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第四十三話 非難の的

 バレットはその問いに少し答えあぐねる。一体なんと答えて良いものかと――


「おいどうした? なんで答えないんだ?」


 すると不審な表情でドラムがバレットへ問い詰めてきた。

 いつまでも答えずにいたら怪しまれる一方だろう。


 バレットは瞳を丸くさせ、軽く肩を竦めると、

「まぁどこかって聞かれれば――アメリカかねぇ」

と言って笑みを見せる。この状況で下手な嘘をついてもしょうがないと先の風真に倣った形だ。


「あめ――り、か?」


 だが、当然だがトロンや他のふたりに理解出来る筈もなく、皆困惑の表情である。


「あ、あの、僕の記憶では両方共聞き覚えが無いのですが――」


 シンバルが小動物のような瞳で対象のふたりをみやり。恐る恐ると言葉を発した。

 このシンバルという男、随分と気の弱い性格のようである。


「馬鹿! 当たり前だろ! そんな名前の国も街も聞いたことねぇし、適当な事言ってるに決まってるだろうが!」


 ドラムがシンバルに怒鳴り散らした。先程からのやりとりから考えてもこのふたりの力関係は明らかである。現にシンバルはドラムの声に肩を竦ませ、す……すみません、すみません、と何度も繰り返し謝っている。


