第四十六話 オークの森に向けて
「トロン守長、手紙には一体なんと?」
ドラムが尋ねるとトロンは、ふむ……と一言発し、
「手紙には、もう準備は出来てるからいつ来ても構わないとの旨が書かれているな」
と応えた。
「だったらさっさと行こうぜ」
風真が少し顎を上げながら勇み立つ。
その様子を見ていたバレットが一抹の不安を覚えた。
あくまで話し合いに行くんだという事をこの男が理解しているのか、その辺りがかなり心配なのである。
「あの……やっぱり僕たちも行くことになるんですか?」
風真とは対照的に、シンバルがここに来て急に怖気づいたような情けない顔をする。
「当たり前だ、唯でさえ厄介事が増えてるんだからな」
ドラムの答えにシンバルはがっくりと肩を落とした。
「もうこうなったら、俺達もあんたらにお願いするしかない。行方不明の街のものの件も含めて宜しく頼んだよ」
街の誰かがそんな言葉を述べると、周りの住人たちも、
「そうだ! 頼んだぞ!」
と次々にトロン達に言葉をかけていく。
トロンは少々複雑そうな面持ちであったが、住人たちに頭を下げ。
「皆様のご期待に添えれるよう努めさせて頂きます」
と決意の言葉を述べた。
「しかし森まではどうやって行くんだい? まさかぞろぞろ歩いてとか?」
するとバレットが眉を広げ素朴な疑問を口にする。
「いや、流石に今回は馬車を使います。ただ、われわれのだけでは席が足りないので一台お借りしても宜しいですかな?」
トロンはナムルに足の手配を頼んだ。すると得意げに鼻下を指でこすりながら、
「まかせておきな! 直ぐにでも用意してやるよ!」
と述べナムルは颯爽と駆け出した。
「だったら僕はぁ。焼きたてのパンを用意するよぉ」
相変わらずの間延びした声のドメイクがパンを捏ねるポーズを取る。
「いや! そんな長旅というわけでもないですし大丈夫ですよ!」
「そうかぁい? 残念だなぁ」
ドメイクの返事に、
「全くピクニックに行くわけじゃねぇっての」
と小さな声でドラムが悪態を付く。
「まぁまぁ……」
シンバルは苦笑いを浮かべ、彼を抑えるように両手を軽く上下させた。
「あの!」
すると突如、シェリーが小さな身体にそぐわない大声を上げ、
「ぼ、僕も連れていってもらえませんか!」
等と言い出した。
「ちょ! なに言ってるのよシェリー! 駄目に決まってるじゃない!」
リディアが両眼を見開きそう返すが、
「でも! 風真さんの事は僕が発端じゃないですか。それにオークが僕を捕まえようとしたのは本当だし、僕が一緒に行けばその証明に――」
「シェリー! いい加減にしなさい!」
怒気を帯びた顔つきでウィルが咎める。
その剣幕にシェリーの肩がびくっと跳ね上がった。
「……悪いがシェリー、こちらとしても君を森に連れて行くわけにはいかない。確かに彼とオークの件にはシェリーも関わってるかもしれないが、だからと言って子供を危険かもしれない場所まで同行させるわけにはいかないのだよ。判ってくれるかい?」
トロンは腰を屈め諭すようにシェリーに伝える。
「トロン様の言う通りですよ。シェリー、貴方はまだ子供でしかも女の子だ。少しは自覚を持ちなさい。それに貴方が行ってもし何か事が起きたらどうするんです? それが原因で皆に大変な迷惑を掛ける事になるんですよ」
ウィルの咎めの言葉にシェリーはしゅんと頭と耳を下げた。
「別に行きてぇって言ってんだから、連れてってやりゃいいじゃねぇか」
「ちょっとあんたは黙っててくれる?」
風真がぼそりと呟くと、即行でリディアが尖った言葉を返した。
余計な事を言わないで、という空気がその顔からにじみ出ている。
「シェリー、今回ばかりは仕方ないさぁ。後は大人たちに任せて街で待っていてくれよ」
バレットも皆(風真は別だが)に同調するように口を開き、両手を広げた。
その場のほぼ全員に反対され、しょんぼりと顔を俯かせるシェリー。
「判りました――」
そして、シェリーの口から吐息のように漏れる小さな声。
本人は納得していないようだが、こればかりは仕方ないとバレットも眉を上げハット目深に被せた。
