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第四十一話 バレット・ザ・エルキン

 エイダの発言に、肩を竦め、ジョニーは右手でハットを深く被せる。


「何でそう思うんだいエイダ? 俺たちは占えない筈だろう?」


 静かな口調でジョニーが問いかけると、エイダは目を眇め、

「ふん占いなんかに頼らなくても伊達に年はとっておらんさ。それに普通自分の名ぐらいすっと出てくるもんだろうて」

とはっきりとした口調で告げる。


「成程ねぇ」


 再びハットを右手の親指で押し上げ、笑みを浮かべるジョニー。


「え? ちょ――ちょっと待って! ジョニーが偽名って本当なの?」


 そして慌てたようにリディアが問いかける。


「あぁ、エイダの言うとおり、おいらの本当の名前はバレット・ザ・エルキンさぁ。騙していたようで悪かったねリディア」


 そう素直に認め、謝罪の言葉をジョニー改めバレットが述べる。だがその調子はいつものようにどこか軽い。


「あん? 偽名だ? なんだってそんな真似してんだ? わけわかんねぇやつ」


 その様子に風真が顔を顰め、そう言った。


「何だい旦那、おいらの事がそんなに気になるのかい?」

 

 バレットが右手を上げ風真に問いかける。

 すると風真は一旦腕を組み、んなもん――と一言述べた後、

「別に、聞きたくねぇ! 関係ねぇ! 興味ねぇ!」

と大口広げ言い切った。


 風真の冷たい反応に、椅子に座りながら肩を落とし大きく項垂れるバレット。


「こら風真! そんな言い方無いじゃない! わ――私は凄く気になるなぁ」


 風真を怒鳴り上げ、バレットの隣に立ち励ますように肩に手を置くリディア。

 苦笑混じりにバレットが首をもたげ、リディアの顔を覗き込みながら、

「いやぁ、別に気を遣ってくれなくても大丈夫さぁ」

と言葉を返す。


「そう、でもなんで名前なんて偽っていたの?」


 この質問にはバレットも若干答えあぐねる。正直シェリーにあった時に咄嗟に偽名を名乗ったが、ここが全く違う世界であるならそれも杞憂でしかなかったわけだ。


「いやぁ、目覚めた時に全く見覚えの無い地に来てしまっていたしね。念の為、つい身の上を偽ってしまったのさぁ。どこかで話さなきゃとは思っていたんだけど、ついつい言いそびれてしまってね」


