第四十五話 大抜擢
「トロン守長。どうでしたか?」
戻ってくるなりドラムがトロンに結果を尋ねた。
「……一応連絡は付いたんだが――」
そう応えるトロンだが妙に歯切れが悪く感じる。
「ど、どうかしたのですか?」
今度はシンバルの口から質問が飛び出る。
「実は――向こうの窓口に出たのはフレア様なんだ……」
溜息混じりにトロンが言った。その言葉にドラムとシンバルの二人が目を丸くさせる。
「いや、でも、西地区の担当はユーリ様じゃ無いですか?」
「そうなんだが、ユーリ様は所用で出られないとの事でフレア様が代わりに聞いてあげると言い出してね」
トロンがやれやれと右手で額を抑える。
「あの人、でしゃばりなとこありますからねぇ――」
「その割に適当だしな……」
その場で三人は大きく溜息を吐いた。
「それで、フレア様はなんと?」
「――それでいいんじゃない? とあっさり申されたよ……ユーリ様にもそう伝えておくから、後はエイダ様の指示に従うようにと……」
「なんて適当な――」
「あの、それで大丈夫なんですか?」
「とりあえずは仕方が無い。時間が無いことも伝えてるし――それにこれから早速、オークとの連絡用の大鷲を飛ばすとも言っていたしな」
三人は一度顔を見合わせ更に大きな溜息を吐き出した。
「なぁリディア。さっきからあの三人が話している、フレア様とかユーリ様とかいうのは?」
トロン達の会話する様子を眺めていたバレットがリディアに問いかける。
「あ、うん、それはね。え~と」
「この国を守るマグノリア守団の団長の事だよ」
リディアが少し考えている間にエイダが答えた。
「フレアというのはフレア・バーニング。マグノリアの東地区を任される団長さ。ユーリと言うのはユーリ・エルメス。このダグンダ含む西地区を任されてる団長だね」
「へぇ~て事は北と南にも?」
「あぁ。南の地区はゼム・ロックスそして北の首都マテライトを中心に任されてるのはアイシス・グラス。この四人は総称してマグノリアの四本柱とも呼ばれる守りの要さ」
「なるほど、流石エイダは詳しいね」
バレットが感心したように眉を広げた。
流石は王宮魔術師の纏め役だっただけある。
「そういえば私、ユーリ様は一度見かけた事あるわ。凄く綺麗な、黒髪の女性で、それでいて凛としていて何か格好よかったなぁ」
リディアの言葉にバレットは、
「へぇ、それは是非とも一度お会いしてみたいもんだねぇ」
と笑顔を零す。
「で、でもきっとバレットなんて相手にもされないと思うなぁ私は」
急にそっぽをむきながらリディアがそんな事を言って腕組みをした。
どことなく不機嫌そうでもある。
そして、バレットとリディアがそんなやり取りをしていると、エイダへ顔を向けたトロンが彼等の方へ近付いて来た。
「話は済んだようだね?」
エイダの問いにトロンがこくりと頷き、
「一応連絡は付きました。ユーリ様はご不在でしたので、代わりにフレア様の命でエイダ様のご指示に従うようにと――」
と応える。だがその表情はどこか曇りがかっていた。
「よっしゃ、だったらさっさとこの枷を外しやがれ。こんなの付けてちゃロクに動けないからな」
「調子に乗ってるんじゃねぇよ! いくらなんでもそこまで許されるわけ無いだろうが!」
風真に顔を向けドラムが瞳を尖らせる。
「いや、二人の枷は外してやった方がいいね」
ドラムの発言をあっさりエイダが反故にする。
「エイダ様。流石にそれは――」
トロンの両眉がハの字に変化し弱ったように目尻も垂れ下がった。
「ふん、いくら馬鹿でもいきなり噛み付くような真似はしないさ。それに、仮にも守団の三人が一緒に行くんだ。何かあってもあいつ一人ぐらいは取り押さえられるだろ」
エイダの言葉にトロンが、
「むぅ……」
と難しい顔で一言唸る。
「まぁ俺は誰にも負ける気はしないけどな」
バレットは苦笑いしながら、今ぐらいは風真の口を塞いでおきたいと思ったりもした。
「あんま舐めてんじゃねぇぞ」
するとドラムが風真に顔を近づけ、更に厳しく睨みつける。風真に負けずドラムも相当気が短い。
「あぁやんのか?」
そして風真も反発するようにドラムを睨み返した。
「ド、ドラムさん落ち着いて下さい」
額に汗を浮かべながらシンバルが二人を止めようとする。
そのやり取りを眺め、トロンは頭を振った。
「彼の枷を本当に外すのですか?」
心配そうにトロンがエイダに尋ねる。
「あ、あぁそうだね……但し外す時はバレットの方から外すんだよ」
エイダは敢えてバレットの部分を強調して言った。その意味を理解しバレットがやれやれと眉を広げる。
「……判りました。フレア様からは指示に従うように言われてますし――ドラム、シンバル、二人の枷を外すんだ。但しバレットという者の方から頼むよ」
トロンがそう二人に指示すると、
「本気ですかトロン守長?」
とドラムが眉を顰める。
「エイダ様のご指示だ」
トロンの返事にドラムは溜息を一つ吐き、先ずはバレットの枷を外した。
「ふぅやっと楽になったねぇ」
手首を上下に振りながらバレットが呟いた。