「皆、準備が整ったぜ!」
そんな微妙な空気の中、張り切り勇んでナムルが戻ってきた。
「まぁうちの馬車はどれも最高だが、その中でも特別乗り心地の良いのを選んだぜ! 独角馬だって特に利口な奴等を準備させた。まぁ全て利口なんだがその中でも特にって意味で――」
「わ、わかりましたわかりました。それでは早速オークの元へ急ぎましょう。あまり遅くなってしまっても芳しくないので――」
放っておけば永遠に喋り続けそうなナムルの口をトロンが言の葉で塞いだ。
ただ、彼の登場で微妙な空気は解消された気もする。
そして、トロンによって消化不良気味のナムルの表情を見てバレットも苦笑いを浮かべる。
「まぁ、じゃあとにかく馬車の所まで案内しますよ。乗ってきたという馬車も一緒に準備してるんで」
「あぁ、無理をいって悪かったね」
トロンが労いの意味も込めてそう言うと、
「な~にお安い御用ですよ」
とナムルが力こぶを見せつけて得意がった。
ナムルの案内によって森へ向かう面々が後に続く。ふとバレットが後ろに目を向けると、エイダがシェリーに何か語りかけているようであった。恐らくは落ち込むシェリーを励ましているのだろう。
「それでは皆さん準備は宜しいですか?」
ナムルに用意して貰った馬車を念入りにチェックした後、トロンが皆に声をかけた。
「いつだっていいぜ。とっとと向かおうや」
誰よりも早く風真が言葉を返し、他の皆もそれに続いてOKの返事を示した。
トロンが六人全員の状態を確認した後、ドラムとシンバルが風真と共に自分たちが乗ってきた馬車へと乗り込む。
勿論これは風真を警戒しての事だが、当の風真は、
「じゃじゃ馬やこうるせぇ奴と少しでも離れられて助かるぜ」
と悪態を付いた。
「なんなのよあいつ!」
腰に手を当て文句を言うリディア。その可愛らしい頬が風船のように膨れ上がった。
「ははっ、旦那はもう少し女の子の扱いを心得た方が良いねぇ」
微笑しバレットがハットのブリムを押し上げる。
「さて、私たちも参りましょうか」
風真達が馬車に乗り込んだのを確認し、トロンがバレットとリディアを交互に見ながらそう告げる。
「ちょっと待ちなバレット――」
すると突如エイダが三人を呼び止めた。そして目でバレットにこっちへ来いと合図する。
バレットは何事かと眉を左右に広げた後、エイダの傍へ歩み寄り、
「なんだい? もしかしておいらの事が恋しくなったとか?」
と軽口を叩いた。
「馬鹿な事を言ってるんじゃないよ! いいからほらちょっと耳を貸しな」
掌を上にし、くいくいと人差し指を数度曲げ延ばしするエイダ。バレットは軽く腰を曲げエイダに耳を近づける。
そして、耳打ちされたエイダの言葉にバレットの両目が少しだけ大きく見開かれた。
だが、
「判ったよエイダ」
と素直に返事し、バレットは待たせている二人の下へと戻っていく。
「お婆ちゃん何て言ってたの?」
バレットが戻る早々、怪訝な表情でリディアが訪ねた。
「いや、リディアはちょっとドジな所があるから気を付けてみてやってくれってさぁ」
ジョニーが軽く返答するとリディアの小さな額に皺がより。
「はぁ? 何よそれ! もう、結局子供扱いなんだから!」
口を開いたリディアの顔は不機嫌そうである。
「それでは、他に特に無ければ乗り込むとしますか」
もうほかに邪魔が入らない事を確認し、トロンが用意された馬車の扉を開いた。
「ここはレディーファーストでリディアから」
「う、うんありがとう」
バレットの言葉に素直に従うリディア。だが馬車に乗り込む直前――
「お婆ちゃん! 私いつまでも子供じゃないんだからね!」
振り返ったリディアがエイダに向かって叫んだのだ。
孫のその姿にエイダは特に何も語らず、行ってきなと手だけを左右に振った。
リディアはと言うと、言いたいことが言えてすっきりしたのか、そのままあっさり馬車に乗り込む。
そして次にトロンに促されバレットが馬車に乗り込んだ。
こうして最後にトロンが乗り込み扉を閉めると、それぞれの馬が嘶き、一行を乗せた馬車を件の森へ向けて走らせたのであった。