第四十二話 現れた三人組
風真が一人、ダグンダの道を歩いていると後ろから呼び止める声が聞こえてくる。
「おぉい旦那ぁ、ちょっと待ってくれさ~」
風真は振り返ると面倒くさそうに顔を顰めて、
「何だよ、付いてくんな」
とまるで野良犬でも追い払うかのように右手を前後に振った。
「そんなつれない事を言うなよ。一緒に一夜を明かした仲じゃないか」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ!」
言下に歯を剥き出しに風真は声を上げる。
その後も、前を歩く風真に付いて行く形でバレットは数歩後ろを歩いた。
「だから付いてくんなって」
と風真は何度か振り向いて言うが、
「いやいや、おいらもたまたま同じ方向を歩いているだけのことさぁ」
と軽口を叩くバレットに終いには風真も何も言わなくなった。
暫くは黙ったまま歩みを続ける二人。もうすぐ街の中心部に差し掛かろうという所だ。
その時、バレットの視界に妙な光景が飛び込んでくる。風真もきっと気付いた事だろう。
中央の交差点に多くの人だかりが出来ているのだ。
「一体なんだろうねあれ?」
右手を額で翳しながらバレットが疑問の声を上げる。
「あん? 知らねぇよ」
すると素っ気なく返答する風真。
「ちょっと見に行ってみないかい旦那?」
「はぁ? いいよ面倒臭ぇ」
バレットの提案に、右の眉尻を下げ面倒くさそうに風真が返した。
「まぁまぁ、どうせ特に行くあてがあるわけでも無いんだろう? 人が多い方がこれからの情報も集まりやすいかもだしねぇ」
バレットは両手を左右に広げ、改めて風真を誘う。
「……てか何で俺がお前の言うとおりにしなきゃ行けないんだ? もう関係ねぇって――」
「いいからいいから、とりあえず行ってみようじゃないの」
風真の言葉を全て聞くこともなく、バレットは風真の身体を押し、人垣の近くまで急いだ。
「あ!?」
そして、風真とバレットの二人が人だかりの方へ近付いて行くと、一人の小さな子供が短く声を上げた。
その顔に気付き、
「おおシェリーじゃないかぁ」
とハットのブリムを少し指で押し上げながらバレットが笑顔を覗かせる。
するとシェリは困惑した顔で左右をきょろきょろと見回したあと二人へ駆け寄ってき、
「か、風真さんにジョニーさん。こんな所で一体どうしたんですか?」
と訪ねてくる。
シェリーは当然バレットの名の事を知らないので、依然呼び方は変わらなかったが、バレットは特に触れることなく返答する。
「いや、随分賑わってるみたいだから何事かと思ってね。旦那と覗きに来たってわけさぁ」
「俺は別に興味ねぇんだけどな」
バレットの言葉に風真が軽く顔を顰めた。
やはりどことなく機嫌が悪い。
「そ、そうなんですか? で、でもあれですよ。全然楽しいことなんて無いですよ。あんまり近付かない方がいいんじゃないかなぁ――」
シェリーは両手の人差し指を胸の前でツンツンと突き合わせながら、苦笑いを浮かべている。
かなり態度が怪しい。ふたりにあまりここにいてほしくないような素振りだ。
「と、とにかく風真さんも興味が無いみたいだしこっちにはあまり……そうだ! エイダさんの所に行ってみるというのは?」
ソワソワしながら、時折視線を後ろに向けるシェリー。件の人だかりを随分気にしている様子だ。
「エイダとはもう会って用件は済んでしまってねぇ」
バレットが首を少し斜めに傾けながら言った。
シェリーの黒目がしきりに泳いでいる。
「そ……そうなんですか――」
応対しながらも、シェリーの意識はどこか違う方を向いているように思えた。
「ってかお前、何か隠してないか?」
すると風真が突如核心を突く質問をする。
