第三十五話 お前は誰だ?
その夜、当然のことながら町はまるでお祭りのような大騒ぎになっていた。
酒場は人々で溢れ、一様に勝利の美酒に酔いしれている。
結果的にジムの魔手から逃れることが出来たサニーも、いつも以上に魅力的なダンスを披露し大いに酒場は盛り上がっていた。
そんな中、ダニエルはいつの間にかジョニーがいない事に気付く。
ダニエルが珍しいな等と思いなんとなくキョロキョロと当たりを見渡しているとシェリフの姿も見えない。
頭にクエスチョンマークが浮かび上がるダニエルであったが、この町を救った英雄! と皆に引っ張りだこにされている内に、そんな事はすっかり頭から消え失せてしまっていた。
ただ、ステージで踊りを続けるサニーは、ジョニーがいないことに
どこか寂しそうでもあったわけだが――
◇◆◇
「いったいどういう事なんだこれは!」
ジムが直立した状態で憤慨し、焚き火を囲み座り込むバレットに向かってその声を荒げた。
癖としている片眼鏡を弄る所作もなく、ただ怒りに任せ、悔しそうに地団駄を踏み出す。
その様子はまるで欲しい玩具を手に入れる事が叶わず、駄々を捏ねるガキのようでありとても見苦しく映る。
決闘に敗れ、Rock Townを後にした彼らは馬で3、40分ほど走った先のひっそりとした荒野で陣を取るように焚き火を取り囲んでいた。
既にあたりは暗く、光源は夜空に浮かぶ月光と星明かり、そして彼らの中心で煌々と燃ゆる焚き火ぐらいである。
「……まぁ、いい加減落ち着きな。今更つべこべ文句を言ったところで始まらないだろう」
バレットはジムの方を見ることもなく、悪びれる様子もなく、淡々と述べた。
当然の如くこの言葉にジムは、
「お……お前よくそんな悠長な事いってられるな! あんな恥知らずな負け方しておいて!」
と抗議するも、その直後、炯眼を覗かせ発せられた、あん? 何だと? というバレットの一言により、その身をたじろかせながら口を閉ざした。
「なぁ? あんたもわかってんだろ? あんなのは只のまぐれみたいなもんさ。こっちだって不本意なんだよ。あんな事は本来ありえないんだからな」
「うぐぐ……確かにそうかもしれないが、しかし結果的に負けてしまったら……」
「心配いらないぜ」
喉を詰まらせながら、それでも何かを言いたげなジムを遮るようにバレットは言葉を重ねる。
「俺はこう見えて慎重な男でね。既に次の手はうってあるのさ」
バレットがジムにそう話した直後だった。
多数の馬の蹄音が荒野に轟き出した。そしてその音は次第にバレット達の位置に近づいてくる。
「噂をすればなんとやらってな、ククッ……」
バレットが不敵な笑みを浮かべながら声の方へ振り返ると、そこには馬に乗った荒くれ者共が集まって来ていた。
「遅くなりやした、約束通り人数は揃えましたぜ」
するとバレットに向けて、集団のリーダと思われる屈強な男がそう述べる。
「ご苦労。何人だ?」
「五十です」
「……上等だ」
そんなバレットと突如現れた集団とのやり取りを見ていたジムがひどく狼狽した表情で、
「な、なんなのですか、これは……」
と酷く上ずった声で言った。
「……言っただろう? 手はうってあるってな。まぁ元々は向こうがごね始めた時の為に用意しておいたんだがな……」
バレットは、ジムに向かって不気味な笑みを浮かべながらそう語る。
その様子から、ジムは何かを察したように口角を吊り上げ、醜悪な笑みを浮かべながら、
「は、ははは! なるほどねぇ……だけど、本来なら私はこんな無粋な真似はしたくないのですよぉ……もっとスマートに事を進めたかったのですが、しかし……こうなっては致し方ないですかねぇ……ははは!」
と言いながら声を張り上げ笑った。
「クククッ……了解だ、じゃあ早速……と言いたいところだが」
バレットはそう語った後一拍置き、
「その前にあんたに一つだけ確認したいことがある」
と鋭い目つきでジムに問う。
「は? 確認したいこと? 一体今更なんですか? ほ……報酬なら変わりませんよ! 只でさえ高い金出してるのに一度は作戦が失敗してるのですから……」
ジムは若干不安そうな表情を覗かせながら言うが、バレットは、そんな話じゃねぇ、と返した後立ち上がる。
