第四話 落雷
「ふぅ……なんとか上手くいったな……」
風真はそんな言葉を吐きだしながら安堵の表情を浮かべる。
残った一基のガトリング砲は、風真を捉えようと必死に砲身を動かし続けるが、動き続ける目標に中々照準が定まらない。
「あのハリボテはもう問題無いが、この背中に突き刺さるような視線の感じ――来るか!」
風真がそんな言葉を発した直後、ガトリング砲の銃声音が止み、上空より現れた一陣の影が風真に向かって銀色のサーベルを振り下ろす。
「お望み通りやってきましたよ風真君!」
「やっとお出ましか相澤長官殿よ!」
相澤の空中からの一撃を風真は雷神の刃で受け止める。
剣撃を風真に受け止められその衝撃で少し後方に弾かれるように相澤の両足が静かに大地へと降り立った……かと思えた瞬間間髪入れずにその身を一歩踏み込み、右手に持ったサーベルで左から右に凪ぎ払う。
その剣撃を風真は紙一重でかわした……つもりだった。
しかし風真の胸に横一直線の切り傷が刻まれ僅かではあるが流血が地面に滴り落ちる。
「全くこれがさっきまで高みの見物を決めきめこんでいた奴の動きかよ……」
「誉め言葉として捉えておきますよ……しかし背後には気を付けたほうが良いですね」
その言葉の直後、風真の背後に多量の弾丸が迫り来る。
「チィィィ! 正気かよ!?」
相澤は軽いステップで既にその場から離れ、風真もすんでの所で横に飛び跳ね銃弾をかわした。
「おいおい! 部下の教育がなって無いんじゃないかぁ? あんなもん一歩間違えればテメェも蜂の巣だろうが!」
「いいえ上出来です、彼等には隙あらば私に構わず撃てと命じてますから」
「それはそれは……忠誠心に長けた部下をお持ちで大層羨ましいかぎりだぜ……とはいえ……要は狙われる隙さえ作らなきゃいいってことだな!」
そう言うが早いか風真は雷神に手を掛け乱雷と叫び、幾重もの斬撃を雷のごとき速さで繰り出す。
しかし剣撃の速さは相澤も風真に負けていない。風真の攻撃に合わせるように繰り出される相澤のサーベル、刃と刃の激しくぶつかり合う音が戦場に響き渡る。
「隙あらば撃て」そう命じられた相澤の部下達。
しかし彼等の目に映るは戦場を縦横無尽に飛び交う二つの影と影。とても照準を合わせる所では無い。
「長官あんなに凄かったのか……」
部下の誰かがぼそりと呟いた。
「ちぃぃぃ当たらねぇ! 速さは下手したら俺より上か!?」
猛烈な勢いで繰り広げる雷神による連撃を躱しいなす相澤に対し風真は思わず声をあげた。
そして相澤もサーベルの鋒が風真の正面に来るように構え攻撃に転じるチャンスを窺う。
風真の斬撃と斬撃の間の僅かな隙間。そこを目掛け鋭い突きを瞬時に五発繰り出す。
一発――二発、三発目までは、掠り傷を負いながらも避ける風真。
しかし四発目は避け切れないと察し雷神の刃で受け、そのまま刃を鞘に納め五発目を後ろに大きく飛び退け避ける。
そして飛び退いた先でうまれた相澤との距離は風真の居合の射程範囲。風真はすかさず風神に手を掛け刀身を抜く。
「させませんよ!」
相澤は声を発すると同時に地面をけり、跳ねるように一気に風真との距離を詰めながら突きを一撃繰り出す。
激しい衝撃音と共に相澤の突きは風真の風神の柄頭に当たり、抜き掛けたその刀身を押し戻す。そして相澤はすぐさま左手で掌に収まる位の大きさの拳銃を取りだし風間にむけ狙いを定めた。
「――テメェ! まだそんな物を!」
「言ったでしょう風真君、時代は変わったんです」
相澤が拳銃の引き金を数回引くと乾いた銃声が三回戦場に鳴り響いた。
「くっ!」
放たれた弾丸の内一発が、風真の脇腹の部分に風穴を空け風真は一瞬歪んだ表情を覗かせる。
