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第五〇話 テミス・エリザベス

「話を戻すが、ハデス王の行った非道な行為は後々戦を生き延びたオーク王も知る事となる。これこそがオーク達が魔術を毛嫌いする理由でもあるのだよ」


「ふん! 良く判ってるじゃないか! お前達人間の非道な行いでどれだけの仲間が死に、貴様らの薄汚い実験の犠牲となったか! 更にほとぼりが冷めたと思えば、今回の事件だ!」


「……マージル殿。確かに先に述べた通り我々は過去過ちを犯しました。それはどうあっても消せない過去です。しかしそれとこれとはまた別の話です」


「ふん!」


 マージルの鼻息は段々と荒くなってきている。


「とにかく、この話はここからが一番大事だと思っております。聞くにしてもどうかマージル殿ご冷静に――」


 トロンはそう窘めの言葉を述べた後、再びバレットに話を戻す。


「非道の限りを尽くしてきた前ハデス王だったが、その王権も永劫とは続かなかった。我が国と戦争を繰り広げていたグランディアとディアブロスが同盟を結びマグノリア討伐に乗り出してきてね。マグノリア王国は魔導具に関しては一頭地を抜く程の技術を持ち合わせていたが、それでも手を組み進撃してくる二国の勢いを止める事は叶わなかった――」


 そこまで話してトロンは一旦息を付いた。


「と、言う事は、今はマグノリアはそのグランディアやディアブロスの占領下にあるって事なのかい?」


 バレットは頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「いや、そうはならなかった。確かに我が国は戦争にこそ負けはしたが、その時立ち上がったのが現マグノリア女王であるテミス・エリザベス様でね」


「お婆ちゃんは、女王が幼い頃から世話係として付き添っていたのよね……」


 リディアがぼそりと言葉を漏らす。


「そうですな。テミス女王は幼い頃に母君を無くし、エイダ様をまるで家族のように慕っておりましたから――」


 トロンはどこか遠い目をしながら語る。


「テミス様の母君もとても心根の優しい方でした。そしてその精神はテミス様にもしっかりと受け継がれていてね。戦時中非道の限りを尽くすハデス王とは違い、テミス女王、当時は王女でしたが、陛下は自ら外に出向き、傷ついた兵士の手当等にあたりもした。国民たち一人一人に声を掛け、心身のケアにも努めてきたのだよ。更にこれは後から判った事だったが、件の際、僅かに生き残ったオークの女性や子供を匿っていたのもテミス女王だったのだ」


 バレットはちらっとマージルの背中を眺める。先程と違い今度は横槍を入れる事は無く、黙って前を歩き続けている。


「マグノリアが戦争に敗れた事。そしてこれまでのハデス王の残虐非道ぶり、それらを受けてマグノリア国民が渇望したのはハデスの王権剥奪。そして当時王女であったテミス様の王位継承です。戦争に負けたマグノリアにとって、事を成すのに一刻の猶予もありませんでした。その頃テミス女王はまだ齢十五という年齢でありながらも国民のひいては国の為になるなら、と、ハデス政権に反旗を翻す事を決意したのだよ」


 一度トロンの視線が大地に落ちた。が、すぐに正面を見据え再び話を紡いてゆく。


「勿論、これには前ハデス王も黙ってはいなかった。しかし、すでに戦で兵は疲弊しきっていた上、その中でも多くの者はテミス女王側へと付き――残ったのはハデス王の下で栄華を貪り続けていた一部の貴族だけという状況。そしてテミス女王は数多くの元マグノリア兵達に守られながら遂にハデス・エリザベスを王座から退かせる事に成功した――」


「女にしちゃやるじゃねぇか」


 後ろから風真が何げに呟く。横のドラムが何か言おうと口を開きかけるが、一足先にトロンの唇が動き話が続けられる。


「――そうですな……ですが王女にとって辛いこともありました。テミス女王は対外的にも、そして国民の為にも父であり王であったハデス王に処罰を下さねばならなくなったのです。女王にとっては苦渋の決断だったと思いますが……父君であるハデス・エリザベスのみならず、数多くの者も戦犯として罰せねばならなかったわけですから」


 トロンは憂えをおびた表情を浮かべ――


「結果、前ハデス王と多くの戦犯者達は城の地下深くに幽閉される事となった。しかしそれだけでは女王の望む平和は訪れません。テミス女王は世話係としてまた相談役として常に一緒に行動してくれたエイダ・メルクール様を側近に迎え、武力でなく外交でマグノリアが存続出来るよう、根気よく各国の長と交渉し続けたのですよ――」


「テミス女王ってのは本当に大したものだだねぇ。一度ぐらいお会いしてみたいものだよ」


 この話になってから妙に暗いリディアを気遣ってか、若干軽い口調でバレットが言う。


「……もうバレットたら。そんな簡単に陛下にあえるわけないじゃない」


 するとリディアがくすりと笑顔を覗かせた。

 浮かび上がった天使の微笑みに、バレットも微笑を浮かべる。


「おっと悪いねトロン、話の腰を折っちまって」


 後頭部に手を添えトロンへと向き直るバレット。


「いやいや。大丈夫ですよ」


 バレットの表情に合わせるように、柔らかい笑みをトロンも浮かべる。


「で、話は確かテミス女王の――」


「えぇそうですね。テミス女王とエイダ様は友好国も交え多岐にわたる交渉を根気よく続けました。その頃のお二人は寝る間も惜しんで国の為、武では無く心で戦い続けていたのです――」


 そこでトロンはチラリとマージルをみやった。が、特に変わる事なく歩みを続けている。


「――こうした二人の交渉の甲斐あってか、遂にマグノリアは占領という危機からは逃れ、国家存続の危機を脱しました――そして、テミス女王が王位継承した直後グランディアに攻め入っていたマグノリア兵も捕虜として捉えられていたのですが、彼らも無事マグノリア国に返還される事となったのです。が――」