「え!? そ、そんな事はありますぇんよ! ただ風真さんが行ってもきっとつまらないですよ! 絶対そっちには行かない方がいいです!」
焦りながらも必死に食い下がるシェリー。だが、嘘はあまりつけない性格なのか相当慌てているのか言葉も少し噛み気味だ。
「気にいらねぇ――こうなったら何が何でも見に行くぜ」
しかしこれは火に油と言うべきか只の天邪鬼なのか、今度は寧ろ己からすすんで人の集まっている方へと歩みを進めていく風真。
シェリーの発言は完全に逆効果だったようだ。
「あ! 風真さん待ってくださいよぉ」
手を伸ばし呼び止めるシェリー。だが時すでに遅し、こうなってはもう止められない。
「全く、しょうがないねぇ旦那は。まぁしょうがない一緒に追いかけるとしようか?」
バレットの問いに、……はい、とシェリーが心なしか不安気に言葉を返しその後を追う。
人垣に臆することなく風真は掻き分けるようにその中に入っていった。時折周りから迷惑そうな視線が注がれるが全く気にも止めていない。
バレットとシェリーも、周りに謝りの言葉を述べながらも風真の後ろを付いて行く。
こうして人垣の中心部まで辿りついたところで、人だかりの要因となっている者の姿が見えてきた。風真もバレットも背は高いほうなのでその位置からでも様子を見ることが出きる。
中央に空いた空間には三人の男の姿が見えた。バレットから見て左から小太りの男、身長が低めの童顔の男、そして三人の中では一番年を重ねてそうな中年の男だ。
もう一つ特徴があるといえばその格好だろう。三人とも一様に、空のように青い詰襟服と同じく青の長ズボンを履いている。服には何やら国旗のようなデザインも刺繍されてる事から制服のようなものかとバレットは推測した。
彼等三人は、中央で集まっている住人と何やら話をしているようだがあまり穏やかな雰囲気ではない。
「まったく冗談じゃないよ! ただでさえ街からは何人もあの森で行方不明になっているというのに!」
エプロン姿で肝っ玉が座ってそうな中年の女性が声を荒げている。
「そうだ! 奴等が何を言っているか知らないが、こっちこそ気が気じゃないんだ! 奴等の仲間が死んだ事なんて知ったことかよ!」
さらに追従する男の言葉に他の住人も、そうだそうだ! と同調していく。
「み、皆さ~ん。ちょっと落ち着いてくださ~いぃい」
童顔の制服の男が少し前に出て、住人を抑えようと言葉を発するが見た目通り何とも頼りない口調である。
「全く収拾が付かねぇなこりゃ」
小太りの男が右手で頭を抱えながらぼやいた。
「大体今だって、エイダの占いで命に別状は無いと出てるからこっちも何とか我慢してるんだ。本来なら街の皆だって今すぐにでも森へ繰り出したいぐらいなんだ」
今、声を発した男にバレットは見覚えがあった。最初にこの街に来たとき風真と言い争っていた串焼き屋の男である。
「皆様のお気持ちはわかります。我々もあれから必死に交渉をすすめ、漸く捜索の許可を貰えそうだったのです。しかしそのような時にこのような事態になってしまい――」
制服を纏った中年の男の眉が下がる。
すると人垣の中から男がまた一人、中年の男の前まで歩み寄る。
「なぁトロン・ボーンさんよ。俺たちだって馬鹿じゃない。この状況で誰がオークを斬り殺すなんて馬鹿な真似するかよ。そもそも相手はあのオークだぞ? 周りを見てみろ、この街でそんな事できそうな人間なんて――」
そこまで話を聞いて、バレットはシェリーが何故あそこまで風真とバレットをこの場に近付けたくなかったのか理解した。
「風真の旦那、ここはやっぱりシェリーの言うとおりこの場を離れた方がよさそうだぜ」
バレットは風真の耳元へ顔を近づけそっと囁く。
「あん? なんだそりゃ?」