「この距離で当たったのは一発だけですか……しかし次はガトリングの攻撃が来ますよ!」
そう言って相澤はガトリング砲に視線をを向けた。
しかし肝心のガトリング砲からは鉄同士の細かくぶつかり合う音が虚しく響き渡るのみで一向に弾丸が発射されない。
「ここにきて目詰まりですか……」
その隙をついて風真の居合での一撃が相澤の首を狙う。
「チィィィ! 本当に容赦のない!」
相澤はその首に迫り来る斬撃を、すんでの所でサーベルを使い防ぐ。相澤の額から冷たい汗が滲み出し地面に滴り落ちた。
「少々油断しすぎだぜ相澤長官様よ!」
風真は嫌味混じりな声でいい放った。
「クソ!」
相澤は風真から距離を取るようにステップを踏みながら左手の拳銃を撃ち続ける。
しかし風真に向けて放たれた弾丸はことごとくかわされ掠り傷一つ負わせられない。
「闇雲に撃ったところで当たらないぜ」
「くっ!」
相澤は更に狙いを定め引き金に指をかけた。
しかし引き金を引いた相澤の銃口からはカチッという空音のみが虚しく響き渡る。
「こっちも弾切れ……ですか」
「雷突!」
稲妻が通り過ぎるが如く風真の鋭い突きが相澤目掛け突き抜ける。
「――その突きはかわしきれるものじゃ、ありませんねぇ……」
相澤が言葉を発したその刹那、相澤の肩が抉れ上空に出血が飛び広がった……
「へっ! そろそろテメェにも地獄の釜戸が大口広げて待っているのが見え始めているんじゃないのか!?」
風真は雷突の一撃で傷付き出血する相澤の姿を刮眼し声を荒げ問うように叫んだ。
「やれやれ……こう見えて私は信心深いのですよ? この身朽ちるときは極楽浄土に向かえると勝手に思っているんですがねぇ……」
相澤は右指を額の上に添え静かに答えた。
降り注ぐ雨はよりいっそう激しさを増し双方の傷口に染み渡る。更に稲光が時折広がり、雷の轟音が幾重にも重なり合うように戦場に響き渡っていた。
固唾を飲むように見守る警官隊達。既に二人の戦いに割り込む余地等ないことを誰もが感じ取っている。
相澤は空になった小銃を見つめるとそのまま地面に向け放り投げ、サーベルを構え直した。
その動きに合わせ接近戦になると踏んだ風真は雷神に手を掛け身構える。
「そろそろ……」
「決着を付けるか」
双方が一言ずつ言葉を発した。
『我!大日本帝国警察隊長官 相澤 誠』
相澤が声を挙げ口火をきりだす。
「ふん!肩書は立派なものだな、だったらさしずめ俺は……」
風真は言葉の間に一拍おいた後、更に大きく口を広げ、
『我!世界一の大剣豪 風真 神雷』
相澤に習いそう叫び挙げた。
「世界一とは大きく出過ぎでしょう……」
相澤が静かに呟く。
その場の誰もが次の一撃で勝負が決まる……そう信じて疑わなかった。
二人の視線が其々に交わり双方の得物を持つ手に力が入る。
「行くか」
「行きますよ」
風真と相澤は其々の得物を構え言い合わせるように言葉を発する。
「いざ!」
「いざ!」
対峙する二人が同時に力強く言葉を発した。
「尋常に!」
「尋常に!」
その二人の間を、ぶつかり合う言葉と言葉が交わり合い、戦場にこだまする。
「参る!!」
「参る!!」
風真と相澤……双方が同時に発した掛け声と共に、視界の先に見据える獲物を得物で狙い二つの影が飛び出した。
中心で二つの影が交わると同時に火花が散り、刃が激しく擦り合う音を戦場に響かせる。
その瞬間だった……大地を揺るがすような激しい轟音と共に辺り一面を激しい稲光が包み込んだ。
そして眩い光が収まり皆の視界がはっきりし始め視線を元に戻すと……そこに風真の姿はなく着物の切れ端が一片残っているだけであった――
次から異世界編となります。