そしてジムの近くまで歩み寄り、腰を屈めその顔を覗き込みながら、
「あんた……俺に何か隠してないか?」
と威圧するような低い声で言った。
「な、何をいってるんだね……別に隠し事なんて……」
「本当か? 俺はどうも気になって仕方ないのさ。なんであんたそこまであの町にこだわる? 鉱山にしろ町の土地にしろ、あんたにとっちゃ微々たるもんだろ? まさかあのサニーって小娘がそんなに気に入ってるってわけでもないんだろ?」
「い……いえいえ、なにせ私は生娘が大好きでしてね。に……匂いでわかるんですよ。だからどうしても手篭めにしたくて……」
そう言いながらも時折声が吃り、ジムは動揺を隠しきれていない。
「おい! あんた、ここまできたら下手な嘘はつかねぇ方がいいぞ。なにせ血の気だけは多いからな、こいつらも――俺もな」
その言葉を受けてジムの額からは大量の汗が溢れ出ていた。
既にジムにもわかっていたのかもしれない……
もうこの場の主導権が自分には無い事を……
何せ、すでにジムの取り巻きよりもバレットの手下の方が圧倒的に多く、いつの間にか彼らの周りを取り囲んでいる。
下手なことを言っては、先に命を落とすのは……自分だと、脳内の警鐘が鳴り響いていた。
そして観念したようにジムが口を開く。
「じ、実はあそこの鉱山には近くに川が流れてる箇所がある。川と言っても小さな川ですが……そこで金が流れてきたって情報を持ってきた男がいましてね……」
「金だと?」
「え……えぇ、そこである筋でその情報の真意を確かめたのですが、どうも発生源はダニエル家の所有する鉱山だったのですよ……」
ジムから真実を聞かされたバレットは一息つくと、
「なるほどな、それでてめぇはこんな手の込んだ真似を仕組んだってわけか……水臭ぇなぁ、最初からそう言ってくればこんなまどろっこしい事しなくても……なぁ?」
と微笑を浮かべながら言った。
「は……はは、確かに最初からこうしておけば早かったですよねぇ……」
「あぁ、全くその通りだぜ、こりゃ可笑しいぜ。なぁ? ヒャハハハハハ!」
突然大口を開けて笑い出すバレット。
さらにそれに釣られ、ジムも一緒になり笑い出す。
「あは……はっ……アハハハハハッ!」
「クククッ……アーッハッハッハ」
「ヒャーッハッハッハッハァァァ」
二人のバカ笑いは夜空に浮かぶ月まで届くかのごとく勢いで辺りに響き渡る。
そして、二人の笑いが混ざり合い重なりあったその瞬間……
――パァァァァンという無情な銃声が荒野を貫いた。
「ボス、本当に良かったんですか?」
「……別に構うことはないさ、こいつからの報酬なんかよりもっとでかい山を掴むことができたんだからな」
そういったバレットの視界の先には、先程まで一緒にバカ笑いを決め込んでいた男……ジムが仰向けの状態で倒れていた。
その額に大きな風穴を残して……
「ククッ、しかしあの鉱山に金の鉱脈が眠ってたとはな。俺にもいよいよツキが回ってきたぜ……」
バレットは嫌らしい笑みを浮かべながら一人呟く。
その眼は既に溢れる欲で濁りきっていた。
「ボス、いつも通り町の連中は皆殺しですかい?」
「あん? 当然だろ。当たり前の事を聞くんじゃねぇよ」
「あの……バレットさん、例のサニーって女も殺しちゃうんですかね?」
これは先程までジムの取り巻きを勤めていた男の一人がいった事だ。
主のジムが銃弾に倒れた後、バレットの、このまま死ぬか、それとも俺に協力するか選べ、の一言でジムに付いていた全員があっさりとバレットに寝返ったのである。
所詮金で雇われたような奴らの忠誠心などその程度のものなのだろう。
「当然だ……しかし殺す前に生娘って奴を多少は楽しんでもいいかもしれねぇなぁ」
唇を舌で舐めまわしながら、更に嫌らしく口角を吊り上げバレットが言った。
その言葉に、手下たちも顔をにやつかせ嫌らしく笑い出す。
そんなやりとりの最中……ふとバレットの表情が険しくなり、
「……どうやらその前にお客さんのお出ましのようだな……」
と静かな口調で言葉を発し、少し間をあけた後、声を荒げる。
「出てきな! 隠れてるのはわかってるんだぜ!」
