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第四十九話 オークとの過去

「違うんだ――僕はそんなんじゃ――違……」


 列の後方では、シンバルが一人ぶつぶつと呟き続けていた。

 だが一度掛けられた疑いは中々消えるものでもないだろう。


 そんなシンバルを他所に、オークの案内に従い歩き進めると程なくして、広がっていた道は途切れ、大樹が乱立し草花が生い茂る道なき道へと踏み込んでいく。


 先頭はマージルの両脇にいたオーク二体が務め、面前に突き出た枝を手持ちの剣でなぎ払いながら進んでいく。


 二体のオークのおかげか、マージルは悠々とした表情で前のオークが踏み進めてくれた道を辿っている。


 トロン達一行もこの恩恵に授かり、まるで樹海のように広大な森林の中をそれほど苦もなく進む事が出来た。


「でもジョニーさんの名前が違ったなんてびっくりです」


 小さな声でシェリーが話しかけると、バレットは額を掻きながら面目ないといった表情をする。


「悪かったねぇシェリー。ちょっと色々事情があってさぁ」


「全く、俺には名前を偽る意味が判らないぜ。まぁいい加減そうな男だけどな」


 シェリーの後ろから風真の声が響く。


 リディアが首を巡らせ風真にキツイ視線を送っているが、バレットは苦笑いを浮かべることしか出来ない。


「シェリー、バレットも悪気はないのよ。バレットというのはしっかり本名みたいだから許してあげてね」


 リディアはすっかりお姉ちゃんみたいな口ぶりでシェリーに言った。


「いや、僕は別に――ただ間違っちゃいそうで」


「あぁ確かに! 私も最初戸惑ったもの」


 言ってくすくすとリディアが笑っていると、前を歩いているマージルが顔を巡らせ、リディアを見ながら口を開く。


「ところでそこの娘さんもやはり、エイダ殿と同じく、魔術の腕は相当なものなのですかな?」


 マージルの唐突の質問に、リディアは自らを指さし目を丸くさせ、

「え? 私? う~んそうねぇ。まぁお婆ちゃんとはちょっと違うけどこう見えて――」

と腕を胸の前で組み得意気に語ろうとする。が、しかし――


「いやいや。これがまたリディアの魔術とかいうのは本当酷いものでねぇ」


 バレットが問答無用でリディアの伸びかかった鼻を見事にへし折る。


「ほぅ」


 マージルは額の皺を引き上げ、片目を細めながら興味深そうに耳をぴくぴくと動かした。


「ちょ! ちょっとバレット! そんな言い方って――」


「いや。お前実際変な事ばかりしてたじゃねぇか。なんだあの屁みたいな匂い」


 風真からも追従を受け、リディアの頬が不機嫌そうに膨らんでいく。


「シェリーもそう思わないかい?」


 右手を掲げ上げながらのバレットの突然の問いかけ。


「え? え~と、確かにリディアお姉ちゃんの術は変わってるとは思うけど――」


 なんとも困った感じにシェリーは頬を掻く。


「酷い! 酷いよ皆! 何もそこまで言わなくたっていいじゃない!」


 若干悲しそうな表情で、リディアは両の拳を上下に振った。


「この話は本当ですかな?」


 マージルが確認するように、トロンに問うが。


「いや、なんとも私はリディア様の魔術を見た事が無いので――」


 チラリとトロンがバレットに視線を送る。するとバレットは何かを訴えるような目でトロンを見た。


「――まぁしかし、街では彼等の方がリディア様と親しいようですから、その話に嘘は無いのでしょう」


 トロンは軽く瞼を閉じ言葉を追加した。リディアから恨めし気な視線が発せられていたが、気が付かない振りをする。


「ふむ。成程、蛙の子は蛙という風にはいかなかったわけですな」


 マージルは豚の割にそんな言葉をよく知っている。知識に関しては人並みにあるのであろう。


 オーク達に付き従い森を歩き始めてから、どれくらいたったであろうか。最後尾を歩くシンバルは右手で汗を拭いながら肩で息を切らし始めている。