「シンバルとドラムの言うとおり、私もそのような名前の地は聞いた事が無いのだが――君たちは少なくともこの国の住人で無いのは確かなようだね」


「トロン守長! もうこいつら怪しすぎですよ。とっとと捕縛しちゃいましょう!」


 ドラムが口調を早めトロンへと進言する。


「ふむ――」


 その発言に、ひとつ唸ってトロンは顎を軽く擦った。


「ところで君たち――そういえば名を聞いていなかったね」


 徐にそのような事をトロンは聞いてくる。


「こっちが風真、で、おいらはバレットさぁ」


 終始むすっとしている風真に代わって、バレットが質問に答えた。その名前を聞いてシェリーが目を丸くさせている。ここにきて初めてバレットの本名を知ったからだろう。


「成程、そういえばこちらもまだ自己紹介がまだだったね」


 トロンは少し表情を和らげて言ったが警戒心を解いたわけでは無いようだ。


「貴方がトロン守長で、後ろの二人がドラムとシンバルなんだろ? 話を聞いていてなんとなく判ったさぁ」


 トロンに向かって、バレットは紹介を聞くまでも無いと言葉を返し微笑した。

 するとトロンは一つ顎を引き。


「ふむ。そうか、では更に質問を続けさせてもらうよ――」


 再び顎に右手を沿え、トロンは風真の腰の辺りに左手の人差し指をさし、

「風真殿の腰に差されてるそれは一体何かな?」

と目付きを鋭くさせ問いかけてくる。


 その問いにバレットの表情が若干強ばる。堂々とソレを持ち歩いて来たのが早速仇となったのだ。


「あん? これか?」


 トロン達を睨みつけながら風真が言葉を返し、直後、あろうことか鞘から刀身を抜き鋒をトロンに向け、

「こいつは俺の愛刀【雷神】もう一本の方は【風神】だ」

と堂々と言い放った。


「風真さん、そんなあっさり――」


 シェリーの肩が落ち、同時に愛らしい両の耳も力なく前方に垂れ下がる。


 更に風真の行動により、周りにいる人々の雰囲気も一変し、ざわめきがおき始めている。


「あいつなんで街中であんな物を?」


「あれどうみても刃物だよなぁ――許可証も持ってるように見えないし」


「やっぱりあいつらが――」


 そして人々の疑惑の視線が二人に突き刺さる。


「これは――ちょっとまずそうだねぇ」


 軽く辺りを見回しながらバレットが呟き、両眉を引き上げた。


「これはもう俺は決定的だと思いますけどねぇ、トロン守長」


 ドラムの瞳は既に疑惑から確信へと変わっていた。横ではシンバルが一人おろおろしていた。


「うむ――どちらにせよ君たち二人には更に色々聞かねばならないようだが……その前に最後に一つ――」


 トロンの表情がこれまでで一番険しくなり、そして風真へ向け、

「君は南の森でオークを斬り殺したかね?」

と何の躊躇も無い直接的な言葉で問いかけた。


 固唾を飲み見守るバレットとシェリー。だがそんな二人に構うことなく、風真は一旦刀身を鞘に収め腕組みし、

「オークってあの豚野郎の事かよ? だったら確かに一匹切り捨てたぜ」

とあっさりと事を認めた。


 あちゃ~、とバレットが顔を右手で覆う。

 シェリーはあのシンバルのようにおろおろし出した。


「お……おい、やっぱりあいつがオークを――」


「馬鹿野郎が! なんて事をしてくれるんだ!」


「見てよあの顔、良く見たら凄く凶悪そうだし――」


 様子を見ていた人々の声が更に騒々しくなり、怒声混じりの声もちらほらと聞こえ始めている。


「み、皆さん少し落ち着いて下さ~い!」


 すると、シンバルが騒ぎを沈めようと声を上げるがやはりどこか頼りない。


「ちっ! なんだってんだこいつら」


 風真が右の眉を顰め、怪訝そうに呟いた。


「風真さん。なんでそんな……オークとの事は言わないって約束したのに――」


「約束?」


 シェリーの言葉に、風真が何の事かと疑問の表情を浮かべた。


「いや、シェリーの家で約束したじゃねぇか旦那ぁ」


 バレットもシェリーの援護に回るが風真は髪の毛を一度掻き毟り口を開くと。


「あぁん? んなもんあの場だけでの話じゃねぇか。別にあいつら相手にまで約束した覚えはないぜ」


 あまりに融通の聞かない風真の発言に、バレットとシェリーは唖然と両眼を丸くさせた。


「これはもう仕方ないな――」


 トロンは溜息混じりに言葉を発し後ろを振り向くと、

「ドラム、シンバル」

と声を掛け二人へ目配せした。


 直後、軽く二人が頷きシンバルが風真へ、ドラムはバレットの下へと駆け寄る。


「なんだてめぇ? やる気か?」


 風真は近付いてきたシンバルへ歯を向きだしにしながら睨みつけた。

 それに慄くようにして一瞬立ち止まるシンバルだが。


「い、いえそんな気は、た、ただ、て……手をこう――」


 びくびくとしながらもシンバルは、風真へ向けて左右の手首を合わせ、はい、と前に拳を突き出すようなポーズをとって見せる。


「あん?」


 すると、眉を顰めながらも、風真は思わずシンバルと同じポーズを取ってしまう。


「あ、ありがとうございます」


 するとシンバルは引きっつた笑顔のまま、その突き出された風真の腕に何かを重ねた。

 すると軽快な音と共に、鉄の枷が風真の両の手首を締め付ける。


「な、なんだこりゃ!?」


 思わず両眼を見開く風真へ、

「え、え~と手枷です」

とシンバルがあっさり答えた。


 シンバルの返答を聞いた瞬間、風真は怒りを顕にし、

「ふざけんな! なんだこんなもの!」

と怒鳴り両腕に力を込めるが、左右の枷の間に張られた短い鎖は強固であり、風真の力をもってしても千切れそうにない。


「あ、あの、出来れば大人しくして頂けると助かるのですが……」


 風真に填められた枷。その間の鎖は丁度真ん中で分かれるように更にもう一本がシンバルの手元まで伸びており、小さな両手でしっかりと握られていた。


「こりゃ無理だ。とても外れそうに無いねぇ」


 そしてバレットも、風真に手枷を填められた己の両腕を見せながら諦めの言葉を投げかける。


「正直本来はもう少し穏便に済ませたい所だが、事情が事情だけにね」


 手枷を填められた二人の様子を見ながら、トロンがそこまで話し、さらに付け加えるように、

「それと、どちらにせよそんな物を持ち歩いて街をうろうろされるわけにもいかないからね」

と風真の刀を指さし言った。


  その言葉にバレットはやれやれといった感じに肩を竦める。

 本来ならオークを斬り殺したのも、風真の刀の件もバレットには関係のない話だ、少くともバレットの持つ拳銃に関しては気付かれてはいない。しかし風真の仲間ということで同じように怪しまれ、このような事になったのはとんだとばっちりとも言えるだろう。