バレットは離れにある岩石目掛けて声を張り上げる。
「ありゃりゃ、ばれちゃったようだねぇ」
すると岩の陰からのそりと姿を見せる金髪碧眼の男。
「てめぇ……確か酒場にいた……」
するとバレットが記憶を辿るように一言そう呟いた。
「ふ~ん、覚えていてくれるとは中々記憶力はいいみたいだねぇ」
「ふんっ、妙に俺に大して興味津々って様子だったからなぁ。てっきりそっちの気でもあるのかと思ってたが」
「いやぁ、悪いけどおいらは世界中の女性を全て愛すると心に決めてはいるけどねぇ――」
そこまで言った後、ジョニーはこの町に来てからは一度も見せなかった殺気をその瞳に宿し。
「男、特にゲスな連中には容赦しないとも心に決めてるのさ」
刹那――バレットの取り巻き達が一斉に一歩後ずさる。
「……おもしれぇじゃねぇか。それがテメェの本性かよ。しかしなぁ、たった一人でこの人数相手に、しかもこの死神バレット様に歯向かおうなんてとても賢いやり方とは思えないぜ」
「ふたりだったらどうかな?」
ふと、ジョニーの後ろから届く声音。
それにジョニーは聞き覚えがあった。
首を巡らせ見やると、そこに立つは町のシェリフの姿。
「ジョニーの姿がなかったからな。心配で探しに来たんだ。そしたらこんな場面に出くわすとはな……しかし」
そう言って、シェリフはジョニーの横に立った。
「まさかまだこんなところにいたとはな。だが、私が来たからにはもう安心だ!」
「…………」
シェリフがライフルを構え、奴らを睨めつける。
ジョニーは黙って彼らの様子を見続けるが。
「ふんっ、なるほどなぁ。いやシェリフ、あんたも良い度胸してやがるぜ。全く、そんな心にもないことを言ってしまうんだからなぁ――」
ニヤリとバレットが唇を歪め。
かと思えばその瞬間――シェリフの構えた銃口がジョニーに向けられた。
「……シェリフ、どういうつもりだい?」
「悪いなジョニー。ここまで知られたからにはあんたには消えてもらうしかないんだ」
真剣な眼差し。冗談などではない。このシェリフは本気でジョニーの命を狙っている。
「ククッ! がはははははっ! どうだ? 少しは期待したか? 助けが来たと安堵したか? かっ! 馬鹿が! 馬鹿が! だから言ったんだよ。たった一人でやってくるなんざ、命知らずもいいとこだ――」
「知ってたさ」
声を張り上げ歓喜するバレットの姿を視界に捉えながら、ジョニーははっきりとした口調で言いのける。
その眼に、冷たい光を宿しながら――
「知っていた、だと?」
狼狽した様子でシェリフが呟いた。
「狼狽えんな、ハッタリに決まってんだろ」
「怪しいと思ったのは、最初にジム、まぁ今となっては口も聞けなくなっちまってるようだがねぇ。その男がダニエルに借用書を見せた時さ」
「……」
静寂が辺りを支配し、全員がジョニーの声に耳を傾けた。
「あの時、あんたはひと目で借用書が本物だと決めつけた。だが、もしあんたがダニエルの父親に世話になったというなら、寧ろもっと疑って掛かるべきだろう。借金の事を知らなかったというならなおさらだ。いくら親しかったとはいえ筆跡が似てるからと信じるのは早計に過ぎる。偽造捏造のプロなんていくらでもいるしねぇ。ましてや相手が悪名高いクリムトン一家となればなおさらだ」
「……しかしそれだけで」
「勿論それだけじゃないさ」
ジョニーはシェリフを尻目に更に続ける。
「あんた、ダニエルとあいつの決闘の前、銃の調整を請け負っただろ? それも少し匂ったのさ。そして決闘のあの日、ダニエルとあの男が銃の交換した後、ガンスピンをした時の動きではっきりと判った。あんたは銃に予め細工をし、少し手を加えるだけで照準が狂うようにしてあった。だからこそ、ダニエルの撃った弾丸は明後日の方向に飛んでいったのさ」
「……まるで見ていたかのような言い草だな。お前はあの場にいなかったというのに」
シェリフの言葉にジョニーがニヤリと口角を吊り上げる。
「ふん、だが誤算だったのは、あのダニエルの野郎の腕が予想以上に酷かったって事だなぁ。おかげで偶然にもその明後日の方向に飛んだ弾が俺の銃に当たっちまったのさ。全く、腹ただしいぜ!