 実際森の中は想像以上に暑い。オークは涼しい顔して歩いているが、リディアやシェリーの額には玉のような汗が浮き出て、バレットも時折ハットを脱ぎ汗を拭く。


「あの、目的地まではまだあるんですか? 結構歩いたような気もするんですが――」


 特に疲れた様子も見せず前方を踏破していくマージルへ、シンバルが問いかける。


「ここまでで半分程ですよ。何ですか? もう根を上げられたので? 人間と言うのはなんとも脆弱な生き物ですな」


 マージルの言葉には一々刺がある。


「馬鹿言うな、俺は全然平気だよ。こいつがだらしないだけだ」


 失敬なと言わんばかりに、ドラムが眉根を寄せた。


「こんなもん屁でもないぜ」


 風真は胸を張り応える。ドラムにしろ風真にしろ、多少の汗は掻けど息一つ乱れていない。お互い体力にはかなり自身があるようだ。


「シェリーは大丈夫かい?」


 バレットが後ろを気にかけ言葉を掛けた。


「あ、はい僕も大丈夫です」


「ま、少くとも後ろの野郎よりは、平気な顔してるけどな」


 シェリーの返事に合わせて風真がそんな事を言った。確かにこの中では誰よりもシンバルが一番辛そうである。


「しかし私には少々この距離はきついかな。いや年は取りたく無いものだね」


 言って微笑を浮かべるトロンだが、その表情には疲れの色が全く見えない。これは体力がというより、精神力が何よりも強いのであろう。


「ところでリディア、一つ聞いてもいいかな?」


 ふとバレットがリディアに話しかける。が、リディアは急にそっぽを向き何も応えてくれない。どうやら先程の件をまだ根に持っているようである。


 バレットは苦笑いを浮かべながら仕方ないと、顔を巡らせ話の矛先をトロンへと移し替える。


「トロン守長。ちょっと良いかい?」


 バレットの問いかけにトロンは軽く眉を上げ、

「トロンで良いよ、君もその方が呼びやすいだろ?」

と笑顔を覗かせた。


「それじゃあお言葉に甘えて――」


 言ってバレットはハットのブリムを指で軽く押し上げ、

「トロン――」

と改めて呼びかけた上で更に言葉を続ける。


「確かオークというのは、魔術を毛嫌いしているんだろう?」


 バレットは出来るだけ小さな声で、トロンに質問を行う。


「あぁ確かにその通り――」


 その時、一瞬だけトロンの表情が曇ったように見えたが、バレットは引き続き口を開く。


「だとしたら、何でオーク達はエイダに一目おくような事を? 魔術を毛嫌いしてるなら寧ろ嫌われそうな気もするんだけどねぇおいらは」


 バレットの問いかけに、目線を少し下にやりトロンが考える。


「もしかしたら答え難い事だったかなぁ?」


 トロンの横顔を見ながら、バレットが口を開いた。


「いや、そういうわけではないのだが――何せ君達はこの地の事はまだよく知らないようだし、何から話せばいいのやら――」


 トロンは、バレットにだけ聞こえるぐらいに声を潜めて言葉を返し、

「とりあえずここでは時間も限られてるし、オークとの事だけ答えるとするよ」

とバレットに顔を向け言葉を続けた。


「ありがとう。助かるよ」


 ハットのブリムを押し上げながら、バレットは礼を述べる。


「かつて、この森は今よりも更に広大だった。そしてオーク達は人間がこの森を訪れるずっと昔からこの森に住み続けていた」


 声音を下げたまま、オークに関してトロンは話し始める。


「人間が初めてこの森を訪れた時には、オークのその姿に大層驚いたそうだ。その上彼らは見た目こそ人と違うものの、独自の文化と言語を持ち知能は決して人に引けをとらず、そして静かにこの地を守り続けていた――」


 トロンの話に、バレットは脚を動かし続けながらも静かに耳を傾ける。


「マグノリアの人々はそんなオークに敬意を評し、必要以上に森に立ちいる事はしなかったと。そしてオーク達もそんな人々に手出しする事も無かった。元来オークはとても温厚な種族だっただよ――」


