ視線を滑らせる。先導役の二体は既に立ち止まり左右に別れ、門を作っていた。


 どうやら目的地は近いらしい。かなりの距離を歩いたとは思うが、トロンの話のおかげかバレットにはそれほど長く感じられなかった。


 マージルは二体の間を潜り、くるりと身体を反転させ軽く顎をさすった。

 二体の前でトロンは会釈しマージルに倣う。他の皆も後に続く。


 そして、自分達以外の全員が抜けた事を確認してから、二体のオークも最後尾についた。


「あそこを抜けた所に王がおられます」


 マージルが首を軽く曲げその位置を示す。

 前方には最初に森に入った時のような広い道が直線に続いている。道といっても草々を強く踏み均した程度の物だが、自然の柔らかさは歩いていても妙に心地よい。


 王がいるという場に近づくに連れ、バレットはつい首を擡げソレを見上げてしまう。恐らく他の皆も一緒であろう。


 マージルの示した方向には一つの大きな入口があった。間隔を空けて生える大樹によって、それはまるで自然が作り出したアーチである。しかし驚くべきところはそこでは無い。


 自然のアーチの更に上方、周辺の大樹から無数に生え別れた枝が、まるで独自の意思をもって作り上げたように、個々の枝と枝が手を結ぶようして幾重にも折り重なり――中々複雑な形状をした屋根を形成していたのだ。

 その姿も相まってか、そこは自然の作り出した宮殿のようでもある。


「少々ここでお待ちを――」


 入口の前で軽く会釈し、マージルはその中へと入っていった。後ろのオーク二体は残したままである。念の為の見張りといったところなのかもしれない。


「しかし――これはもしかしてエイダが魔術で作り上げたものなのかい?」


 待ってる間に、バレットはトロンへ問いかける。


「どうでしょう? 私も聞いたことはありませんが、ただあくまで自然の状態に復興する事を目的としていたので、余り余計な手を加えるような事はしてないと思いますが――」


「ふぇえ、だとしたら、これはまた大したものだねぇ」


 トロンの回答を聞き、バレットは感嘆の声を上げる。


「皆様、準備は整いました。王が中でお待ちです。さぁどうぞこちらへ――」


 思ったよりも早く戻ったマージルに案内され、一行は入口へと脚を踏み入れる。トロンの表情が硬くなっていた。王に会うことに緊張してるのか、それとも不安からか――しかしバレットにとって一つ言えるのは、この件の全ては風真と己れの手に掛かっているという事だ。

 





◇◆◇


 マージルに案内された先は、自然の広間といって差し支えない作りだ。

 外側からも見てとれた植物の屋根は、天井に広がる枝々が格子状に紡ぎ合い。開いた隙間は植の蔦や緑の葉っぱによって覆われていた。雨風が中に入ることは無さそうである。


 上空からは太陽の光が差し込み、葉を透過し優しく広間全体を照らしつけ。緑色の葉っぱと陽光が交じり合う事で、きらきらとした妙に神秘的な姿を醸し出していた。


 円形状の広間は、地の草や根は取り払われ土の面を顕にしている。広さは百平米程はあるだろうか、周りにはずらずらとオークが三十体以上は立ち並んでいる。


 トロンは入口から少し進んで、一旦立ち止まり、

「失礼致します」

と頭を下げる。


 彼の視線の先に見えるのが恐らくはオークの王なのだろう。直近ではマージルが妙に堂々と横に並び、しまりの緩い白いあごを摩っている。


「王はそなた達の話をお待ちだ。そんな所につっ立ってないで早くこちらに参られよ」


 先ほどよりも一段階ぐらい上げた丁重な言葉遣いで、マージルは手招きして見せる。


 頭を上げたトロンには覚悟の色が見えた。瞬時に表情を切り替え、平静な態度で前へと歩む。他の物も後に続くが、広間中程まで進んだところでトロンが掌を使って僅かに合図した。そこで待てという事なのだろう。


 トロンは王の前に立つと深々と頭を下げた。

 オークの王は床に腰を付け座っている。下には直接土面があるわけではなく、太い蔦が螺旋状に絡まり合い、王が腰を乗せている位置には丁度良い膨らみが出来ている。これも自然に出来た物なのかは判らないが、オークの王はその上に胡座をかく形で座っている状態だ。


 尤も座っているとは言え、それでもトロンの身長より高く、他のオークと比べても一回り以上は大きい。隣に立つマージルは下手したら置物にしか見えない程だ。


「お初にお目にかかります、私はマグノリア守団西地区第一守長を努めておりますトロン・ボーンと申します。どうぞお見知りおきを――」


 先ずはトロンが口上を述べた。すると王が研ぎ澄まされた剣のように鋭い目付きでトロンを見下ろす。

 そこに生まれた重圧はオークの王と呼ぶにふさわしい物だ。他のオークと比べ農茶色に近い皮膚や肌に浮かび上がっている無数の傷跡が雄々しさに拍車を掛けている。


「儂は余計な話は好かん。そこに直り結論だけを早く述べるがいい」


 続けようとするトロンの言葉を遮るように、オークの王は力瘤の如き逞しい唇を躍動させた。発せられた言葉は腹に響き渡るように低く太いものだが、言語自体はマージルのように皆に理解できるものを使用している。


 トロンは一旦口を噤み、その思考を巡らせるように軽く頭を下げた。その感は一瞬――直ぐに顔を戻し王に負けぬような強い眼力で正面を見据え。


「結論とは――今回のオーク殺傷の件に付いてですな?」


 問い返すトロンに、オークの王の額がぴくりと動いた。かと思えば隣に立つマージルが息巻き、

「当たり前であろう! 何の為にお前達をここまで呼んだと思ってるのだ。王は大変ご立腹なのであるぞ。さっさと今回の犯人に付いて説明するが良い!」

と捲し立てるように言葉を連ねた。


 しかしその言葉はどこか違和感がある。バレットの双眸がマージルの挙動を捉えるよう注視される。


「承知いたしました――」


 そして、覚悟を決めたようにトロンが口を開く。


 周りのオークが静かに様子を見据え、ドラムやシンバルの表情には緊張の色が見えた。シェリーの小さな喉がゴクリとなり、風真に関しては――欠伸を噛み殺している。


「昨日この森林内で起きましたオークに対する殺害及び傷害について、こちらで調べ上げた結果をお伝えさせて頂きます」


「ふん! さっさと述べるが良い!」


 ここに来てマージルの態度は更に大きくなっていた。隣に王がいるからと強気なのだろう。虎の威を借る狐とは正しくこのような者を指すのかもしれない。


 一方、オークの王に関しては余計な事は語らずどっしりと構え、トロンをしっかり見据えていた――

 


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