風真が顔を顰め反問した。どうやら当の本人である風真が理解していない。
その様子にバレットは苦笑いを浮かべながら、
「いやだから――」
と言葉を返そうとする。が、しかし。
「なぁちょっと待ってくれ。そういえばこの街を妙な奴がうろついていたと思うんだが、確かそいつが現れたのがそのオークが殺されたっていう昨日の事だった筈――」
思い出すように顎に手をやっているのは、あの串焼き屋台の男である。
「妙な男?」
それを耳にしたトロンの眉が僅かに引き上がる。
「あぁ、そういえば俺も見たな。少くともアレは街の人間じゃないなぁ。変な格好して確かシェリーと一緒に歩いてるのを見たぜ」
その後も次から次へと二人の目撃情報が飛び出してくる。その状況に、風真は平然としているがバレットとシェリーは気が気じゃない様子である。
「で? その妙な奴ってのは何処にいるんだ?」
小太りの男がその場の全員位へ向けて質問する。
その瞬間バレットが風真の腕を掴み、シェリーも脚を引っ張る。
「な!? お前等何しやがる!」
風真が声を荒げるが、バレットもシェリーも無理矢理でもこの場から離れさせようと必死だ。だが――
突如四方八方から風真達へ注がれる視線。
「あの――この二人です」
一人の若者が風真達に向け指差しそう述べた。
直後に割れる人垣。風真とあのトロン・ボーンと言う男の間に一筋の道が紡がれた。
「遅かったか――」
嘆きながら右手で額を抱えるバレットと肩を落とすシェリー。風真はと言うと、きょとんとして眼前に現れたトロンの顔を眺めていた。
すると、人垣が割れて出来た道を、トロンを先頭に制服姿の三人が進み風真の面前まで迫ってきた。
「妙な奴等ってあのふたりか? 確かにおかしな格好をしてやがるなぁ」
小太りの男が歩きながら誰にともなく呟いた。
「し……失礼ですよドラムさん」
童顔の男が小太りの男をドラムと呼び、申し訳無さそうに囁いた。
「あん? 全くお前はいつも……おどおどしてんじゃねぇよシンバル」
するとドラムはシンバルと呼んだ相方を一睨みする。
後ろの二人がそんなやり取りをしている間に、先頭のトロンは風真の少し前方まで歩み寄り脚を止めた。
「おっさん俺に何かようかよ?」
風真は訝しげな表情でトロンを睨みつけ怪訝な顔で口火を切った。
そして、少しの間沈黙が訪れ――トロンは風真を正面に捉え両の瞳でしっかりと見据える。
面長の顔立ちと、一見穏やかそうな細めの瞳にどこか親しみやすさも感じさせるが、鼻下で短く纏められた黒髭は妙な貫禄をも併せ持つ。
「君たちに少し質問がある」
そして、大きすぎず、しかし相手の耳朶にしっかり響かせるトロンの声音が沈黙を破った。
「私の知る限り、二人共この街の人間では無いようだが、一体何処から来たのかな?」
口調は冷静で穏やか。だが、トロンのその眼光は鋭く、逃れることの許されない圧迫感さえも他者に与える。
「風真さん大丈夫でしょうか――?」
その様子を不安そうに見ていたシェリーが、極限まで絞った声音でバレットに囁きかけた。
「多分……な」
すると、バレットも同じように抑えた声でシェリーに返答する。
バレットの中で、少なくともあの件に関しては、風真は約束を守ってくれる筈という思いがあったからだ。
「全く、またそれかよ。一体何度同じことを言えばいいんだか――熊本だよ、く・ま・も・と!」
バレットとシェリーが見守る中、風真は辟易しながらトロンの質問に答える。が、
「くま――も、と?」
と、聞き覚えのない言葉にトロンの両目が一瞬丸くなった。
しかし直ぐに表情を取り直し、一度咳払いをした後、今度はバレットに向かって、
「君は?」
と質問した。話の流れでいけば、バレットが何処から来たのかを聞いているのだろう――