 トロンは一旦そこで事場を区切った後、軽く咳払いし話を続ける。


「……グランディアに捉えられていた捕虜の中には、オークの王もおりました。話が纏まった事で当然オーク王もマグノリアへと無事帰還する事となったのですが――そこで王は初めて同胞達が魔術の実験体となっていた事。そして王との約束が反故され戦にも駆り出されていた事を知ったのです」


 前を歩くマージルの右耳が僅かに前後する。


「オーク王の怒りは頂点にまで達していた。約束を信じて戦ってきたのに実際は多くの仲間達が犠牲になっていたのだから当然と言えたかもしれない。勿論これは前ハデス王の行為――テミス様には直接は関わりの無い事でしたが……ですがそれで納得が出来るような精神状態では無かったでしょう。城の前で暴れまわるオーク王をマグノリア兵が必死に止めようとしましたが、一騎当千とまで言われた王の進撃を止めれる物などそうはいません。仕方なく何人かの魔術師が呼び出され、魔術による鎮圧が施されようとしていたのですが――その策はテミス女王の手によって止められたのです――」


 トロンの話にはバレットのみならず、皆が耳を傾けていた。風真は時折大口を開けて欠伸してたりすぐが、それでも話はしっかりと聞いているようである。


「その後――テミス女王の取った行動は皆を驚かせた。止めるものも多くいたと聞き及びます。ですが陛下は意思を曲げず――猛るオーク王の前に単身姿を現したのだ。己よりも遥かに小さな女性がたった一人恐れも見せず目の前に立つ。その凛とした姿にオークの王ですら思わずたじろいだという。留まる様子の無かった巨躯が動きを止め、その双眸は王女を捉えて離さなかったといいます。すると陛下は言いました。父であり王であったハデス・エリザベスの行為は決して許される事では無いと――オークの王の前で、前王の行った事とは言え女王はその非を認めたのです――」


 ふと一羽の鳥が、鬱蒼と茂る樹木の間から飛び出しトロンの前を横切る。少しだけ驚いたように瞳を丸くさせ彼はその脚を止めた。それによって皆の動きも一瞬留まる。


「あれは貴方たちの言葉で言うと、バードピックですな。あの肉も中々旨いですが私達はあの細長い嘴を加工して狩猟ようの矢に変えたりしてますな。普段は立木を穿り虫を食べるぐらいの大人しい鳥です」


 マージルはトロン達の様子を窺うように首を回し、そんな説明を述べた。


「へぇ。だったら――」


 ふと風真が口を開き、直後、風神の柄に手をかけ身を乗り出そうとする。


「馬鹿よせ!」


 当然のようにドラムが遮った。


「なんで止めんだよ!」


「当たり前だ馬鹿! 立場わきまえろって何度言わせんだ!」


 風真とドラムが噛み付きあっているのを、何とか宥めようとするシンバル。


「全く騒々しい方々ですな。王の御前まで間も無くなのですから、急いで欲しいものです」


 マージルの言い方はやはりどこか刺がある。


「失礼致しました。私めが脚を留めてしまった為、とんだ迷惑を。さぁ皆さん急ぎましょう」


 マージルへ小さく頭を下げ、後方へ言葉で促し、トロンは再び歩みを再開する。


「ちっ――」


 舌打ち混じりの風真と、注意深く眼を光らせるドラム。

 そんな一行の姿を見ながら、難を逃れた件の鳥が呑気に首を傾げた。


「いずれ絶対喰ってやるからな!」


 風真は食べる事には意外としつこい。


「どうも話が飛び飛びになってしまいましたな」


 トロンが面目無さげに顎を掻いた。


「いやいや。大丈夫さぁ」


 バレットは下唇を横に引きニッと笑って見せる。


「あの――それで陛下はどうなったのですか?」


 バレットの脇から、少女の小さな顔が飛び出し、何げにトロンへと話の続きを求める。


「えぇ。リディア様も知っての通りテミス女王は今もマグノリア国の王女として健在です。オークの王の前で罪を認めたテミス女王は、その時は自らの命を差し出しても構わないとまで述べたそうです。しかしエイダ様はそれをよしとしませんでした。他の物がまるで近づけない緊張の渦の中に問答無用でエイダ様は飛び込み、火中の栗を拾うような真似をしたのです。エイダ様は言いました、女王の命を奪うと言うなら先ずは自分の命を奪えとね――」


 リディアは真剣な顔でトロンを見続け、話を聞く。


「そして――結局オークの王は二人に手を掛ける事はありませんでした。勿論事を起こそうと思えば出来たのでしょうが二人の気持ちが本気である事を知り、それがオークの王に迷いを生ませたのです。更に決めてとなったのはテミス女王の匿っていたオーク達の子供や女性達の存在です。言葉は通じなくても心は通じていたのでしょう。マグノリアの者が気を使い、その場に連れて来た事。そして匿ってもらっていたオーク達が王に直接その旨を伝えた事。それらの出来事がオーク王の心を多少なりとも解きほぐし、話し合いによる解決の場を設ける所まで至ったのです」


 トロンの話は佳境に入ろうとしていた。


「テミス女王によって設けられた会談の場には、王のみならずオーク達も希望があれば全て招き入れました。マグノリアからはテミス女王とエイダ様、そして当時マグノリア兵達を纏める役目を与えられていた、『シバ・コールマン』様の二人が立会いました。ちなみに余談ではありますがシバ様は今は私達守団の長になられてる方です」


「なるほどねぇ」


 バレットは軽く相槌を打つ。脳裏にはまだ疑問となる事も残ってたがこの場では話を聞くことに集中した――

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