「あの……暴れないで下さいね?」
怯えた子犬のような眼でシンバルが風真へ訴える。
「しねぇよ、お前みたいの相手にしてもしょうがないしな」
風真の答えで、ほっとしたように一息吐き出しシンバルがその枷を外した。
「ふん、たくよぉ」
「旦那。頼むから大人しくな」
バレットが風真に視線を送り、釘を刺す。
「うるせぃな。別に今は何もしやしねぇよ」
「今はってなんだ? 後から何かする気なのかテメェ」
風真の言葉尻を取って、ドラムが詰め寄る。
「あん? さっきからなんなんだてめぇ」
そして、風真とドラムの間に火花が散り出した。
このふたり似た者同士にも見えるが、相性は相当に悪そうである。
「はいはいストップストップ。旦那も自由になれたそばからそんな事はやめようぜ」
そこへ、風真とドラムの間にバレットが割って入り、ぶつかり合う火花を遮断した。
正面に立つバレットの姿を一瞥し風真は、
「チッ!」
と短く舌打ちしそっぽを向く。その近くではシンバルがほっとしたように胸をなで下ろしている。
ドラムはというと、納得のいっていない面持ちであったが、
「ドラム、君もだ。大勢の住人が見てる前でその言い方は褒められたものでは無い。自粛したまえ」
と言われ神妙な顔になった。普段温厚そうなトロンから咎められたのが効いているようだ。
「申し訳ありませんでしたトロン守長」
謝罪の言葉と共にドラムは深々と頭を下げ、そのままの体勢を維持する。
「判ってくれたならもう良い。頭を上げなさい」
トロンの言葉でドラムは顔を正面に戻す。その姿を確認した後、トロンはエイダに視線を移して更に口を開く。
「ところでエイダ様は一緒には来られないでしょうか?」
トロンの問いかけにエイダはゆっくりと首を左右に振って無理だと返した。
「悪いが、まだ腰の調子が悪くてねぇ。あの森を歩くのは正直きついのさ」
杖を支えにして立っているエイダの言葉に嘘は無いであろう。そもそもその腰のせいで件の洞窟からも一人では脱出する事が出来なかったのだ。
「そうですか、エイダ様が来てくれるなら心強かったのですが……」
残念そうに瞳を伏せるトロンを上目で眺め口を開き、
「そうだね、だったら孫のリディアを連れていきな」
と意外な提案を持ちかける。
「え!? あ、あたし?」
唐突な抜擢に、自らを指さしリディアは大きな瞳を更に見広げる。
「リディア様をですか?」
「ああそうじゃ。仮にもあたしの孫だって知れば、多少はオーク達への抑止力になるかもしれないしねぇ」
エイダの提案にトロンは、
「う~ん……」
と暫く考え込み。
「やはりそれはちょっと危険すぎるかと……」
と難色を示した。
「心配はいらないさ。森に一緒に向かう男の一人は、女と見れば見境なく声を掛けるような節操のない奴らしいが、同時に絶対に目の前では女を泣かせないって信念も合わせ持ってるような奴さね」
そこまで言ってエイダはバレットに視線を向け、
「きっとリディアもその男が守ってくれるさ」
と話を繋げた。
どうやらリディアを代わりにいかせるという考えを改める気は無いらしい。
(それってやっぱりおいらの事だよねぇ)
そのエイダの発言を聞きながら、バレットは少々弱ったように顎を掻いた。
「まぁよかったじゃねぇか。あのじゃじゃ馬が付いてくるなら面倒はしっかりてめぇが見てやれよ」
風真がいつものお返しとばかりに、バレットの肩を叩き軽口を叩く。
その表情は意地の悪い笑みで満ちていた。
「でも、私にお婆ちゃんの代わりなんか務まるかな――」
しかし、当のリディアが不安そうに顎を引き瞳を伏せてしまう。
「いや、そもそも連れていくと決まったわけでは――」
「大丈夫さ。リディアだってあたしの血を受け継いでるんだし、それに別にリディアが何かをするってわけじゃない。ただ付いて行けばそれでいいのさ」
トロンの発言を阻むようにエイダが言葉を重ねる。
「……そ、っか、うん、判った! お婆ちゃん私行ってみるね。トロンさんどうぞ宜しくお願いします」
リディアは決意を固め、トロンに深々とお辞儀するが、肝心のトロンは両眼を掌で覆い、困り果てている。
「トロン、仮にも守団長の言いつけだ。それは守らなきゃいけないねぇ」
エイダの少し意地の悪い言葉に、トロンは大きく溜息を吐き出した後、
「仕方ないですね――」
としぶしぶ引き受けた。
「トロン守長! 来ました!」
すると突如シンバルが声を上げた。何事かと皆がシンバルの指差す方向に目を向けると、上空から大鷲がトロン達のいる方へ少しずつ高度を下げてくる。
そして大鷲はトロンの眼前に到達すると、羽を広げたまま空中で留まり甲高い鳴き声を上げた。その首に当たる部分には革紐が掛けられており、紐の先端には長さが三十センチ程度の筒がぶら下がっている。
トロンは筒の蓋を外し、中身を取り出した。すると大鷲は再び一鳴きし、そのまま飛び去っていった。目的を終え、元の場所へと戻っていったのだろう。
そしてトロンは、筒の中に収まっていた薄茶色の手紙をその場で広げ読む――