「ちょ――ちょっと待って下さい!」


 すると突如、意を決したようにシェリーが前へと飛び出し声を上げた。


「か――風真さんはその、ぼ、僕を守るために仕方なくオークを斬ったんです! だ、だから! 風真さん一人が悪いわけでは無いんです!」


 シェリーが両手を左右に広げながら必死に制服の三人に訴える。

 その姿にドラムは何を言ってるんだといわんばかりに眉を顰め、シンバルは再びおろおろし始めた。


「守る為というと、一体どういう事かな?」


 トロンが少しシェリーの傍まで近寄りそう問いかけた。


「あ、あの実は僕、昨日南の森に一人で入ってしまって――」


「南の森に一人でだと!? 最近あそこは物騒だから近寄らないようにと御触れが出てただろうに――」


 外側から聞こえてきた横槍へ返答するようにシェリーが、

「ごめんなさい――でもどうしてもお父さんの薬の材料となる薬草が欲しくて……」

と言って俯いた。


 肩を落とすシェリーにトロンは一歩歩み寄ったあと身を屈め、

「もう少し詳しく聞かせて貰えるかな?」

と問いかけた。表情からは特に責め立てるような様子は感じられない。


「は、はい。昨日ぼく薬草を取りに森に入ったんですが、その時あのオークと出くわしてしまって――」


 トロンの表情に多少は安心感を感じたのか、顔を上げはきはきとした口調でシェリーは事情を話していった。


「――そ、それでぼく、オークに捕まってしまって本当にどうしたらいいか判らなくなってしまって……でも、その時風真さんが森の奥から現れて僕を助けてくれたんです!」


 胸の前に小さな両拳を持っていき、シェリーは必死に風真に助けてもらった事をトロンに伝えようとする。


「風真さんは最初ぼくと言葉も通じなくて。それにほくも拘束されてたから上手く伝えられなくて、結果的に風真さんはぼくを助けるためにオークをあんな目に合わせちゃったけど――」


 言葉を切りシェリーは思い出した用に一瞬俯くが直ぐに顔を戻し、

「だけど! 風真さんは決して悪気があったわけでは無いんです! そこは判ってください!」

と声を上げてトロンに伝えた。


 シェリーの言葉にトロンは一瞬考え込む。


「おいお前、今の話に嘘はないんだろうな?」


 トロンに代わってドラムがシェリーに訪ねるが、

「ぼ、僕うそなんて付いてないです!」

とシェリーが意地を通す。まだまだ小さな子供だが、三人もの男を相手に怯まないその様は、実は女の子であると言う事を思わず忘れてしまうほどだ。


「トロン守長、これは厄介な事になりましたね」


 ドラムはトロンの耳もとでそっと耳打ちした。


「おい、ちょっと待てよ。て事は元々は奴等がシェリーを何処かに連れ去ろうとしたって事だろ?」


 そしてシェリーの発言を聞いていた住人の一人が誰にともなく声をあげる。

 それを皮切りにまたもや辺りが喧々囂々と騒ぎ始め――


「やっぱり街の住人を拐っているのも奴等なんだ!」


「これはもう間違いないぜ! 話し合いの余地なんか今更ないだろう!」


 騒ぎ立てる人々を抑えようと再びシンバルが口を開こうとしたその時。


「皆さん少し落ち着いて下さい」


 トロンが顔を上げ、言葉を発した。決して大声を張り上げるような事はせず、あくまで泰然な態度で言葉を繋ぐ。


「事はそれほど簡単な話ではありません。確かにシェリーの話の通りならオークたちも重大な違反をした事となります。しかし――一人の人間がオークを斬り殺したのも事実です」


「だけど、そいつはそもそも俺たちの街、いや国の人間ですら無いんだろう? 俺たちにはそんな奴が犯した事なんて関係のない話だろ!」


「そんな!? 酷い! 風真さんは僕を助けてくれたんですよ!」


 すぐさまシェリーが声を大にして反論する。


「てかそもそも、この風真って奴のせいで余計な事になってるんだけどな」


 風真を尻目にドラムが皮肉めいた言葉を言った。

 バレットも横目で風真の様子を窺う。風真は妙に大人しい。

 しかし、この男に限ってそんな簡単に観念するとはとても思えない。

 バレットは風真とは短い付き合いではあるが、なんとなくそれぐらいは判っていた。


「てかお前も黙ってないで何とか言えよ!」


 人垣の一人が風真を挑発し、矛先が完全に風真に向けられる。


「そうだ! 大体別に殺す必要までは無かっただろう! シェリーだけ助けて逃げれば良かったんだ!」


 一理あるが、そうなるとバレットと風真が出会うことも無かっただろう。


「大体そんなけったいな剣もって強者気取りか? そんなんだから何も考えず馬鹿な真似をするんだよ!」


 もはやそれは罵倒でしかない。おまけに風真の拘る刀の事を言われ、いつ導火線に火が付くかとバレットは気が気でならない。


「うっるせぇえーーーーーーーーーーーーい!」


 そして、そんなバレットの心配を他所にあっさりと爆発する。風真の導火線は予想以上に短かったようだ――


 

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