 まさか前の世界では死神と呼ばれる賞金首でした、と言うことも出来ず、咄嗟にごまかしてしまうバレット。エイダの視線が気になっていたが今度は出来るだけ自然に振舞う。


「だってお婆ちゃん。別に悪気があったわけでもないんだし、そんなに目くじら立てなくても良くない?」


 エイダの方へ顔を向け、リディアがそう伝える。


「ふん。どうだかねぇ」


 しかしエイダは今だ訝しげな表情である。


「もうお婆ちゃんったら」


 その様子にリディアは口をへの字にし、腰に両手を当てた。

 すると、リディアの視線がふとバレットに注がれた。が、戸惑ったような表情のままその動きが止まる。


「どうしたんだいリディア?」


 リディアの様子にバレットが首を傾げ尋ねた。


「いや、ずっとジョニーって呼んでたから少し戸惑っちゃって――」


 顎を掻きながら、そう答えるリディア。


「あぁ。別にリディアの呼びやすい方で呼んでくれて構わないさぁ」


 バレットの答えに、リディアは一瞬両眼を少し広げ、そしてじっとその顔を見つめながら、

「でも本当の名前はバレットなんでしょう?」

と再度訪ねた。


「え? あ、あぁそうさぁ」


「だったら、せっかく両親が付けてくれた名前は大切にしゃきゃ。私もこれからはちゃんとバレットって呼ぶからね」


 そう言ってリディアがバレットにまばゆいばかりの笑顔を返す。

 その表情がバレットには眩しすぎ、思わずハットを少し深めに被せてしまっていた。


「じゃあ改めて宜しくねバレット」


 弾んだ声で、右手を差し出してくるリディア。

 被せたハットを少し上げ、つられて出てきた自然な笑顔で、

「あぁ宜しくな。リディア」

とバレットがリディアの右手をそっと握り返した。


 その光景を――見ていられなかったのか。


 風真はそっぽを向き、不快な表情で頬杖を付いていた。


 ちなみにエイダは、何時の間にか用意したティーカップに紅茶を注ぎ一人啜っていた。


「で? もう終わったのか?」


 顔を巡らせ、面倒くさそうに風真が言葉を吐き出す。

 握られた手に注がれる風真の視線――リディアはパッと手を離すと、背中側に両手を回し、少し照れくさそうに、

「終わったって、な、何がよ!}

と語気を強める。


「まぁ別にいいけどよ。それで結局その魔術なんとやらに会わしてくれんのかよ?」


 小指で耳を穿りながら、風真はエイダに視線を送る。

 エイダは落ち着き払った様子で、両の瞼を閉じた状態で、持ち上げていたティーカップを皿に置いた。


「さっきも言ったが、あたしは完全にあんたらの事を信用したわけじゃ無いんだよ。まぁバレットの事は良いとしても、やはりあんたは気に入らないねぇ――」


 片目だけ見開き、エイダは風真にキツイ視線を送り告げる。


「あぁん?」


 すると、風真の眉間中央に深く皺が寄った。


「お前には血の匂いが染み付いている。前の世界でどんな生き方をして来たのか知らないが、とても協力する気にはなれないね」


 エイダの言葉がその場を凍りつかせた。風真はエイダを睨み続け、誰もそれ以上一言も発そうとしない――


 だが、その沈黙を打ち破ったのもやはり風真であった。


 風真は徐に立ち上がると、

「わぁったよ」

と一言述べ。


「後は俺も勝手にやらせてもらうぜ。そもそもこんなババァ信用していたわけでも無いしな」


 そう言って踵を返す風真。


「おい旦那ちょっと待ちなよ」


 ジョニーが立ち上がり引きとめようとするが、

「お前も後は勝手にしろよ。別にたまたま知り合ったってだけだしな、一緒に行動する義理もねぇ」

と言い残し、後の言葉には耳を貸すことなく階段を降りていった。


「全く風真ってば勝手なんだから!」


 風真が出て行くのを見届けた後、リディアが腰に手をあて、不機嫌そうに声を上げる。


「まぁそう言うなよリディア」


 そんなリディアの背中にバレットが声を掛けると、彼を振り返り、

「ねぇ。だったらせめてバレットだけでもなんとかならないの?」

とエイダに問いかける。


「いや、悪いけどリディア。それは遠慮しておくよ」


 折角の心遣いではあったが、バレットはハットに手をやりそれを辞退した。


「え? どうしてよ?」


 即座に不可解そうに問い返すリディア。


「確かに出会ってまだ間もないけれどもねぇ、お互い別の世界から来た身の上さぁ。だからか、なんだか旦那を放っておけなくてね。それなのにおいらだけ協力して貰うわけにはいかないしねぇ」


 考えを述べ、バレットはエイダに首を巡らせ、

「勿論エイダには感謝してるさぁ。おかげで今置かれてる状況がはっきりしたしねぇ。だけど後はおいらも風真の旦那と行動するよ」

と伝えバレットは階段の前まで歩を進めた。


「ちょっとバレット――」


「リディアもありがとうな。ここまで付き合ってくれて感謝してるさぁ。本当お礼にほっぺにチューぐらいしたいぐらいさぁ」


 微笑し、いつもの軽い口調でお礼を述べるバレット。


「ちょ! ば――何いってるのよ!」


 咄嗟にリディアが叫ぶが顔は見事に真っ赤である。


「私の目の黒いうちは孫に手を出すのは許さないよ」


 そして、しっかりその様子を眺めていたエイダが眼光を鋭くさせ釘を刺す。


「おお、こわ――」


 そんなエイダの様子にバレットは軽く肩を竦めた後、右手をヒラヒラと振りながら階段を下りていった。






「ねぇお婆ちゃん。本当にこのまま放っておくきなの?」


 ふたりが部屋を去り、エイダに向けてリディアが問うように言った。


「ふん、バレットがあの馬鹿に付いていくのは何となく予想してたさ。まぁどっちにしろ、あのまま自分だけが恩恵に与ろうなんていう男ならあたしは何も助力する気は無かったけどね」


 エイダの言葉にはどこか含みが感じられる。


「しかし、ウィルは本当に厄介な奴等をよこしたもんだよ全く」


 改めて発せられた厄介という言葉。それにリディアも首を傾げた。

 エイダの考えがイマイチ掴めないといった様子である。


「リディア、既にあの二人は随分面倒な事に巻き込まれているようだ。恐らく黙っていても直ぐに厄介事は訪れる」


「え? それってお婆ちゃんの占いで? あのふたりの事視えたの?」


 即座に問い返すリディア。

 だがエイダは台座の水晶に目を向け眉を顰める。


「いや、さっきも言ったとおりマナの無いあの二人を視る事は不可能さ。だけどね、それ以外なら何となくわかるんだよ」


 そう言ってエイダは徐に立ち上がり、

「やれやれ、どちらにせよ全く何もしないってわけにはいかないだろうねぇ」

と呟くように言った。

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