」
ギリリ、と唇を噛み締めバレットがジョニーを睨めつけた。
その姿にやれやれとジョニーが肩を竦めた。
「まぁ、だがな。その鬱憤はてめぇで晴らしてもらうとするか。大体それが判ったからとどうする? テメェらもなにビビってやがる! 所詮こいつはたった一人のこのこやってきた無謀なドンキホーテだ!」
バレットが叫びあげると、我に返った手下が銃を抜き、何十という銃口がジョニーへと向けられる。
「……ジョニー、いい加減諦めるんだな。第一お前の腕じゃこの人数相手に――」
「悪いが」
シェリフの言葉を遮るようにジョニーが発し。
「おいらはこうみえて諦めが――悪いのさ!」
言うが早いか、その身を低くし脚を伸ばした状態で、ぐるりと回転する。
同時に踵のスパーが乾いた地面を抉り、土埃が勢い良く舞い上がり、相手の視界を奪った。
「な、これじゃあ見えない!」
「どうしやすかボス!」
ただでさえ光源の乏しい闇夜だ。その上この土埃では、ジョニーの位置などとても確認が出来ない。
「だったら一斉に撃ちこめ! 見えないと言ってもあの中のどこかにはいるんだからな!」
「な!? ちょっと待ってくれ! ここには俺も――」
しかし、シェリフの言葉が全てつながれる前に、けたたましい程の銃声が鳴り響き、彼の悲鳴が闇夜に取り残された。
「撃て! 撃て! 撃てぇええぇえ!」
だが、シェリフの事など構うことなく、バレットは手下に命じ、次々と銃弾の雨を浴びせていく。
「よし! 止めだ!」
バレットが右手を上げ、皆を制した。
そして、舞い上がっていた土埃は霧散し徐々に視界が開けていくが――そこにはジョニーの死体はなく、哀れなシェリフの骸が転がっているだけであった。
「な!? あいつは一体――」
刹那、響く銃声。倒れる手下たち。
チッ、と舌打ちしたバレットが見やったその先――バレットが身を潜めていた岩の上に彼は立っていた。
「全く。仮にもシェリフは仲間だっただろうに、酷いことをするもんだねぇ」
連中を見下ろしながら、ジョニーがやれやれといった表情で言い捨てる。
「……てめぇ、一体何者なんだ――」
バレットからの問いかけ。
ジョニーの手には銃は握られていなかった。
ガンベルトに二丁とも収まっているのだ。
しかし撃たれたのは周囲の部下の何人かが絶命してる点から間違いがない。
つまりバレットにも、抜く瞬間はおろか銃をベルトに収める瞬間も視認出来なかったという事だ。
するとジョニーはその言葉を聞き終えた後、一瞬目を瞑り、大きく息を吐き出した後、奴を睨めつけ、
「だったら、あんたは一体何者なんだ?」
と逆に問いかける。
「あぁん? 何言ってるんだてめぇ?」
すると、バレットがいかにも不機嫌な口調でそう述べた。
「いやね、あんたは最初に姿を見せた時から、死神バレットなんて御大層に名乗っちゃいるが、おかしいのさ……全くね」
「てめぇ! 一体何がおかしいってんだ!」
すると横から、バレットの手下の一人が声を荒げた。
ジョニーはそれに応えるように、
「そうだな、例えばまずあんたの持つ銃だ。確か俺の知ってるバレットは銃を二丁使いこなす男だったはず……しかしあんたが使用してる銃は一丁のみだろ?」
――ジョニーの言葉を聞いたバレットの表情に一瞬動揺が走った。
その表情を見逃すことなく、バレットの変化に着目しながら更に言葉を紡ぐ。
「それとな、あんたの持ってるその銃は【Colt Dragoon】……確かに良い銃だが、その独特のカスタムは頂けねぇ、只でさえ長い九インチの長身を倍近くにまで変えるなんてな……」
次々とバレットの銃の特徴を述べていくジョニーは、チラッと遠目に倒れているジムの死体に目をやり、更に話を続ける。
「成程ね、火薬の量は相当いじってるな? 全く、銃ってのはレディと一緒だ。下手にごちゃごちゃと着飾らせれば良いってもんじゃないのさ。そんな見た目のインパクトと威力のみに頼った銃を抱えてバレットを名乗るなんて烏滸がましいにも程があるぜ」
「てめぇ! さっきから言わせておけば勝手なことばかり言いやがって!」
バレットと名乗っている男の手下が吠える。
しかしジョニーの話は止まらない。
「あぁそうだ、更に言えばバレットはそんな金目当てで集る蠅みたいな連中とは一緒に行動しないはずだぜ? そんな烏合の衆を率いたからって何の自慢にもならないからな」
ジョニーはバレットを名乗るそいつに対し、挑発とも侮蔑とも取れる言葉を投げかける。すると手下の何人かが、
「てめぇ! ふざけやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
等と怒声をあげながら其々の持つ拳銃の銃口をジョニーへ向けた。
しかしこれは彼等にとって最悪の選択となった。
彼等が銃口をジョニーへ向ける直前まで、確かにその手には銃は握られていなかったはずだった。
しかし彼等が銃口をジョニーに向けた時、既にジョニーの両の手にはそれぞれ黒光りする拳銃が一丁ずつ握られていた。
そして奴らが銃の引き金を引くより早く、既にジョニーの銃口から放たれた弾丸が容赦なく彼らの額を、胸を、腹を――正確に貫いていた。