「お前たち人間が――我々を裏切るような真似をするまではな」


 前方のマージルが憎々し気に言葉を漏らす。トロンの小さな声さえもしっかりとその両耳で聞き取っていたのだ。オークの聴覚は人間を遥かに凌いでいるのだろう。


「……マージル殿の言う様に、我々人間は過ちを犯した。マグノリアの人間とオークの関係は良い意味で均衡が取れてたのだが。しかし――その関係を崩壊させたのは先代の王【ハデス・エリザベル】だったのだよ」


 トロンは諦めたように声の調子を少し上げる。聞こえているのにわざわざ遠慮する必要もないからだ。


「当時マグノリアは大国グランディアと戦争状況にあり、また帝国ディアブロスとも強調状態が続いていた。その為先代のハデス王は他を凌駕する圧倒的な力を欲していたのだ。そこで目をつけられたのが森に住むオーク達だったのだよ」


 何時の間にか顔を戻し、二人の話に聞き耳を立てていたリディアの表情が暗い。


「ハデス王は――寄りすぐりの魔術師達を加えた一個小隊を森に派遣した。目的はオークの王を含めた屈強なオーク達の捕獲――そして……歯向かうものは見せしめの為、多少犠牲になっても構わないと――」


 話しながらもトロンの眉間に皺が寄る。


「突如現れ不貞を働くマグノリアの兵士に、当然オークは黙っていなかった。彼等の力は遥かに人を圧倒する程のものであったしな。しかし――それでも魔術師から放たれる力に抗う術は無かった。人間より遥かに力も体力も優れているオークが、魔術で生み出された業火に次々と焼き尽くされ、風の剣は五体を切り裂き、雷の矛はその巨躯をものともせず貫いた。ハデス王の命によって数多くのオークは絶命し、そして森の大部分も焦土と化してしまった――」


「犠牲になった仲間の無念が今でも聞こえてきそうだよ」


 苦々しい口調でマージルが零す。


「……当時のハデス王の残虐非道ぶりは目に余るものだった。オークも我々と同じく性別があり、子も産む。しかしハデス王は存命し兵士として使えるオークのみを残し、それ以外は殆どが無残にも駆逐されていってしまった。森の中に累々と敷き詰められる同士の死屍をその目にしたオーク王は、天をも貫くような咆哮を上げ泣き叫んだとの事だ……」


 リディアの表情は更に暗く沈んでいた。胸の前で握られた拳は強く強く指が食い込むほどに――


「戦いはオーク王の降伏によって決着が付いた。戦が終わりハデス王の前に連れられたオーク王は、恥も外見もかなぐり捨て前王の面前で平伏し懇願したという。戦争にはオーク王自らが出陣すると、だからどうか他の仲間には手出ししないで欲しいと――」


「その時の王のお気持ちを考えると胸が痛みます」


 トロンの話の間にもマージルは細かく言葉を入れ込んでくる。


「……しかし、ハデス王はオーク王を見下ろしながら罵りの事場を吐き、それでも耐え続けたオーク王の行為に免じて、その活躍次第では他のオークに手を出さない事を約束した……」


「――それじゃあ。結局戦にはオークの王のみが向かったのかい?」


 問いかけと共にバレットの右眉が僅かに上がる。


「――いや。確かに戦地でのオーク王の戦いぶりは目を見張るものがあったと聞きますがな。しかし――それでもハデス王はオークとの約束など守る気などは無かったのだ。ハデス王は特設した研究施設に捕らえたオークを集め、当時マグノリアが一番力を入れていた魔導具の実験材料として利用したのだよ――」


「全く思い出すだけで胸がむかむかする話ですな」


 マージルがトロンとバレットの方へ首を巡らせ声を高める。


「……トロン。もし話し辛いようならあまり無理しなくてもいいんだぜ」


 オークの前という事もありバレットが気を遣うが、

「いや。これは事実の話です。この地の事は二人にもよく知っておいて貰った方が良いでしょう」

と返すトロン。二人とはバレットと風真の事で間違い無いだろう。


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